三十七話 南部同盟

 随分とオロックス王国、カイマーン陛下がちょろい感じになってしまったけど、勿論カイマーン陛下にも思惑はある。


 元々カイマーン陛下が軍事色の強いイブリア王国に親近感を持っていた事、ザクセラン王国の新しい国王ザーカルト様が騎士気質の強い国王で、これにも親近感を持っていたというのが下地にある。


 そのイブリア王国とザクセラン王国が強力な同盟を結んだのだ。オロックス王国にとっては脅威でもあるのだが、カイマーン陛下としては親近感を持てるその両国の同盟に、名を連ねたいとも考えていたのである。


 義理の兄弟であるエルミージュ陛下率いるクセイノン王国は、どちらかといえば商業に力を入れている国家で、軍事的にはあまり頼りにならない。西にガルダリン皇国という強力な敵国を抱えるオロックス王国にとっては軍事的に頼りになる同盟国が欲しい。


 ましてやイブリア王国はザクセラン王国だけではなくスランテル王国をも取り込んで、日の出の勢いなのである。クローヴェル様が皇帝になる可能性はかなり高いだろう。


 カイマーン陛下は性格的に、もう一人の有力な皇帝候補であるフェルセルム様は胡散臭くてあまりお好きでは無いそうだ。実際にクローヴェル様と会って、柔らかくも毅然とした態度が気に入ってもいたらしい。


 クローヴェル様が皇帝になるのを助ければ。次代の帝国でオロックス王国は優位に振舞えるだろう。


 そう計算していたところに、私が非常識な登場のしかたをしたものだから、イブリア王国とクローヴェル様には神のご加護がある! というのが決め手になって、あれほどアッサリとイブリア王国の軍門に降ったものらしい。


 ただ、イブリア王国とオロックス王国は遠いし、イブリア王国の戦力ではオロックス王国に軍を常駐させることなど出来ない。逆にオロックス王国がガルダリン皇国と戦争になった時には、同盟の盟主としてイブリア王国に救援の義務が生じる。


 カイマーン陛下としてはイブリア王国の麾下に加わる事にはオロックス王国の利が大きいと踏んでもいるのだろう。


 実際、私にとっても、流石にこれほどあっさりオロックス王国を臣従させてしまえるとは予想外も良い所だった。これでクローヴェル様を支持する王国が四つになり、七つ首の王国の過半がクローヴェル様を皇帝に推す事になったのは喜ばしい事ではあった。


 しかしながら、四ヶ国合わせた領域はあまりに広大過ぎた。とても目が行き届かない。


 というか、私は四ヶ国の内、イブリア王国以外の事を全然知らないのだ。いや、本で色々各国の地勢とか産業とかは読んで知っている気ではいるけども、最新の情勢とか変化とかは殆ど分からない。


 これでは各国の事を従えて引っ張って行くなど無理だ。各国の事情を知らない者が無理難題を言ったら、拒否され反発され、すぐに同盟など崩壊してしまう。


 悩んだ挙句、私は帝都に飛んでグレイド様に会った。私がオロックス王国を麾下に組み入れた事情を語ると、グレイド様はいつものように額を抑えて俯いてしまった。


「なんともはや。王妃様がする事にはもう驚かないつもりだったのですがね」


「私としても予想外だったのですよ。それでね。グレイド様にお願いがあるのですけれど・・・」


「聞きたくはありませんが一応は伺いましょうか」


 相当失礼なグレイド様のセリフを無視して私は言った。


「このままでは同盟各国の内情が分からな過ぎます。なので情報を集めて下さい。この帝都で」


 グレイド様は首を傾げた。


「今までも情報収集はしておりますが」


「そうではなく、もっと実務に関わる情報です。人口だとか税収だとか、主要都市の産業だとか街道の整備状況だとか、軍の常備員数、動員最大兵力だとか、そういう統治に役立つ情報が欲しいのです」


