第10話『期待、思いやり、誠実』

 使い魔は贅沢ぜいたく品か消耗しょうもう品。あまりに極端な話を聞いたサシャは翌日以降人前だろうがそうでなかろうが、アミーカとフラターにべったりだった。二羽のカラスは人姿でもトリ姿でも主人からおやつを与えられれば口を開け、祝福キスをされたり抱きしめられてもしれっとしていた。


「オレの職場超ホワイト」

 フラターは主人を同じくする騎士アミーカとマシューの使い魔ジェミニの横でつぶやいた。三羽の主人である少年少女はやや離れた場所で他のクラスメイトと共に青空の下、ホウキの授業を受けている。

「あんたが主人マスターにベロベロなのよ〜くわかった。ご主人様は俺たちをまともに扱うし可愛いし魔力は上質だし。なんだこの高待遇こうたいぐう?」

「ほかの褒美ほうびいらねえだろ」

「いらねえ。それより我が愛マスターにチューしたい。オレのビッグ・ラブ受け取って欲しい」

カラスたちが真顔でそんな話をするものだから白フクロウの騎士ジェミニは思わず笑ってしまった。

「二人とも愛されているな」

「サシャは神の花嫁の中じゃ別格だ。そうそういねえ」

「ヴァーノンさんに“お前さんもし彼女に拾われたら相当運がよいぞ”って言われたけどやっと実感したわ。はーあ、おやつのバナナとかどうでもいい。主人マスターにもらえるんなら尚のこと最高だけど」

同じことを考えたのかアミーカとフラターは同時にお互いを見た。

「よかったな、主人マスターが毎月お小遣い受け取ってくれるようになって」

「酒で消えてた鉄クズが主人あるじを支える材料に変わったら万々歳よ」

「オレも自分で小遣い稼ごうかなぁ……。何かプレゼントしたいし……」

「……騎士ならば安全な方法がいくつかある」

ジェミニがつぶやくとフラターはおっと言う顔をした。

「マジマジ? どんな?」


 翌日。フラターは早速ジェミニから聞いた精霊喫茶エスピリット・カフェへ面接に向かった。

「ご主人様に贈り物をしたいんすよ〜」

 にこやかなフラターはその場で契約をもぎ取ってきた。これにはアミーカも呆れ半分に褒める。

「人懐っこい顔を計算でできる奴は得だな」

「だろ? しょうもない人間どもから、ああいやに愛想振り撒いてたっぷりみつがせてやる」


 精霊喫茶エスピリット・カフェにもいくつか系列があり、一般市民が聞いて想像するのはふれあい体験型の簡易カフェ。様々な動物の精霊がいて、一時間いくらと決まった金額を取られるが好きなだけ精霊に触れていい。ただし、精霊が嫌がることは禁止されている。

 フラターが面接を受けた店舗はこのタイプではなく、言うなれば月額会員制のホストクラブ。月々の支払いに加え、気に入った精霊の騎士に指名料を払い二時間から四時間相手をしてもらう。飲食はアルコールのみ不可で喫煙は可能。その騎士とまるで契約しているかのように客に錯覚させ、リピート率が上がれば店の売り上げになると言うシステムだった。愛想を計算で使い分けられ口の上手いフラターには最適なアルバイトだ。


 店長は初日にフラターへ、客にも働いている騎士にも幅の広い事情があると徹底して説明を入れる。

己の騎士を亡くして来ている客。病気や怪我、体質などで精霊と契約するにできない客。精霊の騎士に憧れているが出会いがないので数時間の夢を見に来ている客。

当然とこき使われるので可能な限り主人から離れていたい騎士。種族的な特徴で不遇な扱いを受けることが多いので店で守ってもらいたい、あわよくばいい主人と出会いたい厳密にはまだ騎士ではない見習い。フラターのように主人や己のため小遣いが欲しい一般的な騎士。

「へんへんほん」

記憶力がいいフラターは店長からの説明で客や騎士の顔と経歴を一回で覚えた。


「どもー。“お帰りなさいご主人様”」

 フラターは初勤務から三日間。新顔と言うことで一時間のお試し会話を数組の客と行う。気に入ってもらえればさっそく指名が入る。客から指名された日に、もしくは自分で日付を客へ指定して接客、という仕事の流れだった。

