三十話 私の人生の目標

 六日掛かって馬車は旧王都に到着した。ここに帰って来るのは、神殿領に行く時に立ち寄って以来だから三年振りくらいだ。王都より季節は遅く、まだ早春の冷たい空気が頬を刺す。吐く息が白かった。


 私とクローヴェル様、そしてクレアンヌに抱かれたレイニウスは旧王宮に入った。王都育ちのクレアンヌはしょぼい旧王宮を見て目を丸くしていたわね。乳母のクレアンヌ(とその子であるアーレク)は本当は置いてくるつもりだったのだが、本人が強く同行を希望したし、幼子の環境を変えすぎるのも良くないと考えて同行を許した。私が養女であることを悟らせないようにしなければならない。


 事前に連絡していたとはいえ、突然の帰郷にお父様も旧王宮のみんなも驚きつつ喜んでくれた。特にお父様は初孫であるレイニウスを抱いてそれはそれは喜んだ。私はそれを見てホッとした。不本意な帰郷だったし、気分的には尾羽打ち枯らして逃げ帰って来た気分だったので、皆が帰郷を喜んでくれて良かったと思った。


 レイニウスとクレアンヌは王宮に部屋を用意され、私とクローヴェル様は以前と同じように離宮に滞在する事になった。私はレイニウスも離宮に連れて行きたかったので不満だったが、離宮にはレイニウスはともかくクレアンヌの部屋が無い。


 今回の帰郷にはクレアンヌだけではなく、護衛の兵士が五百人も付いて来ており、彼らは旧王都の守備も担当する。平和な旧王都には過大な程の兵力だった。多分だが、私とクローヴェル様を見張る役目もあるのだろう。特に私が謹慎を不満に思って抜け出したりしないかを。


 これほど人の目があると、父さん母さんや兄さん達、幼なじみにあからさまに会いに行く訳にはいかないな。こっそり会うか、身分差を意識して振る舞うしかない。面倒な事だ。こういう気分の時こそ母さんに甘え怒られたかったのに。


 旧王都には本が無い。なので王都からまだ読んで無い本を馬車一杯分持ち込んだ。離宮に運び込み、以前使っていた本棚に並べる。読んだ事の無い本がズラッと並んでいるのを見ると、常ならワクワクして顔が綻んで来るのだが、どうも気持ちが動かない。これは重症ね。私は溜め息を吐いた。


 クローヴェル様は長旅と気候の変化であっさり体調を崩してしまい、離宮に入るなり寝込んだ。心得ているポーラ達侍女が看病してくれるので任せる事にした。今は何だかクローヴェル様の側にずっと居る気にならかなったのだ。


 私は歩いて王宮に行き、レイニウスの様子を見に行った。レイニウスはもう二歳に近い。お乳はもう飲まず、柔らかい物を食べ始めていた。ここならチーズだとかバターだとか果物だとか、幼児が食べ易い食べ物は沢山あると思う。父親に似ずに丈夫な質らしく、気候の変化をものともせず這い回っていた。たまにつかまり立ちもするそうだ。


 何しろこのところ忙しかったので、レイニウスの様子をよく見ていなかった事に気付く。いつの間にこんなに大きくなったのかしら。そんな事さえ思った。私はその日は一日中、レイニウスの側にいた。父さん母さんにも抱かせてあげたいが、父さん母さんをここに呼ぶ訳にはいかない。もう少し暖かくなったら連れて行こう。


 次の日は、旧王都を歩いた。まぁ、大歓迎だったわよね。王都が移転して四年しか経っていない。知り合いの人々はまだ元気だし、知らない人も私の事はなぜか知っていた。それどころか巡礼者は私を見るなり、跪いて祈りを捧げ始めるのだ。よくよく紫色の聖女だか魔女だかは有名らしい。一日中旧王都を、姫様姫様と呼ばれながら歩いていると、少女の頃、まだ農家の娘と王家の姫君の境目辺りにいた頃の事を思い出した。