 私の言葉にグレイド様があんぐりと口を開けてしまう。


「そ、それは各国の機密情報だと思いますよ? 王妃様。それは社交で取るのではなく、密偵でも使って得る情報です」


 私は首を横に振った。


「違います。社交で得るのではありません。各国に連絡して、官僚なり大臣なりをここに来させます。グレイド様が聞き取りして、まとめて私とクローヴェル様に報告して下さい」


 スランテル王国、ザクセラン王国、オロックス王国は、イブリア王国の麾下に入る。クローヴェル様と私に臣従したのだ。麾下の諸侯が上位の諸侯や王国に領地の機密情報を報告するのは普通の事だ。ならば当然、各国もイブリア王国に機密情報の報告義務がある筈だ。


「それは理屈ではそうでございましょうが、各国が従いましょうか?」


「忠誠を誓うという言葉に嘘がなければ従える筈です」


「報告してきたとしても、どれほど信用出来るか・・・」


「勿論、密偵や軍事行動時に知れた情報で答え合わせはします。虚偽の報告には当然罰を課すとは最初に通告しておきます」


 そこまで重要な情報を扱うのだから、やはり準王族のグレイド様に聞き取りして貰うしかない。グレイド様の人当たりの良さはこういう仕事に向いているだろうし。


 だが、私に見込まれたグレイド様は迷惑そうな顔をした。


「私の負担が大き過ぎませんか? 私は社交も忙しいのですよ。王妃様が頑張り過ぎたおかげで、帝都の社交界でイブリア王国は妙にへりくだられたり、逆に敵視されたりで大変なのです」


 私が帝国中を引っ掻き回したせいで、帝都の社交界は混乱して大変な事になっているらしい。


「なら、社交の最終兵器、ムーラルト様を送りましょうか? あの方が帝都にいれば社交のお誘いは激減すると思いますよ?」


「謹んでご遠慮致します! あいつがいる間、フレランスの機嫌が悪くて大変だったのですからね!」


 妹に向かって酷い言いようではあるが、分からなくはないわね。


 結局、グレイド様は渋々引き受けてくれた。私は王都に帰ると、機密情報の提供の要請の書簡を各国に送った。因みに、ここでイブリア王国王都ではなく、帝都の公爵屋敷で情報収集する事にしたのは、情報収集している事自体を他国に知らせるためだ。


 これには非同盟国だけではなく、同盟国内の他国にも、ちゃんと同盟国全部の情報を収集してますよ、と知らせる意味合いもある。贔屓をしているわけでも一国だけを差別している訳ではないという事を知らしめるわけだ。


 各国は特に問題も無く、報告のための使者をグレイド様の所に寄越したようだ。私の要求はある意味当然の物だったし、どうせ最高機密は守って伝えないからだろう。


 グレイド様は報告をまとめて書類にして私に渡してくれた。これは私が飛んで自分で取りに行った。いくらなんでも使者に持たせるには重要書類過ぎる。


 私は資料を公爵屋敷の自室に持ち帰り、読んだ。三ヶ国分の資料だから物凄い量である。読み終わるまでに一週間は掛かったわよね。


 読んでみて、私はちょっと呆れてしまった。なんというか、酷い非効率が横行していたからだ。


 それは、国境を越えれば他国なのだから仕方が無いのだが、もう少し融通をきかせれば良くなる問題が多過ぎだったのだ。


 例えばスランテル王国の西の地方は水不足に悩んでいたのだが、オロックス王国の東部、つまりスランテル王国との国境地帯には豊富な水があるのだ。ちょっと水路を掘って融通すれば、スランテル王国のその地方はたちまち栄えるだろう。


 他にも、ガルダリン皇国を警戒する砦が無駄に多い。各国で情報共有すればかなり減らせるだろう。


 人口の流動性が低いのも問題だ。各国とも国民の国境を越えての移動は禁止しており、国境越えには多額の税を課している。おかげで人口が多過ぎる地域と少なすぎる地域が発生する他に、流通を阻害して商業の発展を妨げている。


