番外編 婿攫い事件の裏事情  ホーラムル視点

 私はホーラムル・アルハイン。アルハイン公爵の次男だ。


 お見合いに来ていたイブリア王国の姫君、イリューテシア様が「私の婿はクローヴェル様です」と私たちの前で宣言した時、私は怒り狂った。



 私はアルハイン公爵家の次男として生まれ、厳しい教育に耐えてきた。兄であるエングウェイが公爵家の後継になることは既に決定していたが、兄に何かあった時の「予備」のために、私も同等の教育を受けておく必要があったからだ。


 しかし、エングウェイ兄は優秀で健康だった。そのため、私が公爵家を継ぐ可能性は全くなさそうだったのだ。それでいて私は兄と同等の能力を要求され、経験も積まされた。正直、私の能力も実績も兄に劣らないと思う。


 それなのに私に要求されるのは、兄を支える公国麾下の貴族になることだけだった。これで私に腐るなという方が無理だろう。私は成長して公国のために軍事政治の両面で働いて父と兄を支えながら、内心に不満をため込んでいた。


 イリューテシア姫が婿を探していると聞いたのはそんな時だった。


 現在こそ山間部の小国に落ちぶれてしまったものの、その格式は帝国七つ首の竜の一首という極めて高位にあるイブリア王国。その王家の一人娘であるイリューテシア姫の婿になるということは、イブリア王国の王になれるという事だ。


 私はそれを聞いて興奮した。イブリア王国の王になれば、格式的には父や兄の上に立てるのだ。もちろん、実質的にはイブリア王国はアルハイン公国に呑み込まれる形になる事だろう。父の考えではいずれは婿に行った息子から禅譲を受ける形で自分が王位に登極する事も考えていたようだ。しかし、一度王になれば退位しても私の扱いは単なる「予備」では無くなるだろう。先王として尊重されるに違いない。


 私は王になる事を決意した。「私がイリューテシア姫の婿になる」と父や兄に強く主張し、ほとんど結婚が決まっていた幼馴染の恋人には「結婚しても愛妾として、事実上の妻として遇するから」と言い含め、結婚せずにイリューテシア姫の来訪を待った。しかしイリューテシア姫が来訪が取り沙汰されてから実際に訪れるまでは二年も掛かり、私は十九歳になってしまっていた。


 ようやく見合いのために来訪したイリューテシア姫を見た最初の感想は「なんだか物凄く偉そうな女だな」という事だった。宮殿の大謁見室に入って来た紺色の古臭いドレスに身を包んだ彼女は、居並ぶ貴族たちを傲然と見下ろし、睥睨していた。いささかも臆していない。姫と言うより王、女王の貫禄すら感じられたのだ。


 噂によれば、山の中のイブリア王国の王宮は、王宮とは名ばかりの砦で、王都の人口も公国の地方都市にも敵わないくらいしかいないとの事だった。社交界など無いらしいので、事前にはどんな姫とは名ばかりのどんな芋娘が来るものかと皆社交の噂にして笑っていたのだ。


 ところがこれはどうだ。私は帝都に何度も行って帝都の社交界で何人もの王族の姫君にお会いしたが、それに勝るとも劣らない気品を、イリューテシア姫は持っていた。流石は腐っても名門王族の姫だということか。


 謁見が終わり、姫は広間に移った。そこで私たち兄弟はイリューテシア姫の前に進み出た。私は跪いて挨拶をする。


「私はホーラムル・アルハイン。アルハイン公爵の次男です」


 これが私とイリューテシア姫との、複雑で長い付き合いの始まりになろうとは、この時の私は想像もしていなかった。



 イリューテシア姫は背は普通くらいで、髪は貴族にしてはめずらしく肩の上で切り揃えている。昔、女性の間に短髪が流行ったことがあったらしいから、イブリア王国の流行は古いのかもしれない。


 髪色は黒に近い紫。瞳はアメジストのように美しい紫だった。顔立ちは整っているが、勝ち気であることが前面に出過ぎていて、たおやかさが持て囃される事が多い貴族女性の美人には当て嵌まらないかも知れないと思った。


 共にしたダンスは驚くほど上手い。ステップは確かで動きは流麗。こちらに対する配慮や周囲への目配りなども出来ていて、非常に余裕があった。社交など無い筈の山奥から来たとは思えない。