 あの頃私は何がしたかったんだっけ。私は王家の養女になったのだが、どうして養女になったのかはよく自覚していなかった。王家の姫君って何をするんだろうね?沢山教育を受けているけど、それは今のところ何の役にも立ってないしなぁ。農家の場合、教わった事は即座に役に立つ。というか、役に立たない事は教わらないのだ。


 疑問に思っていたある日、お父様だったかポーラだったかに、私は婿を迎えて王国を継ぐのだ、と教えられた。私に施されている教育は、良い婿を娶るためなのだと。それを聞いた時、私は目の前の霧が晴れるような気がしたのだ。ああ、そうか。私には目的が、目標があったのだ。そのために養女になり教育を受けているんだ!


 私は、それ以来、立派な婿を娶って王国を継ぐ事に向けて邁進した。教育を頑張り、良いお姫様になり、素晴らしい婿を貰うのだと。実際、私はアルハイン公国に赴いても立派に姫君を演じ切り、無事に王国に最適の婿様であるクローヴェル様を得る事が出来た。


 それは私にとってその時点での人生の目標の完遂だったのだ。だからこそ、それを台無しにしかけたホーラムル様の所業に対して私はあれほど怒ったのである。大袈裟に言えば、それまでの私の人生を賭けて選んだ婿こそ、クローヴェル様だった。それを失い、他の婿を仕方無く迎える事など、私にとっては人生の敗北で許されない事だったのだ。


 ただ、クローヴェル様を婿として娶り、王国にお迎えした段階で、私の人生の目標は完遂されたと言っても良かった。王家の養女になった目的は果たされた。後は子供を産んで、後継者を作れば、多分私の役目は終わる。


 この後どうしようか。その頃の私の心には言い知れぬ不安が生まれていた。私は、目標があればそれを全力で目指すという性格だ。小さくは、誰も登れなかった大木を登り切るまでけして諦めず、何日も掛けて目標を達成した。大きくは、農家の娘が完璧な姫になり、最高の婿を娶った。


 しかし、その時点で私には目標が無くなっていた。あと私に求められている事と言えば、クローヴェル様の良い妻になり、子供を生んで育てる事だったろう。それも悪くない、とは思っていた。


 農家の娘なら親の言う通りに結婚して、子供を産んで育てて、同時に日々働いて、それが死ぬまで続く。誰もそれに不満や疑問など抱かない。だから私も、クローヴェル様の良き妻として、良き王妃になれるよう頑張れば良いだけだ。


 そう思いながら、私はその漠然とした未来への展望に不満を抱いてもいたのだ。何だか、つまらない。と。


 次の日は、陶器工房へ向かった。イブリア王国の陶器は帝国中で大人気になっており、注文が殺到。工房は大忙しのようだった。


 何人もの職人が器の形を作り、別の場所ではそれに釉薬を掛けている。何やら紋様を描いたり、絵を描いてある器もある。こういう紋様や絵は注文に応じて描くのだそうだ。そうやって作られた器は、丘陵地に作られた窯に運ばれ焼成されて陶器になる。


 クローヴェル様が思いつき、私が奔走して実現した陶器製造が、今やイブリア王国全体でも有力な産業になりつつある。それは感慨深い事だった。


 工房の長であるケールが私を呼んで、試作品を見せてくれた。


「まぁ!」


 それは真っ白な美しい陶器だった。


「磁器ですね!出来たのですか!」


「何とか試作は。まだ製品にするには窯を新たに造る必要などがありますが」


「是非やりなさい!予算など気にする必要はありません!」


 世界中で製造出来る国がほとんど無い筈の磁器の製造に成功すれば、それは強力な商品になる。帝国中はおろか海を越えても取引される商品になるだろう。それはイブリア王国の名を世界に知らしめ、クローヴェル様を皇帝にするための武器に・・・。