 本来はその辺りを各国が話し合って解決すべきだが、各国とも情報を秘匿しているし、他国の事に興味も無い。そのためこれまでほとんどの問題が解決することなく山積みになってしまっているのだ。


 これは何とかしたいわね。クローヴェル様を皇帝にするのだから、どうせなら帝国全体を良くしたいではないか。これまで、皇帝陛下の役目は各国の利害調整と帝都の統治だった。帝国全土の統治にまで踏み込んではいなかったのだ。帝国は竜の七つ首が並び立つ。それが原則だったからだ。


 今回、イブリア王国は実力で他の三ヶ国を従えた。だからこそ機密情報を提出させて、全体の情報を知る事が出来た。やはり、皇帝は七つ首の竜の王国を上回る力を持ち、帝国全土の情報を知り、統治すべきだと思うのよね。


 とりあえず、帝国全土の事はクローヴェル様が皇帝になってから考えましょう。まずは同盟国から始めましょうか。私は、同盟国の国王陛下達に会談を持ちかけた。場所は、位置的にザクセラン王国とオロックス王国から近いスランテル王国の王都を指定した。帝都やイブリア王国王都よりは集まり易いかと思って。ただ、イブリア王国の王都からはちょっと遠いので、イブリア王国代表はクローヴェル様から委任される形で私が行く事にする。


 事前にホーラムル様に行ってもらい、スランテル王国内と王都の警備をお願いし、王宮での準備も確認してもらった。そうしてから私はホーラムル様の駐屯している町に降り立った。スランテル王国の王宮にいきなり降り立つのを避けたのだ。


「堂々と舞い降りても良かったのでは? そうすれば初手から各王を圧倒出来ましょう」


 ホーラムル様は言ったが、出来ればこれ以上崇拝されるような真似はしたくない。人に跪いて祈られるのは、ちょっと居た堪れないので。


 それに、ドレスの準備などもしなければいけない。今回私は身の回りの準備をするために、ドレスや宝飾品などの荷物と、侍女達を先にここまで馬車と共に派遣していたのだ。侍女はどうしてもと言ってポーラが来てくれた。もう年で大変だろうから来なくて良いと言ったのだが「王妃様を一人にしたら何をしでかすか分かったものではありません」と言って。


 私は身支度を整えて、馬車でゆっくりとスランテル王国の王都に入城した。


 スランテル王国の王都は人口十万人くらいと、イブリア王国王都とほぼ変わらない規模だった。スランテル王国は草原に繋がる少し乾燥した地域にあるので、王都も少し水気に乏しい。水源は主に地下水で、昔は自噴していたが今は井戸だそうだ。


 建物の様式などは帝都と変わらないが、歩いている人々はややトーマの民に近い特徴の者が目に付いた。かつてはトーマの人々とかなり交流があった事を伺わせる。


 王宮もかなり壮麗で、流石は竜首の王国というしか無かった。イブリア王国よりも少し窓の大きさが小さく見えるのは、冬が寒いのかしらね。


 私達の目的は国王同士の会談なので、歓迎式典などは無かったが、到着当日には歓迎の夜会が開かれた。この時すでにオロックス王国からはカイマーン陛下ご夫妻。ザクセラン王国からもザーカルト陛下ご夫妻が来ていて、スランテル王国のハナバル陛下ご夫妻も出席して非常に豪華な夜会となった。夫妻で来ていないのは私だけじゃん。私にはこの時、護衛兼エスコート役でホーラムル様が来てくれていた。ホーラムル様は「光栄でございます!」と無茶苦茶喜んでいらっしゃったわね。王都でちゃんとホーラムル様の奥様には旦那をお借りしますね、と言っておいたわよ。


 ホーラムル様は体格が良く、正装姿も映える方だ。しかもこの時はザーカルト様、カイマーン様と、騎士として鍛えている体格の良い国王陛下がお二人いらっしゃる。三人並ぶと実に見栄えが良い。しかもこの三人は旧知だったし、騎士同士気も合うらしくて親し気に談笑していた。


