第11話『朝と夜(前編)』

 精霊喫茶エスピリット・カフェへ仕事へ向かうフラターは若干どんよりしていた。今日の予約相手は皇太后こうたいごうなのだ。

(王族にどう接しろと……)

 フラターがロッカールームで溜め息をついていると後ろから従業員の一人が声をかけて来た。

「……何かあったのか?」

 フラターは気怠けだるげに振り向いた。声をかけて来たヘビの精霊は騎士見習いで、この喫茶を通して自分の主人を探している。ただヘビと言うだけで嫌がられる、可哀想なイイ奴だ。

「主人と揉め事とか……」

「ねえし。我が主人マイ・マスターは今日も麗しく美しくオレの愛だから〜」

「……そうか、うらやましい限りだ」


 フラターが立って待っていると皇太后こうたいごうが部屋を訪れた。今日の皇太后こうたいごうはゆったりとしたセーターと婦人用のカジュアルパンツだが、見目が見目なのでお忍びのご夫人感満載だった。

「いらっしゃいませ」

 フラターはこの喫茶の定形句である挨拶をやめ、皇太后こうたいごううやうやしく礼をした。

「あら、あのセリフはやめたの?」

「お客様であることに変わりはありません」

「まあ硬い口調ですこと。やめてちょうだい、今はただの近所の婦人よ」

 皇太后こうたいごうは今朝、ひ孫が来たのでお茶をしてから来たそうだ。

(ひ孫ってぇーと……。国王が息子で孫が第一王子? ああ、第一王子には小さい息子と娘がいたな)

「ひ孫様は可愛いですか?」

「あらもう、それはそれは砂糖菓子のように」

「ひ孫様も優しいひいおばあちゃんで嬉しいでしょうねえ」

「あなたも可愛いと思っているのよ、カラスさん」

「そりゃ光栄です」

 皇太后こうたいごうはおやつを頼み、それをフラターの口へ入れていく。

皇太后こうたいごうに餌付けされたカラスとかオレくらいじゃねえか……?)

「こうしてると夫の使い魔を思い出すわ。あの子もカラスだったの。もっと小柄だったけれど」

「そうなんすか?」

今度図書館へ行って古い新聞でも読んでみるか、とフラターは考える。

「カラスが使い魔ってぇーと、前……旦那様は太陽か風属性ですか?」

「あの人はね、風属性だったの。雷魔法の使い手でね」

「ほほーお。お強そう」

「そうねえ若い頃は血気盛んだったわ。やんちゃだったわね」

皇太后こうたいごうは夫である前王やその使い魔のカラスを思い出して笑顔になった。

「不思議よね。つらい思い出も多いはずなのに、思い出すのは楽しかった頃のことなの」

「思い出ってそういうモンじゃないすか?」

フラターは自然と口元が緩む。

「いい顔してますよ、今」

「あら、まっ」

フラターの素の笑顔が見られて皇太后こうたいごうも喜ぶ。

「あ、そうだったわ。いいものあげる」

「なんです?」

 皇太后こうたいごうはショルダーバッグの中を探る。

「あなたの太陽にね、プレゼントを。本当は客から従業員へこう言うやり取りはいけないんだけれど、ほら私、プライベートは限られているでしょう?」

「ああ、なるほど」

「大丈夫。店長は知っているから」

皇太后こうたいごうは一見、タイピンに見える綺麗な金色の剣を香り袋へ包み、フラターへ差し出した。

「ちゃんとお渡ししてね」

「ありがとうございます。必ず我が主人あるじへ。お預かりします」




 サシャは差し出された金色のピンが皇太后からのプレゼントと聞いて飛び上がった。

「何てもの貰ったの!!」

「いや、まあでもタイピンですし? ドレスとか着た時に左胸に飾ればよろしいかと」

フラターの女主人は「じゅ、純金なんだろうなぁ……」と怖々こわごわピンを受け取った。

「これどこに仕舞おう……。貴重品入れる箱なんてないよ……」

「小さい金庫でも買います?」

「買い物行くか」




 サシャは何でもない私服を着てアミーカとフラターを連れ、オールドローズ通りへ向かった。魔法使いが使う品々がたくさん並ぶこの通りなら、探し物をする場合まず間違いないだろう。

