第9話『貴族のステータス』

 サシャはマシューを始めとするいつもの友人たちと同じテーブルを囲んで予習をしていた。

「お小遣いどうしようかなって」

 実家が決して裕福ではないサシャは自分が遊ぶ金くらいは自ら稼いでおきたかった。なので明日の午後、授業が全くない時間に街中でアルバイトの募集を探してこようと思っていた。その話をすると、マシューたちは目を丸くする。

「そっか、サシャさん山で暮らしてたから……」

「え? なに?」

「あのね、そんなに立派な精霊の騎士二体もつけてる人が働きたいなんて言ったら多分全てで断られるよ」

「えっ!? どうして!?」

「聞くより見たほうが早いよ。明日、精霊は完全に隠して、肩に乗せるのも駄目だよ。街中歩いてごらん? 喫茶店寄ったり歩くだけね」




 サシャはマシューの言うことを素直に聞いて外出許可を得たあと、上品な格好をして、いやアガサとアリスの人脈で服もバッグも全て貸されて髪もいじられて、初めて首都の街の真ん中を歩いた。魔法使いもそうではない人間も普通に歩いており、彼らは人間同士で連れ歩いている。

「……ん??」

そう、精霊がいないのだ。魔法使いは大体使い魔は所持しているはずなのに一体も見かけない。いたと思えば、それは店先で働いている従業員の使い魔ばかり。

「え? あれ?」

 サシャは焦った顔で良さげな喫茶店へ入った。今日はちょっといい格好をしているのでお昼ご飯を喫茶店のおしゃれなランチにしようと決めていた。お代はアミーカ持ち。

 席へ案内されると小鬼姿の使い魔がごく自然にメニューを差し出す。

「えっと……お勧めはある?」

「ああ、本日のランチでしたら」

 使い魔ゴブリンに直接聞こうとしたら人間の店員が会話に割って入ってくる。

(えっ? えっ?)

 サシャはひとまず今日のランチメニューを頼み、食事が届くまで周りを観察する。

 壁際の席の老紳士は魔法使い。使い魔のオウムを外へ出していたが、オウムの精霊は魔法で主人が飲む紅茶を注いでいるだけで、自分が何か食べている様子はない。

 その紳士から一つテーブルを空けた向こうにいる三人のふくよかなご婦人たちは魔法使いだが使い魔は所持していないようで、ひたすらぺちゃくちゃ喋っている。

 ほかの席の客も、使い魔がいたりいなかったり差はあるが、精霊を外へ出している魔法使いは少ないし、出していたとしてもその使い魔は何かしら仕事をしていた。

(ええ……?)

 頼んだスパゲッティが運ばれてきて、少女はフォークを持ち上げた。

(あ、アミーカたちに食事分けてあげたいけど……)

「今はやめとけ」

「お、そうっすね」

フラターまで同意するのでサシャは落ち着かない気持ちでパスタを口に含んだ。

(なんか美味しくない……!)

味がよくても三人で食事ができないのではちっとも楽しくない。

 少女が悲しい顔をするとアミーカとフラターは慌ててトリの姿で出てくる。

「おい泣くな」

「だってぇ……」

「わかった。一口もらってやるから」

 騎士たちは仕方なく完全な人型を取り、椅子へ腰を下ろして主人の手からスパゲッティをもらった。

「……まあまあ」

「お、うめえっすねこれ」

 騎士たちが口を動かしていると視線を感じ、サシャは振り向いた。客に限らず従業員や彼らの使い魔たちは思わずといった感じでサシャを見つめる。アミーカが鋭い視線で彼らをにらむと、全員さっと視線をそらした。

(おお……)

 アミーカのにらみがあまりに効果的でサシャは彼の腕を撫でて褒めた。アミーカは当然、と胸を張る。


 サシャが食事を終えると、頼んでもいないのにこの店で一番人気だと書いてあったケーキが運ばれてくる。運んできた者は店舗の総責任者の肩書きをつけたにこやかな紳士だった。

「あ、あのごめんなさい。頼んでいません……」

「当店からのサービスでございます。どうぞごゆっくり」

 サシャは呆気あっけに取られてケーキを断れず、さらに紅茶まで追加されて驚いた。

(どうなってるの?)

