第3章:消えた行商許可証

 店の前で立ち話も人目を引くということので一同は頭にカーキ色のバンダナを巻いた男−−名前はバートンというらしい−−の店の中に入って話をすることにした。

 頭にバンダナを巻いた中年の男が営むのは雑貨屋だった。店内はそこそこ広く、家具、食器、古めかしい置き物、種類は少ないが衣類など、雑貨屋の名に相応しい統一性のない生活用品中心の品揃えだった。入り口の近くにある窓の側にはテーブルと椅子4脚が設置されており、店主の話によればよく常連が買い物もせずにそこに座って雑談を交わしているという。

 窓際のそのテーブルに各々腰をかける。アラブ系の民族衣装のような格好をしている男−−バロネス・アルゲンと本人は名乗った−−とバートンが隣合って座り、その向かいにユーノとドロシが腰を落ち着けている。悟の分の椅子が足りず、テーブル近くの壁に寄りかかって立っていようと思ったが店主がカウンターの奥から一脚持ってきてくれた。軽く頭を下げながら椅子を受け取ると、容姿は強面だが案外いい人なのかもしれないと悟は思った。


 椅子を受け取った悟がユーノの後ろに陣取り、全員が着席すると、まずバートンが「順を追って話したほうがいいだろうから俺から話すぞ」と口火を切った。

 ことの発端は雑貨店を営む店主バートンが近所の酒場である卸業者の話を偶然耳にしたことであった。

「取り扱う商品の種類を増やしたくてね。いい卸業者を探していたのさ」

カーキ色のバンダナを頭に巻いた店主は太い腕を組み椅子の背に寄りかかり、撫然とした表情を浮かべている。思わぬトラブルに巻き込まれ、半ば営業停止状態になってしまったのだから無理もないだろうと悟は思う。

「酒場で知り合いの行商人がバロネス・アルゲンという卸業者の話をしてくれて、ギルドを通して仕事の依頼をしたのさ」

 バロネスを名乗る者から返事はすぐに来た。仕事は大歓迎だ、というので2、3度の手紙のやり取りで卸す商品の品目、数をきめて正式に彼に仕事を依頼した。


「ということはバートンさんとバロネスさんは実際に会うのは今日が初めてということですか?」

 話を聞いていたユーノが質問を挟む。

「ああ、そうだ」

 同意を求めるようにバートンは小柄な若い男に視線を送る。

「あぁ……手紙で仕事を請けおった後に1週間ほどかけて商品を準備して、あの荷馬車に乗せて今日この街に卸しに来たんだ」

 アルゲンは不機嫌な表情で窓の外に見える店から10メートルほど離れた場所を指差す。そこは馬車の停車場で一頭の馬とその馬が頑張って引っ張ってきた荷馬車が止めてあった。

「あそこでバートンさんと軽く初対面の挨拶をして早速仕事の話になった。バートンさんが送ってきたこの注文書と彼が持っていた控えを照らし合わせて相違がないか確認をしたのさ」

 行商人は話しながら頭に被っている白い布の被り心地が気にらないのか両手で調整する。

「それから注文書の入ったこの封筒を入り口の横にあった木箱の上に置いて、バートンさんと一緒に商品を店の方へ運び入れたんだ」


 アルゲンはテーブルの上に手に持っていた分厚い封筒を放り出す。アルゲンが封筒を置いたという木箱は窓からも見えた。入り口のすぐ近く店の向かって左側に置かれている。

「で、あらかた運び終わったところでこの騎士様が現れたんだ」

 アルゲンが女騎士を睨め付ける。自然と彼の話を引き継ぐ形でドロシが話し始めた。

「定期の街の巡回でこの辺りを見ていたところ初めて見る顔の商人がいたので声をかけたんだ」

 説明するドロシの口調はこの場に4人しかいないからか最初の敬語ではなくなり男まさりの凛々しい口調に変わっていた。

 ドロシが声を掛けるとアルゲンは南の遠方から来た卸業者だという。そこで彼女は卸業者に行商許可証の提示を求めた。

「なぁ、その行商許可証っていうのはどんなんだ?」

 今までユーノの後ろで椅子に座って黙って話を聞いていた悟は目の前の華奢な肩を指で叩いて小声で質問する。


「行商人や卸業者が自分の居住地や他の街、国で仕事をするのを許可されていることを証明するもので身分証にもなるものよ。基本的に商業ギルドに登録して行商許可証をもらっている者以外は自分の居住地およびそれ以外の土地で商業を行ってはいけないの。それに許可証は銀行を利用する際に絶対に必要になるわ。だから行商をする人間にとっては非常に重要なものよ」

