或る小説家の話
カタカタカタッ…
【…こうして一つの物語が幕を開けた。】
ふぅっ…これで一段落かな…
保存ボタンをクリックし、パソコンの電源を落とす。静かにUSBを抜き取った。
長丁場を終え、彼は目頭を押さえた。
…一息入れたいな…。そうだ、彼処がいい。
憩いの場…というには少々騒がしいが、それでも珈琲の味は格別。そして何より雰囲気がいい。
思い立ち、席を立とうとする。
と、突然
ガチャリ…
「先生、原稿どうです?」
眼鏡の女性に声を掛けられた。
…そうだ。待たせてたんだったっけ…。
「あぁ、終わったよ。…はい、今月の分。受け取って。」
手元のUSBを彼女の元へ軽く放る。
「わっ、あ、ありがとうございます!…でも普通に渡して下さいよ。」
「ナイスキャッチ…」
あたふたしつつも無事に
「取り敢えず、お疲れ様でした。青葉先生はいつも余裕があるので私も助かってます。来月もこの調子でお願いしますね…じゃあ、これで失礼します。」
「あっ、ちょっと待って。『Hatman』行こうよ。お腹空いてるでしょ?」
鍵と財布を取り出す。
「あぁ、そうですね…。しっかし、先生も好きですよね~。締め切り明けはいつも『Hatman』なんて!たまには違ったお店に入ってみたらどうです?」
声高に一人で盛り上がる彼女を尻目に、呆れついでに一言放つ。
「確かに珈琲も料理も格別だけど…笹木さんが行きたいんじゃないかと思って。嫌なら来なくてもいいけど?あと、喋り方おやじ臭いよ。」
みるみる赤面し、否定するかの様に慌ただしく両手を振る。心なしか髪まで逆立っているような気がする…
「いっ、嫌とは言ってませんよ!お腹も空いてますし!行きますって!」
「ふぅん…そう。」
わざとらしくため息混じりに、彼女を流し見た。我ながら意地悪だと思う。
「なっ何ですか…。というより…何で私が行きたいと思ってるって思ったんですか…。」
動揺している。相変わらず面白い。
「…さぁ?自分で考えてみれば。気付かれないとでも思ってるの?」
面白半分に更に発破をかけた。
「!?先生っ…まっまさか、誰かにっ……!」
動揺も行き過ぎると奇妙なものだ。驚嘆しているのか、余計に滑稽な動きになった。この手の話に露骨な彼女はからかい甲斐がある…。
「言わないよ。ほら、早く。僕も疲れてるから。」
そそくさと速足で玄関へ向かう。
「あぁ、すっすみません…行きましょう…。」
「疲れ」の言葉に僕を気遣ってか、いきなり大人しくなってくれた。しかし、仕事は出来るのに人として率直過ぎる。それは笹木さんの長所でもあるが、周囲にも伝わってしまうのではと考えると……何だか不憫だ。
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