 そうだった。もうその事は考えなくても良いのだ。クローヴェル様が皇帝候補への立候補を取り下げ、王国の実権を手放した今、クローヴェル様が皇帝になるのは難しくなった。まして、クローヴェル様がもう、皇帝になる事をお望みでない。


 あくまでも皇帝を目指していたのはクローヴェル様で、私は後押しをしていたに過ぎないのだ。クローヴェル様はそれを指摘してくださった。勘違いしてはならない。私はクローヴェル様の夢の後押しをしていたのだ。それは私の夢ではない。


 私は馬に乗って離宮に戻った。離宮に向かう緩い坂道。


 あの日、ここを歩きながらクローヴェル様は「皇帝になる」と仰ったのだ。病弱で頼りなく、それでいて意思は強く明敏で頭の回転も早い方だとは分かっていた。しかし、まさかそんな壮大な野望を、夢を抱いている方だとは、その時の私は思っていなかった。どんなにか興奮した事だろう。


 この何もない山の中から、大帝国の皇帝が誕生したならどんなに素敵だろう。凄いと誰もが驚くだろう。見てみたかった。皇帝に上り詰めたクローヴェル様が民衆の歓呼の声に応える姿を、私は明確に幻視した。その姿を、いつか現実のものにするのだと思った。


 私はその瞬間から、クローヴェル様を皇帝に押し上げる事を、人生の目的に定めたのだった。彼を助け、彼の敵を撃ち破り、ありとあらゆる手段を使って彼を高みに導くのだ。その人生の新たな目標に私は興奮し、感激し、それを与えてくれたクローヴェル様にこれ以上なく感謝した。


 その時から、クローヴェル様の夢は、野望は、私の人生の目標になったのだ。そう。確かにクローヴェル様を皇帝にする事は、私の人生の目標であり、夢だったのである。彼のために奔走しながらも、それは私の目標を叶える事でもあったのだ。


 私は離宮に帰って、テラスの椅子に腰掛けた。日当たりが良く、日に日に緩くなる空気が気持ち良い。新婚時代、ここで日向ぼっこしながらクローヴェル様と並んで本を読み耽ったわね。これから暇になるのだから、またあの頃のようにするのもありだろう。今度はレイニウスも一緒に。


 そう思いながらも、脳裏に去来するのは、ここ数年、クローヴェル様を皇帝にするために邁進し、奔走してきた出来事の思い出だった。


 結婚式。この山の中で新規事業の種を探し歩いた事に始まり、イカナの戦いでは生まれて初めて鎧を着て戦場に出た。


 思いもよらなかったアルハイン公国の併合。クローヴェル様を皇帝にすると宣言し、ザーカルト様に馬を贈って工作し、帝都に向かって皇帝陛下の恐ろしさを知り、フーゼンで竜を呼び出した。


 神殿領を向かい女神様と共に暴れて、帰国したら妊娠していて、待望の子であるレイニウスを得た。クローヴェル様が出陣して活躍し、二人で竜首会議をかき回し皇帝陛下の意図を挫いた。そして誘拐された草原でトーマの人々と生活し、ブケファラン神のお力で無事に帰って来た。


 頑張ったなぁ、と自分でも思う。どうしてこんなに頑張ったのか。それはやはり、クローヴェル様のためでもあるが、クローヴェル様を皇帝にする事は私の人生の目標だったからである。


 ・・・段々、ムカムカしてきた。


 確かに、クローヴェル様が皇帝候補から降りたのは妥当な判断だと思う。このまま行けば、イブリア王国と帝国全体との関係は抜き差しならぬ物になってしまっただろうから。それを防ぐにはクローヴェル様が引いて見せるしかない。


 しかしながら、あの時、クローヴェル様は私に一言の相談も無く決断した。私には何の口出しも出来なかった。・・・いや、違うわね。クローヴェル様は問い掛けたんだったわ。「それは貴女の夢なのではないですか?」と。私が答えられなかったのだ。あの時私が「そうです。私の夢でもあるから、止めないで下さい!」と言えれば良かったのだ。なぜ言えなかったのか。


