第14話 72区の異常事態 

 それからというもの、俺はより公殺官としての仕事に精を出す様になっていた。指定されたレヴナント化事件の現場に誰よりも先に赴き、時には増援がくる前に片付ける。


 リノアたちに言われた半レヴナントの話は心のどこかで引っかかっていたが、俺は現役の公殺官。それもただの公殺官ではない、トップグループの一員なのだ。


 自分の能力を証明するためにも、現場では常に最良の結果を示し続けるのみ。


 そうして26才を迎えようとしていた時だった。この時の俺は、間違いなく有頂天……とまではいかなくとも、周囲よりも優秀な存在であるという自覚を強く抱いていた。


 そう思う事で……周りを下に見て自分の承認欲求を満たす事で、様々なストレスから逃げていた。そうしてある日。何度目かになる人生の転機が訪れた。


「72区の除染施設で広範囲の瘴気汚染が発生! 原因は貯水タンクの汚染水洩れとのことです!」


「なんだと!? 規模は!?」


「分かりません! ですが、もし相当量の汚染水が流れていたら……!」


「く……! 今動ける公殺官のリストを!」


 この日、俺は外災課所有ビルの自室にいたため、すぐに声がかけられた。俺自身現場で動ける仕事を欲していたため、話を聞いた時はむしろ望むところだった。


 オペレーター室にはジュリアの他、その上司のカーツマンが焦った表情で立っていた。


「おお、ダインくん! 君が動いてくれるのは心強い!」


「……状況は?」


「詳細はまだ分からん。しかし先ほど飛ばしたドローンの計測器から、広範囲に渡る瘴気汚染が確認された。作業員も含めると、それなりの人数がいた事が予測される。もしかしたら多数のレヴナントが発生している可能性もある」


