三十二話 戦女神怒る

 旧王都に戻った私はクローヴェル様に事の次第を報告した。いきなりスランテル王国を麾下に収めた事については流石に驚かれたようだった。私は事情を説明する。


「私はハナバル陛下の姪ですから、それが功を奏した面はありますね」


「そうですね。最初から縁戚であったのだから、イブリア王国と緊密な関係になるのは当然だ、という事にし易いですからね。あと、これでスランテル王国としては逆にイブリア王国の行動を制限し易くなったと考えている事でしょう」


 イブリア王国が何か行動を起こす際には、協調する意味でスランテル王国への通告は必須になる。その際に異議を唱えるなり、要請に難色を示す事でイブリア王国に意志が伝え易くなる。


 他国としては、イブリア王国に直接に意思表示するよりは、スランテル王国に言う方が心理的な障壁が低いだろうと思われる。スランテル王国としてはイブリア王国と他国を仲介する事で、帝国内での発言力を確保したいという意向もあるのだろう。


 もちろん、クローヴェル様が皇帝になった時に、親戚であり最も近い同盟国であるとして、クローヴェル様の政権では強い発言力も持てる。


 なるほど、流石は叔父様。転んでもただでは起きないわね。スランテル王国としてもイブリア王国の強さを考えれば、色々分の悪い賭けでは無いと踏んだのだろう。


 まぁ、ハナバル陛下の思惑などこっちには知ったこっちゃないけどね。とりあえずスランテル王国を反イブリア王国側から切り離せただけで、こちらとしては大成果なのだ。この調子で切り崩していきましょう。


「という事は次はザクセラン王国という事になりますね」


 そうですね。いよいよ名馬を十頭もくれてやった事の成果がどうなっているかを確認する時が来た訳ですよ。


「しかし、ザーカルト様は騎士だけに頑固そうでしたよ。どう説得するつもりですか?」


 クローヴェル様の言葉に私は考え込む。そうね。私はあまり騎士道に詳しくない。今いる旧王都には騎士などいなかった。物語に騎士物語は多かったけど、正々堂々戦い、主君への忠節を絶対視するそれこそ理想像しか描かれていない。実際の騎士が何を大事にしているのかはよく分からないのだ。


「ヴェルは騎士の家の生まれではありませんか。ヴェルの方が詳しいでしょう?」


 私が言うと、クローヴェル様は苦笑した。クローヴェル様は身体が弱くまともに運動も出来なかったため、騎士の一族の間では劣等生扱いされていたのだ。あまり思い出したくない事もあるのだろう。


 しかし、クローヴェル様は答えてくれた。


「アルハイン公爵家は騎士として身を起こし、帝国の戦いで常に先陣を切って戦い、手柄を立て続け、遂には皇帝陛下の娘を降嫁され公爵にまで成り上がった家です。ですから家訓として常に騎士の誇りを持つように、と言われて私は育ちました」


 騎士の誇りとは戦う事。強い事。その力で民衆を護る事だという。


「その上で、良い主君に仕え、命を懸けて奉公する事。それが騎士だと教わりました」


 なるほど、そんな誇りを家訓としていれば、クローヴェル様は迫害されるし、出会った時のクローヴェル様がご自分に引け目を感じておられた訳だわね。


「ですから、騎士は主君を選べるという発想があるのです。良い主君を選ぶのは騎士の使命でさえあります。民衆を虐げるような愚かな主君を諫めもせずに使え続ける事は騎士道に叶いません」


 だから百年ほど前のイブリア王国の麾下にあったアルハイン公爵家は、主君であるイブリア王家に弓を引き、愚かな主君を山間部に追いやったのだ。もちろん、騎士道だけが理由では無いのだろうが。


「ですから、ザーカルト様が今のザクセラン王国の国王陛下を『良い主君』だと認識しているのであれば、裏切らせるのは難しいでしょうね」


 逆に言えば、ザーカルト様が現国王ノルザック陛下を愚かな主君だと断じているのであれば、騎士道に則って裏切りを唆す事も可能だろう。以前お会いした時には、ノルザック様への不満をため込んでいらっしゃるようではあったけど、その後どうなったか良く分からないのよね。ローマルズの戦いのお話をクローヴェル様から伺った限りでは、やはり国王陛下への不満を持っているようだったそうだし、窮地を救ってくれたクローヴェル様に感謝しているみたいだったけど。