 愛想のいいフラターは初日から指名をゲットし、これには店長も舌を巻いた。

「最初のお客様だが、だから特に失礼のないようにな」

 一番最初にフラターを指名した老婦人は、夫の使い魔だった精霊と契約し、その精霊を亡くしていた。

 老婦人が部屋へ入ってくるとフラターは人懐っこい笑顔を作った。

「お帰りなさいご主人様!」

上品で質素なドレスを着た老婦人はフラターの笑顔を見てふっと微笑んだ。

 婦人は今朝庭でバラが綺麗に咲いたので夫の墓へそなえてきた話から始めた。フラターは適度に相槌あいづちを打ち、婦人から聞かれたら自分の話を嘘半分冗談半分に話す。

「あなた、お話しが上手ね」

 婦人はあくまで客と店員だと割り切って話す。フラターとしてはもっとそれっぽい、なりきり会話をしようと考えていたため拍子抜けしてしまった。

「本当のご主人様じゃないのにそう呼ぶの、抵抗がない?」

ご婦人がノってきてくれないのでフラターはとうとう頭の後ろで腕を組んだ。

「んだよー、もっとカワイイカラスちゃんしようと思ったのによ」

「無理しなくていいわ」

「無理かどうかじゃなくて仕事なんでぇー」

フラターが口をとんがらせると婦人はふふっと笑う。

「あなた、よく手入れされてるわ。大切にされてるのね」

婦人は五年間この店に通っているため、全ての精霊の騎士じゅうぎょういんと話をしたと言う。

「あれ? 精霊亡くしたのはだって」

「そう、通うの」

「っはーん? なるほど」

つまり、実際に精霊を亡くしたのは五年以上前。あるいはその説明自体が嘘だ。

「根っから楽しみに来てるってワケ?」

「そう。楽しくおしゃべりしたいじゃない?」

「あんたも話がうまいよ、

「あら、嬉しい」

 婦人は実は一方的にフラターを知っているのだと謝った。

へ行ったでしょう? 本物のご主人様と。私もあそこの常連なの」

「えっウソッ」

「可愛い花嫁さんなのね。今ちょっとした噂になってるのよ」

オレンジゴールドの髪は太陽属性に多い特徴。かつ少女で、二羽のカラスを連れているとなれば人の多い首都でも目立つ。老婦人は唇の前に人差し指を立てた。

「もうそれだけで身元が割れちゃうのよ。どこかの学園に通っている生徒さんだってね」

「うわ貴族社会こっわ」

フラターは、マシューがサシャへ精霊を外へ出すなと言っていた真の意味を理解した。

(ありゃ忠告っていうか警告だったんだな。オレもアミーカもうわついてバカしたってワケ!)

真剣な顔をしているフラターの横顔を見つめた婦人は目を細めた。

「本当に主人あるじを愛していて、愛されているのね」

「ん?」

「心配していたんでしょう?」

「そりゃ当然」

「ふふ、その気持ちが色褪いろあせないことを願うわ。ああ、あなたのご主人様へよろしく伝えてくださる?」

婦人は満足した、と二時間全てを使わずに帰ってしまった。


 超特急で帰ったフラターは初給料の喜びも忘れてベッドで寝転ぶサシャの前へひざまいた。

「すみません我が女主人マイ・レディ

 アミーカも揃えて事情を説明するとサシャは目を丸くし、アミーカは渋い顔をした。

「……なるほど」

「もう身元が割れちまったし、今後はむしろ二羽で堂々と守らねえと怖えっつーか」

「わかった。サシャが街へ行くときは必ず両脇を固めよう」

「うっす」

「そ、そのご婦人は何者だったの……?」

「さあ? やんごとないお方なんじゃないすかー? オレも怖くて聞けねえ……」




 ご婦人はお忙しく月に一回か二月に一回しか来ないため、フラターは次の指名を狙った。

 店長から一般のお客様だと説明された相手はフラターのお試し回も使わずいきなり指名してきたので、カラスとしても全く予想が出来ない相手だった。

 もう即興でやるしかないか、とフラターが腹をくくって待っていると客が到着した。相手はいかにも仕事ができそうな上質なスーツに身を包み、メガネをかけた男だった。

 男はテーブルへ茶が運ばれたあとその茶をテーブル中央へどけて、ゴチンと音を鳴らして机に突っ伏した。

「聞いてくれ……」

 男は仕事での愚痴ぐちをとうとうと喋った。

(うっわぁ完全に疲弊ひへいした社畜……)

