03

 ぱたん、と音を立てて雫玖くんが扉を閉めると同時に、私のすべての感情が切れてしまったのだろうか。よくわからないけれど、涙腺だけは確実にぶっ壊れたのだけは確かだろう。

 ぼとぼと、と重い涙の粒が、顔を伏せていたせいか垂直に床に向かって落ちていき、水滴が地面ではじけてそのまま着水した。

 唇をかみしめて、必死に泣き声を上げないようにこらえた。

「曙美さん、座ろうか」

 共同スペースの壁に沿うように、ここにはソファが置かれている。雫玖くんの言葉に頷いて、ゆっくりと腰かけた。

 それと同時に、私の目の前に誰かが立っているのが分かった。足元を見るだけでわかる。ゆっくりと顔を上げれば、そこに居たのは案の定このりだった。

 彼は真っすぐと私を見下ろしていた。だが、その目つきはどこか冷めており、ぞくりと背筋が凍ったような気分がする。

「あいつ等に泣かされたのか」

 あいつ等とは両親のことを示すのだろう。何も答えないでいると、沈黙は肯定と悟ったのか、彼は小さく舌打ちをしてから、共同スペースに入ろうとする。

「このりさん待って!」

 静止の声をかけたのは雫玖くんだった。そんな彼の静止に、不機嫌そうにこのりは睨みつける。

「なんで止めるんだ」

「今、俺の両親が話している。だから、大丈夫だ」

「……お前も、大丈夫じゃなさそうなのにな」

 ハッ、と小さく意地の悪い笑みをこぼしながら、彼はスペースに入ることをあきらめ、私の隣に腰かけた。

「それで、お前はどうしたい?」

「どう、したい……?」

「ああ、お前の気持ちをぶちまけてみろ」

 このりはいつの日かのように、私の胸元に指をあてて、にやりと少しだけ維持の悪い笑みを浮かべた。

「私は、昨日も言ってたけど、両親に認めてもらいたかった……」

「うん」

 雫玖くんが頷き、このりの手がゆっくりと離れていった。

「なのに、私、両親に酷い事言った」

「……傷ついたのは自分なのに、またさらに自分を責めるんだな?」

 このりの言葉を聞いて、思わず彼の方へ顔を向ける。彼は少し呆れていたのか、小さく溜息を吐いた。

 思わず胸元に手を添えて、そこに目をやる。

 親の言葉で血まみれになった心臓を、更に己で傷つけようとしている。それが酷く虚しい物で、意味の無いことなのか。このりはそう言いたいのだろう。

 指先に力を籠める。

「私、怒ってよかったのかな」

「良いんだよ」

 間もあけずに、雫玖くんが答えた。

「自分が耐えればいいと、あきらめないで。嫌だったら否定していい。嫌なものは嫌だと、はっきり言えるようにならないとだめだ」

「……」

「人間、誰だって怒る権利はある。己の意見を主張する権利を持ってる。相手が誰であろうと。自分自身を守るために」

「……うん」

「正直ね、君が怒号を上げた時『ああ、やっと本音を言えたんだ』って嬉しいと思った自分が居るんだ。最低かな」

「そんなこと、ないよ」

「ただ、ちょっと言葉はきつかったかもだけどね」

 少し苦笑いを浮かべて彼は言う。そんな彼の表情を見て、私もつられて苦笑いを浮かべた。

「そうかも」

「それじゃあ、それだけ謝ればいいさ」

 このりはそういうと、私と雫玖を続けて目線移動させた。

「今のお前ならもう大丈夫だ。頼れる相手はもう増えたんだ。心の支えや味方が増えたんだ。それこそお前が成長している証拠だ」

 頼れる相手。心の支えや味方。

 小さく呟けば、彼はこくりと頷いた。そう、だ。私は、少し前の私とは違って、支えてくれて頼れる味方ができた。ちはるに、アオさんにナツさん、このり、そして雫玖くん。

 私は、成長できたんだろうか。

 小さく呼吸をして、ぽつりと重い口を開いた。

「雫玖くん、お願いがあるんです」

「うん」

「……私の背中を押してください」

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