 ユーノが小声で悟の質問に答える。

「金銭的価値は?」

「実質的な価値はないけど、悪用すれば金儲けには使える。だから許可証の持ち主はその管理にも気を使わなければならないの」

「話を続けてもいいか?」

 悟に説明をしていたユーノに遠慮がちにドロシが訊く。

「あ、ごめんなさい.続けて」

 ドロシに行商許可証の提示を求められるとアルゲンは木箱の上に置いてあった封筒を手に取り中を探っていたが次第に焦り始めた。封筒の中身を木箱の上に出して、1枚、1枚確認したがしばらくするとドロシの方を向いて「ない! 封筒の中にしまっておいたら許可証がなくなってる! 盗まれた!」と叫んだ。


「というわけで、そもそも本当に許可証を持っていたかどうかも怪しいと思い、詳しく話を聞くと同時にその封筒の中身を改めようとしたらこの男がそれを拒否して、先ほどの騒ぎに発展したというわけだ」

 ドロシがアルゲンの方に非難の意が混じった視線を送る。視線を送られた方は憮然とした表情を浮かべ、癖になっているのかまた頭に被っている布の位置を両手で調整してから反論する。

「盗まれたって言ってるんだからそれ以上言うことはねぇよ。それに許可証はバートンさんに最初に会った時にも見せたから持っていたことは疑う余地がないはずだ」

 苛立ちを隠さずにアルゲンが吐き捨てる。険悪な雰囲気が辺りを包み込み黙って事の成り行きを見ている悟は居心地の悪さにこの場から抜け出し、外で一服したくなった。

「バートンさん、バロネスさんの許可証を見せてもらったというのは本当ですか?」

 ユーノがバートンの方をじっと見据える。


「ああ、見せてもらったよ。確かに行商許可証だった。他の商人たちのをいくつも見ているから間違いねぇ」

「所持者確認の魔法は使ってもらいましたか?」

 所持者確認の魔法という聴きなれない単語出てきたと悟は耳をそばだてる。

「いいやそこまではしてもらってねぇよ。俺が送った注文書と同じ内容のものを持ってるんだ。俺が仕事を依頼したバロネス・アルゲンであることは疑いようがないだろ」

「なるほど。確かにそうですね……」

 ユーノは俯き考え込む。悟はその肩を先程と同じように指で叩く。

「所持者確認の魔法ってなんだ?」

 ユーノが振り向くとこれまた先程と同じように悟は声を顰めて聞く。

「行商許可証には魔法の加工が施してあるの。本当にその人のものか確認するために所持者が設定した呪文を所持者だけが唱えると許可証に書かれた文字が光るのよ。これが所持者確認の魔法よ。特殊な方法で加工されてるから許可証は簡単には偽造できないの」

「ほう……」


 魔法とは便利なものだと悟は感心する。所持者本人だけが呪文を唱えると反応するというところに一種の生体認証に近いものを感じた。

「ところでドロシ。あたしたちが来る前にあなたはバートンさんがバロネスさんに許可証を見せてもらったという話は聞いていたの?」

 ユーノが後ろに座っている悟の方から自分の隣に座っている赤みがかった茶髪の女騎士の方を向く。

「いや……今、初めて聞いた。さっき話したことの繰り返しになるが許可証が盗まれたとバロネス氏が言い出して、封筒の中身を改め、詳しく話を聞こうとしたら拒否されたのでさらに怪しいと思い、問い詰めたらそのまま言い争いになったからバートン氏から話は聞かなかった。バートン氏が許可証を見ているという話を聞いていれば私もそこまでは強く問い詰めようとは思わなかった……」

 ドロシはまずいことをしたという表情を浮かべ、意気消沈する。本当に許可証を持っているか怪しいと思い詰問しようとしたのに実際に許可証を持っていたことを証明する人間がいたのだ。知らなかったとはいえドロシの行動は難癖と捉えられても仕方ないものになってしまう。


