二十五話 竜首会議

 竜首会議までの間、私達は七王国の王との社交に励んだ。どう考えても事前に各国の意見を把握しておく事は必須だと思えたからだ。


 この問題の面倒な所は、新たに帝国が獲得するだろう領地が、まだ海のものとも山のものともつかない土地である事だった。どれくらい収益を生むのかも分からないし、収益を生むのにどれくらいの投資を必要とするのかも分からない。


 そもそも戦に勝って獲得出来るかも分からない。獲得出来たとしてどれくらいの広さになるのかも、果たして分ける程獲得出来るかも分からないのだ。それが分かっていないのに領地の配分を考えるのは滑稽な事だろう。


 では、イブリア王国としては遠いし面倒なので領地が欲しいとは主張しません、と言い切って良いとまでは言えない。果たして広大な面積の領土を獲得した場合、他の王国が切り取って開拓した結果、何年後かに莫大な収益を上げて国力でイブリア王国を圧倒するかも知れない。そんな事になればやはり脅威である。なぜあの時領地を主張しなかったのかと私達の無能が嘲られる事になるだろう。


 悩んでいるのは各国とも同じであるようだった。スランテル王国国王陛下であるハナバル様は、お会いした夜会で非常に困惑していらっしゃった。この方は前回の訪問時から私を「妹の娘」だと思いこんでいて非常に親しく接して下さっているのだが、それにしてもややあけすけにこうおっしゃった。


「我が国も小国の幾つかと境を接しておるが、あんな所を貰っても迷惑だ。利が少な過ぎる。どうせロンバルラン王国の奴等が皇帝陛下を焚きつけているに決まっておる」


 そう決めつける理由は、ロンバルラン王国の領地がやや小さいために、ロンバルラン王国国王が不満に思っているから、という事だった。しかし、実際ロンバルラン王国国王陛下であるコルマードル様は全く逆の反応を見せた。この方はまだ三十代と若々しく、次期皇帝候補としてフェルセルム様、クローヴェル様との競争相手と言って良い方なのだが、その彼が吐き捨てるように言った。


「あんな沼地と森ばかりの寒い土地に何の魅力がある。多大な労力を費やして占領しても良い事など無い!」


 ロンバルラン王国は小国を経由した更に東の国との貿易を行っており、小国群の情勢が荒れて交易が滞るのは大問題だと嘆いた。ヴェーセルグとやらが小国を統一し、あの辺りの情勢が安定するのは良い事なので、要は敵に回さなければ良いだけだ、とも仰った。そもそも東征自体に反対だという立場だった。


 逆に賛成派筆頭はクセイノン王国のようだった。国王陛下であるエルミージュ様は熱心に私達に小国群を征討する利を語った。この方は四十代前半でまだ十分に若いのだが、前回にお会いした時にしきりにフェルセルム様を褒め称え、次の皇帝に相応しいと言って私を牽制していたくらいなので、自身が皇帝になる気はなさそうだ。


「近年、あの辺りは開拓が進んで豊かな土地になっております。それに更に東との交易の時に、あそこに強大な国があったら交易の妨げになります。ヴェーセルグの野望は阻むべきです」


 クセイノン王国は最も長い国境線を小国群と接している。それと、どうも話をしている限りでは、海沿いの小国を併合して、港を持ちたいという意向のようだった。現在は帝国の海沿いはクーラルガ王国が全て領有している。港を手に入れ、東との交易路と海の交易路を繋げられれば利は大きい。どうもそれを狙っているようだった。


 ザクセラン王国国王陛下、ノルザック様は、ザーカルト様と同じ赤毛が印象的な方だったが、この問題に全く興味が無さそうだった。


「我が国からは遠いしな。例え飛び地で領地を貰っても治めきれぬ。戦役にも参加したくない。戦費を払う事で済ませる事になろう」


「でも、ザーカルト様は参加したがるのではありませんか?ザーカルト様は三国一の勇者ですもの。参戦して下さると心強いですわ」


 ノルザック陛下は嫌そうな顔をした。やはりザーカルト様との関係はあまり良くは無さそうだ。


 オロックス王国国王陛下、カイマーン様に至っては、熱心にクローヴェル様と私に、共に皇帝陛下に反対意見を出そうと勧誘して来た。


「我が国もそうだが、イブリア王国とてあんな遠い東北部の事に関わっている場合ではあるまい」


 カイマーン陛下は四十代。口髭が素敵な紳士だが、その髭を震わせて彼は熱弁した。


「東の王国の野心に巻き込まれては溜まらぬ。東に帝国が注目している内にガルダリンのハゲタカ共が動いたらどうするのか?イブリア王国も他人事ではあるまい」


 オロックス王国は国境をガルダリン皇国に接している。ザクセラン王国程では無いが、常に彼の国からの侵攻に備えなければならない立場である。カイマーン陛下はしきりに逆にガルダリン皇国に攻め込んで軍事拠点を潰して、侵攻の足掛かりを奪うべきだと主張し、更に私の金色の竜の力を使った協力を求めてきたので、私はやんわりと断った。


 何とも、七王国の足並みは全然揃わなそうな雲行きだった。こんな状態で竜首会議で話がまとまって、帝国軍を結成して東征なんて出来るのかしらね?


