番外編

番外編 イリューテシア姫様の事  ポーラ視点

 私はポーラと申します。イブリア王国の王宮で侍女をさせて頂いております。侍女になってもうかれこれ三十年になりますか。現国王陛下もあの頃はまだお若かったですね。若い頃は結構美形だったんですよ?今は白髭オバケみたいですけど。


 イブリア王国は山の中の小さな王国ですが、王国を含む帝国の中では非常に尊重される高貴な王国と見なされています。だから国王陛下は年に一度、片道二週間から掛かる帝都まで行き、竜首会議というものに参加なさっていました。もちろん一人で行くのではなく、お妃様もご一緒で、侍従や侍女も連れて行くわけです。お付きは合計五人程度でしたけどね。それと護衛が二十人くらい。その関係で王国の侍従や侍女にはお作法や儀礼の教育が代々施されてきました。私も徹底的に仕込まれましたね。


 竜首会議はただ会議するだけではなく、晩餐会や舞踏会などの社交も含みます。そういう時は私たち侍女もドレスを着て参加を致します。私などは王宮に侍女として入るまでは農民の娘でしたから、煌びやかな帝都の社交界には面食らいましたね。こんな世界があるんだなぁ、という感じです、当時の国王陛下は、冬は帝都で過ごし夏場は王国に帰るというような生活を送っていらっしゃいました。当時は帝都に屋敷も持っていたんですよ。小さいお屋敷でしたけど。


 国王陛下はお妃様を三人娶られました、いずれも先立たれてしまいましたが。どなたも他の王国の姫君で、帝都での生活を好み、王国へ帰るのを非常に嫌がっていましたね。国王陛下が一年の半分も帝都に留まったのは概ねそのせいです。三人目のお妃様が王女様と共に亡くなり、齢六十を越えた国王陛下がお妃様を娶るのを諦めて、国王陛下は帝都へ通うのを止めました。お妃様の故国から仕送りが無くなって予算が無くなったという事情もあります。


 国王陛下がお妃様を次々と娶ったのは国王陛下にどうしても子供が生まれなかったからです。ようやく三人目のお妃様に王女様がお生まれになった時には大いに喜び、各国にわざわざ書簡を出したほどでしたが、その王女様はお妃様と共にその年の内に亡くなってしまいました。国王陛下は悲しむと同時に困り果てていらっしゃいました。このままでは王統が断絶してしまうからです。


 イブリア王国王家のブロードフォード家が断絶すれば、他の王国から王族がやってきて王国を継ぐ事になるのだそうです。国王様はそれでも良いと思っていらっしゃるみたいでしたが、周辺諸国、特にすぐ隣のアルハイン公国が黙っていないだろうとも仰っていらっしゃいました。場合によってはアルハイン公国が養子への王家の引き継ぎを認めず、戦争になりかねないと危惧していらっしゃいましたね。


 結局国王陛下は国内から養子を、というよりお亡くなりになってしまった王女の身替わりを近親の一族から迎える事にしました。そうしていらっしゃったのがイリューテシア様です。


 イリューテシア様のご実家は王都近郊の大きな農家で、王家の近親の元貴族です。王国縮小の際に農家になられたのですが、以降も王家との婚姻を繰り返していて王家の血が濃いのだそうです。それと生年が亡くなられた王女様と同じだったのが決め手となり、ご養子になられる事になったのだそうですね。


 イリューテシア様は紫に近い黒髪と、アメジスト色の大きな瞳が印象的な可愛い娘さんでした。物凄く元気な娘さんという感じで、養女になりたての頃は、王宮の入り口を止まる事無く走り込んで来るような方でした。王宮の内部を探検して今は使われていない見張りの塔に潜り込んで私達を慌てさせた事もありましたね。結構お転婆だったのです。


 ただ、小さな頃から大人しくすべき所では大人しく出来る方でした。聞き分けも良く、頭も良かったですね。王族の養女になられる事について、その重要性は理解しているようなのに、特に緊張しているような様子はありませんでした。おいおい分かってきましたが、イリューテシア様はとにかく物怖じをしない方です。非常に胆力がおありになるのです。