 とりあえず会って見るしか無さそうだ。ただ、問題なのはザーカルト様が今どこにいるのか分からない事なのよね。


 スランテル王国の国王であるハナバル陛下は帝都にいらしたけど、あれはたまたまで、国王はやはり領土にいらっしゃる事の方が多い。ザクセラン王国国王ノルザック陛下は恐らく領地にいらっしゃるだろう。ザーカルト様は国軍を任されているというお話だったから、王都の基地か国境沿いのどこかにいらっしゃるのだろうと思うが、はっきり分からなければ行かれない。ザクセラン王国の王都までは一気に飛べない事も無いが、行ったら三日は休まないと再び力を使えるようにならない。迂闊に飛んでしまって現地でまごまごして、警備兵にでも捕まって正体がバレたら大変な事になる。


「悩んでいても仕方がありませんよ。リューもお疲れでしょう? 少し休んだ方が良いですよ」


 私がうーむ、と考えていると、クローヴェル様が本を手に取りながら仰った。クローヴェル様は引き籠っているのを良いことに、このところ読書三昧であるらしい。私は暗躍に忙しくて碌に本を手に取れてもいないというのに。


 ちなみに、実は私も離宮から出る事も無く読書三昧しているという事になっている。どこか抜け出して飛んでいてしまっているなんて内緒だからね。あまりに姿を見せないため「病気なのでは無いか?」と父さんや母さんが心配してその辺りをウロウロしていたらしく、クローヴェル様がこっそり事情は話してくれたらしい。飛んで行っているという言葉の意味が分からなかったようだが。


 これ以上離宮から出て来ないなどという噂になっても困るので、私は一週間ほど旧王都に留まり、休養がてら旧王都や実家の周りへ出て歩いた。故郷を見せたいという名目でレイニウスを王宮から連れ出し、父さん母さんに抱かせる事にも成功した。二人も兄さんたちも非常に喜んでいたわね。


 そうして「ちゃんといますよ」という所を見せておいて、私はある早朝、再び王都に飛んだ。


「という事で、ザーカルト様の居所が知りたいのです」


 王宮の客間で私が言うと、エングウェイ様は渋い顔をした。


「それは私には難しいですな。ホーラムルならザーカルト様と親しかったですし、ザクセラン王国の軍事拠点にも詳しかったから分かったと思いますが」


 あら、それは困ったわね。ホーラムル様は現在、スランテル王国で活動中だ。一度は様子を見に行こうとは思っているけれど、今はザーカルト様への働きかけを優先したい。


「方法があるとすれば、使者を出して探りを入れる事ですが・・・」


 それでも良いけれど、現在の情勢でイブリア王国がザクセラン王国の国内に探索の使者を潜入させるなんて、怪しんでくれと言わんばかりの行為である。ザクセラン王国にバレたらひと悶着起こるだろう。


 ふむ。そこで私は考えた。ひと悶着起こっても良いのではないか、と。


 ザーカルト様に会う目的は、簡単に言えば「現国王に不満があるのなら、イブリア王国が支援しますからザクセラン王国の王になってみませんか?」と唆す事だ。その事でザクセラン王国を混乱させ、あわよくば新国王のザーカルト様に恩を売って今後の情勢を優位に導く事である。


 つまり、私の陰謀が成功しようがしまいが、ザクセラン王国と争いが起こるのはもう間違いないのである。出来ればザーカルト様にやってもらいたいが、いよいよとなればイブリア王国が矢面に立って、最悪武力行使まで考える必要があるだろう。


 ならばこの段階でザクセラン王国に疑われようが何だろうが関係無いではないか。私がそう言うと、エングウェイ様はまた額を押さえて俯いてしまった。あら? また私何か変な事言ったかしらね?


