第8話 第八地上探索部隊の帰還

「艦長……」


 第八地上探索部隊 《アイオン》は予定していた任務を終え、帰路についていた。あと数時間もすれば、箱舟アルテアに帰還できるだろう。


 アーマイクは旗艦 《ユーノス》内にある執務室で、アイヴェットと今回の地上探索における記録を整理していた。


 その中でアイヴェットは、特務隊とブルートの交戦記録について、アーマイクに疑問を呈する。


「ご覧いただきました通り、あの二人は異常です。戦闘能力に加え、不審な点が多すぎます」


 そう言ってアイヴェットが指し示したのは、二人の見せた不可思議な現象と、専用機鋼鎧の項目だった。


 No.2は魔力波動に見える攻撃を行い、No.4も魔力による現象……何もない空間に炎を発現させた可能性が示唆されている。


 そして両者に共通して、不可思議な現象が起こった際に機鋼鎧が輝き、その形状が変化した。あまりにも不可解な事が多いが、特務隊の二人はそのいずれにおいても答える義務はないと話している。


「部隊内にも二人を警戒する者が増えております。もし本当に二人が魔力を持っているとしたら……それはレヴナントと……」


「アイヴェットくん」


 アイヴェットの発言をアーマイクは途中で制した。一度でもレヴナント認定されてしまえば、即殺対象となり、自分たちの立場では即座に動くことが求められる。


 アーマイクは立ち上がるとコーヒーを淹れ始めた。


「特務隊の二人は上層部からの依頼で今回 《アイオン》に配属されたのだ。そして見事にその役目を全うし、全員生還という奇跡をもたらしてくれた」


「それは……」


 地上探索部隊も死亡率は高い。分母が違うため公殺官よりは低いが、それでも一部隊が全滅という話も珍しいことではない。


 アーマイク自身、《アイオン》の指揮官となってからの12年で、何度も部下と永遠の別れを経験してきた。そしてそのアーマイクの経験上、今回の件は二つの部隊が全滅していてもおかしくはなかった。


 そうした意味でも、特務隊の二人に感謝したい気持ちはある。一方で「もしかしたらレヴナントではないのか」という忌避感を抱く気持ちにも理解はできる。


 人は皆、レヴナントに対して強い畏れを抱いているのだ。特に前線に立つ身からすれば尚さらだ。経験の長い者は、昨日まで話していた友人が今日にはブルートに殺されるという事を経験しているのだから。


 アーマイクも自身の過去を思い出しながら、アイヴェットに淹れたばかりのコーヒーを差し出した。


「あ……ありがとう、ございます」


「……君たちの持つ懸念も理解できる。むしろ当然のものとも言えよう」


 アイヴェットはコーヒーを一口、口に含める。


「艦長。あの二人は……何者なのですか?」


 アイヴェットに問われて、アーマイクは改めて二人の話が回ってきた時の事を思い出す。


「さて、な。私にもはっきりとした事は伝わっていない。だが噂程度であれば、耳にしたこともある」


「噂……ですか」


「特務作戦実行部隊、通称「特務隊」。その中の一つ、《ニーヴァ》。そこに所属する者たちは全員、名前がNoで呼ばれており、新機軸の技術で開発された機鋼鎧を操縦できるという」


「それは……まさか、あの二人が……?」


 アーマイクはゆっくりと首を横に振る。


「あくまで噂だよ。詳しいことは私も知らぬ。だが今回の地上探索の任において、不可解な点があった事も事実だ」


「不可解な点、ですか」


「ああ。そもそも今回の探索ポイントを指定してきたのも上層部だった。水資源を採取するだけであれば、他に過去のデータが蓄積された場所があったのにも関わらず、だ」


 わざわざリスクをとって、過去の採掘記録の少ない場所に行く。これ自体に疑問を抱く者は半分くらいだろう。


 そもそも地上探索という任務には、ルベルクス大陸を調査することも含まれている。


 しかしその場合は然るべき装備や準備を整えて臨むものだ。今回の様な短期の採取任務で、半未開とも言える場に赴くという事に、アーマイクは違和感を感じていた。


「そして比較的安全なエリアかと思った矢先、先のブルートと出くわすことになった。そこにたまたま上層部の指示で随行していた特務隊の二人が各々対応にあたり、これを見事に対処してみせた」