 物怖じしないため、姫様は王都を平気で一人で歩いて、誰にでも声を掛けていました。イリューテシア様が王女である事はすぐに王都に知れ渡りましたから、王都の人々はイリューテシア様を「姫様」と気軽に呼んで可愛がってくれました。


 王女となられたイリューテシア様には私たち侍女や侍従であるザルズからお姫様教育が施される事になりました。全員帝都暮らしを経験していますから、礼儀作法は帝都仕込みです。それを一つ一つイリューテシア様にお教えして行きます。イリューテシア様は物覚えも良くて素直ですから教育するのは楽でしたね。


 十歳から教育を始めたのですが、最初の内は通いでした。ご養女にしたのに「親から引き離すのは可哀想じゃ」と国王陛下が仰って、ご実家に住み続ける事を容認なさったのです。ご実家は農家でしたから、農業の手伝いで泥んこになった状態で王宮においでになる事もたまにあり、そういう時は私たちがお風呂に入れて差し上げましたよ。


 お部屋は早々にご用意したのですが、姫様は教育の時間が終わるとすぐにご実家に帰ってしまいます。なので段々と王宮に住まわせる方向に持って行こうとしました。教育が長引いたからとお泊まりいただき、お食事をして眠くなってしまった姫様をそのままベッドに運んでお泊まり頂くという風にです。王宮にお泊まりになってもイリューテシア様は特に寂しがるご様子は見せませんでした。まぁ、王宮とご実家は大して離れていませんからね。


 姫様は文字の読み書きを覚えると、本を読まれるようになりました。王宮には本がたくさんあります。最初は易しい本から始めた筈ですが、いつの間にか私にも読めないような本を読んでいらっしゃいました。博識なザルズに頻繁に質問をしながら難しい本を楽しそうに読んでいらっしゃいましたよ。そうなると本に夢中になってお泊まりになる日が増えました。しめしめです。


 イリューテシア様は成長するに従ってそれはそれはお美しくなって行きました。黒髪は艶やかですし、お顔立ちも繊細で、紫色の瞳には妖艶な雰囲気すら漂ってまいりました。背もスラリと高くなられ、身体付きも女性らしい曲線を描いています。国王陛下はお喜びになられ、姫様を磨いてきた私達も誇らしい気持ちになります。


 王宮に保管されている歴代の王女、王妃様が着ておられたドレスからサイズの合いそうなものを選んでお着せしてみると、それはもう驚くくらい完璧なお姫様が出来上がりました。お作法もダンスも帝都の貴族に見劣りしませんし、これならどこへ出しても恥ずかしくありません。


 イリューテシア様が十三歳くらいの時には婿を取るためのお話が具体化し、国王陛下は方々の国や諸侯に書簡を出してお話を持っていったようでした。出来れば他の竜首の王国から婿を迎えたいという意向だったようですが、やはりアルハイン公国がかなり強く熱心に婿を出したがったようです。結局、イリューテシア様はアルハイン公国にお見合いに向かう事になりました。姫様が十五歳の年です。


 私たちも同行しまして、護衛の兵士も付けての旅は若い頃の帝都への旅を思い起こさせましたね。野宿も当時もよくやりました。ただ、イリューテシア様は初めての体験でしたし、護衛の兵士が疲れていたり野宿や宿で雑魚寝しているのを非常に悪がって、こまめに兵士たちを気遣い、すぐに休憩させ、励ましのお言葉を掛けていましたね。その事で兵士たちはイリューテシア様を大変慕うようになりました。


 アルハイン公国の国都に着くと、イリューテシア様はその威容に目を丸くなさっていました。私はその数十倍規模の帝都を知っていますから驚きは無かったのですが、姫様が知っている最大の街は王都でしたからね。それは驚いたでしょう。


 ところがですよ。宮殿に着きまして馬車を降りるとイリューテシア様の態度が一変します。凛とした姿勢、表情。そして優雅な所作で周囲の人々を睥睨しています。そしてゆったりと微笑みながら出迎えた人々に淑女の挨拶をなさいました。完璧です。お教えした通りです。