 俺に与えられた任務は、現場の情報精査。そして特定有事が発生していた場合、その対処になる。


「今回は計測できている瘴気汚染区域も広い。普段よりも多くの公殺官を投入する事にした。既にルーフリーくんやリノアくんにも向かってもらっている」


 二人もすぐに連絡が取れたため、現地へ直接向かってもらったとのことだった。


 公殺官の投入規模には慎重さが求められる。一度特定有事に対処すれば、強制的に5日間の休日が与えられるからだ。


 もしこの間にまた別の特定有事が発生した場合、現場に向かえる公殺官の数に余裕がなくなる。


 それにも関わらず、黒等級の複数投入に加えて、多くの公殺官を現場に派遣するという判断を下した。それだけこの事態を重く捉えているという事だろう。


「鉄道管理課には話を通した。クロスファイアで直行してくれ」


「了解」


 外災課所有の特別列車 《クロスファイア》。普段はビルの地下に待機させてあり、いざという時は各区まで直行できる。


 向かう先が離れれば離れるほど一般鉄道を使用する頻度も増えるため、出動させるには鉄道管理課との連携が不可欠だった。


 俺の愛機 《ラグレイトmk-2》を含めた兵装が積み込まれると、直ぐに《クロスファイア》は発進する。


 外災課所有の専用列車だけあり、車両の中には多くの計測器に簡易オペレータールーム、それに兵装整備室なども完備されていた。ジュリアも列車に乗り込んでいる。


「あと25分もすれば、69区に到着するわ。そこから先は……」


「自分の足で、だろ。分かっている」


《クロスファイア》が各区に繋がっているといっても、それは69区まで。70区から先には鉄道が通っていない。


 ジュリアたち外災課は、69区からサポートする予定だ。俺は《ラグレイトmk-2》の調子を確認し、搭乗準備を進める。


「ねぇダイン。今回の事だけど、不可解な点があるの」


「不可解な点?」


「ええ。原因は貯水タンクから汚染水が洩れた事だけど。どうやったらそうなるのかが分からないのよ」


 言われてみて確かに、と思う。除染施設は汚染リスクの高い場所ではあるが、そんな事は誰もが知っていることだ。


 そのため、いかに汚染リスクを低値に抑えるかの工夫が凝らされている。そんな場所でどうして汚染水が洩れたというのか。それも広範囲に。


「……誰かが意図的にやったってのか?」


「まさか。でもすんなりと納得するにも無理がある話だわ」


 この閉じた箱舟の世界で、汚染水をまき散らすだなんて自殺行為以外のなにものでもない。さすがにそんな狂人めいた奴はいないだろう。


 原因は設備の整備不良か、何か事故でもあったか。


「どうせ現場に向かうんだ。貯水タンクまでたどり着いたら映像で確認してくれ」


「ええ……。ダイン、気を付けて」





 《クロスファイア》は無事に69区に到着した。


 俺は地上に出ると、真っすぐに72区を目指す。《ラグレイトmk-2》の中にいる俺の視界の右下には、現在の72区の状況が映し出されていた。


(もうこの辺りから瘴気汚染区域か……。濃度はそれほど濃くはないが、これだけ広範囲だと大気除染も手間だろうな……)


 除染施設の近くに民家は存在しない。70区以降にはこうした施設が多いため、施設区域と居住区域がはっきりと分かれているのだ。


 そういう意味では、今回の瘴気汚染が民間区画まで広まっていないのは不幸中の幸いだった。


(瘴気汚染を知らせるアラートが鳴れば、多くの作業員もすぐに避難したはずだ。汚染地区の割にはそれほど被害者は出ていないか……?)


 そう考えていた時だった。俺はとうとう今回の瘴気汚染の発端となった、除染施設に到着する。周囲は誰もいないかの様に静まり返っていた。


「妙だな……。俺の他にも何人か公殺官が到着しているはずなんだが……。おい、ジュリア。……? オペレータールーム、聞こえるか?」


 通信機に反応はない。瘴気汚染が強いエリアでは、時折通信が繋がりにくくなる事が知られている。


 それに70区以降は通信を安定させる中継施設みたいなものも少ない。俺はオペレータールームとの通信を諦め、施設の中へと足を踏み入れた。


「さすがに中は瘴気濃度が濃いな……」


 事前に目を通した資料によると、ここは除染施設の中では比較的古い施設だった。


 主に水を中心に除染作業をしており、作業員も多い。気になるのは、過去にもレヴナントが発生しているという事だ。それも複数回ときた。


(気にはなるが、箱舟がこの世界を漂って1000年になる。ここも古いし、過去にレヴナントが発生していてもおかしくはない……か)


 まぁいい。俺は公殺官としての職務を全うするだけ。


 視界に映し出される施設の図面を頼りに、目的の箇所を目指す。今は状況の把握が先だ。そう思い、目の前の扉のロックを解除する。その先はより高濃度汚染区域になっていた。


「う……」


 そして作業員らしき人たちの死体も確認できた。結構多いな。おそらく逃げ遅れた人たちだろう。


 だがここにこれだけの死体が転がっているという事は、レヴナント化した者も複数いておかしくない。


 俺は慎重に足を前へと進める。すると俺の視界に動いているモノが映った。


 それは外骨格の様な黒いプレートを纏い、手足が不気味に伸びていた。レヴナント化した者に見られる典型的な特徴だ。


「やっぱりいたか……! 悪いが片付けさせてもらう!」





 ダインより先に到着したアンリノアとルーフリーたちは、別口から施設に入っていた。そもそもダインは69区の鉄道ターミナルから向かっている。現場に直行した他の公殺官とは別の方角になるのだ。