サシャはもちろん、己の騎士たちにケーキを分け与える。

「なんだこのもったりした果物くだもの

「バナナっすよ。食ったことねえの?」

「知らん」

「海超えてうんと東南の果実くだものっすね。輸入じゃないと入ってこねえ。ご貴族なら珍しくもないだろうけど」

「へえ。……これ甘すぎるだろ」

「あんたホント甘いものに耐性ないな?」

 サシャはケーキを均等に三人で分けて食べ、アミーカの財布で支払いを終え店を出た。




 精霊であふれていた地元の風景と都会が違いすぎ、サシャは不安になってアミーカとフラターを人型のまま外へ出して連れ歩くことにした。身なりの綺麗な少女が精霊の騎士を二体従えて歩くと、道端で仕事をしている一般市民は道を譲ったり手を止めて帽子を取り頭を下げたりした。

(なんで?)

精霊であふれる学園の森が恋しくなってしまったサシャは、足を止めてアミーカの腕を引いた。

「ん?」

「アミーカが買ってくれたチョコのお店行きたい。それ買ったら帰る……」

「承知した」


 チョコレート専門店の店員は、入り口の鈴の音で棚卸たなおろしの手を止めカウンターへ出た。

「いらっしゃいませ。あらっ」

 この客のことは強烈に覚えていた。ただでさえ珍しい精霊の騎士で真っ黒なカラスはそう見ない。しかも今日はもう一体同じ格好をしたノドが白いカラスがいて、二体の真ん中にはオレンジゴールドの髪をした少女が立っていた。この前の騎士が主人を連れてきたのだとわかり店員は笑顔になった。

「再びのご来店ありがとうございます!」

 主人である少女は、顔立ちに特徴がないものの華やかで店員はなるほどと納得した。

(はーん、やっぱりいいところのお嬢様なのね)

目つきの鋭い騎士も今日は主人がそばにいるため穏やかだった。騎士カラスは優しい視線で主人の頭を見下ろす。

なついてる! 可愛い〜!)

 少女おきゃくさまはチョコレートが並んだ棚の前で目を輝かせる。

「わ、いっぱいある」

へ来たのが初めてなのだろう。可愛いなと思って店員はニコニコとする。

「すみません、チョコレート詳しくなくて……どう言うのがお勧めですか?」

「あ、こちらがですね」

 店員はミルクたっぷりの甘いものからビターなもの、酒入りの大人向けまで全てを紹介した。

「え、こんなにあるんだ……。アミーカどれ食べる?」

(えっ!?)

店員は仰天ぎょうてんした。自慢ではないがここは高級チョコレート店。このお嬢様は一体どんなご貴族様なのか。

(小切手切られたらどうしよう。いや、我が店ここを売り込むチャンスよ!)

「いらねえ」

「わかった、ブランデーが入ってるチョコね。フラターは?」

「バナナがいいっす。あ、イチゴでも」

「おっけー。ええと、じゃあこれとこれと……」

 合計金額を見るとお嬢様は目をいた。

「えっすっごい値段」

(ん?)

店員はその辺りで違和感を覚える。

(……もしかしてお嬢様じゃない?)

現金キャッシュで」

騎士はさも当然と財布を開く。

(あ、なるほど相場がわかってなかったのね)

護衛に財布を開かせるのだから、自分で物を買ったことがないのだろう。

(すんごい深窓のご令嬢きちゃった。どうしましょ)

「あの、お客様」

びっくりしたままの少女に笑顔を向けると彼女はおろおろとする。

「ごめんなさいこんなにいい値、違ったお店だと思ってなくて」

「光栄でございます。もしお時間をいただけるなら上の階で新商品の試食などいかがでしょう? 店長に顔を出させます」

「試食!? 店長!?」

騎士たちは驚く主人の上で顔を見合わせた。

「慣れない靴で足疲れてるし丁度いいだろ」

「一回休んでから帰っても門限には間に合うしいんじゃね? 主人マスター、お言葉に甘えましょう」

「えっ、いやっ、でも」

視線の鋭い騎士は主人を軽々と抱えると店員に目を向けた。

「こちらでございます。お足元にお気をつけください」


 サシャは何が起きているのか全くわからなかった。あれよあれよと二階へ運ばれ、上品な個室のテーブル席に着くとお茶とチョコレートが出される。しかも新商品と言われて出されたチョコレートは一種類ではなく、石製の細長い皿の上に十個以上並べられていた。