「・・・別に変な事ではありませんよ。仰る事は良く分かります。しかし、王妃様のその思い切りの良さは何処から来るのでしょうね?」


 私にその思い切りがあれば、今頃は・・・。などと不穏な事を呟くエングウェイ様は無視して、私は考える。使者を送ってザーカルト様を探させて、ザクセラン王国にバレなければ秘密裡にザーカルト様に会いに行き密約を結ぶ。バレてしまたら全ての責任ををザーカルト様に押し付けてザクセラン王国内を混乱させる・・・。


 ダメね。全然面白くないな。そんな不確定な未来に委ねるようなやり方は私の流儀ではない。どうせならもっとはっきりとザクセラン王国を揺さぶってあげましょう。うん。私は決めた。


「使者を送りましょう」


「ザーカルト様の居場所を探させる使者ですか?」


 私は首を横に振った。


「ザーカルト様を王都に招待いたしましょう」



 というわけで、アルハイン公爵の名義でザーカルト様に招待状が出された。名目は、両国の軍事協力継続についての確認がしたい、という事にしておいた。つまりイブリア王国としてはザクセラン王国と協力してガルダリン皇国に対応する姿勢は変わりませんよ。この間一緒にガルダリン皇国と戦った仲じゃ無いですか。というアピールを装ったのである。


 イブリア王国としては国王不在の現在、ザクセラン王国と緊張状態にある事は望ましくない。留守を預かるアルハイン公爵としてはザクセラン王国との緊張緩和の意味合いもあって、軍事協力の継続を確認したい。その考え方はおかしくないので、ザクセラン王国としても不思議には思わなかった事だろう。


 しかし問題なのはイブリア王国が「ザーカルト様を」と指名して招待した事だ。これはザクセラン王国としては微妙に気になる所だっただろう。


 何しろ、私もクローヴェル様も帝都でノルザック陛下に、あからさまにザーカルト様を褒め称えた。イブリア王国がザーカルト様を推しているのはザクセラン王国も分かっているのだ。この場合の推しは、イブリア王国はザーカルト様がザクセラン王国の次期国王になるべきだ、と考えているという意味である。


 内政干渉というほど露骨ではない。ザクセラン王国としては無視しても構わないのだ。しかしながら、有力な隣国であるイブリア王国がザーカルト様を推しているという事実は、ザクセラン王国内でザーカルト様を推している派閥を勢い付かせていると思われる。


 そのような状態で、ザーカルト様を派遣すると、ザーカルト様とイブリア王国の親密度合いが更に上がってしまうのではないか、という懸念が生ずるのだ。


 しかしながら、今や大国であるイブリア王国の招待は断れないだろう。国王不在の間にイブリア王国がどうなっているのかを探るチャンスでもある。結局ザクセラン王国は素直にザーカルト様を派遣してきた。


 赤毛で大柄なザーカルト様は、今度は普通の格好でアルハイン公爵と接見した。この場合、アルハイン公爵は国王代理なので王族であるザーカルト様と同格であると見なされる。そのため、謁見は無く、歓待の部屋で歓待され、その後会合が行われた。


 ちなみにこの時、私は侍女の姿で紛れ込んでいた。茶色いかつらを被ってね。会合を行う皆様にお茶など出していたわよ。


 ザーカルト様には部下であろう騎士や官僚の方の他に、どうもお目付け役っぽい方が二人付いていた。会合ではほとんど発言しない所からして、そのお役目がイブリア王国とザーカルト様の交流を監視する事であるのは明白だわね。


 ザーカルト様は流石、お目付役など気にしないという態度で堂々とアルハイン公爵と渡り合っていた。風格が出てきたわねこの人。騎士の家系の当主であるアルハイン公爵とは気が合うらしく、会合の席でもその後の宴の席でも楽しそうに話し込んでいらした。


