第8話『トリとネコとドラゴンと』
月曜日。授業が始まるとサシャの二人目の騎士フラターはほかの精霊の騎士たちとその主人である月の姫君たちに挨拶をして回った。
「よろしくお願いしますー」
フラターは
一方のアミーカは相変わらず警戒心が強く、誰かが近付こうものなら
対照的な二人を見て呟いたのはオルフェオの使い魔、古竜のイゥスだった。
「ううむ、やはりあまりトリらしくない……」
そのつぶやきを聞いていたのはマシューの使い魔、フクロウのジェミニだった。
「アミーカの話ですか?」
「ん? ああ、聞こえてしまったか。そうだよ」
いまは月と太陽の合同授業中。マシューとサシャは今日も組みたいからとオーレリア先生に頼み込んで仲良く手を取って踊っていた。ナルシスはと言うと、基礎ができていないからと自ら先生に告げ、基本的なステップから習い始めている。
「カラスと言えばフラターのほうがそれらしいですね」
「うむ」
ノリが軽くケラケラ笑うフラターこそカラスらしい性格であり、頭の回転が早くても
「種族や性格にもよるが……あのプライドと忠誠心の高さは我ら竜に近しい」
「はい。私もそう思います」
ジェミニとしてもイゥスと抱いた印象は同じだった。
「体格がカラスと言うだけで、あの視線の鋭さは夢に見た竜を思い出します」
「ああ、言っておったな。私も、亡き友を思い出すよ」
イゥスは過去を思い出したのか羽を広げて風をまとった。
「私の友も……言ってはなんだが頑固でなぁ。主人には常に敬いを忘れぬ男であった」
「よい方だったのですね」
「いや、かなり厳しい性格であったよ」
イゥスはその友をより鮮明に思い出したのかクックッと笑う。
「主人以外の人間には目もくれなかった。魔法が使えようが使えまいが等しく下に見ておった」
「それはまた……極端ですね」
「うむ。ゆえに、その男の主人は……やはり気高かったように思う。詳細な記憶は
イゥスは休憩時間を迎えたサシャに飲み物を手渡すアミーカの背を見つめ、カラスが視線に気付いて睨んでくると微笑んだ。
「本当に、あやつによく似ておる」
「んだあのジジイ。ニヤニヤ見やがって」
「誰?」
サシャがアミーカの視線を追うと古竜イゥスがサシャへ目礼をした。サシャは
「もー、イゥスさん大先輩なんだから
「竜は好かん」
「ほかの種族もキライっしょ? つか他人嫌いじゃん」
フラターが軽口を叩いてもアミーカは無視をする。
「おいサシャ、食いたいもんあったら買っといてやるから言え」
「あっ、こいつシカトしやがった」
「えっ」
サシャは初めてまともにアミーカから名前を呼ばれたので内心大喜びだった。
「……でもアミーカのお金だし」
「酒とタバコで消えるだけの鉄クズだ」
「使い道がない? まあ、そう言うなら……」
サシャはあれこれ好きなお菓子を思い浮かべる。
「オペラケーキとか憧れかなー……。地元だとチョコレート高くて」
「店ならいくつか知ってる」
「まかせるー」
アミーカはフラターと目を合わせずにかがんでサシャの前に
「ん? ああ」
サシャはアミーカの顔に手を添えるとほっぺたにキスをする。アミーカはそれで満足して、再び周囲からの視線を無視した。
「なんだよあいつー、面白くねえ」
フラターは休憩中にほかの精霊の騎士たちへ
「先に仕えている騎士のことかい?」
「ああ、彼ね。アミーカとか言ったか」
「そっすー。喧嘩売ったら買ってくれるタイプなのになぁ。今朝から無視決め込まれちまって」
フラターは気に入らない一番目の騎士にムカつきながら帽子を外して黒髪を後ろへ撫でつけた。
「オレのほうが若くてイイのになあ。何だろあれ」
「
「そっすー。ご主人様も先についたあいつの方がお気に入りなのかなぁ。目の前でチューしやがってチクショウ」
フラターはぷくぷくと
「オレもチューして欲しい」
「主人へねだればいいんじゃないか?」
「違うんすよ。ご主人様からの自発的なチューが
「それは困ったな」
騎士たちは可愛らしい
「君は日が浅いし、もう少し気長に待ってもいいんじゃないか?」
「えー、やですぅ。
フラターがサシャの寝室へ戻ると、主人は膝を立てたアミーカを背もたれにして本を読んでいた。アミーカは眠るように目をつむっているが寝てはおらず、神経は周囲へ張り巡らされている。
(警戒心クソつええ)
主人であるサシャは本を持ったまま伸びをして、アミーカに全体重を預ける。
その信頼感が
「フラターここおいで」
主人は己の右脇の空いたベッドを叩いた。
さすがに男二人と少女が乗るにはこのベッドは小さいだろう、とフラターはベッドの上で頬杖をつくに留めた。サシャは本から目を離さずにフラターの頭に手を伸ばし、なでる。
(おっおっ! マジで可愛がられてる感!)
