第11話ダイン25歳 公殺官の仲間たち

 公殺官となり、俺はここでも多くの実績を積んでいく。レヴナントはもちろん、何度か地上探索部隊と共に地上に降り立ち、ブルートと戦った事もあった。


 公殺官は仕事が無い時、ある程度自由に過ごす事ができたが、身体を鍛える事は必須項目として盛り込まれていた。そのための設備は外災課所有のビルに備え付けられている。


 俺も趣味らしい趣味といえば、ノア・ドライブ調整か車くらいだったので、休みの日はよくトレーニングルームで鍛錬を行っていた。


「おおおお!!」


 対レヴナントと考えると参考になるかは分からないが、トレーニングルームでは新兵装の確認も踏まえ、仲間内でよく模擬戦を行っていた。


 もちろん機鋼鎧や各種兵装には安全装置が稼働しており、万が一の事態は起こらない様に細心の注意が図られている。一通り模擬戦が終わったところで、俺達は今の内容の総括を行っていた。


「さすがダインだな! 公殺官になって3年で黒等級序列4位に上り詰めただけはある!」


「勝ちこしておいてよく言うよ、ルーフリー」


 ルーフリー・クライロン。29歳。俺と同じ公殺官で等級は最上位の黒。そして序列7位。


 実績や能力の総合評価で序列は俺の方が上だが、はっきり言って7位も4位も戦闘能力に大した差はない。


 それに互いに戦闘スタイルも大きく変わるため、どちらが強いかなんて序列だけで測れるものではなかった。


「二人ともお疲れ」


「リノア! どうだったよ、今の俺の動き!」


「無駄の極みね。ルーフリーはやっぱり中距離での立ち回りか、味方の支援で輝けるわね。ダインの反応速度は相変わらずすごいんだけど、あなた次の行動をどうしようか考えずに、動きながらどうするか考えているでしょ。悪いことばかりではないけど、動きにムラがあり過ぎるわ」


 冷静に評価を降すのはアンリノア・ドレイジー。27歳。こちらも同じ黒等級の公殺官ではあるが、その序列は2位。


 そして俺たちとこの2位の公殺官の間には大きな差があった。


「相変わらず厳しいな……」


「リノア様には敵わないって……」


 リノアはいろいろ規格外の女性だった。実家が10区内にある本物の貴族なのにも関わらず、公殺官の資格を所有し、実際に前線で戦っている。そんな貴族、リノア以外にまず存在しない。