 私は宴の席でも侍女の姿で働きながら、ザーカルト様の事をコッソリ観察していた。つもりだったのだが・・・。


 ザーカルト様が談笑している側のテーブルを片付けていた時のことだった。


「今日は呑まないのですかな?」


 ギクっとなったわよ。反射的に振り向くと、ザーカルト様が横目でこちらを見ていた。


「大酒豪の貴女が良くこんな銘酒が揃っている中で我慢出来ますな?」


 あら、バレているわ。なかなか鋭いわねこの人。私は迂闊に発言出来ないので、頭を下げて一言だけ言った。


「明日、訓練所で」


 そしてそそくさとその場を離れる。ヒヤッとしたが、彼には私の正体をバラすつもりは無さそうだった。


 あそこで大声で「何でここに王妃様がいるのだ!」とでも叫べば、私がこっそり王都に戻っている事が明るみになって、イブリア王国と私は窮地に陥ったかも知れない。


 それをしなかったのだから、彼は私の抜け出しに気が付いていながら隠蔽に協力してくれたという事になる。という事は、交渉の余地はありそうだわね。私はニンマリ笑った。


 訓練所とは、王宮に付属する兵士の訓練所の事である。王宮の衛兵や騎兵が訓練するのでかなり広大な敷地を持つ。


 その片隅に礼拝堂がある。ごく小さな礼拝堂で、中にある祭壇には大女神アイバーリンの像と、もう一つ女神像が立っていた。


 戦女神ランべルージュの像である。大女神をお護りして戦う女神であるランべルージュは、騎士や兵士から絶大な信仰を集める女神である。頭に兜を被りロングドレスの上から部分鎧を着けており、手には剣と弓を持つ。なかなか勇ましいお姿だ。


 私はアイバーリンとランべルージュに祈りを捧げると、礼拝堂の中でしばらく待った。やがて礼拝堂の入り口からザーカルト様が部下の騎士とお目付役の二人を連れて入って来た。私も護衛の兵士を二人伴っている。


 私は昨日と同じ変装をしているので、ザーカルト様以外の方には正体は分からないようだった。ザーカルト様は迷い無く私の前までやってくると、尊大な態度で言った。


「跪きませんぞ?」


「そうですね。侍女に王子が跪いたらおかしいですからね」


 いきなり侍女と会話を始めたザーカルト様にお付きの人たちが戸惑ったような様子を見せる。多分、ここには訓練所の視察の名目でやってきて、礼拝堂にはちょっと入るだけのつもりだったのだろうからね。


「で、何のお話でしょう。随分手が込んでいますな?」


 そうですね。わざわざザーカルト様をイブリア王国の王都にまで呼び出して、更に変装した王妃との密談ですからね。


「分かっていらっしゃるのでは? そうでなければここまでいらっしゃいますまい」


「確かに私は貴女に乗せられたようだ。随分と余計な事をしてくれた。あの時、馬など受け取るべきでは無かった」


 そう言いながら私を睨み付ける。やはりあの馬のプレゼントは随分とザクセラン王国王室内を掻き回したようだ。


「いえいえ、遅かれ早かれでございましたでしょう。貴方様はご自分の優秀さを周囲に示し過ぎました。平凡に紛れたければ、爪を隠す努力も必要ですよ」


「もっとそのご忠告は早く頂きたかったですな」


 声に苦いものが混じっている。これはどうも、私が考えていたよりもザーカルト様は追い込まれているようね。


 おそらくだけど、イブリア王国の勢力の急激な伸張によって、国内が親イブリア王国派と反イブリア王国派に分裂して、ザーカルト様は親イブリア王国派の旗頭になってしまっているのだと思う。


 ザクセラン王国がイブリア王国と歩調を合わせるならザーカルト様が国王になった方が良い。そう考える派閥がよほど大きくなってしまったのだろう。


 国王陛下や王太子殿下が特に反イブリア王国的だということは無い筈だが、何しろあからさまにクローヴェル様と私はザーカルト様を推していた。そもそも元々ザーカルト様を次期国王にと願う者も多かった。そこへイブリア王国の強大化である。


 ザーカルト様本人の意向とは関係無く、親イブリア王国派によって、彼を国王に押し上げる流れが出来てしまっているのだろう。国王陛下や兄である王太子殿下にそこまで強い反発はお持ちでないザーカルト様も抗えない程の。


「諦めて高みにお登りなさいませ。私たちは貴方がそれに相応しいお方だと信じております。全面的に支援いたしますよ」


「勝手な事を言ってくれますな」


 私たちの不穏な会話に、ザーカルト様のお目付役たちが顔色を変える。私が誰だかまでは分からないようだが、明らかに世話話ではないと分かったのだろう。慌てて私たちの間に入ろうとする。