客はハァと溜め息をついて身を起こすとフラターの顔をじっくりながめた。

「いいなぁ……君のご主人様は家に帰って来たらこんなモデル級の顔面最強使い魔に出迎えてもらえるんだろう?」

「おいおい夢見に来てるのに現実持ち込むな。いいか? オレは今あんたの騎士なワケ。おわかり? お茶のお代わり?」

「ああ、もらうよ……」

客はフラターの容姿を素晴らしいと散々褒めちぎり、次回の予約を入れて帰っていった。その背中があんまりにしぼんで見えるのでフラターは彼を哀れに思った。


 小遣いが入ってくるようになったフラターはアミーカと連携を取りながらサシャが喜びそうなプレゼントを考える。

「花はもたねえんだよなぁ……」

「造花にしたらどうだ?」

我らが女主人マイ・レディの顔の横に置ける造花?」

「ねえな。我ながらひどい提案だ」

「置くなら本物だろうが。それもとびっきりのよ」




 フラターは次の指名を受けた。その客はお試し回に来た若いOLで、精霊の騎士に対し恋愛小説のような夢を見ている典型的なタイプだった。

「お帰りなさいご主人様」

 OLはフラターが好きなパフェや飲み物を頼み、イケメン騎士が嬉しそうに自分の手からおやつをもらう姿を見て喜ぶ。

「もー、家に連れて帰りたい! ほんと許されるなら……うっうっ、明日仕事行きたくないな……!」

「おいおい……」

 お前も社畜かよ、とフラターはご主人様のご機嫌をたっぷり取ってから帰った。


 アミーカはサシャへ漏れない程度にフラターと情報共有をしていて、客の話を聞くたびに笑った。

「色んな奴が来るんだな」

「ちょっと楽しくなってきた。人間観察おもしれえ」

「俺もお前と交代でやってみるか」

「あんたが? バカ言え一日でも保つかよ」




 フラターはどんどん指名を入れようと思ったが、シフトの都合上それは許されず三人目の客でストップがかかった。尊きご婦人は月一回以下の来店のため、フラターは仕方なく社畜二人を交互に相手する。

 社畜の男性と女性の話はなんとなく似ており、同じような業界にいるのだろうとわかった。

 その二人が繁忙期に入ってしまったのか全く来なくなり、フラターは店へ顔を出すたびに新規客向けお試し回の分とキープ代だけを受け取った。


「いや、まあお小遣いは嬉しいんだけどキープされるだけってのもなんか変な話で……」

 と、フラターは今度自分がアミーカへ仕事の愚痴ぐちを漏らした。

「他人の金で食うパフェは美味いか?」

「バカ言え主人マスターのお手手からが一番じゃい!」


 小遣いが貯まる一方だったフラターは何とか使おうと考えていた。そしてその日は急に来た。サシャがお気に入りの消しゴムを半分以上残した状態でどこかへなくしてしまったのだ。

「うーん、ここにもねえな……」

 アミーカと手分けしてそれらしいところを探すも、消しゴムは一向に出てこない。フラターは仕方ない、と街へ出て主人が気に入りそうな消しゴムを探しに向かった。


 学園近くで使い魔が単身買い物可能な場所というと限られており、フラターは学園で馴染みの騎士たちに買い物先を聞いてから向かった。

 首都駅から歩いてすぐの立派な摩天楼はご貴族から一般人まで幅広い客を迎えている。

「おー、すっげ」

 本日フラターはサシャから魔力を多めにもらい、魔法を使って見た目を変えた。いつもの三角帽に黒コートの姿は騎士としてはいいが、買い物客としては印象が良くない。今どきの若者らしいシャツとパンツルックになったフラターは百貨店へスイっと入っていった。