 怖かったのだと思う。私が私のために、私の目標のためにクローヴェル様を皇帝にしようとしている事を認める事が。病弱なクローヴェル様に無理を強いて、彼を無理やり引き上げているのだと認める事が。その事が露呈するのが怖かった。私のエゴ、我儘、そして言い訳の余地が無いくらいの傲慢さが露わになるのが怖かったのだ。


 でもね。クローヴェル様は間違い無く皇帝を目指すと言ったのだ。あの人がそんな事を言わなければ、私もこんな夢を、目標を持つ事は無かった。今更、もう止めますと言われても、私の気持ちの行き場は、情熱は何処へ吐き出せば良いのよ!


 はっきり言ってもう無理だった。私はここまで頑張って来た自分を否定したくない。皇帝になるなんて公言したら失笑されるだけだった山の中の王太子を、皇帝の座を狙っても不思議ではない強国イブリア王国の国王に引き上げてきた努力を無駄にしたくも無い。クローヴェル様が諦めても、私は諦めない。諦めたくない。


 そう、私がググググっと怒りの熱量をため込んでいると、不意にクローヴェル様がテラスに現れた。くすんだ金髪を日差しに輝かせながら、柔和な笑みを浮かべて私を見た。そしてゆっくりと近付き、私の前に立った。


「・・・何もかもお見通しですか?ヴェル?」


 私の心を読んだのか、それともどこかからずっと見てたのか。そう思ってしまう程、そのタイミングは絶妙だった。


「何がですか?私に見えるものなど、貴女が見えるモノよりずっと少ないですよ」


「その割には私に見えないモノがいつも見えているみたいですけど?」


「それは良いことですね。二人で見ているモノを補い合えば、見えないモノが少なくなります」


 クローヴェル様はニコニコと笑っている。何となく癪に障った。


「出会った時よりもずいぶん図太くなったような気が致しますわね? あの時は暗い顔をしてオドオドしていらしたのに」


「誰かさんの良い影響を受けたからですよ。私は感謝しています」


 うぐ・・・。ぐうの音も出ない。確かに間違いなく私の影響だろうから。


 私達はしばらく見つめ合った。彼と最初に出会った日から随分と月日が経った。あの日、窓の外に立って私を見上げていたあの視線は、今も全く変わらない。あの時かれは情熱的に私を求めた。その時に、私はこの人なら私の期待に応えてくれると思ったのだ。そう。この人なら私を導いてくれる。人生の目標を私にくれるだろうと。


「・・・そうです。ヴェル。貴方を皇帝にするのは私の夢です。貴方が諦めても、私は諦めたくありません。クローヴェル様」


 つい、涙が出そうになってしまう。もうこんな山の中に引き籠ってしまったのだ。今更こんな事を言ってももう手遅れだと、私は思っていた。だから悔しくて涙が出そうになったのだ。


 しかしクローヴェル様は少し安心したように笑みを深めた。


「そうですね。最初から、貴女の夢なのですよ。貴女と、私の」


 彼の眼差しは、いつも真っ直ぐに私を見る。目を逸らすという事が無い。私への信頼、愛情が伝わって来るような、真剣な視線。


「その事を忘れないようにしましょうよ。リュー。私一人で皇帝になるなんて最初から無理なのです。私達は二人で皇帝の座を目指すのですよ」


 ・・・え?目指していた、ではない。目指すと、現在進行形を使ってクローヴェル様は言った。私は思わず立ち上がった。


「こ、皇帝候補は降りたのでは?諦めてしまったのでは?」


「あなたがそんな諦めの良い人だとは思いませんでしたよリュー?私と、貴女の夢なのですよ? 私が独断で降りる訳が無いではありませんか」


 私は唇がわなわなと震え出した。


「勝負はこれからです。一緒に頑張りましょう。リュー」


「ヴェル!」


 私はもう我慢出来ずにクローヴェル様に抱き着いた。ググググっと抱き締める。ちょっと涙が止められない。でもこの涙はなんだかクローヴェル様に見られたくない。私は涙を隠すためにクローヴェル様を抱き締め、その肩に顔を押し付けた。