 アミーカとフラターは双璧のように主人の両脇へ腰を下ろす。

「店舗責任者のジャンでございます」

 店長は新商品の説明を始める。今月並んだばかりのもの。来月並ぶもの。再来月以降に発売が決定している新商品と試作段階のもの。

 せっかく用意してもらって断るのも悪いし……とサシャはチョコに手をつけた。

「はっ」

サシャが口を押さえると店長は接客用の笑顔のまま固まった。

「……美味しい……」

店長はほっとして破顔する。

「ありがとうございます。お客様のお口に合い何よりでございます」

 あれも美味しいこれも美味しい、と半分ほど口に入れ、紅茶をいただくとサシャは幸せな気持ちになった。

「このお店のチョコレートで慣れちゃうとほかが食べられなくなりそう……」

ほわぁ、と幸せそうに顔をゆるめた主人を見てアミーカとフラターは満足する。

「いんじゃね? どうせこいつが払うし」

「定期的に買うか。月に五つとか」

「い、いやいやとってもいいお値段だからね……?」

「お前が満足できるなら安い」

アミーカはテーブルに肘をついて主人サシャの左頬にキスをした。

我が女主人マイ・レディ

「あっ、ずっりー。オレもオレも」

神の花嫁は騎士たちから両頬にキスをされ、さらに幸せな気持ちになった。それを見ていた店長は破顔をより破顔させ、来月以降の売り上げの爆増を確信した。




 街から戻ってきたサシャが放心しているのを見て、マシューたちは食後に太陽と月の男女寮をわける共用談話室に集まった。

「どうだった? 世間一般で使い魔がどう言う扱いなのか見てみて」

 サシャはぼんやりしつつ、うんと頷いた。

「二人を連れてたら何も言わないのにお嬢様扱いされた……。あとみんながみんな使い魔連れてなかった……」

 マシューやオルフェオは一つ息をついて都市部における貴族と一般庶民の違いを話し出した。

「豊かな野山と違って、まず野生の精霊がいないんだ。じゃあどうやって使い魔を探すかって言うと、ブリーダーから購入するかペットショップで買うことになる。まず都市部ではこれが前提。はい」

「うむ。だが我々貴族は幼くして両親から当然と使い魔を与えられる。地位あるいは品格ステータスの一つとしてね。だが一般市民にも使い魔がいる。彼らの多くは労働力として精霊を所持している。この辺りが近年はひどく二極化していてね」

 使い魔を所持しているのは魔力と維持費をいくらでもかけられる貴族か、金銭を必要としない労働力として使い魔を酷使している下層階級のどちらか。交通網を含めたインフラが完備されている都市部において使い魔の労働力は重要ではない。

「使い魔のレンタルもあるんだよ。一時契約のみで、店舗責任者が従業員の代わりに雇うんだ」

「何それ!? し、信じらんない……!」

精霊と魔法使いの契約は一生涯が前提ではなかったのか、とサシャは悲しい顔をした。

「精霊と仲がいいから契約する、なんて都市部の市民には通用しない。サシャさんがアミーカたちを愛でてるのははしゃいでる間だけだと思ってたんだけど、様子を見てたら違ったからさ。挙句に騎士がいるのに自分が働くなんて言い出すから。実際を見たほうがいいと思って」

「精霊を表に出して愛でてもよいのは自分の部屋か学園の中くらいなもの。我々はこういったことを家庭教師から教わる。外で使い魔を撫でたり可愛がったりしないように、とね」

サシャが両手で顔をおおってしまうとマシューは申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんね、乱暴な教え方しちゃって」


 寝室へ戻ったサシャはアミーカから戦争時代の話を聞いた。一時契約のみ。仕事を終えたら即切れるその場限りの共闘関係としての契約の形。

「そんなの搾取さくしゅだよ……」

「お前は俺やこいつを大事にしてくれるだろ? 十分なんだよそれで。褒美ほうびなんぞいらん」

「でも? 主人マスターが喜ぶならご褒美ほうびを受け取るのもやぶさかではない?」

「まあそう」

戦後、精霊兵へ弔慰ちょうい金と慰労いろう金が出たのは反乱が起きたから。暴動を抑えるためのでしかなかった。

「内乱にならなきゃ金は出なかっただろうな」

「ひどい……」

 アミーカが伝えたいことを言い終えるとフラターもそう言えばと口を開いた。

「オレもねー、精霊になってすぐ騎士レベルだったんで将来はどっちかだって言われたんですよ。お屋敷の中で顔がいいワガママお嬢様に散々振り回されるか、紛争地帯にいる兵士と一緒に国のために働くかだって。騎士の仕事もできて愛でてもらえるなんては考えちゃいけない。その二つはほとんど両立しねえって。だからオレ主人マスターのところに転がり込めて超幸運だった」

「こんなの贅沢ぜいたくじゃない。当然よ……」

 様々な感情に振り回されたサシャは疲れ切ってしまった。彼女がベッドにもぐると騎士二人は眠りの挨拶と共に彼女の髪を優しく撫でる。

「よい夢を、主人マスター

「……うん、二人もちゃんと寝てね……」

 サシャは使い魔たちの境遇をどうにか改善したい気持ちと、今日のチョコレートが美味しくて嬉しかったことを思い出しながら眠りの国へ旅立った。

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