「バロネスさん。申し訳ありませんが一応封筒の中身を改めさせてもらっていいですか?もしかしたら紙と紙の間に挟まって許可証があるかも」

 俯いてしまった女騎士の方を横目で見やりながらユーノはアルゲンに提案する。

「勝手にしろよ……」

 アルゲンは机の上にある封筒を滑らせるようにしてユーノに突き出した。悟はユーノの肩越しに素早くそれを観察する。

 それほど大きい封筒ではない。悟が生きていた現世でもよく見たA4サイズくらいの茶封筒だ。ただ、紙の質は酷く悪い。この世界の製紙技術がそれほど高くないことを窺わせる。封筒の真ん中には「アルゲン卸商会」の印が黒いインクでしっかり押されていた。

「すみません。では改めてさせていただきます」

 ユーノが封筒を裏返すと玉紐がついていた。封筒本体とフラップのところに円形状の留め具がついていてそれに糸を巻き付けて封をするタイプのものだ。素早く紐を解くと中から紙の束を取り出して1枚、1枚改めていく。悟も後ろから見ていたが紙には品物の品名と値段がリストになって書き連ねてある。やがてユーノは最後の1枚を机の上に置くと

「許可証はないみたいですね。中にある紙もどうやら商品の注文書で間違いないみたいです」


 机の上に並べた紙を集めて整えながらユーノは言う。

「さて、ユーノさんよ。そちらの女騎士様が俺に因縁つけて無駄な時間をとらせたことについてはルヴィツイラの評議員の1人としてどう考えているんだ? 俺が許可証を持っていたことについてはバートンさんが証言してくれてるんだぜ」

 アルゲンが腕組みをして踏ん反り返っている。台詞といい態度といいまるでヤクザの脅しだなと悟は思った。卸業者のヤクザまがいの台詞にユーノは顔を曇らせ、暗澹たる空気が室内に立ち込める。

「ちょっといいですか……」

 その暗澹たる空気を打ち破ったのは悟だった。右手を軽く挙げて椅子から立ち上がる。他の4人の視線がいっせいに悟に向いた。

「許可証は盗まれたという話ですが、許可証の入った封筒は入り口横の木箱の上に置いてあったんですよね? バロネスさんとバートンさんはあそこの停車場から荷物を運ぶためにこの店と行ったり来たりしていたと? 持ち主が近くにいるのに随分と大胆な犯人だと思うんですが」

 窓の外を指差しながら喋る悟の言葉を受けてアルゲンが口を開く。


「そうでもねぇさ。停車場と店とは10メートルは離れているし、俺と店主は荷物を下ろす時には店に背を向けて注意を払ってなかったからな。俺らの隙をついて盗むのはそんなに難しいことじゃなかった」

「なるほど、しかし妙な犯人ですね」

 悟はボサボサ頭を掻きながら、店内を彷徨き始める。

「何が妙なの?」

 ユーノが溜まりかねた様子で悟に尋ねる。

「2つ妙なことがある。1つ目は許可証を盗んだ人物はどうして、封筒の中に許可証があるのがわかったのかってことだ。2つ目はなぜ、わざわざ封筒の中から許可証を取り出したのかってことだ。封筒ごと盗めば済む話だし、バロネスさんに見咎められる可能性を考えればその方が絶対にいい」

 悟の言葉を聞いてユーノとドロシの表情がハッとなる。悟の疑問に対する答えを求めるように2人同時にアルゲンの方を向く。2人の注目を受けた本人は特に慌てた様子もなかったが僅かに口元が歪んだのを悟は見逃さなかった。

 アルゲンはまた頭に被っている布の位置を手で直すと


「あんた随分と細かいことが気になるんだな。別に犯人は許可証を盗むつもりは最初はなかった。木箱の上の封筒に金目のものか、と目をつけた時にそいつはこの印を見たんだろうな」