 そして本人も貴族らしさを感じさせない気さくな人柄で、俺達は序列も近い事もあり、よく一緒にいた。今日もトレーニングの後は三人で食事に出かける。


「ダインが公殺官になって、もうすぐ4年かぁ! お前がここに来てから退屈しないぜ!」


「俺も毎日充実した日々が過ごせているよ。二人のおかげさ」


 外災課の人たちとも食事に行く事はあるが、やはりこの二人と一緒にいる事の方が多かった。リノアがそういえば、と口を開く。


「この間の月刊コア・パワードスーツにダインが出ていたわね」


「おお! 見た見た! お前、なんかかっこつけてインタビューに答えていたよな!」


「……やめてくれ」


 コア・パワードスーツとは、機鋼鎧を含めたパワードスーツ関連の記事を特集している月刊誌だ。


 今月発売号に俺は「最年少で黒等級へと登り詰めた現役公殺官に聞く! 機鋼鎧選びで重視するポイントとは!?」という名のインタビュー記事に掲載されていた。


「ふふ。私も何だかすました顔しているダインを見て、思わず笑っちゃった」


「なぁなぁ。ああいうインタビューっていくら貰えるんだ!?」


 雑誌からインタビューを受けたのは、これで2回目になる。


 ヴァルハルト社を経て公殺官デビューを果たし、現役黒等級というのはとてもよく目立つため、テレビ取材の話も何度かきていた。


 しかし俺は雑誌インタビューも厳選していたし、テレビ取材には応える気が無かった。


 理由は自分でもよくわかっていない。だがテレビでにこやかに対応している姿をディアヴィに見られるかと思うと、何だか気乗りがしなかった。


 ディアヴィとは結局、あの日以来一度も会っていない。


「そんな大した金額じゃないよ。というか、その辺りは明らかにリノアの方が詳しいだろ」


「確かにな……」


「ふふ」


 俺も公殺官の中ではかなり目立っているが、リノアはそれ以上と言えた。数少ない女性公殺官であり、身分は貴族。そして黒等級の序列2位。


 見目の麗しさもあり、リノアはモデルとしても活躍していた。よくファッション誌で表紙を飾っている。


 それにテレビコマーシャルにも出ているし、最近ではリメイク映画に女優としても活躍していた。常に鍛えているその身体はメディア受けも良いらしい。


「で、この間週刊誌に書かれていた俳優のエドウィンとの関係って、どこまでが本当なんだ?」


「ルーフリーの想像にお任せするわ」


「おいおい、気になるじゃねぇか!」


 もう一つ、リノアが有名な理由がこれだ。多くの有名人と浮名を流しているのだ。これまで一度も確定的な証拠は撮られていない分、想像が働く有名人は多かった。


 リノアは公殺官なんてせずとも、十分他で生きていける。それこそ身分に頼らずとも、だ。


 そんなリノアが何故今の仕事をしているのか。芸能一本に絞らないのは理由があるのか。俺は前々から感じていた疑問をぶつけてみる事にした。


「なぁ。前から気になっていた事があるんだけど」


「あら。何かしら」


「リノアって、なんで公殺官になったんだ?」


「……おい、ダイン」


 公殺官を目指す者は様々だ。だがその経緯を含め、明かしている者と明かしていない者がいる。


 リノアは隠している様子は見られなかったが、踏み込んでいい話題なのかは微妙なところだろう。ルーフリーもそこが気になったのか、止めに入った。


「別にいいわよ。特に隠していないんだけど、何故だか誰も聞いてこないのよねぇ」


「そりゃそうだろ……」


 貴族令嬢が10区内から飛び出し、わざわざ公殺官をする。どう考えても訳有り、深く事情に入り込むのはタブーだと考える者は多い。


 しかし当の本人はやはり隠しているつもりはなかった様だった。


「刺激よ、シ・ゲ・キ」


「……え?」


「ほら。私って貴族じゃない?」


「うん、知ってる」


「貴族ってどんな暮らしをしていると思う?」


 考えてみるが、貴族の知り合いなんてリノア以外にはいない。だが映画や小説なんかではよく貴族を主役に取り扱ったものがある。


 俺はそのイメージを思い描きながら答えた。


「蝶よ花よと育てられ、ハンドベルを鳴らすと使用人が現れる。買い物する時は自分から店舗に行くのではなく、お店側に来させる……?」


「いつの貴族よ、それ。たぶん1000年前の貴族でもそんな生活はしていないわよ……」


 どうやら創作物に登場する貴族というのは、フィクション要素が強いようだ。


「まぁ不自由のない生活、という意味ではあっているけど。貴族は基本的に、生まれる前から人生を決められているのよ」


「人生を……決められている?」


 貴族というのは、家ごとに役割というものが定められているらしい。


 生まれた瞬間にどういう役割に就かせるか、そのために5才まではどういう教育を、10才までにはこういう教育を……という様に、あらかじめ敷かれたレールの上を歩む事を強制されているそうだ。


「結婚相手まで含めて、全て決めた通りに生きる事が求められる。それがこの箱舟の貴族よ」


「へぇえ……?」


 話を聞いても、俺もルーフリーもよく理解ができなかった。こればかりは当事者じゃないので仕方がない。


 だが体制側としては、この閉じた世界を堅実に運用していくために必要な事なのかもしれない。


 箱舟の管理者側として、幼少の頃から英才教育を施す。そうして然るべき地位に然るべき教育を受けてきた者が就く。たしかに俺がいきなり議員をやれと言われても、無理な話だろう。