「リノア。通信状況はどうだ?」


「駄目ね……。こうして外部スピーカー越しじゃないと、意思の疎通が図れないわね」


 二人とも慎重に前へと進む。後ろには他の公殺官たちもついてきていた。


「もうすぐ貯水タンクエリアだ。……暗いな。明かりが一部落ちている。リノア、ライトは照らせるか?」


「私の《キャリバー》には暗視機能に加え、高感度CCDカメラが搭載されているの。ライトは無いわ」


「さすがオーダーメイドは違うな……。しゃーない、俺の方で照らすわ」


 機鋼鎧には稼働時間があるため、余計なエネルギーの消耗は抑えたい。だが今は、エネルギー消耗と視界の確保を天秤にかけ、必要な個所だとルーフリーは判断した。


「ねぇルーフリー」


「なんだ?」


「雰囲気が暗いし、何か面白い話してよ」


「今は仕事中だろ……」


「いいじゃない。こう暗いと無駄に緊張しちゃってパフォーマンスが落ちるわ」


 なんだそりゃ、と思いつつルーフリーは一理あるかと考えた。


「といっても面白い話なんてねぇぞ」


「なら公殺官やってる理由を教えなさいよ。この間、私たち二人の話を聞いたんだから」


「ああ……」


 俺が聞いた訳じゃないんだが……と思いつつも、ルーフリーは話し始める。


「金さ、金」


「お金?」


「ああ。俺の家、いわゆる中間層なんだがな。兄弟も多いし、生活は一般的な中間層よりもしんどかったんだ。でも親はそんな中、しっかり教育を受けさせてくれてな」


 ルーフリーは五人兄弟の長男になる。そして五人の中で最も勉学に対する意欲が高く、実際に学校では優れた結果を残していた。


 そして親もそれならと、ルーフリーを大学にまで進ませた。


「とはいえ、別に帝国大学に入れるくらい賢かった訳じゃない。1種帝国公務員試験を受ける気はなかった。けどせっかく大学まで面倒みてくれたのに、このまま普通の会社員になるのも嫌だったんだよ」


「それで公殺官に?」


「ああ。といっても、1年ほど民間の会社に勤めていたんだがな」


 アンリノアはふぅん、と話を聞きながら考える。


 きっとその1年の間に何かきっかけがあったのだろう。そうしてルーフリーは民間の会社に勤めつつ、公殺官試験を受けた。


「それじゃ、今は親に仕送りしてるんだ?」


「まぁな。今まで俺の教育に金をかけてくれた恩もあるし、一番下の奴はまだ義務教育期間中でもあるんだ。少しでも楽させてやりたくてな」


「ルーフリーのくせに良い話じゃない! 私、てっきり酒と女にばっか金をかけているんだと思っていたわ!」


「いつそんな話をした!?」


「だってルーフリーったら、兵装関連にかけるお金なんて最低限じゃない。他に何にお金かけているんだろうって思うと、酒と女かなって」


「まさか男がみんなそんな金のかけ方をしているとは思っていないよな? ……まぁ確かに、他の公殺官の中にはそうした使い方をしている奴は多いが。あとお前は兵装関連に金をかけ過ぎだ」


 公殺官を畏怖の目で見る者もいるが、収入に加えステータスも高く位置づけられているため、もてはやされる事も多い。サービス業関連だとより顕著にその傾向が見られた。


「ダインは兵装に車と、メカオタクでしょ。お金もほとんどあっち系にかけているわよね」


「わざわざ趣味でノア・ドライブを買って調整しているからな……。ありゃ生粋のオタクだ」


「好きなアーティストの曲を聞きながらメカ弄りするのが楽しいみたいだものね。……ルーフリー!」


「っ! ああ!」


 直前まで和やかに話していた事が嘘の様に、二人の間に緊張が走る。原因は目の前に現れたレヴナントだった。


「一体いつから……!? まったく気づかなかった……!」


「急に目の前に現れた様に見えた……! 気を付けろ!」


 ルーフリーは外部スピーカーの出力を上げ、他の公殺官にも警鐘を鳴らす。


「……っ! 魔力反応よ!」


「魔力持ちか! やるぞ、リノア!」


 二人とも黒等級に届くほど、多くの実績と経験がある。その二人が共通して、目の前のレヴナントは一筋縄ではいかないと感じ取っていた。

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