描かれる恋模様
いつもの喫茶店、いつもの席、そして此処から見えるいつもの景色。私のお気に入りの場所…さっきは二人のやり取りを見ながら少し笑ってしまった。
このお店は落ち着く。大好きな物と、どこか懐かしい雰囲気が優しく包んでくれる。
ゆったりとした時間。
はぁ~癒される~
暫くするとマスターがいつもの様子で
「お待たせしました。アールグレイベルガモットとアップルパイのセットです。」
と、妙に畏まってやって来る。
「わぁ~、ありがとうございます!相変わらず美味しそう。」
お気に入りのメニュー…大好きなアールグレイはベルガモットの風味で…焼きたてのアップルパイにはシナモンとキャラメルソースの蕩けるような甘い香り。紅茶とケーキ…至福の一時。
「おしぼり、多めに置いておきますね。」
彼のさりげない気遣いに申し訳ない気持ちになってしまう。
「いつもすいません…」
私はさっと指先を隠す様に撫でた。
「どうです?作品の方は…」
穏やかな口調で聞いてくれる。マスターの心配が良く伝わって来て、ちょっとだけ泣きたい気持ちになる。でも弱音は吐けない。吐きたくない。
私はぎゅと拳を握りながら、絞り出すように答えた。
「…少しずつ進んでます…」
「それは良かった…」
柔く笑ってくれた。
その様子に安心して
「何とか間に合いそうです。マスターとこのアップルパイのお陰ですね。」
…と、私なりの返事をしてみた。少しぎこちなかったかな…。
マスターはふっと目を細めて言う。
「何よりです。ですが、あまり無理はなさらないようにしてください…」
「あ…ありがとうございます」
一瞬ドキッとした。マスターの言葉は何でも見透かした様に、私の心に入ってくる。
「それはそうと…そろそろ来る頃ですね…」
マスターは
「…?」
つられてドアを見やった。
カランカラン…
「いらっしゃいませ。」
「あっ…」
一瞬、身体が硬直した。
「どうも、マスター。今日はカフェラテとホットサンドお願いしようかな。」
「こんにちは。って、先生もう注文決まってるんですか?早いな~。」
彼は無造作に答え、隣の彼女は少し大袈裟な素振りを見せる。
彼…青葉先生は、ミルクティー色の癖っ毛に、深い緑色のセーター。ベージュ色の幅広パンツに黒のスニーカー。首には山吹色のマフラーを軽く巻いている。一見、中学生に見えるが彼は立派な大人。しかも売れっ子の小説家だ。身長は…私よりちょっと低い。でも、素敵な人だ…余裕があって、いつも冷静で。
お隣の笹木さんは、ナチュラルブラウンのボブヘア。仕事着なのか、白Yシャツに水色のカーディガン、薄いグレーのパンツ。銀縁の眼鏡とカーディガンと同じ色のパンプスがトレードマーク。仕事癖なのか、いつも腕時計を気にしている。優しくて真面目な感じ…
時々そそっかしくておじさん臭いけど、いい人には違いない。
「畏まりました。笹木さんは後で伺いますね。」
去り際にマスターは、私に向かって軽くウィンクをした。銀のトレイを光らせながら…。
数秒で意味を理解した私は急に恥ずかしくなった。
居たたまれない気持ちを落ち着けるように紅茶を啜っていると、近くの席に着いた青葉先生に声を掛けられた。
「天音さんは紅茶派ですか…。此処は何でも美味しいですよね。」
淡々としているけれど、優しい口調。いつもさりげなく声を掛けてくれる。
「おい、先生!天音ちゃん口説くなよ。」
藤堂さんが藪から棒に声を挙げた。
「藤堂さん…居たんだ…。」
本当に気付いていなかったのか、彼は少し驚いて目を見開いている。
「先生失礼ですよ!さっきからいらっしゃいます!」
笹木さんは慌てて注意した。
「あのっ、藤堂さん!青葉先生とは世間話してるだけですから。変な事…言わないで下さい…。」
そう突っ込むと藤堂さんは
「へいへい…」と小さく返して体の向きを変えた。
「何かすみません…急に」
その場を取り繕うため私は咄嗟に言葉を続けた。
「貴女が謝る事じゃないですよ。あの人はいつもああですから。そういう気性でしょう…」
彼はため息混じりに素っ気なく返す。
「けっ…悪かったな。」
藤堂さんはばつが悪そうに煙草を吹かした。どうしてこの人は青葉先生に絡みたがるんだろう。
この二人はいつもこうだ…。
「あっ、そうだ!」
私は思い立った様に声を挙げた。ちょっとわざとらしかったかな…
「…先生の新作読みました。『眠れる森のバンビたち』も良かったですけど。今回は人間性の深みがあるというか、読み応えがありますね。」
「あぁ、そう言って貰えて良かった。今の連載は少し張り切ってるんですよ。」
…安心した。思いの外、先生は意気揚々と答えてくれた。
「あぁ、あれですね。『凡人たちのパレード』。私も今の作品の方がしっくり来ます。何て言うか、先生らしくて。」
彼女の…笹木さんの意見は毎回的確だと思う。やっぱりいつも一緒に居るからだろうか…。何だか少しもやもやしてきた。
青葉先生はよくこのお店に来る。よっぽど気に入ってるんだろう…憧れの人と好きなお店が一緒というのは嬉しい。もう少し近付ければ…
せめて他の話題に触れられるくらい…。
聞きたいことは山程あるのに…。
青葉先生が笹木さんとお店に来ることが多いのも事実。(むしろ、一緒に居るのが当たり前になってるみたい…。)
作家と編集者だから当たり前なんだろうけど。
そんな風にぐるぐると考えを巡らせていると…ふと、あの人と目があってしまった…。
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