第12話 公殺官とレヴナント

「まぁ私の事情なんてこんなものだけど。ダインも結構特殊な遍歴よね?」


 リノアが俺に水を向ける。俺は特に公殺官になった経緯を隠していないからな。割とみんな知っている話だ。


「確か元々はヴァルハルト社の開発室で働いていたんだよな?」


「しかも16才で引き抜かれ、21才の時には公殺官のスカウトを受けたのよね? さすがの私もダインほどの才覚はないわよ?」


 ヴァルハルト社の名が出た事でディアヴィの事を思い出す。胸に謎の重しを感じつつも、俺は口を開いた。


「まぁそうだな」


「なんで公殺官になろうと思ったんだ? ヴァルハルト社といえば一流企業、そこに16才で引き抜かれるなんて、それだけで天才だと言っているようなもんだ」


 俺は素直に答えることにした。ここで変に言いよどんでは、ルーフリーたちに気を使わせてしまう。


「俺自身、いろいろ兵装を開発してきたんだけどさ。自分の開発したものを自分で使いたいという気持ちはずっとあったんだ。それで外災課を呼んでデモンストレーションを行った時、声をかけてもらってさ」


「へぇ。それじゃ、もともと戦いたいという気持ちがあったんだ?」


「戦いたいというか……いや、そうだな。確かにその通りだ。俺は自分の開発した兵装を自分で使い、戦ってみたかったんだ」


 実際、この数年はずっと満足のいく人生を歩めていた。今でも《ラグレイトmk-2》と、それに付随する兵装の数々は俺のお気に入りだ。


「そういや《ラグレイトmk-2》もお前が開発したんだよな。そりゃ一番うまく使いこなせるはずだぜ」


 結果からいうと、《ラグレイトmk-2》はあまり売れなかった。機鋼鎧としての性能は申し分ないのだが、兵装が限定され、汎用性に乏しいという点が主な原因だ。


 公殺官にはそれぞれ得意な戦闘スタイル、兵装がある。せっかく機鋼鎧の性能が高くても、従来の兵装が使用できなくなっては意味がない。


 《ラグレイトmk-2》は俺が開発してきた兵装の取り回しに特化した機鋼鎧だ。それにメインブースターの他に補助ブースターも多く、複雑な挙動が可能な分、操作の選択肢が多すぎる。


 そのため、シンプルな運用を好む公殺官や、戦闘中に武器の扱いを考えながら、機鋼鎧の挙動制御も求められるのを煩わしいと感じる者が多かった。


 実際、リノアとルーフリーも使っていない。リノアに至っては、ヴァルハルト社のとある開発室が完全な後ろ盾になっており、ほとんどオーダーメイドに近い。公殺官の中でもさらに潤沢な資金を誇るリノアだからこそだろう。


 それにリノアは貯金というものを一切しない女だ。実入りがあれば、あった分すべて使い切る。リノアというスポンサーを得られた開発室は幸運だろう。


「でもそういう事なら、万が一公殺官を引退となっても、ダインならどこの開発室からも引く手あまたでしょうね」


「そういやそうか! 現場を知っている開発者なんて、これ以上ない逸材だからな! 俺なんて公殺官以外に手に職がないから、お前たちが羨ましいぜ……」


 リノアに言われて考える。公殺官の中には怪我などの影響で辞めていく者も多い。そうして引退した者は資格をはく奪され、これまで受けてきた特権が享受できなくなる。


 リノアたちはもし俺が怪我で引退しても、またヴァルハルト社で働けると考えているようだった。


(確かに、ヴァルハルト社としては俺という人材を欲しがるかもしれない。けど……)