 うっかりするとホーラムル様も国王みたいに見えるから困る。もしかして私がこの人を婿に選んでいたら、そういう未来もあったのかしらね。・・・いや、無いな。ホーラムル様では恐らく、イブリア王国はこんなに成長できなかったものね。やっぱりクローヴェル様でないと。


 ホストにあたるハナバル陛下は一人だけ五十代で他の国王陛下よりもドンと歳が上だ。本来なら年齢分上位だと見做されて良い。だが、この場では暗黙の了解として三王国はイブリア王国の麾下であり、クローヴェル様の全権代理である私の下位と見做される。下位である三カ国は平等でなければならない。その辺を弁えているハナバル陛下は変に年上風を吹かせる事も無く、かなり控えめに振舞って下さった。やはりこの辺は年の功だわね。


 近隣の諸侯もお招きした華やかな夜会が繰り広げられた翌日、王宮の大会議室においてイブリア王国を中心とする同盟国の国王会議が開かれた。この時、同盟の名前の話題になり色々意見が出た結果、帝国南部に位置する王国の集まりだから、という事で「南部同盟」と名付けられた。味もそっけもない。イリューテシア様の同盟なのだから「戦女神同盟」とか「空飛ぶ馬の同盟」とかにすべきだ、とホーラムル様が主張したのだが私が却下した。


 以降、イブリア王国を盟主とした四王国の同盟は「南部同盟」と公式に呼ばれる事になる。


 私は南部同盟諸国で国内問題の共有を提案した。私が各国から提出を受けた情報を元に具体的な提案をすると、各国王は流石に驚いた。隣国の事情を知る事はこれまで無かったし、国内の問題は国内で解決するのが当たり前で、余程の事が無ければ隣国に要請を行う事など無かったからだ。


「資料をご覧いただければ分かるように、一国単位で問題を抱え込むより同盟内部で解決した方が効率的です。費用も期間も短くて済みますし、同時に複数の国が利益を上げられる案件も多いです」


 私が言うと出席した国王陛下や随員の貴族の方々が資料を見て唸った。確かにその通りだと納得したようだった。


「せっかく同盟を組んだのですもの。四カ国全体が良くなるべきですわ。軍事協力だけではもったいない」


 私は具体的案件を上げ、当事者国同士に話し合いを促した。場合によってはイブリア王国が融資まで行う事を提案し、迅速な問題解決を図る。各国の国王陛下も皆有能な方ばかりだし、問題解決に繋がるならという事で、この会議中に大枠を話し合って、後は当事国同士で実務的な話し合いを行う事にした。


 そして私は四カ国同士の入領税の撤廃を提案した。人口の流動性を高め、商業の発展のために必要だと思っての提案だったが、これには反対意見が出た。民衆は豊かな土地へ集まる傾向があり、民衆の動きを自由化し過ぎると、貧しい地域がより貧しくなる、というのだ。これは確かに一理あるので、私はとりあえず、各国が発行した流通免状を持つ者なら無税というところで妥協した。これなら商業の発展の目的は達せられるだろう。


 この流通促進策は理に敏い商人たちに即座に利用され、トーマの民の略奪行為が激減した事も相まって、東からの隊商が多くなった事もあり、南部同盟の交易商業活動は予想以上に活発になった。スランテル王国は草原からやって来る隊商の受け入れ口となり、オロックス王国はスランテルからきた物資を帝都に運ぶルートを確立し、ザクセラン王国とイブリア王国はガルダリン皇国への輸出が活発化した。


 こうして交易が盛んになれば結局はお互いの国同士の距離感も近くなり、それ以外の政策でも協力出来るところはするようになり、南部同盟は全体として発展の勢いを強める事になる。


 こういう国同士の結び付きには婚姻政策が付き物である。イブリア王国には残念ながらまだ婚姻に適した子女が王家にも準王家のアルハイン公爵家にもいないが、オロックス王国のカイマーン陛下の息子とスランテル王国のハナバル陛下の末娘の婚姻とザクセラン王国のザーカルト様の末の弟と、カイマーン陛下の娘の婚姻がこの会議で打診された。両国の話し合いの結果が上手く行けば、イブリア王国の許可と皇帝陛下の許可があれば成立する運びとなるだろう。