「リュー。それは違いますね」


 クローヴェル様は流石に社交続きで疲れてしまったらしく、暖炉側に置かれた長椅子に横になりながら仰った。


「足並みが揃わないからこそ、竜首会議を開くのです。後で文句が出ないように」


「どういう事ですか?」


「東征に反対の国は竜首会議で反対だと言うでしょうが、賛成の国はそれならそれで賛成の国で東征するから後で文句を言うなよ?となるでしょう。そう帝国として、竜首会議で決定すれば、後から文句が出なくなります」


 それはそうでしょうけど、反対意見が多数になってしまったら、帝国軍として大々的に侵攻出来なくなるし、後で戦費を各王国に負担させられなくなるのでは?


「現状では、皇帝陛下、クーラルガ王国、クセイノン王国が賛成。反対はオロックス王国、ロンバルラン王国、スランテル王国ですかね。ザクセラン王国は中立でしょう。我がイブリア王国も中立だと言って良い。賛成反対は拮抗しています」


 皇帝陛下とクーラルガ王国を別票だと考えればそういう事になるかしら。


「こうなると、軍事力に優れ、予算も豊富。しかも金色の竜の力の協力が期待出来るイブリア王国の選択が重要になってくる訳です。我が国が賛成すれば、賛成多数で帝国軍が結成出来ますからね」


 実際にはそう簡単に多数決で決まったりしないが、皇帝陛下、クーラルガ王国、クセイノン王国、そしてイブリア王国が賛成すればこれは他の国も絶対反対を貫けるとは思えない。軍は賛成派で派遣するから、戦費を担えくらいの要求なら呑むだろう。


「逆に我が国が反対に回れば、皇帝陛下とて簡単には東征に踏み切れなくなります。反対多数を押し切る形になりますから、戦費の負担を求め難くなりますし、何より王国同士の関係に亀裂が入ります。帝国のためには良くありません」


 皇帝陛下の統治の方針は、七王国の協調と均衡だ。反対多数の情勢になってまで帝国軍を結成しての東征にはこだわらないのではないか。ただ、そうなると、皇帝陛下の構想をイブリア王国が潰した格好になる。皇帝陛下の心証は悪化するだろう。その方がクローヴェル様に反皇帝勢力の旗頭になってもらうという以前の構想には良いのかも知れないが・・・。



 そうして、竜首会議の日を迎えた。帝宮に上がった私達は案内の侍従に従って、竜首会議専用だという会議室に案内された。


 入って正面にドーンと大女神アイバーリン像が聳え立っていた。いや、大神殿のあれほど大きくは無いが、私の身長の倍はあるからかなり大きい。これも力を籠めると動くのかしらね?


 ふっと天井を見ると、そこには七つ首の竜が天を舞う姿が天井画に描かれていた。女神と七つ首の竜。帝国の象徴に包まれたこの会議室は、なるほど、帝国最高峰の会議に相応しい。


 七王国の国王とその妃は、大きな円卓に等間隔に離れて座る。女神像の下が皇帝陛下で、それ以外の順番は別に決まっていないようだった。私達は正面に皇帝陛下を見る位置に座った。


 暖炉が複数あって会議室内は暖かいが、何しろ寒さに弱いクローヴェル様である。私は事前に許可を貰って、クローヴェル様の足元に炭で暖を取る簡易暖炉を置かせてもらった。肩から暖かなケープを掛け、ひざ掛けも掛ける。そして疲れたら先に退場してもらう許可も取った。何しろ社交続きでかなりお疲れで、昨晩は少し発熱もあったのだ。無理はさせられない。


 全員が着席すると、皇帝陛下が立ち上がって振り返り、両手を高くさし上げて女神像に祈りを捧げた。


「全知全能にして世界の母たる大女神アイバーリンよ。我等が祖にして帝国を守護し給う七つ首の竜よ。ここに竜首の王国が集いて帝国の行く末を占わんとす。大女神よ。七つ首の竜よ。帝国を護り給え」