 初めての宮殿で初めての社交の場で、初めてのお作法の披露なのに、一切緊張した様子がありません。私は内心舌を巻きました。帝都でデビュタントなさったご令嬢は何人も目にして来ましたが、これほど堂々とした態度だった方は一人もおりません。


 案内されて控室に行ったのですが、ソファーに優雅に座り、典雅な所作でお茶を飲む様子には風格すら漂っています。宮殿の侍女達の表情がピリピリしています。姫様の所作が完璧なので気が抜けないと思っているのでしょう。貴族婦人たるものよその侍女に舐められるようではいけません。


 呼ばれて、私たちは謁見室に入りました。大きな謁見室で、私も侍従のザルズも流石に緊張いたします。しかしながらイリューテシア様は静々と進み、優雅な微笑みを絶やしません。当初、謁見室の中の者はどんな田舎姫君が来たかとニヤニヤしていたものが、イリューテシア様の威厳ある態度を見て表情を引き締めています。


 呼び出しがアルハイン侯爵のお出ましを告げます。私達は跪きました。先ほど、控室で説明を受けた際には姫様を含めてイブリア王国の者は跪く事になっていた筈です。ところがイリューテシア様は傲然と顎を上げ、跪く気配を見せません。私は驚きましたが、すぐに気が付きました。これは姫様の方が正しいです。


 イリューテシア様は王国の姫君、王族ですから公爵より位が高いのです。ですから、公爵の前に膝を屈する言われはありません。私達は控室での説明をなんとなく受け入れてしまいましたが、イリューテシア様は冷静にそのおかしいところを受け入れず、自分の名誉を守ったのです。もしもここで姫様が跪かれたら以降公爵に下の立場に置かれるところでした。姫君をそのような立場にしてしまったら、それをご指摘出来なかった私達の失態になってしまうところでした。姫様は私達をも救って下さったのです。


 アルハイン公爵を冷然とした笑顔で見下ろしながら「息災で何よりでした」と上から目線で言ってのけるイリューテシア様には、泥んこで駆け回っていた農家の娘の面影は一つもありません。どうもこのお姫様は私達の想像以上にお姫様になられていたようです。


 さて、姫様はお見合いに見えた訳ですが、初日に三人の公子と対面した途端、見るからにやる気を失ってしまわれました。翌日の朝にお話を伺った所、どうも三人とも第一印象があまりよろしく無かったとの事。私は言いました。


「姫様、完璧な人間などおりません。欠点を探そうとすれば誰でもいくらかは見つかるものです。御三方の欠点を探すのではなく、良いところを探すようになさいませ」


 イリューテシア様は頷かれ、続けてのお見合いに臨まれました。


 ですが、初日にお会いしたホーラムル様、二日目にお会いしたグレイド様には全然ピンと来なかったらしく、見るからに困ってしまっておられました。次にお会いになる予定のクローヴェル様は見るからに病弱でそうで、婿にするにはいかにも頼りなさげに見えましたから、姫様は最初から検討対象から外していたようですからね。このままではアルハイン公国からの婿取りを断念せざるを得ないと半ば覚悟しておられたようでした。


 ところが、クローヴェル様とお会いになってお帰りになったイリューテシア様は上機嫌でした。同行した侍女曰く、かなり良い雰囲気だったとの事でした。私を含め侍女も侍従も喜びました。姫様がお気に入られた方が出来たならそれ以上の事はありません。


 その夜、私はお部屋の前に控えていました。異国の宮殿ですからね。アルハイン公国から付けられた護衛はいますが(王国の護衛は宮殿への立ち入りが認められませんでした)、その者でさえ完全には信用出来ません。私ともう一人で交代で寝ずの番をします。私は夜半までの当番でした。


 ドアの前に座っていると、お部屋の中でイリューテシア様が起きていらっしゃる気配がしました。どうやら昼間に宮殿の図書室で借りてきた本を読んでいる気配です。やれやれ、そういうところは姫様は変わりませんね。もう少ししたら早く寝るようにお諌めにいかないと。


 そう思いながら静かに控えていますと、部屋の中でイリューテシア様が動く気配がいたしました。おや、言われる前にベッドに入る気でしょうか?ところが、そうでは無いようです。窓を開ける音が致しました。え?何でしょう。窓の外に何かいたのでしょうか?