 実はクローヴェル様にも「愛人として各国の有力諸侯の子女を娶ってもらいたい」という打診があったのだが、断った。いや、有効性は分かるし、王侯貴族が愛人を娶るのはごく普通の事なので打診は当然なのだが、私が嫌だったのでお断りした。クローヴェル様に愛人が出来たりしたら私が平静ではいられなくなってしまう。この時同時にホーラムル様にも打診があったのだがこれもお断りした。奥様と離れる事が多いホーラムル様としては、これ以上奥様に気苦労を掛けたくないという考えがあったようだ。


 大体このような事が話し合われて、会議は閉幕し、私は駐屯地から飛んで王都に帰還した。ポーラ達は馬車で遅れて帰って来てくれる。私はクローヴェル様に首尾を報告した。大体思うような感じで議事は進行し、決めたいと思っていた事は思い通りに決まったので、私は満足していたのだが、クローヴェル様は報告を聞き終わると少し厳しい顔をしていらっしゃった。あら? どうしたのかしら?


「さて、これで、我が南部同盟とそれ以外の帝国内の王国との対立が決定的になりましたね」


 え? そんな事を考えてもいなかった私は大きく驚いた。なんですかそれ?


「今回、国王を集めて会議を行ったことは、明らかに皇帝陛下の権限を侵犯しています」


 クローヴェル様曰く、竜首会議、つまり国王陛下を招集しての会議の開催権限は皇帝陛下にしかないのだそうだ。それはそうよね。当然だと思った私は頷いたのだが、考えてみれば今回の会議は擬竜首会議では無いか。いや、本物の竜首会議だって四王国しか出ないでも開催される事があるのだから、本物に勝るとも劣らないという事になる。


「皇帝陛下は竜首会議を招集出来る者、という観点に立てば、私達は『自分たちは皇帝なのだ!』と宣言したのと同じ事になります」


 言われて見ればその通りだ。完全に皇帝陛下と皇帝陛下を支持する国に喧嘩を売った形になっている。私は流石に青くなった。


「く、クローヴェル様は気が付いていたのですか!」


「当然でしょう。おそらく他の国王陛下も気が付いていたと思いますよ」


 貴女は気が付いていなかったのですか? と苦笑されてしまったが、私は単に、国王陛下を一堂に集めて会議をやった方が手っ取り早い、と考えただけなのである。


「つまりイブリア王国は、既に竜首会議を開催するくらいの実力を持っているというアピールになり、三王国はそれに従うという覚悟を示した事になります」


 だから婚姻政策まで早急に決めたのだろうという。王族の結婚には皇帝陛下の御裁可がいるのだが、今回私は、皇帝陛下の前にイブリア王国国王の許可を求めた。これも考えてみれば完全な越権行為だ。


「そもそも、王国同士が同盟を組む事自体も、皇帝陛下の御裁可が無ければ本来は出来ませんよ」


 クローヴェル様はシレっと仰るが、この人これまでそんな事は言わなかったからね。完全に知っていてやらかしたのだ。私がやらかすのを黙って見ていたのだ。


「これで完全に私達は皇帝陛下に対決姿勢を明らかにしてしまった訳です。恐らく残る三王国からは激烈な反応が帰って来ると思いますね」


 などと仰る。ニッコリ笑って「まぁ、今更ですよ」とも仰る。しかし私としてはこの時点で皇帝陛下と致命的な対立に陥る事は避けたいと考えていたのだ。


 何しろ南部同盟を除けば帝国の竜首の王国は三王国、クーラルガ王国、クセイノン王国、ロンバルラン王国が残るのだが、皇帝陛下は皇帝直轄地と帝都の管理を任されているので、実質独立した一王国と見做して良い。つまり南部同盟の四王国と残りの王国数は拮抗するのだ。