 そしてダンスで彼女の身体に触れて感じたのは貴族令嬢にしては非常に筋肉質であり、体力があるな? という事だった。運動が好きで乗馬や球技を楽しむ令嬢はたまにいるが、そういう令嬢よりもしっかりした筋肉の付き方だ。私自身も騎士として鍛えているので鍛えられた筋肉は触れれば分かる。


 私は、ダンスをしながらイリューテシア姫に自分のアピールをしまくった。誇張も交えながら自分の才能や実績を必死に言い募る。どうしてもイリューテシア姫と結婚せねばならなかったからだ。二年も結婚を遅らせていた理由がイリューテシア姫の婿になるためだという事は、公国社交界には知れ渡っている。もしも婿入りに失敗すれば私は大恥を掻いてしまう。だから必死だったのだ。


 もっとも、この時対抗馬としてイリューテシア姫とのお見合いに臨んだ弟二人、グレイドとクローヴェルに比べれば、私の方が明らかに才能も実績も勝ると、私は考えていた。そのため、自分が選ばれるだろうという自信は持っていた。


 グレイドは実は義理の弟で、父の愛妾の子として生まれ、母親の死後に母の養子になった、有能な弟だが、実績は私に及ばないし、私に何かと私に譲る姿勢を見せてもいる。それにこの頃、グレイドは後の妻に惚れ込んで猛アタックをしていたから、イリューテシア姫との婚姻など考えてもいないだろう。


 クローヴェルに至っては問題外だ、と私は思っていた。四つ下のこの弟は体が弱く、年中熱を出しては寝込んでいた。その為、騎士の家であるアルハイン公爵家の者であるにもかかわらず、剣も槍もほとんど使えない。乗馬も上手くなかった。物静かで気も弱く、軟弱にも詩を読む事など好み、我が家の末っ子なだけあって母に甘やかされて育っていた。


 私はこの甘やかされた末弟が嫌いで、事あるごとに虐めていた。怒鳴ったり軽く小突くくらいだが、そうするとクローヴェルは小さな声で謝るのだ。それがまた私には軟弱に思えて気に入らなかった。


 だからクローヴェルまでお見合いに出すのはイリューテシア姫に失礼ではないか、という言い方で父に意見を申し立てたほどだ。しかし父は、選択肢が少ないとイリューテシア姫が主体的に選んだという状況にし難いからというよく分からない理由で私の意見を却下した。それでクローヴェルも婿候補として出すことになったのだ。


 ダンスをした翌日、私はイリューテシア姫と一日を過ごすことになった。私は最新の流行を抑えた服で出たというのに、イリューテシア姫は古臭いドレスだ。どうやら昔の王族のドレスを引っ張り出したような風情だ。新しいドレスも買えぬのかと私はイリューテシア姫を馬鹿にした目で見ていた。


 私はこの日も一生懸命に自己アピールをした、これだけ言えば私がイブリア王国にとって最も役立つ婿であることが、姫にもわかった筈である。私は満足していたのだが、これが大きな間違いであった事が数日後に判明するのである。


 クローヴェルを選んだというイリューテシア姫の言葉に私は激怒した。とんでもないことだ。こんな軟弱者な弟に王の重責が務まる筈がない。私はクローヴェルを怒鳴りつけ、イリューテシア姫をも詰った。


 すると、イリューテシア姫は貴族的な微笑をフッと消した。そして私を、その深い紫色の瞳でギロッと睨んだ。


 私は思わず怯んだ。戦場に何度も出て、その豪胆さを讃えられ、いかなる窮地に陥ろうとも一度として臆したことなどない私が、小娘の眼光に怯んだのだ。彼女の背後に何やら得体の知れぬものが蠢くのが私の目には見えた。


 そしてイリューテシア姫は姫とは思えぬ大音声で私を怒鳴りつけた。


「一体誰があなたに王国の将来を担ってくれと頼みましたか!発展させてくれと頼んだのですか!少なくとも私もお父様も頼んではおりません!我が国民の誰もがそんな事は望まないでしょう!我が国の発展は我が国の問題です。あなたが考えるような事ではありません!そこを勘違いして我が国を好き勝手にしようとする者に王国の将来など委ねられません!あなたは私の婿には不適格です!下がりなさい無礼者!」


