第11話『朝と夜(前編)』
(王族にどう接しろと……)
フラターがロッカールームで溜め息をついていると後ろから従業員の一人が声をかけて来た。
「……何かあったのか?」
フラターは
「主人と揉め事とか……」
「ねえし。
「……そうか、うらやましい限りだ」
フラターが立って待っていると
「いらっしゃいませ」
フラターはこの喫茶の定形句である挨拶をやめ、
「あら、あのセリフはやめたの?」
「お客様であることに変わりはありません」
「まあ硬い口調ですこと。やめてちょうだい、今はただの近所の婦人よ」
(ひ孫ってぇーと……。国王が息子で孫が第一王子? ああ、第一王子には小さい息子と娘がいたな)
「ひ孫様は可愛いですか?」
「あらもう、それはそれは砂糖菓子のように」
「ひ孫様も優しいひいおばあちゃんで嬉しいでしょうねえ」
「あなたも可愛いと思っているのよ、カラスさん」
「そりゃ光栄です」
(
「こうしてると夫の使い魔を思い出すわ。あの子もカラスだったの。もっと小柄だったけれど」
「そうなんすか?」
今度図書館へ行って古い新聞でも読んでみるか、とフラターは考える。
「カラスが使い魔ってぇーと、前……旦那様は太陽か風属性ですか?」
「あの人はね、風属性だったの。雷魔法の使い手でね」
「ほほーお。お強そう」
「そうねえ若い頃は血気盛んだったわ。やんちゃだったわね」
「不思議よね。つらい思い出も多いはずなのに、思い出すのは楽しかった頃のことなの」
「思い出ってそういうモンじゃないすか?」
フラターは自然と口元が緩む。
「いい顔してますよ、今」
「あら、まっ」
フラターの素の笑顔が見られて
「あ、そうだったわ。いいものあげる」
「なんです?」
「あなたの太陽にね、プレゼントを。本当は客から従業員へこう言うやり取りはいけないんだけれど、ほら私、プライベートは限られているでしょう?」
「ああ、なるほど」
「大丈夫。店長は知っているから」
「ちゃんとお渡ししてね」
「ありがとうございます。必ず我が
サシャは差し出された金色のピンが皇太后からのプレゼントと聞いて飛び上がった。
「何てもの貰ったの!!」
「いや、まあでもタイピンですし? ドレスとか着た時に左胸に飾ればよろしいかと」
フラターの女主人は「じゅ、純金なんだろうなぁ……」と
「これどこに仕舞おう……。貴重品入れる箱なんてないよ……」
「小さい金庫でも買います?」
「買い物行くか」
サシャは何でもない私服を着てアミーカとフラターを連れ、オールドローズ通りへ向かった。魔法使いが使う品々がたくさん並ぶこの通りなら、探し物をする場合まず間違いないだろう。
サシャは花屋の店先でこき使われている
「こんにちは」
挨拶をされた
「道のお掃除ありがとう。頑張ってね」
サシャは
アミーカとフラターは主人の心意気を知るとますます誇らしくなった。
「オレこの道の真ん中でご主人様への愛を歌いたい」
「気持ちはわかるがやめろ」
時計や鍵が並ぶショーウィンドウを見つけたサシャはアミーカに扉を開けてもらって店へ入った。
「いらっしゃいまっ……」
頭がつるつるで後頭部の白髪とヒゲが繋がった小柄な店主は、オレンジゴールドの髪の少女を見ると飛び上がりそうなほど驚いた。
「いいいいいいらっしゃいませ!」
「こんにちは。ええと、貴重品を入れる小箱が欲しいんですが……」
「はい、かしこまりました!」
小さな店主は転がるように店の奥へ走っていって、しばらくゴタゴタと物音を立てたあと小箱を持ってきた。
「わー、可愛い!」
サシャが嬉しそうな顔を見せると店主は緊張した様子で笑顔になった。
「そ、そちらはお預かりしていたものですので、お代はいりません」
「え? でも……」
「あなた様のものでございます」
サシャは首をかしげつつ、騎士と一緒に店を出た。
「タダでもらっちゃった……」
「預かり物ってどう言うことっすかね?」
「さあな」
帰ったらピンを仕舞おう、と考えながらサシャが来た道を戻ると、花屋の前で先ほどの
「あっ」
サシャの顔を見ると店主は緊張した
「お客様、よろしければこちらを。あ、あの、うちの使い魔があなた様へどうしてもと申しまして……」
「え、でも売り物でしょう?」
「さっきもお金を払わずに商品をいただいてしまったの。だからせめてこちらは払うわ」
「いんじゃね?」
フラターが口を挟んだので振り返ると、アミーカもフラターもそっくりな冷たい表情で
「我らの
「捧げて当然だしな。貰っちまえよ」
「何言ってるの! 商品なのよ?」
「いや捧げ物だし」
「気持ちに金払うのか?」
気持ちには気持ちで返すほうがいい、と騎士たちが示すとサシャは困ってしまった。
「う、うーん……」