 国力的にも現状ではほぼ拮抗していると考えて良いだろう。こんな状態で完全対立、場合によっては武力による全面衝突などという事態になれば、未来がどうなるか全く予想が付かなくなる。長引けば両陣営共に疲弊するし、国土は荒れて国力も大きく減少してしまうだろう。そうなればガルダリン王国辺りに付けこまれる可能性が非常に高くなる。トーマの民を統制出来なくなれば、彼らの略奪行為を止められなくなるかも知れず、帝国滅亡の危険さえも出てきてしまう。


 まずいのは南部同盟として四王国が同盟したのだから、対抗措置として残る三王国と皇帝陛下が同盟する可能性がある事だ。そうなると一国への攻撃が全面戦争になり兼ねない。または帝国を二分する大戦争など起こしたくないのは両陣営とも同じなので、そのまま帝国が二分して固定化してしまうかも知れない。そうなれば交易にも支障が出て両陣営共に経済的な大打撃になってしまう。帝国全体に大きな悪影響が出るだろう。


 私はクローヴェル様を帝国全体の皇帝にしたいのであって、南部同盟の盟主で終わらせる気は無かった。これはちょっとどうにかしなければいけない。


 しかして、一カ月ほど後、帝都にいたグレイド様がお一人で緊急に帰国して来た。そして青い顔をして言った。


「クーラルガ王国、クセイノン王国、ロンバルラン王国の連名で甚大な抗議を受けました」


 つまり、イブリア王国の結成した南部同盟は、帝国への反逆行為であり、皇帝陛下への越権行為であり到底容認出来ない。遺憾である。という事だった。


 今すぐ同盟を解消するか、同盟の盟主の座を皇帝陛下にお譲りすべきである、というのである。確かに帝国の、皇帝陛下の下に王国が並び立つ状態の秩序維持のためにはそれが必要な措置であると言うべきだろう。しかしながらそんな事は出来ない。グレイド様は出来無いとは言い切れなかったが、難しいとは伝えたらしい。


 すると公爵屋敷に自ら乗り込んできたエルミージュ陛下は叫んだのだそうだ。


「イブリア王国がそのつもりなら、こちらも対抗措置として連合を組むしかない!」


 そうして、この時はまだ正式には成立してはいないが、いわゆる「北部連合」がクーラルガ王国、クセイノン王国、ロンバルラン王国で結成されるのである。盟主はクーラルガ王国、というよりはこの時は皇帝陛下を想定していたようだ。


 南部同盟と北部連合の対立が明確化された訳である。集まったホーラムル様を除く(彼はスランテル王国に駐在中である)アルハイン一族は緊張に皆額に汗を浮かべていた。エングウェイ様が唸る。


「帝国を二分する争いになれば、状況はどう転ぶか分からないし、同盟諸国も諸侯を含めてどちらに付くか分からなくなる」


「現状では同盟諸国の結束はそれなりに固いし、同盟から得られる利益も大きいと分かっているから、北部との対立が鮮明になっても即座に離脱する国は無かろうが・・・」


 アルハイン公爵も難しい顔をしている。涼しい顔をしているのはクローヴェル様だけだ。この人だけは全然心配していないような顔をしている。何でだろう? 私はこそっと耳元で囁いた。


「ヴェルには何か解決策があるのですか?」


 するとクローヴェル様は私の事を見詰めてフワッと笑った。


「貴女が何とかしてくれると信じていますよ」


 ・・・それは案ではなく丸投げでは? と私は呆れたのだが、彼の言葉は私への無制限の信頼を示している。むむむ。この信頼に応えられなければ、彼の妻の名がすたるのでは? 私は考え込んだ。そして、一つだけ打開策を思い付いた。これまで皇帝陛下とお会いした機会に収集した、皇帝陛下についての様々な事項、事情が頭を駆け巡る。・・・どうもそれしかなさそうだ。


 私は顔を上げて、全員に向かって決然と言った。


「私が帝都に向かい、皇帝陛下とお話ししてみましょう」

 

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