 アルゲンはテーブルの上の封筒を手に取り、表側の真ん中に押されている「アルゲン商会」の印を指差しながら悟に見えるように突きつける。 

「これを見れば封筒が商人の持ち物だと子供だって察しがつく。持ち主はどこにいるのかと辺りを見回せば近くの停車場に荷馬車が止まって男が2人せこせこ荷を下ろしてる。そこでそいつは俺とバートン店主の目を盗んで封筒の中に金目のものがないか手を突っこんで探した。この封筒の中には許可証と注文書が入ってるだけだ。注文書は全く金にならないから許可証の方だけ失敬したってわけだ。封筒ごと持っていかなかったのは人目につくのを恐れたからだろう。許可証だけなら畳んで服の中に忍ばせられる」

 アルゲンの話を窓際の壁に寄りかかりながら悟はじっと聞いていた。卸業者が語ってみせた状況を瞳を閉じて頭に想い描き反芻する。

「ちなみに行商許可証というのはどれくらいの大きさなんですか?」

 悟が瞳を閉じたまま質問する。


「そんなに大きくないわ。バロネスさんの封筒の半分くらいの大きさの紙よ」

 ユーノがアルゲンに変わって答える。

「まぁ、今頃許可証はチリになって消えているだろうがな」

 その台詞に悟は閉じていた目を見開いた。

「チリになって消えている、というのは? どうしてそんなことがわかるんです?」

「悪用防止の魔法を使ったんですね」

 ユーノが悟の質問の横から口を入れる。

「ああ、そうだよ。だから、早く解放してくれねぇか。とっとと帰ってギルドに報告して行商許可証を再発行してもらわなきゃならない」

 アルゲンは言外にいい加減このくだらないやりとりを終わらせろ、と匂わせもう何度目になるか頭に被っている白い布に再び手を伸ばす。

 悟は例によって例の如くユーノに小声で話かけた。

「何だ悪用防止の魔法って」

「行商許可証には特別な魔法の加工が2つ施してあるの。1つはさっき話に出た所持者確認の魔法。そしてもう1つが行商許可証が盗まれた場合に許可証の所持者が設定した呪文を唱えるかもしくは所持者が死亡した場合も許可証自体がチリになって消えるようになってるの」


 −−ファンタジーだ。

 悟はボサボサ頭を掻くと天井を仰ぎ見た。呪文一つでチリになって消えたり、文字が光ったりするとは魔法とは全く便利なものだ!

「バロネスさん。一つお願いがあるんですがその封筒を少し見せてもらえませんか?」

 悟はアルゲンが持っている封筒を指差す。

「ん? まあ、別にいいが」

 つっけんどんに差し出された封筒を悟はじっと観察すると

「バロネスさん。確認なんですがあなたはドロシさんに許可証の提示を求められ、木箱の上に置いてあったこの封筒を手に取った」

「……そうだよ」

 それがどうしたんだとアルゲンは苛立ちをあらわにする。

「そしてあなたはこの封筒の綴じ紐を解いて中身を確認して許可証がないのに気がついた。間違いありませんか」

 封筒の玉紐指し示しながら悟は質問を重ねる。

「それがどうした、当たり前のことだろ! 封筒の中を開けなきゃ中がどうなってるかわからねぇだろ!」


「ちなみにあなたが封筒の中から許可証がなくなっているのを見つけた後にあなた以外で封筒を触った人はいますか?」

「いねぇよ。さっきユーノさんに渡すまでずっと俺が持ってたからな。なぁ、ユーノさんよ。いつまで続けるんだ? 俺もバートン店主も仕事を中断されて迷惑してるんだ。このことはうちの方の商人ギルドを通して抗議させてもらうぜ!」

 激昂してついには椅子から立ち上がるアルゲン。

「落ち着いて下さい。お互いに禍根を残さないように今、事実関係を確認しているところじゃないですか」

 アルゲンとユーノが激しく言い争いを始める。それを横目に悟は2人から離れると先ほどから蚊帳の外に置かれた状態のバートンの腕を掴み店内の端に移動する。

「バートンさん少しいいですか?」

 いきなり腕を引かれて困惑しているバートンに小声で話かける悟。

「な、何だよ」

 悟はユーノたちの方に一瞬視線を送り言い合いが続いているのを確認する。


「その騎士様もだぜ。不当に商人に疑いをかけやがって。俺を無許可の違法商人だとでも思ってるのか? バーボン店主は俺が許可証を持ってたのを見てるんだぜ? それにギルドに確認して貰えばわかるはずだぜ。バロネス・アルゲンっていう商人がいることは!」