 サシャは花屋の店先でこき使われている小鬼ゴブリンを見かけ、歩み寄ると微笑んだ。

「こんにちは」

挨拶をされた小鬼ゴブリンは立派な騎士を連れた少女に目を丸くしたものの、神の花嫁へうやうやしく礼をする。その主人である店主がサシャに気付き、自分も頭を下げる。

「道のお掃除ありがとう。頑張ってね」

 サシャは消耗品しょうもうひんと化している使い魔たちに何かできないだろうかと考えた結果、その場限りでもいい、ねぎらったり気遣ってあげようと決めた。

 アミーカとフラターは主人の心意気を知るとますます誇らしくなった。

「オレこの道の真ん中でご主人様への愛を歌いたい」

「気持ちはわかるがやめろ」


 時計や鍵が並ぶショーウィンドウを見つけたサシャはアミーカに扉を開けてもらって店へ入った。

「いらっしゃいまっ……」

 頭がつるつるで後頭部の白髪とヒゲが繋がった小柄な店主は、オレンジゴールドの髪の少女を見ると飛び上がりそうなほど驚いた。

「いいいいいいらっしゃいませ!」

「こんにちは。ええと、貴重品を入れる小箱が欲しいんですが……」

「はい、かしこまりました!」

 小さな店主は転がるように店の奥へ走っていって、しばらくゴタゴタと物音を立てたあと小箱を持ってきた。

 うやうやしく手渡されたマホガニーの木箱は、長い年月を経たのかつやと赤みが美しく、金でかたどられたタンポポの装飾が素晴らしかった。

「わー、可愛い!」

 サシャが嬉しそうな顔を見せると店主は緊張した様子で笑顔になった。

「そ、そちらはお預かりしていたものですので、お代はいりません」

「え? でも……」

「あなた様のものでございます」


 サシャは首をかしげつつ、騎士と一緒に店を出た。

「タダでもらっちゃった……」

「預かり物ってどう言うことっすかね?」

「さあな」

 帰ったらピンを仕舞おう、と考えながらサシャが来た道を戻ると、花屋の前で先ほどの小鬼ゴブリンと店主が花束を持って立っていた。

「あっ」

 サシャの顔を見ると店主は緊張した面持おももちで白いアネモネの花束を差し出した。

「お客様、よろしければこちらを。あ、あの、うちの使い魔があなた様へどうしてもと申しまして……」

「え、でも売り物でしょう?」

小鬼ゴブリンはじっとサシャを見上げていたが、視線が合うとはっとして頭を下げた。

「さっきもお金を払わずに商品をいただいてしまったの。だからせめてこちらは払うわ」

「いんじゃね?」

 フラターが口を挟んだので振り返ると、アミーカもフラターもそっくりな冷たい表情で小鬼ゴブリンを見下ろしていた。

「我らの女主人マスターへ捧げ物したいって言うなら、なぁ?」

「捧げて当然だしな。貰っちまえよ」

「何言ってるの! 商品なのよ?」

「いや捧げ物だし」

「気持ちに金払うのか?」

気持ちには気持ちで返すほうがいい、と騎士たちが示すとサシャは困ってしまった。

「う、うーん……」

 悩んだ結果、サシャはポンと手を叩いた。

「わかった、今度友だちを連れてくるわ! それでいい?」

店の宣伝をしてあげれば売り上げに繋がるだろう、とサシャは考えた。

 店主と小鬼ゴブリンはびっくりして顔を見合わせたが、もちろんと答えて花を差し出した。

「お花をありがとう。部屋に飾るね」

「す、素晴らしい……!」

 近くから馴染みのある声がしてフラターが振り返ると、そこには同じ精霊喫茶エスピリット・カフェで働いているヘビの騎士見習いがいた。

「あっ? 偶然〜」

「ん? フラターのお知り合い?」

「同僚ですよ」

「ああ!」

 サシャは白いアネモネを抱えたまま騎士見習いへふわりと微笑んだ。

「初めまして。いつも私の騎士がお世話になってます」

 ヘビの精霊はぶるぶるっと震え上がりフラターの腕を引いてサシャから数歩離れた。

「あ、あれが君の主人なのか……!?」

「そっすよ」

「す、素晴らしい……。なんて素敵な方なんだ……」

「え? あー……」

神の花嫁に魅了されたんだな、とフラターは首の後ろをいた。

「おめー、神の花嫁初めて見た?」

「ち、知識では知っているが……。はっ、あの方がそうなのか!?」

「そうっすよ。だから騎士のオレたちがいるワケ」

ヘビはフラターの肩越しにアミーカを見た。視線が飛んできたアミーカはギラついた目でヘビをにらみ返す。

