4 悪意と悪魔


 僕がグラモンさんと交わした契約は雑用と弟子入り。

 だが本来グラモンさんが召喚した悪魔に求める心算だったのは、雑用と塔の警護だった。

 雑用に関しては変化が無いが、問題は塔の警護の方だ。

 そう、つまりこの塔、またはグラモンさんには、警護を必要とする外敵が居るのである。

 その外敵とは、この塔を囲む周辺の森に生息する魔物や、或いは冒険者と呼ばれる人間だった。


 そもそも何故この塔は人里離れた場所に建っているのか。

 広報紙は魔術協会の使い魔が、生活必需品や食料等に関しても同じく魔術協会から派遣される商人さんが持って来てくれるが、それでも人里に住む事に比べれば間違いなく不便だろう。

 けれどもその不便さを我慢してでもグラモンさんには、もしくは他にも同様の塔を住む魔術師には、人里から離れなければならない理由があった。

 それは国に属する事を拒む為である。


 人の領域、つまり国に住めば、魔術師は国から管理を受けてしまう。

 何故なら魔術師は強い戦力になるからだ。

 魔術師一人は、戦力としては騎士の一隊に匹敵するらしい。

 当然国は魔術師を管理し、戦争の際には動員したいし、平時も国を豊かにする為に魔術を使わせたいと考える。

 例外は魔術協会のある地域位だろうか。

 魔術協会は国の干渉を嫌う魔術師の集まりで、国がおいそれと手を出せない戦力を保有しているそうだ。


 さて話は戻るが、要するに人里離れた場所に塔を建てて住む魔術師は国に所属していない。

 もっと踏み込んで言えば、法の守護を受けていない存在と言う事になる。

 なので仮に冒険者達が魔術師の塔に押し込んで、その財産を強奪しても国は彼等を罰しないし、寧ろその行いを称賛するだろう。

 悪しき魔術師を討伐した英雄だとして。

 そうやって管理に収まらない魔術師を減らし、その地位を貶めて、全ての魔術師を管理下に置きたいのがこの世界の国家なのだ。



 それは僕がこの世界に召喚されて、丁度一年程が過ぎたある日の事だった。

 何時もの様に井戸から汲んだ水を水瓶に移していた僕の胸に、不意に飛来した矢が深々と突き刺さる。

「えっ?」

 驚きに尻もちを突いてしまった僕は、持っていた水汲み用の木桶を床に落として水をまき散らしてしまう。

 尤も被害はそれ位で、半ばまで満たした水瓶を倒してしまわなかったのは幸いだった。

 ……うん、それどころじゃない事態なのだろうけど、でも驚いた僕がまず最初に心配したのは水瓶の事だったのだから仕方が無い。

 何せ胸に刺さった矢は僕に驚きこそ与えた物の、痛みの類は全く感じなかったのだ。


「まだ生きてるぞ! もっと撃て!」

 響いた声に振り返って見れば、森の中から幾本もの矢が僕に向かって飛んで来ていて、避けようと思う間もなく喉に、肩に、腹に、ぶすぶすと突き刺さってしまう。

 うわぁ、どうしよう。

 ……やっぱり痛くない。

 驚きで心臓が止まりそうだったけど、良く見れば最初に刺さった矢の位置は、完全に心臓に当たってる位置で、どう見ても致命傷だった。

 その事実に心底、底どころか逆側まで貫通してそうだけど、驚くが、このままだとまた矢が飛んで来そうだったので取り敢えず後ろに倒れて置く。

 痛みはないが、矢を射かけられるのは怖いし、気持ちの良い事では無い。 

 後になって考えれば自分でも違和感を感じるおかしな思考だが、起きてる出来事があまりに現実感が無かったせいで、多分落ち着き、判断を下せる時間を欲したんだと思う。


「よし、やっとくたばった。油断するなよ。この塔に住む魔術師は爺の筈だ。コイツは弟子か何かだな。本命は他にいるぞ」