 一語一語が鈍器のような重さで私を殴り付けて来た。私はあまりの衝撃によろめいた。な、何が起きた? とても単に怒鳴りつけられたとは思えない。


 私は逃げるように退室を余儀なくされた訳だが、その衝撃の意味が分からず戸惑い、その戸惑いはすぐに怒りに変わった。しかしながら後から考えれば、この時に私はイリューテシア姫の恐ろしさの片鱗を感じ取っていたのだろう。その感覚を信じるべきであった。


 愚かな事に父も母も兄も、クローヴェルとイリューテシア姫の婚姻を認めた。父にしてみれば婿に行くのは息子であれば誰でも良かったし、兄も同様。そして母は何故かイリューテシア姫の事が気に入って「あの娘にならクローヴェルを任せられるわね」などと言っていた。


 これでは結婚を先延ばしにしてまで見合いに臨んだ私の立場が無いではないか。私は屈辱と憎悪に苛まれた。空気が読めないクローヴェルに対しても、私の価値を認めないイリューテシア姫に対しても。


 このまま引き下がる事は私の名誉に賭けても出来ない事だった。相手はあの軟弱なクローヴェル。いくらでもやりようはありそうに思えた。


 まず私は父に、クローヴェルが健康上の理由その他で、イブリア王国の王に向かぬと自分で判断し、婚約者を辞退した場合、代わりに私がイリューテシア姫の婿になるのは問題ないのかどうかを確認した。すると父はそれはまぁ、問題は無いが、と言いながらもこう言った。


「ホーラムル。馬鹿な事は考えぬ事だ。どうもあのイリューテシア姫は、お前には手に負えぬ方のようだぞ。それと、クローヴェルもな」


 父とは思えぬ発言だった。父は確かにイリューテシア姫が来訪する前には、姫を利用し尽くす事しか考えていないように見えたのだが、どうも実際に会って何やら彼女から得体の知れぬモノを感じ取ったらしい。


 そして婚約して以降、クローヴェルが見違えるほど積極的になり活発に情報収集に動いているそうだ。そして父を相手にしても将来の王としてイブリア王国の国益に関して一歩も引かぬ姿勢を見せているらしい。なんだそれは。アルハイン公国の国益の為に動かぬのであれば、何のために我が家から婿を出すのか分からぬではないか。しかし、父としては頼りなかった末息子が意外な成長を見せた事が嬉しくもあるらしく、しばらくあいつの思うようにやらせてみよう、などと仰る。


 全く気に入らぬ。人が一朝一夕で変わるものか。どうも我が家の者達はイリューテシア姫の王族オーラにのぼせてしまったらしい。憤慨する私にエングウェイ兄が言った。


「まぁ、我が国としてはホーラムルが婿に行ってくれた方が好ましいのは確かだ。其方が八方を丸く収めるやり方で、イリューテシア姫の婿に収まる事が出来るなら、それに越した事は無い」


 兄弟でただ一人、イリューテシア姫の見合い相手にならず、彼女と深く交流を結ばなかったエングウェイ兄はイリューテシア姫に何の感慨も抱いていないようだった。私はエングウェイ兄の内諾を取り付けたと判断した。


   ◇◇◇


 クローヴェルは案の定、本来出発する筈の頃に熱を出して寝込み、一ヶ月遅れで公都を出発した。あんな病弱さで王の重責など無理だろう。無理矢理にでも思いとどまらせるのが兄の役目だ、と私は計画の実行を決意した。


 クローヴェルの馬車は腹が立つほどゆっくりと進み、七日も掛けてようやくイブリア王国がある山岳地帯の手前にある町にたどり着いた。ここは交通の要衝なのでそこそこ大きな町だ。この先は村しかない。


