5 新たな同僚


 前回の冒険者達による襲撃事件の結末だけど、僕は彼等の命を奪う事になった。

 何があったかと言えば、これは完全に僕のミスなのだけど、僕は五人の冒険者を無力化した後、グラモンさんを呼びに行く。

 無論彼等をどうしたら良いのか、判断を仰ぐ為である。

 けれどもその際、僕は自分に刺さった矢の始末を忘れていたのだ。

 だって矢で撃たれた経験なんてそれまで無かったし、更に痛くも何とも無いのだから、……忘れても仕方が無いと思う。

 うん、言い訳にもなってないかな。


 でもそんな僕の姿を見たグラモンさんは怒り心頭で、冒険者達を酸の魔術で溶かし殺そうと詠唱を始めてしまったのだ。

 召喚主であり、師匠であり、大好きな優しい恩人が、そんな残酷な手段で人を殺す場面を見る位なら、自分の手を汚した方が遥かにマシである。

 僕は必死にグラモンさんを押し留め、必要以上の苦しみを与えない様に五人の命を急いで刈り取った。

 それが前回の一件の結末だ。

    


 正直僕が甘くて、更に迂闊だっただけなのだが、その後数日グラモンさんが少し気まずそうで、でも僕を気遣ってくれていて、色々と申し訳なく思う。

 そして今日、グラモンさんが新しく塔のガーディアンを召喚する事が決まった。

 勿論、別に僕がお払い箱って話では無い。

 元々グラモンさんはある程度の襲撃者は自分で撃退出来るらしく、僕の召喚で雑用の手間が省けただけでも良しと考えてたそうだが、今回狙われた事で改めて良い機会だと思ったのだとか。

 ……グラモンさん戦える人だったのか。

 少し、否、大分意外ではあるが、でも良く考えればグラモンさんがこの場所に住み出したのは僕が召喚されるずっと前からなのだ。

 当然それまでは自分で何とかしていたに違いない。


 じゃあやっぱり、矢だらけになった僕の姿が嫌だったのだろう。

 あの時のグラモンさんは相当怒っていたし、申し訳無さがぶり返しそうになった。

 でもそんな仕草を見せればまたグラモンさんに気遣われるだけなので、今は新しい同僚が来る事を喜ぼう。

 そう、同僚である。

 別にグラモンさんと二人で生活している事に不満がある訳じゃ決してないが、それでも新しい誰かが増えるのはとても嬉しい。

 何でも召喚魔術には色々あって、僕の様な悪魔だけでなく、天使や竜、魔獣や幻獣等、色んな存在を召喚して契約出来るそうだ。


 僕はどうせならと人型の相手、つまりは天使を希望したのだが、悪魔と天使は互いに殺し合う存在なので駄目だと言われてしまう。

 多分僕は相手が天使でも仲良く出来ると思うのだけど、相手がそう考えてくれないのなら仕方が無かった。

 ちなみに竜も駄目らしい。

 グラモンさんの力量や僕との相性の問題じゃ無く、単に大きいから棲む場所が無くて邪魔なんだそうだ。


 協議の結果、冥府の入り口を守護する番犬、三つ首の高位魔獣であるケルベロスが選ばれる。

 僕は昔から犬を飼ってみたいと思っていたし、グラモンさん曰く冥府の守護者であるケルベロスは、属性的には悪魔である僕とも相性の良い魔獣になる筈だと言う。

 だが首が三つあるだけあって、結構な量を食べるらしく、用意する僕に負担が掛かるとグラモンさんは言うが、そんなの全然問題は無い。

 寧ろ滅茶苦茶嬉しいし、ケルベロスを召喚すると決まってから、僕のテンションは上がりっぱなしだった。



 ケルベロスの召喚に限らず、この世界の召喚は主に夜に行われるそうだ。

 思えば僕が召喚された時も夜だった気がする。

 何でも、月から降り注ぐ光に込められた魔力が、世界に揺らぎを生じさせ、異なる場所への距離を近くさせるらしい。

 塔の地下室。この塔の中でも最も頑丈なその場所で、召喚の儀式は進んでいく。


 僕が召喚の現場に付き添っているのは、召喚魔術が如何なる物かを学ぶのと、そしていざと言う時にグラモンさんを守る為だった。

 何でも魔法陣から出られないようにして話し合いで契約内容を決める悪魔とは違い、魔獣の契約は相手を力で屈服させる事で行うと言う。

 召喚魔術は成功しても、契約に失敗して殺される魔術師は決して珍しくないそうだ。

 グラモンさんは凄腕の魔術師ではあるけれど、圧倒的な身体能力を持つ魔獣が相手だと万に一つの危険がある為、僕と共同でケルベロスを屈服させようと言う訳である。

 僕自身もグラモンさんに召喚された身なので、僕の力もグラモンさんの魔術の実力の内になるらしい。


「来たれ冥府の守り手、底無し穴の霊、三つ首の獣よ」

 グラモンさんが呼びかける度、地下室に満ちる魔力が濃くなって行く。

 そして室内の魔力が頂点に達した時、ソイツは姿を現した。

 牛を上回る巨体に、三つの首。

 確かに頭部は犬の形をしているが、発する魔力と迫力は僕の想像していた物を遥かに超えている。

 ガルガルと三つの頭が同時に唸れば、まるで空気が震える様で、爛々と輝くその瞳は、僕とグラモンさん、獲物を確りと捉えて離さない。


 しかしケルベロスは初手に致命的な間違いを犯した。

 もしケルベロスが召喚された瞬間から動いていれば、僕がその動きに追い付けなかった可能性は充分にあったのだ。

 けれどもケルベロスは先ず僕達に対して威嚇を行ってしまう。

 それは強者の矜持故か、或いは自分を召喚した者への興味がさせたのかも知れないが、生憎と僕はそう言った戦う前の作法とか機微はわからない。


―ruru―


 僕は召喚されたケルベロスの姿を確認するや否や、舌を二度動かして重力魔法を発動させる。

 動かれる前に、死闘になる前に、確実に押さえ込んでしまう為に。


 勝敗は一瞬で決した。

 僕が今回使った重力魔法は、前回の更に倍、つまりは10倍だ。

 仮にケルベロスが牛と同じく700kg位の体重があったとするなら、7tの負荷がその身に掛かる。

 一回り大きな体格や、三つの首を計算に入れれば実際にはもっと負荷は大きいだろう。


 驚くべき事にケルベロスはその負荷を受けても膝を折りはしなかったが、それでも咄嗟に動く事は出来ず、次いで放たれたグラモンさんの魔術の鎖にその身を縛られて軍門に下った。

 ケルベロスを捕らえたグラモンさんは、ほんの少しだけ口元に苦笑いを浮かべていたが、すぐさまそれを消してケルベロスに問いかける。

「獣よ、名があるなら名乗られよ。無いなら名付けを受け入れよ」

 その言葉に、ケルベロスは何故か悔し気に僕の方を睨み、だが頭を垂れて一声唸った。

 それは服従の意を示す物で、グラモンさんは満足げに頷く。


「予想外の早さじゃったが、契約は成った。後は名前を付けるだけじゃの。何ぞええ名は思い付かんか? ちなみにこやつは雌じゃ」

 雌なのか。

 グラモンさんの言葉に少し驚く。

 だってこんなに雄々しく格好良いのだから、てっきり雄だと思ったのだ。

 いやまあ女性の方が強いのも確かだけれど。

 首を傾げて、少し考える。

 こちらをじっと見詰めるケルベロスの三対の目を見返して、

「じゃあベラかな。君の名前はベラが良いと僕は思うよ」

 僕は彼女の名前を決めた。

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