 森から出て来て、でも倒れた僕を無視して塔の入り口に向かう男たちの声を聞き、僕は漸く事態を察する。

 嗚呼、こいつ等はグラモンさんを殺しに来たんだと。

 冒険者と呼ばれる連中が塔に住む魔術師を襲うって話は、以前にグラモンさんから聞いていた。

 けれどもその時は、その話に全く実感が湧かず、今の今まですっかり忘れてしまっていたのだ。

 だってグラモンさんみたいに優しい人を、悪の魔術師だと言って殺そうとするなんて、僕には信じられない事である。

 だがこの身体にぶすぶすと刺さった矢が、その話が真実だったと言う紛れもない証拠だろう。


 そう言えば、悪魔は通常の手段じゃ死なないって話も聞いた覚えがあった。

 例えこの身体が破壊されても、あの待機場所の暗黒空間、固有魔界と言うらしいが、あそこに戻されるだけなんだそうだ。

 その代わりにグラモンさんとの契約は切れ、再び会う事は恐らく出来なくなってしまう。

 契約が破壊されても名付けに依る繋がりは残るけど、再召喚が可能になるまでは時間が掛かり、彼の寿命が先に来る。


 ……角を消しておいて良かった。

 霊子操作で角を消せるようになったのは少し前だが、割と消し忘れは多いのだ。

 仮に角を残したままなら、襲撃者達もこんな風に油断せず、確実に僕の身体を壊しに来たかも知れない。

 いや寧ろ、襲われたのが僕で良かったと言えよう。

 だってもし襲われたのがグラモンさんなら、こんな風に矢がぶすぶす刺さって、暢気に考え事なんてしてられないんだから。


 しかしこのままだったら、グラモンさんも奴等に襲われてしまう事になる。

 それは絶対に避けねばならない。

 確かにグラモンさんは凄い魔術師だけど、普段の様子を見る限りでは到底戦える風に見えなかった。

 僕は内心の恐怖を押し殺し、何とか笑みを顔に貼り付かせて立ち上がる。



「なっ、なんだと。何で生きてやがる!」

 襲撃者達の一人が僕に気付いて声を上げ、残る連中もその手の武器を此方に向けた。

 ギラリと光を反射する刃は、何だかとても痛そうだ。

 いや多分本当は斬られても痛く無い筈だけど、それでもやっぱり少し怖いと思ってしまう。

 でも彼等が切り掛かるより、僕の方が確実に早い。


―ru―


 口の中で舌を一度動かす。

 詠唱なんて必要なく、霊子と魔素を操れる僕にはその動作だけで充分だった。


 次の瞬間、ズンと襲撃者達、正確には五人の冒険者達の周囲の重力が増す。

 突然の衝撃に地に膝を突き、或いは地に倒れ伏す冒険者達。

「な、何で死んでねぇ。こんな魔術は知らねえぞ!」

 叫ぶ彼等だが、知らなくて当然である。

 重力魔術は魔術協会に属する魔術師、つまり国に属さない魔術師にしか公開されてないのだから。

 それから今僕が使ったのは重力魔術では無く、重力魔法だ。


 驚いた事に一人の冒険者が3倍の重力に抗って立ち上がろうとしたので、僕は驚いて彼への重力を5倍に増やす。

 それで流石に誰も動かなくなった。

 重力魔法を使ったのは、殺さず無力化する為である。

 この世界に来て一年、来た当初は到底出来ないと思ってた、兎を捌いて食べる事も出来る様にはなったけど、だからと言って未だ人間を殺す覚悟は僕には無い。

 勿論自身の身を守る為や、グラモンさんの命を守る為なら、そうせねばならないとは思うのだけれども……。

 言い訳をするなら今回は驚きはしたけど、あまり命の危機は感じなかったのだ。

 甘えであるとの自覚もあるが、彼等をどうするかはグラモンさんと相談して決めようと思う。

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