 クローヴェルが宿に入ると、私は手勢を率いて町に入り、宿へと向かった。


 クローヴェルは騎兵を二十騎も付けられていたが。問題無い。公国の騎兵は私の部下ばかりだからだ。私に逆らうはずはない。


 私は彼らを下がらせると、クローヴェルの宿泊していた部屋に乗り込んだ。そして驚いた様子の奴に向けて叫んだのだ。


「今ここでイリューテシア姫との婚約を破棄しろ!」


 と。ところがクローヴェルは驚きから立ち直ると、静かな瞳で私を見据えて言った。


「兄上。そんな事が出来る筈が無い事は兄上もご存じでしょう? こんなことをすると大事になってしまいます。お止め下さい」


 私は鼻白んだ。あのクローヴェルのくせに生意気な、と思ったのだ。


 ところが、クローヴェルは何故か豹変していた。奴は私が恫喝し、声を荒げて脅かしても、その静かな表情に細波一つ起こさずにこう言ってのけた。


「兄上。兄上には無理です。私が婚約破棄してもイリューテシアは貴方を王国に受け入れる事は無いでしょう」


 これがあの泣き虫で軟弱なクローヴェルなのか? 私は唖然とした。しかしクローヴェルはその深い青の瞳に怒りすら浮かべて私に更に言い募る。


「貴方にはイブリア王国もイリューテシアも見えていません。そんな事では兄上をイリューテシアが選ぶ事などあり得ません。婚約者を発表した場でイリューテシアから言われたのに分からなかったのですか?」


 今度こそ私は戸惑った。なんだこれは。こいつは本当にクローヴェルなのか? まるでイリューテシア姫が乗り移ったかのように、クローヴェルの背後にも得体の知れない何かが蠢いていた。


 結局、私はクローヴェルの説得を断念せざるを得なかった。連日私と言い合いをしたせいで、クローヴェルは体調を崩して寝込んでしまったのだ。


 母が溺愛しているクローヴェルを死なせでもしたら、イリューテシア姫どころに騒ぎではない。公都に帰る事も出来なくなってしまう。仕方なく私は最終手段を使う事にした。父の命令書の偽造だ。


 私は戦地に出る時、父の署名と印が入った白紙文書を持たされていた。戦地で緊急に補給や兵員の徴募を行う時に、公都の父の命令を待っている暇など無いから、私が父の代行を速やかに務めるために持たされるのだ。


 その白紙文書は当然、帰ったら父に返すのだが、私が何度も戦地に父の名代として出向くようになると、面倒なので返さずに保管するようになったのだ。


 それを使えば「正式な」父の文書が作成出来る。ただしこれは明らかに公文書の偽造になり、父にバレたら当然罰せられる所業である。しかし私としては、私がイリューテシア姫の婿になった方が公国の役に立つと信じていたから、最終的に公国の利益になるなら構うまいと文書の偽造に踏み切った。


 私は部下の一人に書簡を持たせ、イブリア王国へ向かわせた。何しろ父の正式な文書だ。もしもイリューテシア姫が疑っても、公都に問い合わせるのは難しいし時間も掛かる。その前に私が自らイブリア王国に踏み込んで、文書を盾に強引に姫と婚姻を結んでしまえばいい。クローヴェルには医者を付け、頃合いを見て公都へ送り返す気であった。


 そして私が使者が帰ってくるのを待っている時に、それが起こった。


 その時私は宿の中で休んでいた。クローヴェルに逃げられたりすると面倒なので、宿に籠もっていたのだ。私は戦地や他国へ使者に立つ事が多かった関係上、宿に泊まるのは慣れている。ただ、この時はクローヴェルと言い合いをしたり、文書偽造をしでかしたりしたので若干疲れていた。


 すると宿の外で騒ぎが聞こえた。何だ? 私はベッドから起き上がり、靴を履いて宿の入り口に出て、絶句した。


 何やら宿が剣呑な雰囲気を漂わせる者達に囲まれていたのだ。鎧姿の者は三十人ほどで、後は何やら棒を構えていたり鋤をかざしていたりと装備はてんでバラバラだ。人数は百人くらいか。な、何事だ!?