「だけどね。リュー。ここからは覚悟が必要ですよ」


 私の力一杯のハグに痛そうに呻きながら、クローヴェル様は私を抱き留めて下さった。


「ここからは綺麗事では済みません。血を流し、人を死なせ、他人を騙し欺き陥れる覚悟が必要になります。それでもやりますか?」


 クローヴェル様の問い掛けに私は即答した。


「もちろんです!」


 私は顔を起こし、クローヴェル様の間近から興奮をそのままに叫んだ。


「何者も私達の道を阻む者は許しません!どんな障害も排除して進みましょう!ヴェル!」


 クローヴェル様は楽しそうに頷いた。私は思わずクローヴェル様の唇に自分の唇を押し付け。またクローヴェル様に抱き着いた。


「一刻も早く王都に帰りましょう!ヴェル!」


 ひとしきりクローヴェル様に甘えて満足すると、私は叫んだ。そう、すぐさま王都に戻り、国政を再掌握しなければ。今ならばまだ間に合う。


 しかしクローヴェル様は首を横に振った。意外な意見に私は目を剥いた。


「何故ですか?」


「せっかく帝国中の誰の目も届かない山の中に引っ込んできたのです。暗躍するには絶好の場所ではありませんか。皇帝陛下に約束した通り、一年くらいはここにいましょう」


「で、ですけど、こんな所にいたら書簡を出すのも容易ではありません。イブリア王国の情報も帝国の情勢も手に入らなくなります」


 私の言葉にクローヴェル様は頷いた。


「そうでしょうね。誰もがそう思う事でしょう。恐らく山間部の出口を見張っている密偵なんかがいて、万が一私達がここから出て王都に戻るような事があれば、帝都に報告する事でしょう。皇帝陛下への約束違反だとしてその事自体が問責の種になるでしょう」


 つまり、クローヴェル様と私はこの旧王都から出られないという事だ。


「それでは何も出来無いではありませんか!」


 叫ぶ私をクローヴェル様は面白そうに見て、そして悪戯っぽい表情を浮かべながら仰った。


「リュー? あなたは『空を飛ぶイリューテシア』なのではありませんでしたか?」


「へ?」


「草原からどうやって帰って来たのでしたっけ?」


 ・・・。・・・えー!?


「凄い事を考えますわね。ヴェル」


「それだけに誰にも予想出来ないと思いますよ」


 出来てたまるものか。やっぱりクローヴェル様は私に考え付かないような事を考える凄い人だ。まさかこんな無茶苦茶な事を考える事も出来るとは思っていなかった。この人が皇帝になったら、きっと凄い政策を考えて実行してくれるだろう。私はワクワクした。


 というわけで、その次の日の昼には、私はイブリア王国王都マクリーンの王宮内にいたのだった。


 私の前でエングウェイ様は頭を抱えていた。


「一体どういうおつもりですか! 王妃様!」


「声が大きいですよエングウェイ様。こっそり帰って来たのですから静かに」


 エングウェイ様の頭痛は更に酷くなったようだ。


「いきなり空飛ぶ馬に乗ってやって来るとか、非常識にも程があるでしょう! 何を考えているのですか!」


 そう。私はブケファラン神のお力を乗り移らせた私の愛馬で、飛んで王都まで帰って来たのだ。空を飛べば、山も進み難い場所も、宿も何もかも無視して一直線に飛んで来る事が出来るため、何と半日飛べば旧王都から王都まで帰って来られるのだった。これは凄い。ブケファラン神が凄いのか、馬というのはそういうものなのか、王都へ行ってと頼んだら一直線に飛んでくれた。