「ひっ。……か、彼は? 兄弟か?」

「ああ、雰囲気似てるけどオレより全然ジジイです」

「誰がジジイだ」

「だってそうでしょ」

 アミーカは見上げたサシャと見つめ合う。

「どうなんだそれ」

「え? なに? オレの前で内緒話やめてくんない?」

「お前の職場が気になるってよ」

頬を赤く染めたサシャは心の中で「ヘビさんイケメンだね。ほかの人もイケメンなの?」とフラターへ伝える。

「あー、なるほど」

「ど、どうした?」

主人マスターが喫茶店気になるらしくて」

「何だって! ぜ、是非いらしてください! きっとみんな喜びます!」


 花束とタンポポの小箱を持って帰ったサシャは早速六人部屋のリビングにアネモネを飾った。少女は寝室で小箱に剣の形をしたピンを仕舞おうとして、鍵穴の存在に気づき困惑した。

「え、あれ?」

「どうした」

「これ鍵ついてるタイプだ。どうしよう、鍵は受け取ってないよね……」

 アミーカは思いつきでピンを持っているサシャの手を掴み、そのまま鍵穴へ近づけた。金のピンは鍵へ形を変え、自分で勝手に差さる。

「えっ、わっ……!?」

 勝手に開いたマホガニーの小箱の中には黄金が詰まっていた。その金と、箱を装飾していたタンポポをかたどっていた金、鍵になってしまった金は形をゆるめると溶け合って集まっていく。

「えっ、えっ!?」

 少女が驚いていると液体の金は黄金の花になり、花びらを散らして次のつぼみを作り、質量を無視してどんどん大きくなる。何度かつぼみを開花させた金属は次に形を平たく伸ばし、ゆるゆるとサシャの両腕を包み込む。

 少女の両腕をおおった金属の触媒しょくばいは、優雅な小花の装飾を浮かび上がらせて落ち着いた。

「えええええ……!!」

これにはさすがのサシャも仰天ぎょうてんした。

「ほー、すげえ……」

「ネクタイピンじゃなくて杖だったのか」

 魔法の触媒しょくばいにはいくつか種類が存在する。この触媒つえは腕輪を長くしたような、鎧の手甲のような形状らしい。

「私もう杖持ってるよ!?」

「いんじゃね? 二本目ってことで」

「こ、こんな金キラの触媒しょくばい目立ちすぎるよ! ど、どうしよう小さくならないかな……!」

 サシャが懸命に念じると触媒しょくばいは動き出し、一つにまとまって理想的な可愛いタンポポの首飾りに変化した。

「ほおお良かった……!」

少女はネックレスを首から下げ、服の中へしまった。

「とんでもないものを貰ってしまった……」

「なんつーもの持ってんだあの皇太后こうたいごう……」

アミーカはあれ? と中空を見て考える。

「……なあ」

「どした」

「この小箱とピンで一つだったよな?」

「あ? ……あ!?」

金物屋かなものやもグルか?」

「あのおじさんも何者……!?」




 後日。授業が午前中しかない日にサシャは黄金の首飾りをつけてフラターの職場である精霊喫茶エスピリット・カフェへ顔を出した。

店主はフラターだけではなく、もう一人立派な騎士を連れてきたオレンジ髪の少女を見て驚いた。

(とんでもない方が来てしまった……)

「あ、お嬢様じゃないっすよ」

「こんなに麗しいのに!?!?」

 店主は思わず声がひっくり返った。彼はエヘンと咳払せきばらいをして気を取り直す。

「いらっしゃいませ」

 サシャは今日、二人の騎士から捧げられた小遣いで買った綺麗な水色のワンピースを着ていた。太陽の娘はきちっと膝折礼カーテシーをする。

「初めまして、サシャ・バレットと申します。私の騎士がいつもお世話になっております」

「店舗責任者のル・ベルでございます。こちらこそ大切な騎士をお借りしておりまして……」

(いやお嬢様じゃないかい!!)

店主ル・ベルは心の中で盛大にフラターへ突っ込んだ。

 ル・ベルが顔を上げるとフラターはいつもの愛想笑いを作る。

「可愛いでしょ? オレのご主人様」

「君が毎日のように自慢するのも無理はないな」

「え、自慢?」

サシャはぽっと顔を赤くして照れる。

「もー、普段なんて言ってるの? 恥ずかしいじゃん……」

「え、別にこれと言った感じでは。今日も我が女主人レディが麗しいとしか……」

「もー!」

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