第15話
「まずいかもしれんな」
何度か試してみた結果に、ベッド際でゾノは渋い表情を浮かべた。
「効かないのか」
「いや、効かないわけではありません。一瞬で効果が消えてしまうんです」
目覚めてすぐ、自分で鍼を打った。これまではこうしてケアしてきたから、今回も同じように楽になると思っていた。でもこの不調はこれまでとはまるで違っていたらしい。鍼を打ってもゾノ特製の薬湯を飲んでも、体調は良くならないどころかひどくなるばかりだ。
目覚めてから今日で二日、下がらない熱に体に力が入らず、うまく話せなくなった。食べることも難しく、今は支えられて水を飲むのがやっとだ。
「鈴はこちらの人間ではありませんから、私達のように魔素への耐性が備わっていなかったんでしょう。その上、施術で多くの魔族に触れています。もう私の治癒魔法レベルでは浄化が追いつかないほど、蝕まれているんです」
魔素は魔力の源となる空気中の微粒子で、こちらの世界の生物は常にそれを吸いながら生活している。それが、魔力の源となっているらしい。
「では、人間領なら治療できる者がいるのだな?」
「主祭以上であれば、おそらくは。ですが」
硬い声で尋ねた先代に、ゾノは戸惑うように答える。繋がる手を精一杯握り直すと、先代は宥めるように笑んでそっと手を解いた。ダメだ、それは。
「シェイア、私はゾノと話がある。戻ってくるまで鈴を頼む」
「承知いたしました」
抑えた声で受け入れたシェイアに、視線を落とす。聞かずとも分かる先代の選択に、力の入らない手で布団を握った。
夜になって戻って来た先代は、ベッド際で私の頭を撫でる。
「明日、私がそなたと共に人間領へ行く。エレイディオシウス将軍であれば、そなたに十分な治療を施し身を保護するだろう。先の戦で剣を交わしたが、悪い男ではなかった。彼の元で健康を取り戻し、守られて穏やかに暮らせば良い」
言い聞かせる先代に、少しだけ動く頭を横に振った。エレが悪い男ではないのは間違いないだろうが、相容れないから逃げたのだ。再び戻るくらいなら、私はこのままここで。
少しだけ持ち上げた熱い手を、先代は自分の頬にやった。
「この先はそなたのために在ると言っただろう。愛しい女の命を守るより、大切なことなどあるものか。私に、そなたの亡骸を抱かせないでくれ」
苦しげに、祈るような声がした。
ああ、そうか。先代はかつて、妻の亡骸を抱いている。もう、こんな別れには耐えられないのだろう。……それなら、私にできることは一つしかない。
頷いて瞬きをすると、涙が頬を伝う。先代が苦しげな表情のまま、そっと拭った。
「鈴、許せよ」
ベッド際から体を起こし、汗ばんだ私の額に口づけをする。重い瞼を閉じれば、また涙が溢れた。でもこれで、この人の心だけは守れるはずだ。
「さあ、もう眠れ。少しでも体を休めるのだ」
できれば夜通し起きていたいのに、先代は諭すように言って呪文を唱える。その力に抗えるわけもなく、すぐに深い眠りへと落ちた。
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