 咄嗟に思い浮かぶのは窓の外に侵入者がいたのかという事です。しかし、イリューテシア様には「曲者がいた場合は安全を確保して私共を呼んで下さい」と教育致しましたし、迂闊な事をする方ではありません。


 ですから私は護衛を呼び掛けたのを止め、腰を浮かせて部屋の中の動きに最大限の注意を払いました。


「どういたしましたか?クローヴェル様。夜風はお身体に悪うございますよ」


 イリューテシア様のお声が聞こえました。それを聞いて私はハッと致しました。


 今姫様は確かにクローヴェル様の名前をお呼びになりました。窓の外、ここは三階ですから下のお庭にクローヴェル公子が来ていらっしゃるのです。


 何をしにって?愚問でしょう。イリューテシア様に愛を伝えにきたに決まっております。こ、これは聞くわけにはいきませんでしょう。お二人にとって一世一代の場面です。他の者が立ち行って良い場面ではありません。私は慌てて耳を塞ぎました。


 同時に、私は思わず微笑んでしまいます。姫様は恋愛小説や恋愛詩を読んでうっとりとしていらっしゃる事がたまにあるのです。恋愛はよく分からないとおっしゃいながら、物語のような恋に憧れていらっしゃるのを私はちゃんと知っています。


 そのイリューテシア様が憧れていらっしゃったような詩的なプロポーズを受けていらっしゃるのです。私は思わず口に出して言ってしまいました。小声でですけどね。


「良かったですね。姫様」



 見事イリューテシア様を射止めたクローヴェル様は、それからしばらく滞在した姫様と交流を深めていらっしゃいました。


 改めてクローヴェル様を良く観察させて頂きますと、確かにいかにも病弱で気も弱そうに見えるのですが、非常に落ち着いていらっしゃいます。あと、イリューテシア様のお話を良く聞いて下さいます。本をたくさん読んでいらっしゃるお二人ですから、お話も合うのでしょう。サロンでゆったりとお話をするお二人は実にお似合いでしたね。


 王国にお帰りになってもイリューテシア様はご機嫌でした。すっかり恋する乙女のお顔で、クローヴェル様が婿に来られたらという計画を立てていらっしゃいました。


 ただ、そこでいきなり王都郊外の丘に丸太小屋の離宮を建てさせてしまうのがイリューテシア様です。クローヴェル様の療養のためという意味合いもありましたが。どうも二人っきりで住めるお家が欲しいと考えたのも理由だったのでは無いかと思えますね。


 そうしてクローヴェル様の到着をお待ちしつつ、結婚式の準備をします。ウエディングドレスは王宮の保管庫に入れてあった歴代王妃様のドレスの中なら選んでリメイクをしました。新しく作る話もあったのですが姫様が断ったのです。


 姫様は基本的に着る物や美容にはあまり興味が無く、宝飾品も良く分からないと仰っていましたね。農作業の邪魔になるからと子供の頃から髪も短くしていらして、大人になってもずっとそのままでした。お化粧もあんまり濃くすると嫌がりましたね。


 豪華なドレスや宝石に使うくらいなら本が欲しいと仰っていました。でもそれは無理な相談です。本はそこらの宝石は負かしてしまうほど高価なのです。


 さて、数ヶ月が経ち、そろそろクローヴェル様がおいでになる頃だと姫様も私達も待っていたのですが、これが一向にいらっしゃいません。姫様は「クローヴェル様に何かあったのでは?」と慌てていらっしゃいました。


 そこへアルハイン公国の使者がやって来たのですが、その使者が持参した書簡を見た姫様は、激怒してしまいました。紫髪を逆立て、眉と目尻を吊り上げて炎のような有様で怒っておられます。どうもクローヴェル様が婚約者をご辞退なさりたい意向だと書かれていたようですが、そんなの嘘だと私にも分かります。短時間であんなに仲睦まじくなられたお二人ですもの、少なくともクローヴェル様のご自筆での婚約破棄状でも無い限りイリューテシア様は納得なさらないでしょう。