「別に疑っていたわけではない。ただ、許可証の提示がなされなかったので規則に従って−−」

 アルゲンの怒りの矛先はどうやらドロシの方にも向いたらしい。あちらの言い争いを気にしつつも悟はバートンに質問を始めた。

「バートンさん、あなたは酒場でバロネス・アルゲンという卸業者のことを聞いたと言っていましたね」

「ああ、そうだが、それが?」

 眉根を眉間に寄せて訝るバートン。

「その時にバロネス・アルゲンのことについて他に何か耳にしませんでしたか? 例えば家族や親類のことについて」

「あぁ、ちょっと話を聞いたぞ。親から仕事を引き継いだ2代目で商人ギルドからの評価も高いが、病気の母親とろくでなしの弟を抱えて苦労もしてるって聞いたな。なぁ、あんた、誰だか知らんがユーノ嬢様のお付きの人ならせめて営業を再開させてくれるよう言ってくれないか、この時間帯にこうも時間取られちゃ商売上がったりだよ−−って話聞いてるか?」


 悟はバートンの話を聞いていなかった。いや、正確には耳には入っていたが意識は全く別の方へ行っていた。悟の頭脳は目まぐるしく回転していた。彼が生きていた頃大好きな推理小説を読んで犯人を推理する時と同じように一つ一つの情報を精査し、辻褄が合うように配列し直していた。

 −−遠方からこの街に始めてきた商人、特別な魔法の加工が施された許可証、持ち主の隙をついて許可証を盗んだと思われる犯人……。

 バラバラになったパズルのピースが彼の頭の中でカチッカチッと音を立てて綺麗に組み上がった。

「バートンさん……ご安心を営業はまもなく再開できますよ」

 悟は大柄な店主に静かにそう告げると今だに言い争いが続いているその渦中の方へ足を向ける。

「とにかく、もうこれ以上は付き合ってられない。仕事は終わったし、俺は帰らせてもらうぞ」

 ひとしきり自分の主張を終えてアルゲンは踵を返し、入り口に向かおうとすると扉の前に悟が仁王立ちしていた。


「バロネスさん。申し訳ありませんがあと少しだけお付き合い頂けますか?」

 悟はアルゲンの行き先を塞ぐように入り口から彼の目の前に歩いていく。

「これ以上何をしようってんだ。何があったかは全部話しただろうが」

「ええ、お話いただきました。ですから今度はこちらがお話をする番です。そうあなたの行商許可証を盗んだのが一体誰なのか、をね」

 悟の言葉を聞いてアルゲンが信じられないものを見るかのような驚愕の表情を浮かべた。

「さ、悟! どういうこと?」

 ユーノが慌てて悟の元に駆け寄ってくる。

「言葉の通りだ。ユーノ俺を信頼してこの場を任せてくれないか?」

 ユーノは困惑の表情を浮かべる。彼女の後を追ってドロシも悟の元へ駆け寄ってきた。

「おい、どういうことだ! 俺の許可証を盗んだ犯人が本当にわかったのか? だったらその女騎士に早く捕まえさせて来い!」 

 アルゲンの苛立ちは怒りに変わりドロシのこと「騎士様」と呼んでいたのが「女騎士」に変わっている。


「ユーノ、私のせいですまない。これ以上あの男を引き止めれば商人ギルドとの仲に歪みを生みかねない。とりあえず、あの男を解放して、今回のことで商人ギルドから何か言われた場合は私が全責任を−−」

 ドロシは泣きそうな表情を浮かべながらユーノの肩を掴む。とうのユーノはアルゲンの罵倒もユーノの謝罪も聞いていなかった。大きな黒い瞳で異界からやって来た青年を真っ直ぐ見つめている。

「信じていいの?」

 少女の半信半疑のしかし、何かに縋るかのようなか細い声。

「ああ、多分な」 

 冗談めかして笑う悟。しかしながらその瞳には真実を掴んだ者特有の自信の光が灯っている。その表情を見てユーノも笑った。

「全部あなたに任せるわ」

 信頼を託す言葉を聞くと悟は黙って頷き、一歩アルゲンの方へ近づいた。

「バロネスさん。ご安心下さい。犯人は−−」

 悟は一拍間を置くとアルゲンに高らかに言い放った。

「この場にいます」

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