 やはり思い出すのはディアヴィの事だ。あれから互いに一切連絡を取り合っていない。だがもしヴァルハルト社でもう一度働くとすれば、ディアヴィの開発室しか考えられない。


 一方で心に引っかかりの様な棘を感じており、やはり顔を見せられるイメージはなかった。


「どうした?」


「え……あ、いや。みんなどうしているかな、と思って」


「あら? 連絡はとっていないの?」


「ああ、まぁ。その。中には俺が公殺官になる事を反対している人もいたから」


 俺がそう答えると、二人はああ、と納得した様な声を出した。


「そりゃそうだな。どうしてもこんな仕事をしていると、感覚が狂う時もあるが」


「そうね。ダインの職場、良い人がいてくれたのね」


「え……?」


 どういう意味だろうか。俺の疑問が顔に出ていたのか、リノアは優しく諭す様に話す。


「公殺官には多額の年俸と特権が与えられているわ。でもそれは厳しい資格試験が用意されているからだけじゃない。この閉じた世界で、人を殺すという事が求められるからよ」


「でも。レヴナントになった人間は、もう救えない」


 それに人間じゃない。そう言おうとした時だった。ルーフリーがゆっくりと頷く。


「そうだ。そしてついさっきまで人間だった人を、大儀の名の元に殺す。中にはレヴナント被害を直に受け、人生に絶望している者もいる。現場でそうした人にあった時、中には公殺官に殺してくれと頼んでくる奴もいる」


「え……」


「そうね。私も経験があるわ。一度でも強い瘴気の影響を受ければ、良くて死。その次に、私の様に瘴気に侵された者としての烙印を押されて生きていくこと。最悪なのはなんだと思う?」


「レヴナント化すること……」


 俺の答えに、二人は曖昧な表情を作った。


「半レヴナント化してしまうこと、よ」


「半……レヴナント……?」


「瘴気の影響を受けた人が直ちにレヴナントになる訳ではないわ。中には完全にレヴナント化するまで、時間がかかる人もいる。そうした人は自分がレヴナントになっていく恐怖を前に、自我を崩壊させる。でも中には、そうでない人もいるの」


「ああ。そしてそういった人は、自分がレヴナント化するのを目の当たりにしながら、公殺官の姿を見たらこう言うんだ。意識があるうちに、人として殺してくれってな」


「…………」


 俺が今まで戦ってきたレヴナントは、暴れている者たちだった。言われてみて思い出す。俺は人がレヴナントになる様を見た事がない。


 恐怖と絶望の中、レヴナントになっていく人から殺してくれと言われたこともない。


「そういう覚悟が決まった人ならまだいいわ。中には殺さないでくれと懇願する人もいる。でも私たちは公殺官。一度レヴナント化現象が始まった者を放置する事は許されない。どんなに命乞いをしてこようとも。確実にその場で殺す判断が求められる」


「放置すれば新たな被害が増えるし、さらに新たなレヴナントが生まれる可能性もある。相手の希望に耳を貸さず、容赦なく殺せる覚悟が必要だ。……お前が公殺官になる事を反対した人は。そんな経験をしてほしくなかったんだろうな」


 もし俺の目の前で命乞いする人がいたとして。そしてその人のレヴナント化が進んでいるとして。俺はその人を殺せるのだろうか。


 もしかしたら俺は今まで運が良かっただけで、とんでもない仕事をしているのではないだろうか。


 そもそも。レヴナントに元の人間の意思が一切残っていないという事は、学会で証明されているのか? もしかしたらしゃべれないだけで……。


「ダイン」


 リノアの呼ぶ声に、俺はハッと顔を上げる。


「ごめんなさい、忘れてちょうだい。半レヴナントなんて、そう滅多に出会うものでもないわ。それにあなたは公殺官として一流よ。あなたの今までの活躍は、確実に多くの人々のためになっている。あなたは外災課が誇る、自慢の公殺官よ」


「そうだぜ。それに公殺官がレヴナントを前にすれば、選択肢は一つ。リノアの言うとおり、お前には才覚もあるんだ。その調子で次代の公殺官を引っ張っていってくれよ!」


「あ……ああ……」


 ディアヴィと喧嘩した日の事を思い出す。あの日は俺もディアヴィがどういう理由で、公殺官を反対しているのかよく聞いていなかった。自分の未来を邪魔するうっとうしい奴と考えてしまった。


 でも。もしディアヴィが俺の事を本気で案じていたとしたら? 俺の命だけではなく……俺の心まで心配してくれていたとしたら?


 ディアヴィと共に過ごした日々を思い出す。おそらく公殺官でなければ、ディアヴィは俺の夢を全力で応援してくれただろう。


 しかし開発室のチーフとして、ディアヴィは公殺官の現実を知っていた。俺とは違う角度で、公殺官という職業を理解していた。


 結局このあと、二人とどんな話をしたのかは覚えていない。ただ酒も飲んでいたはずなのに、一切酔っていなかった事ははっきりと覚えていた。

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