第10話 追憶のダイン 人生の転機と歳上の女性

「え……」


 その日は急にやってきた。家に役人が来て、親父の死亡を聞かされたのだ。原因はレヴナント事件に巻き込まれたとの事だった。


 レヴナント事件に巻き込まれた者の多くは瘴気の影響を受けているため、例にもれず親父の死体も見る機会は与えられなかった。


 親父はどこかの研究所で働いているという事は知っていたが、具体的にどこで何の研究をしているのかは聞いていなかった。きっと第三者には教えられない機密も多かったのだろう。


 だが家に置いてある資料から、何となくノア・ドライブに関わる工学関連のものだと考えていた。


 親父は他に血縁者がおらず、21区の家はそのまま俺が相続する事になった。だが家を保有する事で不動産税が発生する。


 そうした税制上の確認や、役所への手続きなど初めて行うことが多かったため、毎日が忙しかった。さらに学校も卒業したばかりであり、予定では工学系の専門学校に通うつもりだった。


 だが専門学校には多額の授業料が必要になる。幸い家にはそれなりの蓄えはあったが、先行きが見えない16才の少年からすると不安しかなく、俺は専門学校への入学をあきらめた。


 そうして2ヶ月が経った頃。ある程度身辺が落ち着いて、これからどこか働き先を見つけるか、家を売って20区代より外に出ようかと考えていた時だった。アーマイクが家を訪ねてきたのだ。


「これからどうするんだ?」


「……進学もできなかったし。俺の学歴では20区代で職を見つけるのも難しい。どこか働き先が見つかればいいけど、見つからなかったら家を売って出て行くよ」


 仮に働き先を見つけられても、不動産税を払い続けられる収入がなければ意味がない。そして今の俺にはそれが難しい。そう考えていると、アーマイクは俺の目を見て頷いた。


「お前にその気があるのなら、会わせたい奴がいる」


「会わせたい奴?」


「ヴァルハルト社。そこの開発局チーフだ」


「え……」


 ヴァルハルト社といえば、帝国を代表する超トップ企業の一つだ。工学系の専門学校や大学を出た者でなければ、まず入社自体が不可能。


 そこのチーフともなると、少なくとも俺の様な者が会える人物ではない。驚いていると、アーマイクはそのまま言葉を続けた。


「以前、お前の事を話したことがあってな。随分と興味を持っていたんだ。働き先を探しているんだろう? ノア・ドライブに携わる仕事もできる。興味はないか?」


「そりゃあるけど……。でも本来、俺みたいな奴はヴァルハルト社で働くことなんてできないんじゃ……」


「そうだな。だから私もあくまで会わせるだけ。そこから道を切り開けるかは、お前次第だ」


 アーマイクとはそれ以来、会うことはなかった。だがアーマイクがヴァルハルト社のチーフとの席をセッティングしてくれたため、俺は1対1で直接話す機会を得られた。


 チーフの名はディアヴィ・レオノルマ。眼鏡の似合う若い女性だった。ディアヴィと俺は、ノア・ドライブについて多くの意見を交わした。


 途中いくつか質問されたが、それについても自分の考えを迷わずに述べていく。ディアヴィは興奮した様子で情報端末からある図面を見せてくれた。


「これは……」


「今開発中の試作武装よ。この設計のキモはね……」


「すごい! ノア・ドライブの出力端子を四重構造にしている! こんな図面が書けるなんて……!」


「わかるの!?」


「当たり前じゃないですか! ……あれ? でもそれならここの骨組み、耐久性に不安が出てきませんか? 従来のカバーツ鉱だと一番に影響がでてきそうなんですけど……。それに四重構造の設計は確かに目新しさはありますけど、素材がそのスペックについてこれていない印象です。これなら無理に出力端子に凝るより、ノア・ドライブ自体の大きさを変更した方が、兵器としての信頼性は向上するのでは?」


 ディアヴィは眼鏡の位置を直すと、俺の目を真正面から見つめてくる。年上の女性の顔が近くにきて、何故か俺の心臓は鼓動が早くなった。


「……合格よ。文句ないほどの」


「え……?」


「この設計図を見て、あなたが何と答えるのか試していたの。まさかこんな一瞬見ただけで、全体図をここまで正確に把握されるとは思わなかったけどね」


 ディアヴィは俺が覚えた知識をどう現場に活かせるかを見たかったそうだ。いわく、大学を出ても知識だけ詰め込んで、応用がきかず現場で使いものにならない者は多いとの事だった。


「この設計図、私が書いたんだけど。これを見た者の反応は主に二つ。手放しで褒めちぎるか、あなたの様に改善点を意見するか」


 手放しで褒める者はそもそも設計図を理解できていないか、完成品をイメージできない者。もしくは低い基準で満足できる人種。ディアヴィはそうした者には用はないとの事だった。


「あなたの年齢でその知識と応用力があるのなら、専門学校に通うのは時間の無駄ね。ダイン、私の開発室に来なさい。あなたにはそこで、私自ら設計工学の基礎を叩き込んであげる」


