第46話:蟲籠 伯爵家




 態々わざわざ昔のカーリーの家庭教師を探し出して監視し、旅行に行く程度の荷物を持って家を出たのを確認して、グルーバー辺境伯領地へ向かった。

 辺境伯領地までが約1ヶ月。

 そして結婚式会場が隣国との境だとかで、また2週間も掛かった。


 聖女である次女の結婚式に参加する為に、伯爵夫妻は努力をしていた。



 そもそも結婚式の話を聞いたのも、他人の噂話からだった。

「聖女様の結婚式が今年行われるらしい」

「王宮ではなく、辺境伯領地らしい」

「親戚や親しい友人しか招待されず、王都でのお披露目パレードも無いそうだ」

 買い物に行った街中で、平民の店員が噂しているのを聞いたのだ。


 最近は、屋敷に商人が来てくれなくなっていた。

 理由は判っている。

 アモローサが臭いからだ。

 段々と悪化していくアモローサの様子に、聖女の試練とはいえ酷過ぎると思っていた伯爵夫妻は、神に直談判するつもりだった。


「カーリーには試練などなく聖女にしている」

「なぜ優秀なイザベラや美人のアモローサだけに試練があるのか」


 訴えるにしても、なぜかイザベラやアモローサには、神は会いに来なかった。

 1年で伯爵領の収益も著しく減っていた。

 今まで殆ど無かった賊の被害も鰻上りで増えていた。




「遠いわ。屋敷を出てからもう2ヶ月よ」

「こんな辺鄙な所にしか嫁にこれない、やはりアイツは出来損ないなんだ」

「そうねぇ。アモローサは第二王子と結婚するし、イザベラは公爵夫人だもの」

 馬車の中で、伯爵夫妻はあんなになっても自慢の娘達の話で盛り上がっていた。


 結婚式会場にやっとの思いで到着すると、既に披露宴も終盤だった。

 怒りのまま会場に乗り込んだ。

「親を結婚式に呼ばないとは何事だ!」

「育ててあげた恩も忘れて!」

 会場に着くまでに横断した辺境伯領地も、伯爵領など比較にならない位、繁栄していた。

 それも怒りを増長した。



 誰も自分達に寄って来ない。

 花嫁の両親なのに、だ。

 他の家に養子に行こうが、血が繋がっているのだから自分達にも色々と権利があるはずだ、と伯爵夫妻は思っていた。

 成人直前まで育てたのは、自分達なのだと。


 実際には完全に育児放棄しており、育てたのは神の眷属達だ。


 出来損ないだが聖女に選ばれた次女が自分達を、迎えに来るのを待っていた。

 感謝されるだろうと。

 招待状は事故で届かなかったのだろう。

 来なくて心配した、来てくれてありがとう、そう言われるはずだと。




『なぜ呼んでもいないむしが居る?』

 神に言われた台詞の意味が解らず、夫妻は首を傾げた。

 そして言いたい事を伝えた。

 聖女を三人も産み育てた自分達は、神に感謝されている筈だと、敬意も払わずに。


『蟲は蟲籠から出られない方が良いのう』


 気が付いたら、自領の屋敷の前に居た。

 辺境伯領地から、伯爵領地まで飛ばされていたのだ。

「きっと、訴えを聞いてくれたから、屋敷まで送ってくれたのだ!」

「確かに2ヶ月も掛けて戻って来るのは大変だものね!」


 伯爵夫妻が神の言った『蟲籠』の意味を知るのは、社交の為に出掛けようとして、自領の境で馬車から落とされた時だった。

 馭者と馬車は問題無く道を進んでいる。

 しかし、伯爵夫妻だけは見えない壁にぶつかり進めないのだ。


 密室の筈の馬車から落ち、人外の、神の力により、伯爵領に閉じ込められた事を知ったのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る