そうそうこれこれ、とフラターはニコニコした。
「アミーカ、
サシャが振り返るもアミーカは視線すら合わせず顔をそらす。
「カラスならその
「ん? なになに? 何のオハナシ?」
「アミーカがね、ジェミニから
「ジェミニ。あー、マシューさんところの騎士さんっすね」
「おや、よく知ってるね。ご挨拶した?」
「軽ーく、
「さすが。じゃあフラターのほうは交友関係心配しなくて大丈夫かな?」
主人が微笑む。平凡な顔立ちの少女からふわりと大輪の花が開くような美しさを感じ取ったフラターは驚いた。
(何だろ今の)
「……その
「明日火曜日の……午後?」
「午後二時。西の森」
「あー精霊寮があるところね」
この学園では教師にも生徒にも、それ以外の従業員にも使い魔がいる。全員の使い魔を統率管理するのは大変なので、寮と言う形で寝床と餌場、医務室などが置かれている。置いといてやるから必要なら使ってくれ、というスタンスだ。
「時間的にお茶会じゃないすか?」
「そう。ジェミニはきっとアミーカと話したくて誘ってるのに、フラターが行けばいい、俺は行かないって言うのよ」
「んだそりゃ」
アミーカはお茶会に一切興味が向かないようだ。
(全神経ご主人様に使ってるから他のことはわずらわしいのか? 五割、いや三割交友に使えば上手く周りが転がるのにバカだなぁ……)
「明日時間になったらオレせっついておきますよ」
「ほんと? ありがとう。お願いね」
「余計なこと言いやがって」
サシャが眠ったあと、アミーカは南の森にあるお気に入りの丘にいた。フラターが後ろからついて行っても拒否されないので珍しいなと思っていたら、真っ先に飛んできたのは文句だった。
「
「てめえは
フラターは両手の人差し指で両頬を持ち上げて満面の笑みを作る。
「だってほら、カワイイ年下のオトコノコしてれば大体の人間と精霊は油断するし。つれない奴は喧嘩仕掛ければ構ってくるし?」
「サシャはお前の打算的なところはとうに見抜いてる。今日みたいに計算抜きで甘えればあいつは
「説教かよウゼェ」
「ボロタイツみたいな老兵からのな」
アミーカはそこまで言うと羽を広げて夜風に当てる。
「……本気で茶会行かない気か?」
「行って何になる」
「友だちくらい出来んだろ」
「その手は要らん」
「あんたホントにご主人様以外いらないタイプかよ」
フラターは次の日の午後二時、精霊寮へ顔を出した。マシューの使い魔ジェミニ、オルフェオの使い魔古竜のイゥス、ネコの精霊たちはアガサとアリスの騎士だ。騎士たちはいつもと違って鎧などは着ておらず、ラフなシャツ姿。フラターはどう言う集まりだったのか察し、申し訳なさそうな顔を作ってからテーブルへと近付いた。
「どーも」
ジェミニはアミーカかと思って一瞬笑顔になったが、
「ああ、フラター。君か」
「あいつ来ねえっすよ」
「そうか……」
肩を落としたジェミニの代わりにアガサの騎士
「アミーカが君に声をかけて二人で来てくれるのを期待したんだが……その様子だと駄目だったようだ」
「あいつご主人様には茶会の話しましたけど、オレはガン無視っすよ。
「そうか。まあ、座ってくれ」
「オレあいつの分まで食っちゃお」
フラターは椅子に腰を下ろすとチョコレートドーナツにかぶりついた。
「うーめっ」