 そこから俺は、ヴァルハルト社に16才にして異例の入社を果たした。21区の家はそのままで、ヴァルハルト社の分室も近いという事もあり、いつしか俺はディアヴィと一緒に暮らし始めた。


 親父と二人で過ごしてきた空間に、年上の女性と一緒に暮らす。奇妙な感覚ではあったが、充実した日々を過ごせていた。


 何よりディアヴィから直接授業を受け、学んだ事を開発室で遺憾なく発揮できるという環境は、俺にとって幸せな時間だった。


  思えばディアヴィは、初めてできた師でありまた恋人……と言えるかは分からないが、男女の仲になった女性だった。


 俺の発案で形になった兵装は多い。初めはまともな学歴のない俺を侮る者も多かったが、いつしか誰もが俺を認める様になった。俺はディアヴィの管轄する開発室のNo.2として、そしてその右腕として辣腕を振るっていく事になる。


 そうして21歳のある日。ある機鋼鎧の完成が、俺の人生を大きく変えた。


「完成だ……!」


 その機鋼鎧は、俺の5年間の集大成とも呼べるものだった。機鋼鎧自体は公殺官もよく使っている《ラグレイト》をベースに改良を加えたものだ。


 だが通常の《ラグレイト》と違い、これまで俺が作成してきた兵装の取り回しに特化した設計になっていた。


 つまりこの5年の間に生まれた様々な新兵装を、遺憾なく発揮するために設計し直した機鋼鎧と言える。俺はこの《ラグレイトmk-2》をとても気に入り、実験室で直接装着してその動作を試していた。


 そしてその日。外災課のお歴々が《ラグレイトmk-2》のスペックを確認しに、開発室へと足を運んでいた。


 俺はいつも通りに実験室でその動作をお披露目する。ガラス越しに外災課の人たちが驚いている様子が確認でき、俺は気分が良かった。


 だが外災課の人たちが驚いていたのは、《ラグレイトmk-2》にではない。いや、もちろんこの新開発の機鋼鎧にも驚いてはいた。だが一番驚いていたのは、俺が《ラグレイトmk-2》のスペックを諸元表以上に引きだせていた点だ。


「素晴らしい……!」


「これで今までなんの訓練も受けていないだと!?」


「いくら開発者だからとはいえ、それだけでは説明がつかん……!」


「彼には天性の才がある!」


 《ラグレイトmk-2》の販売認可は問題なく降りた。外災課にも納入する事にもなったし、プロジェクトとしては一定の成功を収めたと言える。


 そして俺にも転帰が訪れた。


「え……。今、なんと……?」


「ダイン・ウォックライド。君を公殺官にスカウトしたい。もちろん資格試験は受けてもらうが、君なら問題なくクリアできるだろう。ダインくん。君の能力を、人を守るために役立てる気はないかい?」


 公殺官。特定有事において、帝国政府より殺人の許可証を与えられた者。その他、地上探索部隊に同行したりと、人類の最前線で戦う者。


 外災課を招いてのデモンストレーションの場で、彼らは俺の公殺官としての適性に目を付けた。


 提案を受けた俺はというと、素直に言って驚きよりも嬉しさが勝っていた。いろんな人が俺を見てくれていた。そして評価してくれた。  


 開発室でもそうした欲求は満たされていたが、5年の間に慣れた部分もあったのだろう。何より、自分が開発した兵装を力いっぱい振るってみたい。こうした気持ちは以前から持っていた。


 だがここで恩人であるディアヴィと大喧嘩する事になる。


「絶対だめよ! 公殺官なんて、死亡率も高いのよ!? 子供の憧れでなっていい職業なんかじゃないわ!」


「子供だって!? 俺が!? 冗談じゃない! 俺はもう一人で生きていける大人だ! 実績もある! それにこの開発室で生まれた兵装は俺が一番うまく扱えるんだ! 外災課の人たちだって、それが分かっているから俺をスカウトしたんだろ!」


「ダイン……! 公殺官の仕事が何か、分かって言っているの!?」


「分かってるさ!」


「いいえ、分かっていない! あなたに人が殺せるの!?」


「レヴナントなんて人じゃないだろ! それに俺たちが普段開発している兵装は対レヴナント用のものがほとんどだ! 間接的に殺すのと何が違う!?」


「ダイン……っ!」


 パンッと大きな音が部屋に響く。一瞬何が起こったのか分からなかったが、しばらくしてから俺は頬を叩かれたのだという事に気付いた。思えば12才以降、誰かに叩かれたのは初めてのことだ。


 結局ディアヴィはその日、家を出て行った。俺はというと、自分の決意が変わる事はなく、公殺官になるための資格取得に向けて勉学の日々が始まった。


 そして試験当日、12個ある項目の多くで1位を修め、公殺官としての人生が始まる事になった。この日、俺は22才を迎えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る