 アーマイクは試す様な視線をアイヴェットに向ける。


「……すべては仕組まれていたと?」


「ブルートもレヴナントも、人が制御する事は不可能だ。何度も言うが、探索していたポイントは帝国政府もほとんどデータを持っていない場所だった。全て偶然とは考えづらくとも、案外こういう事を人は奇跡や巡り合わせと言うのかもしれんな」


 アーマイクとて思うところはある。しかし今回の件に、何か思惑めいたものが絡んでいるとも考えられなかった。


 人がこの世界に逃げてきて約1000年。地上に拠点が築けない事もあり、未だにこの世界について知られている事は少ないのだ。


 アーマイクも自らの淹れたコーヒーに口をつけながら、改めて特務隊の戦闘記録に目を通す。


(魔力を持つ存在はブルート、もしくはレヴナントのみ。そのいずれも意思の疎通は不可能、会敵すれば選択肢は即殺のみ。……意思のあるレヴナントなど、いるはずがない)





 それから第八地上探索部隊 《アイオン》は予定通りに超巨大箱舟アルテアへと帰還した。


 旗艦 《ユーノス》を含めたあらゆる機器は、時間をかけて念入りに瘴気の除染作業が施される。そしてそれは地上任務に携わった者たちも同様だった。


 彼らは5日間、別区画に隔離され、そこで精密検査を受ける。極少量の瘴気を浴びた程度であればともかく、汚染度合が重度だった場合は良くて障害が残り、悪ければ死亡もしくはレヴナント化の恐れがあるためだ。


 隔離されるといっても拘束される訳ではないし、比較的自由も与えられている。そしてアーマイクはいつもこの5日を使って、書類仕事を終わらせていた。


「ふぅ……」


 ある程度の仕事を終わらせて三日目。アーマイクの情報端末に通信が入る。そのまま端末を操作して通信に応えた。


「第八の総指揮官、アーマイク四位だな?」


「……あなたは?」


「特務隊 《ニーヴァ》。その指揮官……になるかな」


 端末越しに聞こえた声にアーマイクは眉をひそめた。基本的に特務隊の情報は一般に公開されていない。そして探ることも許可されていない。


 そんな禁域に住まう者が、自分に接触してきた理由は何かと考える。そして自分にコールできるという事は、それなりの地位にいる者だという事を意味している。偽物とも考えづらかった。


「……No.2とNo.4のことか」


「話が早くて助かるよ」


「データならすべて提出したが?」


「私はそんな戦闘記録にフォーカスされた情報が知りたい訳ではない。二人の……艦内での様子について話を聞きたいと思ってね」


 アーマイクは顔の見えない相手の真意を測りかねていた。率直に言って、わざわざ自分に接触してまで聞く事でもないと思ったからだ。


「……意味が分からないね。艦内の様子と言われても、ほとんど第八の面々とは別行動をしていた。直接接触した者もほとんどいないだろう。私を含めてね」


「そうか……まぁ仕方ないか。時間を取らせてすまなかったね」


「待って欲しい」


 何故この怪しい声の主を引き留めたのか。自分は何を知りたいと思い、声を出したのか。アーマイクは今一度、自分の中に生じている疑問と正面から向き合う。


「あの二人は……何者だ?」


 その一言には様々な意味が込められていた。二人の略歴、戦闘能力の秘密。そして専用機鋼鎧のこと、《ニーヴァ》が存在する目的。今回の地上探索の任務と二人が配属されたことは何か関係があったのか。


 そんな多くの疑問を端的に絞り込んだ質問だ。そして声の主はアーマイクのその考えを正しく汲んだ。その上で。


「アーマイク四位。君に答えられることは何もない」


 はっきりと拒絶の意思を示した。通信はそのまま途切れ、一方的なものだったせいかアーマイク側から繋げる事もできなかった。


(……わざわざ四位階級という等級を出した上で、か)


 アルテア帝国は巨大な組織だ。中には表に組み込まれていない者たちもいる。特務隊なんかはその典型だろう。


「決して探るべからず、か……。ルネリウス……私は……」

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