「いや、でも上空は寒くてね。風邪を引く所だったわ」


「そういう問題ではありません・・・」


 エングウェイ様は疲れ切ったように呟いた。お疲れ様です。


 私は、エングウェイ様にクローヴェル様は引き続き皇帝を目指すという事、しかし謹慎を装うために旧王都に留まる事。代わりに私が飛んで出て来て色々暗躍しようと思うという事を伝えた。


「・・・分かりました」


 エングウェイ様は比較的あっさりと頷いた。あれ?ずいぶん素直ね。私達がいないのを良いことに、実権を掌握して王国を我が物にしてやるぜ。わはははは、とか思っていると思ったのに。私が意外に思ったのがバレたのか、エングウェイ様はふてくされたように言った。


「今更、何もかも投げ捨てられても困るのですよ。王妃様。ここまで皇帝陛下や他国との関係が悪化した王国を押し付けられても嬉しくありません。迷惑です」


 それもそうね。王でも無いエングウェイ様がこんな状況の王国を引き継いだら、アルハイン公国時代よりも酷い無理難題が他国より降りかかる事だろう。


「クローヴェルを皇帝にするならさっさとして下さい。そうしたらお二人は帝都に行かれるでしょう? 私はその後にイブリア王国の代官となって、権力を壟断させて頂きますよ」


 ずいぶんぶちゃけた意見だわね。でもこの人の協力があるなら色々暗躍し易くなる。私はクローヴェル様が皇帝になった暁にはその通りにすると約束し、私の暗躍への協力を要請した。私は王宮内の客間の一つをアジトとして整備して、エングウェイ様だけではなく、アルハイン公爵、ホーラムル様にも協力を要請した。ホーラムル様は驚いたが、アルハイン公爵は全く驚かなかった。


「あの王妃様を全面的に愛しているクローヴェルが、お二人の不仲を演出するなど、何かあるな、と思っておりました」


 クローヴェル様は謹慎するだけではなく、どうやら私とクローヴェル様に隙間風が吹いているらしい、という噂も流してイブリア王国への警戒心を下げようとしたのだろうと言う。それは私は気が付かなかった。


「もうイブリア王国はお二人と一蓮托生です。失敗は許されませんぞ?」


「もちろんですわ。お義父様。見ていて下さいませ!」


 私はとりあえず、アルハイン公爵の名前で出して貰う私の書簡をしたためて各方面に出して貰う事にした。暗躍の第一歩だ。王都に来て三日後、金色の力が満ちた私は旧王都に戻るためにブケファラン神に祈り、私の馬に憑依させた。


 炎を纏い、大きな翼を広げたブケファラン神の姿に、アルハイン公爵一族の皆様はドン引きしてた。まぁ、無理も無いわね。この神様はこんなに目立つ姿なのに、どうやら飛んでいる姿を地上から見えなくなくする事が出来るようで、隠密行動にはもってこいなのだ。問題なのは飛んでいると凍えそうに寒い事(炎を有効化する事も出来るのだが、そんな事をしたら熱過ぎて私が焦げてしまう)と、手綱や鞍が付けられない(ブケファラン神が嫌いなようで、憑依の度に燃えて落ちてしまう)から裸馬にしがみ付くしか無い事だった。


 私はトーマ仕込みの技でひらりと燃える馬に跨ると、馬上からアルハイン公爵に言った。


「手配した事を頼みます。用事が出来たらまた来ますので、客間は整えておいて下さい」


「心得ました。王妃様。あまり無茶はなさらぬように」


 有り難いお義父様のご忠告だが、それは無理ってものね。私はフフフンと笑った。


「クローヴェル様を皇帝にするためなら、私はどんな無茶苦茶な事でも致します。皆さま覚悟なさいませ!」


 アルハイン公爵は諦めたように苦笑し、エングウェイ様は呆れ果てたように首を振り、ホーラムル様は何故か瞳を輝かせている。三者三様な彼らを尻目に、私はブケファラン神に合図を送り、天高くへ向けて駆け上がったのだった。


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