 私の手勢は宿の中にいる者を含めても二十人ほどだ。全員が訓練を受けた兵士なので、どうやらその辺の農民であるだろうこの連中よりも戦闘能力は高いはずだが。


 ただ、なんだかその連中の顔つきが気になった。目をギラギラ輝かせてやる気満々なのだ。農民など戦闘訓練なぞ受けていないので、戦いに臨んでは腰が引けているのが常だというのに。


 と、突然頭上から大音声が降ってきた。


「ホーラムル!」


 私は公爵子息である。こんな頭ごなしに呼び捨てで怒鳴り付けられた事など無い。父にすらされた事が無い。私は怒るよりも唖然として、その声を放った人物を見上げ、絶句した。


 葦毛の馬に乗り、私を傲然と見下ろす人物。黒い髪は風になびき、紫色の瞳は怒りに燃えている。王国を象徴する七つ首の竜が描かれた旗を翻し、イブリア王国王女イリューテシア姫はとんでもない大声で、私を怒鳴り付けた。


「我が婚約者を奪ったのは其方ですか!あまつさえアルハイン公爵の書簡を偽造するとは許し難し!そこへなおりなさい!」


 な、なんだこの女は!


 私の頭の中は大混乱だった。なぜイリューテシア姫がこんなところにいるのだ? なぜ馬に乗っているのだ? どうして姫とは思えないような出で立ちで私を恐ろしい形相で睨み付けているのだ? なんで私はこんなに動揺し、混乱しているのだ? しょ、所詮小娘では無いか。逆に怒鳴り付け、威圧してやれ……。


 しかしながらそれが出来ない。その炎が吹き上がらんばかりに怒りを内包したアメジスト色の瞳が、私にはこの上なく恐ろしいものに見えた。なぜだ。どうしてこんなに恐ろしいのだ。


 私は冷や汗を滝のように流し、なんとか捨て台詞だけを放った。


「こ、こんな野蛮なトンデモじゃじゃ馬王女こっちから願い下げだ!帰るぞ!」


 そして私は逃げ出した。もう恥も外聞も無く逃げた。この勇者と呼ばれて恥じるところの無いホーラムル・アルハインが、小娘に怒鳴り付けられて逃げ出したのである。しかしそれでも私は屈辱を感じる事は無かった。それよりもあまりの恐ろしさに喉は枯れ目は乾き、震えが止まらない有様だった。あれは違う。何かが違う。単なる小娘では無い。断じて無い。


 無様に逃げ出した私だが、部下の誰一人として私の事を笑わなかった事からして、彼らも私と同じように感じていたのだろう。我々は公都までの数日を、青い顔をしながら無言で逃げ続けたのである。


 公都に帰ってようやく落ち着いた私は、父と母に言い訳をしなければならなかった。何しろ一ヶ月に渡って公務を放り出して行方を眩ませていたのだ。何をしていたのか詰問されるのは当然と言えた。


 しかし、その私の適当な言い訳は、イリューテシア姫とクローヴェルが送ってきた使者と書簡によって全て嘘だとバレてしまった。父も母も大いに怒って私を叱責した。特にクローヴェルの幸せを台無しにしかけた所業に母はもの凄く怒って、それから半年以上、私は母への目通りが許されず、必然的に社交界からの視線も厳しくなってしまった。母は公国社交界の頂点に君臨しているのだ。


 それよりも何よりも、私は帰ってきてから長らく夜にうなされる羽目になったのだ。


 目を閉じると、あの怒り狂って妖しく爛々と輝く紫色の瞳が瞼の裏に写って飛び起きてしまうのである。そうなると身体が震えてとても寝られない。恋人は心配してくれていろいろしてくれたが効果は全く無い。私は日々寝不足になり、やつれ、すっかり参ってしまった。どうにか落ち着いたのは恋人と結婚してからだ。それでもその後も、私は紫色のモノを見ると身構えるようになってしまい、妻にもアメジストはけして身に付けてくれるな、と頼まざる得ない状態だった。


 我ながら、よくもあの恐ろしい女と結婚しようなどと思ったものだと呆れてしまう。もしも婿に行っていたらあまりの恐ろしさに三日で逃げ出す羽目になったかも知れない。クローヴェルはどうやってあんな凄まじい女を手懐けたのだろうか?


 二度と会いたくない。関わりたくない。この頃の私は本気でそう思っていた。それなのに「イブリア王国のじゃじゃ馬姫」とそれから生涯に渡って関わり続ける羽目になろうとは、この時の私は想像もしていなかったのである。


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スクウェア・エニックス様のSQEXノベルより、二月七日書籍版発売です!大幅加筆しております。よろしくお願いいたします!

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