今回のお茶会の主催はジェミニだったようで、白フクロウはあからさまに元気をなくしていた。
(あー、ほんとにバカなことしたなあいつ)
「今からでも呼んできますー?」
「いや、無理に連れて来ても意味がない。自発的に来てくれなければ」
「そんなこと言ってっと五十年は無視されますよ」
フラターがズバリ言うとジェミニは困ったように微笑んだ。
「あいつが積極的に交流しねえからこの茶会になってんのに。ねえ?」
フラターが顔を向けるとアリスの騎士
「少し心配でね」
「やっぱりなー」
フラターはアミーカのために用意されたドーナツを
「んー、持って帰るか。食うかわかんないけど」
「そうしてくれるか?」
「オレこう言う渋いのより甘々なほうが好きなんで」
精霊同士の茶会を無視したアミーカがどこにいたのかと言うと、街中だった。
外出許可を得たカラスの精霊は羽を隠し完全な人の姿でチョコレート専門店へ足を運ぶ。
「いらっしゃいませ」
人間の店員は入って来たのが古風な格好をした精霊の騎士だったので目を丸くした。騎士と言うだけで目立つのに、この精霊は真っ黒なカラスだった。
(き、騎士一人はさすがに初めて見たわ……)
カラスは恐ろしくも美しい目をしていた。視線は鋭く、見つめられただけで
「
「は、はい。……どなたへですか?」
「
「ああ、なるほど」
店員は「お使いね」とつぶやいて一番人気の五つ入りの小箱に手を伸ばした。
「十二個入りを」
「あら、失礼いたしました」
精霊はチョコレートを買うとさっさと店から出て行った。
「……今時珍しいタイプね」
店舗のチームリーダーがつぶやき、精霊の受付をした店員は振り向いた。
「何がですか?」
「あの顔はご主人様から言われて買いに来たタイプじゃないわよ。本当にご主人様へのプレゼント。使い魔なんてこき使われて当然なのに、ずいぶん大事にされてるのねえ」
「ええーっ、可愛いですね……!」
「私へのチョコよりお茶会が先だと思うけど?」
アミーカがチョコレートを手渡しに行くとサシャは彼を
「ケーキ屋は使い魔単独での買い物不可になってた。スポンジはついてないが味は保証する」
「それは嬉しいけどさ」
「みんなごめんね。あとで私からジェミニたちに謝っておくから」
「気が乗らなかったなら仕方ないよ」
「主人優先は使い魔として正しい姿勢だ。褒めてやってくれ」
オルフェオにそう言われたものの、サシャはとても良いことだとは思えなかった。
「友だちからのお誘いを断っちゃダメよ」
「友人などいない」
「そんなこと言って、お誘いそのものは嬉しかったくせに」
サシャはアミーカの
「うわ、なんか立派!」
「ああ、それここら辺で人気の店だよ」
「わーっ、嬉しい。あ、みんなで食べよう? 十二個あるし」
「いいのか? 君の分なのに」
「みんなで食べたほうが美味しいじゃん。ね?」
サシャが笑顔で見上げると、アミーカも微笑んだ。
フラターが土産としてクラシカルなドーナツを差し出すと、アミーカは一応受け取った。実際に食べたかどうかはわからない。
フラターは今日も主人をじっと見つめるアミーカの横顔を見て、あの太陽のような金の花に
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