 しかしザーカルト様はそれを制止した。そして言う。


「力を見せて頂きたい」


 力? 私に見せてほしいと言うのだから、力というのは金色の力の事だろう。そういえば、この人は見た事が無いんだったわね。


「事に踏み切るには、貴女が私が忠節を捧げるに足る方だという確証が欲しいのです」


 なるほど。分からない話ではない。騎士であるザーカルト様にとって、主君である父王や兄を裏切るのであれば、代わりに使える主君はそれ以上の器量でなければならない。つまり、ノルザック陛下よりも私が上である部分を見せてみよ、というわけだ。


 ノルザック様よりも私が明確に上回っている部分といえば、私の持つ金色の力しかない。古帝国より伝わる王家の力。これを持つ者が王であるという観点から言えば。私はノルザック陛下より王に相応しく、その夫であるクローヴェル様は騎士であるザーカルト様の忠誠を受けるに相応しいという事になるのだろう。


 面倒な考え方ではあるが、クローヴェル様に教わった、騎士の誇りと矛盾しない考え方でもある。それなら見せて上げようじゃないの。力は溜まっているし、問題無い。


 ・・・そうだ。金色の竜を呼び出して、力を与えても良いけれど、どうせなら騎士に相応しい神様を呼び出してみましょうか。


 私はここで、そんな遊び心というか出来心を出してしまったのだが、その事を後悔する羽目になる。


「では、準備を致しますから少々お待ちくださいませ」




 私はザーカルト様を待たせて、私用の甲冑を王宮から届けさせた。全身を隈なく覆い。兜を被れば顔も見えないものだ。それを装着して訓練所のグラウンドに出る。


 グラウンドにはザーカルト様一行が待っていた。ザーカルト様は厳しいお顔で。他の方達は当惑顔で。


「お待たせ致しました。始めますよ」


 兜の面覆いを下ろしているから、私はどこの誰やら分からない状態だ。ザーカルト様は怪訝な様子で仰った。


「なぜ甲冑を着込む必要があるのですか?」


「甲冑を着ていらっしゃるからです」


 像では部分鎧だったけど、私はそんな都合の良い鎧持っていないからね。


「誰が?」


「すぐに分かりますよ」


 私は両手を真っ直ぐに天に差し伸べた。そして先ほど見た女神像を脳裏に思い浮かべる。


「大女神アイバーリンの剣であり盾であり、槍であり矢であり鎧である、戦女神ランべルージュよ。その力を我に示したまえ。我が身に宿りてその強さと美しさを示したまえ」


 私の両手から光が立ち上り、次の瞬間、ドーンと光が降ってきた。私に。


 私は自分に金色の力を使った事は無かったが、いつもブケファラン神を憑依させた私の馬が平気な様子であったので、危険性は無いと判断していた。なのであまり深い考えもなく自分にランべルージュ神を憑依させてみたのだ。


 戦女神というというくらいだから、きっとすごく強いだろう。その戦女神様を憑依させた状態で、ザーカルト様やここにいる兵士や騎士と戦って圧倒的に勝って見せれば、ザーカルト様も納得するだろう。


 くらいの考えだったのだ。それと、ブケファラン神を呼び出し慣れてしまって、神への畏れを忘れていたというのもある。


 しかして光が直撃した瞬間、脳裏に声が響き渡った。


「「そんな事でわらわを呼び出すなや! 愚か者!」」


 頭をグワーンと殴られたような衝撃を感じ、以降、しばらく記憶が無い。


 ・・・そして、気が付いたら私はグラウンドで大の字になって伸びていた。な、何が起きた?


 起き上がろうとすると、身体中に激痛が走った。アイタタタ! 何これ!


 よくよく確認してみると、私の着ている甲冑はアチコチ凹んで大変な事になっていた。そして当然、その中の私の身体も打身だらけ。後で確認したら痣だらけだった。それだけではない。全身に強い倦怠感。筋肉痛。大汗をかいたらしく身体中がベトベトだ。


 どうにかして起き上がり周囲を見渡す。するとそこには、何故か何十人という兵士達が倒れていたのだった。し、死んでる? と一瞬ビビったのだが、血は流していなかったし、ゼイゼイと呼吸しているのも分かった。な、何が起きたの? 私は一人に近付いて声を掛けてみた。


「ねぇ、何があったのですか?」


 すると、その若い兵士は叫んだ。


「か、勘弁してください女神様! もう走れません!」


 は? 走れない?