 いや、納得なさらないどころではありませんでした。イリューテシア様は怒り狂い、剣を持ってこさせて使者に真実を吐くように脅迫し始めたのです。ちょ、ちょっと姫様! アルハイン公国の使者を脅すなんて! 間違ってお手討ちにでもしたら大問題になってしまいます。しかし姫様の目は据わっています。アメジスト色の瞳が爛々と輝いて周囲にただならぬ威圧感が放射されています。私でも迂闊に近付けば斬られてしまいそうはありませんか。


 幸いな事にこれに慄いた使者が、泣きながら(屈強そうな若者だったのですがね)公爵からの正式な使者では無いと白状した事で問題は回避されました。どうも姫様に求婚を断られた公爵の次男ホーラムル様が、クローヴェル様と取って代わろうとしている、という話のようでしたね。


 イリューテシア様の怒りは大変なものでしたよ。正直、イリューテシア様は元気で明るく、度胸も大変お有りになる姫様でしたが、度量が大きいため「怒る」という事はこれまでほとんどありませんでした。せいぜい子供の頃に絵が上手く描けない事に癇癪を起こした程度でしたね。それが見た事も無いくらい怒って「具足を持って来なさい」と叫んでいます。私たちがまごまごしていますと、鎧庫に飛び込んで自ら鎧を選び始める有様です。


 国王陛下が飛んできてお諫めしても聞きはしません。姫様は特にお父様である国王陛下をそれは尊敬なさっていらっしゃいますから、陛下の言葉に聞く耳を持たないなどという事はこれまで無かったのです。遂に姫様は馬に飛び乗って、王家の七つ首の竜の旗を掲げ衛兵を引き連れ、意気揚々と王宮の門を出て行ってしまいました。私たちは慌てて衛兵や野次馬に出て来ていた王都の者達に頼んで姫様の護衛を頼みます。


 幸い、王都の者達は皆イリューテシア様が大好きです。衛兵達も姫様を慕っています。皆慌てて鎧を身に纏い、イリューテシア様を追ってくれました。そういえば姫様は乗馬などやった事が無かった筈です。私は頼んで王宮で管理していた馬車を用意して姫様の後を追って貰いました。


 国王陛下を含め、王宮の者は唖然呆然です。まさかイリューテシア様にあのような激しい部分があろうとは皆思っていなかったのです。ただ、国王陛下はなんだか納得したようなお顔で頷いていらっしゃいましたね。「王たる者、時にはあのくらいの決断力が無ければいかん」とか言っておられました。いやいや陛下? イリューテシア様は王では無く、お妃様になられるんですからね? 剣を振り回し馬に乗って婿を奪還しに行くお妃様がこの世のどこにいるんですか。


 結局、姫様は見事クローヴェル様をホーラムル様の手から奪還してみせましたよ。それはもう凱旋将軍のような見事なドヤ顔でご帰還なさいましたね。随伴してくれた者達はあきれ顔で大笑いしながら姫様の武勇伝を語ってくれました。姫様が「イブリア王国のじゃじゃ馬姫」と呼ばれ始めたのはこの時からです。


 まぁ、後から考えれば、あの婿攫い事件はイリューテシア様が初めて怒り狂った事件であり、結局あの時以上に激怒した姫様を私は見る事はありませんでしたよ。姫様は度量が大きく寛容ですからね。余程クローヴェル様が大事だったのでしょう。ですが私たちにとっては「姫様を怒らせると大変な事になる」という重要な教訓を得る機会になりました。実際、この時ほどでは無いですが、この後に姫様が怒って暴走した時も大変でしたよ。姫様は熱中すると他の事が見えなくなる方ですからね。


 普段はしっかりした落ち着いた姫様ですのにね。私は姫様が心配になってしまい、この後離宮に移られた姫様のお世話を続ける事にいたしました。夫とはずいぶん前に死別していましたが、子供は独立して結婚していて「そろそろ侍女を引退して自分たちの家に来てはどうか」と言ってくれていたのですがね。本当は姫様が結婚したら辞めようと思っていたのです。ですが結局私は、この後姫様が結婚して皇太子妃殿下になり、王妃様になり、遂には皇妃様になられてもお側に侍女として仕え続ける事になります。


 

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