 文房具屋で可愛い小花柄のプリントが入った消しゴムを見つけたフラターは、ラベンダー、チューリップ、ビオラの全三種を購入しプレゼント用に包んでもらった。

 足取りの軽いカラスはそのまま帰ってもよかったが、せっかくなので百貨店の色んな店を堪能たんのうしてから帰ろうと考えた。

「可愛いカラスさん」

 やや離れた位置から声をかけられ振り向いたフラターは驚いた。あの高貴なご婦人が、今日はきちんと黒服の護衛を連れて上品な藍色のコートをまとって立っていた。

 フラターは自ら婦人へ寄ると左胸に右手を添え、左腕を横へ広げる。己の主人へするようにきちんと腰を落として騎士の礼を行った。

「あら、駄目よ。私はあなたのご主人様じゃないんだから」

「そうは言いましてもね。礼儀ってものがございまして」

「よくしつけられてるのね。主人の性格がわかるわ」

 ご婦人は休日らしく、久しぶりに自分の足でショッピングに来たのだと話す。フラターはほんの三十分だけ彼女の買い物に付き添った。

「ありがとう、楽しかったわ。でもこんなことしてご主人様が嫉妬しっとしない?」

「そんな器の小せえお人じゃねえです」

「まあ、素敵。本当によくなついていますこと」




 フラターが消しゴムを手渡すとサシャは花のように微笑んだ。

「ありがとう! 嬉しい!」

サシャを見つめていたアガサとアリスはラベンダー、チューリップ、ビオラの柄をながめてふっと微笑んだ。

「ラベンダーは期待、チューリップは思いやり」

「ビオラは誠実。よかったわね、サシャ」

 サシャがなくした消しゴムはフラターがプレゼントを渡したあとひょっこり出て来た。サシャはお気に入りが増えた、と今使っている消しゴムを使い切ったらフラターの分を使うと言って大切に文房具入れへしまい込んだ。




 繁忙期を終えたのか、社畜の男性と女性がそれぞれ次の予約を入れて来たためフラターは久しぶりに接客をした。

「実は職場に大変高貴な方がいらっしゃるとかで……」

「警備が物々しいことになり! 手続きがヤバヤバですごいことになり!」

「いつも以上に忙しかった……。つらかった……」

二人はそれぞれフラターの顔を見たら元気が出た、と表情をゆるめた。

(おいおいこいつら両方あのビルで働いてんのかよ……)

 ご婦人といい社畜たちといい、案外身近に住んでいる者たちのようでフラターは世間の狭さを知り、それを聞いたアミーカは腹を抱えて笑った。




 サシャは次の休みの日、アミーカとフラターを連れて喫茶店へと向かった。どうせなら色んな喫茶店を冒険したいと主人が言うのでカラスたちは堂々とその顔を見せ少女の両脇を固めた。

「可愛い花嫁さん」

 サシャは突然声をかけられ驚いた。フラターは見覚えのある顔でさらに驚いた。どこぞの高貴なご婦人だ。今日はドレス姿ではなく薄緑色の婦人用スーツだった。

 サシャは婦人へさっと駆け寄り汗をどっと噴き出しながら膝折礼カーテシーをする。

「ご、ごきげんよう……!」

カラスたちも同じようにきちっと騎士の礼をした。

主人マスターもそんなに緊張する人なんだ?)

(お前この顔見てわからなかったのか)

(おバカ!! 国王陛下のお母様よ!! 皇太后こうたいごうさま!!)

 六年前に病で隠れる寸前の国王から精霊を預けられ、その精霊が後を追うようにすぐに亡くなった高貴な夫人。頭の中にあった新聞の情報と本人から聞いた話が一致し、フラターはびっしょり汗をかいた。

「まあまあ、顔を上げてちょうだい」

 少女が礼を終えると皇太后こうたいごうは目元にシワを寄せた。

「素敵なお嬢さんね。神々がその美しさをたたえ、精霊からうたわれる。あなたは我が国の誇りよ。お会いできて光栄だわ」

「い、いえそんな……!」

 皇太后こうたいごうからとんでもないお褒めをいただきサシャは頭が真っ白になった。

「ああ、それとね。これはちょっと大事なお話なんですけれど」

皇太后こうたいごうはサシャが話を聞き漏らさないよう、アミーカとフラターにも伝えるべく騎士たちを手招いて声を落とした。

「王侯貴族でも精霊のつけている者はそういないの。あなた、好きな殿方がいるなら早めに婚約したほうがいいわ。でないと死肉喰いハゲワシに狙われるわよ」

皇太后こうたいごうはまあでも、と付け加える。

「あなたの場合は守ってくれる騎士がほかにもいるから、大丈夫かしらね?」

「え、えっ?」

「また会いましょう。それと、可愛いカラスさん」

「うぇいっ?」

夏至げし冬至とうじ、新年祭の時は仕事を入れないようにね。いくらお客様にせがまれても駄目ですよ」

「お、おっす。かしこまったっす」

 皇太后こうたいごうは黒服が運転する馬車に乗り込むと去っていった。サシャとフラターはその場で脱力して、アミーカは主人の服が汚れないように少女を抱き上げた。

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