悩んだ結果、サシャはポンと手を叩いた。
「わかった、今度友だちを連れてくるわ! それでいい?」
店の宣伝をしてあげれば売り上げに繋がるだろう、とサシャは考えた。
店主と
「お花をありがとう。部屋に飾るね」
「す、素晴らしい……!」
近くから馴染みのある声がしてフラターが振り返ると、そこには同じ
「あっ? 偶然〜」
「ん? フラターのお知り合い?」
「同僚ですよ」
「ああ!」
サシャは白いアネモネを抱えたまま騎士見習いへふわりと微笑んだ。
「初めまして。いつも私の騎士がお世話になってます」
ヘビの精霊はぶるぶるっと震え上がりフラターの腕を引いてサシャから数歩離れた。
「あ、あれが君の主人なのか……!?」
「そっすよ」
「す、素晴らしい……。なんて素敵な方なんだ……」
「え? あー……」
神の花嫁に魅了されたんだな、とフラターは首の後ろを
「おめー、神の花嫁初めて見た?」
「ち、知識では知っているが……。はっ、あの方がそうなのか!?」
「そうっすよ。だから騎士のオレたちがいるワケ」
ヘビはフラターの肩越しにアミーカを見た。視線が飛んできたアミーカはギラついた目でヘビを
「ひっ。……か、彼は? 兄弟か?」
「ああ、雰囲気似てるけどオレより全然ジジイです」
「誰がジジイだ」
「だってそうでしょ」
アミーカは見上げたサシャと見つめ合う。
「どうなんだそれ」
「え? なに? オレの前で内緒話やめてくんない?」
「お前の職場が気になるってよ」
頬を赤く染めたサシャは心の中で「ヘビさんイケメンだね。ほかの人もイケメンなの?」とフラターへ伝える。
「あー、なるほど」
「ど、どうした?」
「
「何だって! ぜ、是非いらしてください! きっとみんな喜びます!」
花束とタンポポの小箱を持って帰ったサシャは早速六人部屋のリビングにアネモネを飾った。少女は寝室で小箱に剣の形をしたピンを仕舞おうとして、鍵穴の存在に気づき困惑した。
「え、あれ?」
「どうした」
「これ鍵ついてるタイプだ。どうしよう、鍵は受け取ってないよね……」
アミーカは思いつきでピンを持っているサシャの手を掴み、そのまま鍵穴へ近づけた。金のピンは鍵へ形を変え、自分で勝手に差さる。
「えっ、わっ……!?」
勝手に開いたマホガニーの小箱の中には黄金が詰まっていた。その金と、箱を装飾していたタンポポをかたどっていた金、鍵になってしまった金は形をゆるめると溶け合って集まっていく。
「えっ、えっ!?」
少女が驚いていると液体の金は黄金の花になり、花びらを散らして次のつぼみを作り、質量を無視してどんどん大きくなる。何度かつぼみを開花させた金属は次に形を平たく伸ばし、ゆるゆるとサシャの両腕を包み込む。
少女の両腕を
「えええええ……!!」
これにはさすがのサシャも
「ほー、すげえ……」
「ネクタイピンじゃなくて杖だったのか」
魔法の
「私もう杖持ってるよ!?」
「いんじゃね? 二本目ってことで」
「こ、こんな金キラの
サシャが懸命に念じると
「ほおお良かった……!」
少女はネックレスを首から下げ、服の中へしまった。
「とんでもないものを貰ってしまった……」
「なんつーもの持ってんだあの
アミーカはあれ? と中空を見て考える。
「……なあ」
「どした」
「この小箱とピンで一つだったよな?」
「あ? ……あ!?」
「
「あのおじさんも何者……!?」
後日。授業が午前中しかない日にサシャは黄金の首飾りをつけてフラターの職場である
店主はフラターだけではなく、もう一人立派な騎士を連れてきたオレンジ髪の少女を見て驚いた。
(とんでもない方が来てしまった……)
「あ、お嬢様じゃないっすよ」
「こんなに麗しいのに!?!?」
店主は思わず声がひっくり返った。彼はエヘンと
「いらっしゃいませ」
サシャは今日、二人の騎士から捧げられた小遣いで買った綺麗な水色のワンピースを着ていた。太陽の娘はきちっと
「初めまして、サシャ・バレットと申します。私の騎士がいつもお世話になっております」
「店舗責任者のル・ベルでございます。こちらこそ大切な騎士をお借りしておりまして……」
(いやお嬢様じゃないかい!!)
店主ル・ベルは心の中で盛大にフラターへ突っ込んだ。
ル・ベルが顔を上げるとフラターはいつもの愛想笑いを作る。
「可愛いでしょ? オレのご主人様」
「君が毎日のように自慢するのも無理はないな」
「え、自慢?」
サシャはぽっと顔を赤くして照れる。
「もー、普段なんて言ってるの? 恥ずかしいじゃん……」
「え、別にこれと言った感じでは。今日も我が
「もー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます