第4話 社畜、闇魔法じわる。


「...すみません」


薄暗い牢屋の中、シロさんが謝罪を述べた。


「いえ、シロさんのせいでは」

「いいえ。私のせいです...無能力のあたなをこの世界へと招いてしまった。そのせいであなたは殺されかけて...」


なんだろう、その意図はないのだろうけど言い方が少し傷つくな。


「...能力の無い人間は殺されてしまうんですね」

「いえ、そんなはず...ないです。今までも、能力があるないに限らず、元の世界へ帰りたいと言われた方は帰ることが出来たはずです。なのになぜ...殺そうなどと」


「くくく」


牢屋の見張り番である騎士が笑い、答えた。


「んなもん出任せにきまってんだろ。帰りてえだの言った今までの転移者や転生者は皆殺されてるんだよ」


「...そんな」


シロは目を大きく見開き口を手でおおう。


殺されてる?勝手に呼んでおいて...戦力にならなければ殺す?

なんて利己的で独裁的な...。


「知らないのも無理はないがな。なんせ召喚術には恐ろしいほどの集中力が必要となる。だが召喚した人間が殺されるかもしれないと知ってしまえば、お前ら召喚師は術を行使することは難しいだろ?」


シロが重い口調で後を継いだ。


「...だから戦闘の意志が無いものは表向きには元の世界へ還すとされている...?」

「そうさ!...まあ王が口走ってしまったからあの場にいた召喚師はそれを知っちまったがな」


異世界転移で命が助かったと思ったが...。

俺はまた...死ぬのか?


「...シロさん」

「は、はい」


「どうすれば、いいですか...」

「...あなたに能力があることを示せば...助かるかもしれません。まだ時間はあります...なんとか、発現させましょう」


...能力が、あれば。死を免れる。そうだ、せっかくシロさんが時間を稼いでくれたんだ。

必ず、やってみせる。





――が、しかし。




「いいや、無理だ」


見れば牢の外に俺の腕を折った騎士がいた。


「処刑人として名を名乗らせて貰おう。...私は王国騎士軍、第1番隊隊長、アーサー。王の意向により、これよりお前を処刑する」











...は?え?









王に仕える13の騎士。


円卓の騎士。


彼らはこの国で最強の力を持つとされている。


なかでも、アーサーの称号をもつ彼は歴代のどの騎士よりも強く、単身で数百の魔族や敵対国の一部隊を殲滅してしまう程だった。


その圧倒的な、次元の違うとも言える戦闘力。


狙われれば命はない。それ故にアーサーは一部の者から白い死神と呼ばれていた。



◆♢◆♢◆♢



「無能力者...さっさと出ろ」


「え、ま、まって、ください...」

「おまえに割く時間はない」


アーサーは痺れを切らし俺の腕を掴み引きずり出した。

先の話では次の召喚で使う魔力がたまるまで生かすという話ではだった。

俺とシロは混乱し、焦燥に駆られる。


「ど、どういうことですか!話が違いますアーサー様!!」


「...死ぬか?」


アーサーの殺気に充ちたオーラがシロを包んだ。

まともな返答とは言い難い。だが、これ以上ない明確な返答だった。


邪魔をすれば殺す。


その言葉が、シロの言葉を縛る。


死、は生物である以上、恐れないものはない。

死して無に帰すというのは生きとし生けるもの全てのものが持つ、最も強い恐怖。


「...わかりました、い、いきます。だから...シロさんは」


あああ、本当に...俺はいつもこうだ。


でも良いさ。奇跡的に拾ったこの命、どうせ無いはずの命だ。

今度こそシロさんが良い転移者を引けますように。


納得も理解も出来ない。けれど、シロさんまで殺されるのは...それは嫌だ。


「ふ、ふは、はははっ」


「...?」


「何を言っている。お前を殺った次はそいつを殺すに決まっているだろう。失敗した召喚師に次はない」

「...な、なんで」


「当然だろう。ゴミは間引く...使えぬものは捨てられるのはこの世の常だろう。そもそもこの国の召喚師となるにはそういう取り決めになっている。...まあ、無能力者を召喚するやつはそうそういないがな」


ご、ゴミ...一度の失敗で。


「貴様らは知らないだろうが、一度の召喚に使われる魔力は途轍もない量だ...それこそ奴隷128人を犠牲にして、やっと一度の召喚を行える。その貴重な魔力を全て不意にしたのだ...それ相応に罰は必要だろう」


その時、恐ろしい事を聞い気がした。シロが震えた声でアーサーへ問い掛ける。


「...まさか、奴隷の命を使って...捻出した魔力を使わせていたの...ですか...?」

「ふん、魔力を数年貯めるなど悠長に待っていられないからな。...そして、丁度いい事に最近希少なハイエルフの娘を入手した。そいつならば一匹で召喚一回分は補える程の魔力量だ。...なので無能力者、次の召喚の為にお前はさっさと死ぬ必要がある」




理解しようと働く頭を理性が受け付けない。理解したくないと心が悲鳴を上げている。

それは最早、自分がたった今死を宣告されたことよりも大きな衝撃で、受け入れ難い話だった。


...俺の召喚のために奴隷が何人も死んだ?


いやいやいや、嘘だろ。


命、だぞ?


軽々しく扱うなよ。そんなに。


――しかし、ふと思い出される記憶。


会社での苦痛な日々。俺をゴミのような目で見る上司、同僚、そして。


『...産まなければ良かった』『お前の命に価値なんてないんだよ』


母の虐待と学生時代...イジメの過去。


更にはこの異世界でも、お前は無価値、無能だと言われた。




いや、それは仕方ない。無能なんだから。





...けど。



...でも。




シロさんは違う。



彼女が無価値の存在?そんなわけない。


『本当に、勝手に喚んでしまって...申し訳ないです。でも、必ず元の世界に戻れるよう、私が尽力させていただきますので...!』


ここに来るまでに彼女は何度も俺の事を気遣い、心配してくれた。


人の嘘にさらされ続けた俺は、嘘に敏感だ。だからわかる。

彼女の言葉にはそれを感じることはなく、本心で俺のことをあんじてくれた。


本当に、優しい人だ。


....そして。


『私...妹が一人いるんです。だから、頑張って私が生活費を稼がないといけなくて...』

『妹さんの事、大切に想っているんですね』

『ええ。たった二人の家族ですから』


そうだ...家族を守るため命がけで頑張る彼女は、絶対にゴミなんかじゃない。



――ひしひしと静かな、熱いものが胸奥を焼き始めた。






...ふざけるなよ。



彼女を殺して、またハイエルフという犠牲を使い...召喚をさせる?



そんなの





絶対に、許せない。



ズズズッ...



――心の底で、燃えるような漆黒の感情が湧き上がり出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る