第13話 自信とストレス 仕事としがらみ

 半レヴナントについて、いろいろ考えさせられる事はあったが、俺は直ぐに公殺官としての日常に戻った。


 その日も軽く朝食をとると、そのままベルトガル7に乗って外災課のビルを目指す。途中、通信機能を兼ねた腕時計に着信が鳴った。


「はい、ダインです」


「はぁい、ジュリアよ」


 連絡を寄越してきたのは同じ外災課所属のジュリアだった。何度か一緒に現場で働いた事もある。


「ジュリアか。どうしたんだ?」 


「ダイン、今は出勤中かしら?」


「ああ。車で向かっているところだが……」


 何の用かと思っていると、ジュリアは申し訳なさそうな声を出した。


「私、今公衆衛生課に来ているんだけど。乗せていってくれないかしら?」


 公殺官の仕事は、特定有事が発生した現場での業務に特化されている。それ以外の仕事については極力排されており、心身ともに常に良好なコントロールが求められている。


 だが外災課は違う。公殺官関連の業務手続きや関係各所との折衝、書類作成から報告書関連まで、その業務は多岐に渡る。ジュリアが公衆衛生課に赴いているのも、不思議なことではなかった。


「実は地下鉄が止まってて……。この時間ならダイン、もしかしたら出勤中かなと思って」


「ああ……なるほど。今いる所からも近いし、別に構わないよ」


「本当!? 助かるわ!」


 俺はウインカーを出すとメイン通りを逸れる。そのまま公衆衛生課の入っているビルへと向かった。


 適当なところで車を停め、ビルの中へと入る。エントランスを見渡すと、外災課の制服を来た女性の後ろ姿が見えた。


 ジュリアだ、間違いない。声をかけようと歩き出すが、ジュリアは二人の男性と話していた。


「ジュリア」


「あ。ダイン」


 二人の男性は俺を見ると、少し驚いた様に目を開いた。そのまま「もういい」と言うと、立ち去っていく。そして俺の横を通る時に小さな声で何か呟かれた。


「え……?」


「……ダイン。行きましょう」


「あ……ああ……」


 助手席にジュリアが座ると、俺はベルトガル7を動かす。


「ジュリア。さっきの二人は……?」


「公衆衛生課の人たちよ。ほら、私たちっていろいろやっかみを買いやすい部署だから。時々ああしたおじさんが絡んでくるのよ。特に私なんて、あの人たちから見たらまだまだ小娘でしょう? 日ごろの鬱憤を晴らすのに丁度良いんでしょうね」


 ジュリアが言うには、外災課の人間は同じ公務員でも他部署からやっかみを買いやすいのだそうだ。


 その原因は主に二つ。高収入であることと、社会ステータス性……というか、ブランド性が高いという点だ。


 中にはたまたま外災課に配属されただけのくせに、何で自分よりも年下の小娘の方が稼いでいるんだ、と考えている者も多いのだとか。


「ほんと冗談じゃないわ! なら私の仕事の1割でもやってみろっての! いつも定時で帰れているくせに!……なんて思ってても、わざわざ言わないけどね」


 基本的に外災課に配属される者は、1種帝国公務員試験に受かったエリートのみだ。


 そして1種帝国公務員試験は義務教育で習う勉学以外にも、様々な知識とその応用力、それにロジカルシンキングの高さも見られる。


 つまり勉学以外にも、総合力の高さを要求される。


 自然、外災課所属の者たちはエリート揃いとなり、全体的に能力の高い集団となる。収入の高さは相応の能力を兼ね備えているからこそだと言えた。


 しかし中にはジュリアの言う通り、自分より年下の……場合によっては娘くらいの者が、それだけの収入を得られている事に、納得していない者もいるのだろう。


「ダインの顔を知っている人は外災課以外でもいるから。彼らもさすがに、現役の黒等級公殺官を前に、あれ以上私に絡もうとは思わなかったのでしょうね」


 俺の横を通り過ぎる時の、二人の目を思い出す。恐怖……とは少し違う。疎んでいる様な、忌避感を感じている様な目だった。


 先日のリノアたちとの会話を思い出す。何となく彼らが俺をどういう目で見ていたのか、その輪郭が掴めた様な気がして、少し複雑な気持ちになった。


 思い返してみると、これまでも俺に対して、過度な緊張感を持って接していた人たちがいる。特定有事に関わった民間人なんかは特にそうだ。


 もしかしたら彼らも、一歩間違えれば自分が殺されると思っていたのか。


 確かに公殺官は特定有事中であれば、そうした特権が与えられている。もちろんこうした特権が乱用されない様に、公殺官は常にストレスチェックや定期的な倫理研修が組まれているのだが。


 車内には俺のお気に入りアーティスト、トレジャーベルの代表曲、《サブマリン》が流れている。全体的に明るく勢いのいい曲が多いのだが、何となく今の空気に合わない気がして、ニュース放送に切り替えた。


『昨日59区で発生したレヴナントですが、現役モデルでもあるアンリノアさん他公殺官2名により、無事に解決されました!』


『アンリノアさんは黒等級の序列2位としても有名ですからね! こうした方が迅速に現場に駆け付けてくれるというのは頼もしいです!』


 昨日のレヴナント化事件、リノアが担当していたのか。


 公殺官は一度特定有事に携わると、経過観察のため5日間の強制休日が実施される。きっと今夜あたり、ルーフリーも含めて飲みの誘いがくるだろう。


「最近レヴナント化関連の報道が多いな……」


「報道だけじゃないわ。実際、年々増えているのよ。レヴナント化する人が、ね」


「そうなのか……?」


「ええ。緩やかにではあるけれど、帝国は着実に人口が増えてきているの。で、人口が増えるとそれだけ多くの資源を消費する」


 何となくジュリアの言いたい事が見えてくる。


「なるほど。この箱舟において、資源は汚染された地上から採取するしかない。採取量が増えると、相応の除染施設の規模拡大が必要になる」


「その通りよ。で、そうした施設で働く人も増えていく。資源の採取に除染施設関連。いずれも増えれば増えるほど、レヴナント化の危険性は増大する。現に百年ごとのデータを見ても、レヴナント化発生事件が減少した時期というのは存在しないの」


 帝国も汚染リスクには気をつけているが、万全とはいかない。瘴気というのは目に見えないし、高濃度でなければ計測も難しいからだ。


 今も周囲には計測できないくらいの、微量の瘴気が漂っている可能性だってある。


「この世界で生きる以上、レヴナント化リスクは付きものだが。歴史上初めてレヴナントに遭遇した人たちは、今より混乱していたんだろうな」


「でしょうね。1000年前もの記録になると、アクセス権限は貴族にしかないから。実際のところは分からないけど」


 俺達を乗せた車はそのまま外災課所有のビルへと到着した。ジュリアは礼を言うと、一足先に車を降りる。


 俺は地下に車を停めると、そのままエレベーターで22偕へと上がった。警備員に公殺官の資格証を見せ、自室へと入る。


 黒等級の公殺官には全員、ビルの中に個室が用意されていた。かなり広く、個室を維持する上で費用はかからない。


 といっても常に個室を利用している者は少ない。俺自身、新しく購入した19区にある家にいる時が多い。


 俺は机の上にある情報端末を操作し、書きかけの設計図を出した。趣味で書き始めたものだが、こうして時間のある時に書き進めている。


 昼までは設計図とにらめっこをし、コールを入れて昼食を部屋まで運ばせる。そうして一息ついたところで運動用のウェアに着替え、そのまま同ビル内にあるトレーニングルームへと入った。


 中には何人か見知った公殺官がいる。その多くは銀、金等級の者だ。


 彼らはチラっと俺に視線を向けたが、すぐに自分のトレーニングに集中し始めた。


 公殺官は複数人で同じ仕事を担当する時がある。そのため4年もこの仕事をしていれば、一緒に仕事をした事がある者も多い。


 だが顔見知りだからといって、積極的に関わるかは話が別だった。何となくジュリアとの会話を思い出す。


(もしかしたら俺も。彼らに年下のくせに、て思われているのかね)


 だが公殺官は外災課とは違う意味で実力社会だ。4年足らずで黒等級に上り詰めたのも、相応の結果を出してきたからこそ。


 そう……俺は優秀な公殺官だ。それは間違いない。俺の他に誰が、この年齢この経験年数でここまでやれるというのか。


 さらに俺にはノア・ドライブに対する深い理解がある。俺の機鋼鎧の操作や判断能力が卓越しているのも事実。


(……くそ)


 この間のリノアたちの話、そして今日会った公衆衛生課の男たちにジュリアの話。今ストレスチェックを受ければ、普段とは違う結果が出るかもしれない。


 俺は今日の出来事を頭から追い払う様に、トレーニングに集中する。


 そうだ、俺の能力は間違いなく公殺官に向いている。今は序列4位だが、それはまだ肉体が完成していないから。


 俺には公殺官のトップに立てる資質がある。その事を証明するためにも。結果で見せてやる。


 結局この日は、リノアからの誘いがくる事はなかった。

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