 私は痛む身体を引きずって歩き、兵士に紛れて倒れていたザーカルト様を見つけて肩を揺すった。私だと分かるように兜の面覆いだけを上げる。


「ザーカルト様。何があったのですか?」


「め、女神様⁉︎ ・・・いや、イリューテシア様か?」


「そうです。イリューテシアです。この惨状は一体何事ですか? 全然記憶が無いのですが」


「・・・何が起こるかも分からずに、戦女神様を呼び出したのですか?」


 軽率だった。今は反省している。


 ザーカルト様が言うには、私に宿った戦女神ランべルージュ様は、全身を金色に光り輝かせながら、物凄く怒っていたらしい。


「「軽率に戦女神たるわらわを呼び出しおって!」」


 とか叫んでいたそうだ。それでザーカルト様にもそれがランべルージュ神だと分かったのだそうな。そして戦女神様はザーカルト様を見据えると「「顕現してしまったものは仕方が無い。其方、剣を持ち掛かって来よ! 稽古をつけてやる!」」と叫んだのだそうだ。


 どうもザーカルト様が名のある騎士だと分かったようだ。そう言われれば否やない。女神と戦えるなど滅多に無い名誉だろう。ザーカルト様は剣を借り、戦女神様に挑んだのだそうだ。


 ところがこれがもう無茶苦茶に強かったらしい。流石は戦女神。ザーカルト様は剣も盾も持たない戦女神様にボコボコにされた。降参すると戦女神様はまぁ怒った。


「「全然足りぬ! せっかく久しぶりに顕現したのじゃからもっと戦いたいのじゃ! 相手を連れて来い!」」


 戦女神様に命じられて、急遽兵士たちが呼び集められ、次々と、終いにはまとめて束になって戦女神様に挑み掛かった。


 が、相手にならない。戦女神様は千切っては投げ、千切っては投げ、の勢いで兵士たちを蹴散らし、打ちのめした。そりゃ、私の甲冑がボロボロになる訳ですよ。


 遂に立ち向かう者がいなくなると、戦女神様はそれはもう怒った。


「「なんと情けない戦人か! そんな府抜けた有り様で我が信徒を名乗るなや! 鍛え直してやらん!」」


 と叫ぶと、ザーカルト様を含む兵士たちを蹴っ飛ばして起き上がらさせ「「まず体力からじゃ!」」と全員でグラウンドをグルグルと走らせたのだそうだ。


 走り込みの後は筋力トレーニング。そしてまた走らされ、疲れて倒れれば蹴っ飛ばされ。なんというか、お疲れ様です。


 流石のザーカルト様もへばって倒れるころ、ようやく憑依が解けたらしく、私がパッタリと倒れたのだそうだ。


「戦女神ランベルージュ様があんな鬼教官だとは思いませんでした・・・」


 なんでも、ザーカルト様や兵士をしごいている姿はとっても生き生きとしているように見えたらしい。


「まさかイリューテシア様の人格が混ざったからああなった訳ではありますまいな?」


 知らないわよそんなの。私だって酷い目に合ったのだ。ランベルージュ様がそんな神様だと知っていたら迂闊に呼び出したりしなかったわよ。


「それは兎も角、ザーカルト様? どうですか? 私の力を認めますか?」


 ザーカルト様は何だか清々とした顔をなさっていた。戦女神様に打ちのめされ、しごかれて、何がか吹っ切れたのだろう。彼らしく明るく剛毅な笑顔を浮かべながらザーカルト様は言った。


「認めるに決まっているではありませんか。まさか戦女神の力までお借り出来るとは。何という力でありましょうか」


 ザーカルト様は私の前に跪き、両手で剣を捧げ持った。


「このザーカルト。イブリア王国の戦女神イリューテシア様に忠誠を誓わせて頂きます。我が剣はあなたのために」


 私は溜め息を吐いた。


「ランベルージュ様に怒られるから、戦女神などと呼ばないで下さいませ」


 そして私は、ザーカルト様の剣を謹んで受け取ったのだった。

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