 貴族には多くの特権が認められているが、それはその生涯を箱舟に捧げる事と引き換えにしたものなのかもしれない。


 そう思うと、何となく貴族という人種は窮屈なものなのかと思えた。


「で、そんな貴族のリノア様は公殺官になるレールを敷かれていたのか?」


「あはは! まさか! そんな貴族なんていないわよ! 私の場合はちょっと訳アリでね!」


 リノア自身も将来要職に就く事が決められていたそうだ。だが5才の頃に事件が起こった。


「今でも原因は分かっていないんだけど。貴族街にレヴナントが現れたのよ」


「え……?」


 貴族が住まう10区内は特に瘴気に敏感だ。しかし極まれではあるが、確かにレヴナントが現れる事があった。


「幸い誰も死ななかったんだけど。私は足に瘴気の影響を受けたの」


「そんな……」


 それからリノアは貴族としての役割を放棄する事になり、寝たきりで過ごす日々を送っていたそうだ。


 ドレイジー家にはリノアの代わりになる子供が直ぐに生まれた。


「そこからはただ生きているだけの人形になったわ。でも悔しかった。新たに生まれた妹に役割を取られた事も。ただ息を吸うためだけに生きている自分にも」


 だが足が動かないのは事実。どうしようもない。そう思っていた時だった。


「9才の時にね。父がある男性を連れてきたの」


「ある……男性?」


「ええ。詳しくは聞いていないから、医者なのかどうかも知らない。名は……なんといったかしら。ルネ……ルリック……だったかしら? まぁなんでもいいわ。とにかくその男性が足の具合を連日診てくれたの」


 男性はリノアの父の許可をもらい、様々な薬品を試したそうだ。そして6ヶ月後。奇跡が起こった。


「瘴気の影響を受けて動かなかった私の足が。動くようになったのよ」


「まじか!? そりゃすごいな!?」


 一度瘴気による影響で障害が出た身体は、完璧に治癒する事はできない。稀にましになる事はあると聞いているが。


 しかし今のリノアの身体能力を考えると、完治していると言っていいだろう。


「もちろん長年まともに動けていなかったから、リハビリはきつかったけどね。でも今さら動けるようになったところで、私に与えられる役割は無かった」


 瘴気に侵されたと聞くと、どうしても人はレヴナントをイメージする。一度でも瘴気にあてられた経験がある貴族令嬢に、価値を見出す者は誰もいなかった。


 それに後から生まれた妹が、順調に教育を受け育っている。代わりが用意できた事もあり、せっかく足が治ってもリノアに用意されたレールは既に存在していなかった。


「で、リハビリ中に気付いた事があるのよ」


「気付いたこと?」


「身体動かすのって楽しいぃぃぃぃ! てこと」


「お……おう……」


 貴族としての役割が放棄された後という事もあり、リノアは貴族としての生き方以外に目を向ける様になった。


 今までシャットダウンしていた情報を貪欲に集める。その中には10区外の事も含まれていた。


「貴族の中には10区外は汚染リスクも高く、不衛生な区画という印象を持っている人が多いんだけど。私は違ったわ! いろんなブランド服、テレビで活躍する女優! そしてレヴナントと戦う者たち! 外の情報を集めれば集めるほど、私は10区外に興味を持つ様になったの!」


 もはや貴族として生きていく事はできない。そう思い、リノアは父親に外に出たいと話した。


 父親にも考えがあったのか、その許可はすんなりと降りた。もっとも、リノアは許可が出なければ無断で出て行くつもりだったそうだが。


「で、勢いそのままに公殺官になったってか?」


「そう! そしてオフの日には芸能活動もね!」


「ちょっと待てぇ! 公殺官ってそんな簡単になれる職業じゃねぇぞ!? いくらなんでもおかしいだろ!」


「そんな事言われても。実際こうして黒等級の序列2位な訳だし? あと確実に私の方がルーフリーよりも強いわよ?」


「ぐ……ぐぐぐ……!」


「確かに……。俺もリノアの様な動きはできないしな……」


 才能という奴なんだろうか。それとも貴族は、俺達とは違う身体構造をしているのか? いずれにせよリノアの戦闘能力は俺達よりも上だった。


 機鋼鎧の補助込みとはいえ、足の動きが違うのだ。リノアの戦闘スタイルは高速移動で相手を翻弄し、猫の様なしなやかさで敵を仕留めるものだ。とても昔、足が動かなかった様には思えない。


「なんでか足が動く様になってから、ずっと身体の調子が良いのよね! もしかしたら足を治してくれた人が、怪しい薬を使ってすんごい強化をしてくれたのかも?」


「俺もその怪しい強化を受けてぇ……」


 瘴気に侵された足を治療できるくらいだ。もしかしたら本当にその人が、リノアの足に何かをしたのかもしれない。

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