「帝国を護り給え」


 私達も両手を上げて祈りを唱和する。私は力が放出されないように気を付けた。もしかして大女神像が動いてしまったらえらい事だ。


 皇帝陛下は再び着席され、それほど緊張はなさっていない様子で話し始めた。それはそうか。ここにいる王と王妃にはここ数日社交で会っているのだろうから。


「今回の竜首会議には初めて、遠路はるばるイブリア王国からもクローヴェル王が来て下さった。要請に応えて頂けた事、まず礼を言う」


 クローヴェル様が頭を下げると、ロンバルラン王国のコルマドール様は、やや不満げな顔をしながら言った。


「出来れば毎年来て欲しいものですがな。イブリア王国は自国の発展だけに注力して、帝国全体の事を考えていらっしゃらないのではないか?」


「肝に銘じます」


 クローヴェル様は短く仰った。あら?やっぱりクローヴェル様、ちょっと調子が悪そう。顔色も赤いし。ご無理はさせられないわね。ここは私が張り切らないと。


 それから皇帝陛下はいくつかの議題を上げて会議を始めた。当たり前だが竜首会議は毎年一回しか行われないので、ここで承認されるべき懸案が幾つかある。有力諸侯同士、王族同士の婚姻についての承認も竜首会議の重要議案だ。あれ?それだと私とクローヴェル様の婚姻も議題になったのかしらね?後で聞いたところによると、ちゃんとお父様の名前で申請されて承認されているとの事だった。それはそうよね。


 先のローマルズの戦いの事も議題になり、ガルダリン皇国との賠償交渉が進んでいる事、しきりにガルダリン皇国が帝国の陰謀だと文句を言っている事が報告された。まぁ、陰謀は多分事実だから仕方が無いわよね。


「イブリア王国には援軍を出して貰い、大変助かった。改めてお礼を申し上げる」


 ザクセラン王国のノルザック国王陛下が私達に向かって頭を下げて来た。クローヴェル様は明らかに体調を崩し始めてしまっていたので、私が返答した。


「いえ、こちらこそ、勇将であるザーカルト様と戦えて光栄でしたわ」


 と私は見え見えのザーカルト様推しをした。これでノルザック陛下がザーカルト様を遠ざけても、逆に見直して重用してもイブリア王国の利になるという計算だ。


 しかしなかなか東北部国境の事案についての話にならない。各王国の国王たちは明らかにじれ始めていたが、皇帝陛下は「そういえばカイマーン陛下には孫が生まれたのだったか?」とか世話話などしている。そういうところは流石に皇帝陛下だわね。


 そしてようやく、皇帝陛下は仰った。


「では、次に帝国東北部に国境を接する小国で問題が起こっているという話についてだな。大臣、説明せよ」


 皇帝陛下に呼ばれて大臣であるという侯爵が出てきて説明を始めた。私たちの後ろには侍従と侍女が立っているのだが、彼らがサッとメモを取る体勢になる。


 ここで私達は初めて正式に東北部の小国の動きの詳細を知る事が出来た。その話によれば、大体大まかに九つに分かれていた小国が今ではヴェーセルグによって統一されて六つに減っているのだという。要するにヴェーセルグの国が四国をまとめて大きくなっているという事だ。


「これだけなら何という事もないのですが、彼の国は北の海賊国と南の遊牧民達と手を結んで、帝国を脅かそうという構えを見せております」


「愚かな事だな」


 ハナバル様が呟いた。スランテル王国は小国群とも遊牧民の支配領域とも国境を接している。


「遊牧民共が手懐けられるなら苦労はせぬ。手を差し出したら噛み付かれるのがオチだ」


 イブリア王国としてもその感覚は分かる。遊牧民との付き合いはなるべく親密にならず、離れて対等な関係を意識しないと上手く行かないとアルハイン公爵は言っていた。信じ過ぎると付け込まれて裏切られるらしい。友好関係を結んだはずの部族に裏切られて攻め込まれた経験は一度や二度では無い、と言っていた。


「遊牧民に利がある内は協力するだろうから、今は奴らが連合すると考えて対処すべきだろうな。海賊国は現状では先の戦役で弱体化しているから、問題になって来るのはやはりヴェーセルグとやらの強さだが・・・」


「遊牧民から馬を購入して騎兵を育成している段階かと。まだ大した戦力はありますまい」


 カイマーン陛下の疑問にエルミージュ陛下が応える。エルミージュ陛下は東征賛成派だから、詳しそうだ。


「遊牧民の騎兵が借りられるとすれば馬鹿には出来ぬだろう」


「小国群の地域は、未開の森や沼沢地が多く、騎兵には向きません」


 エルミージュ陛下の言葉に、私は少し引っ掛かる物を感じた。


「騎兵が向かぬのなら、ヴェーセルグはどのような戦法を使って勢力を拡大しているのですか?私は遊牧民から借りた騎兵を使っているのだと思っていました」


 私の言葉にエルミージュ陛下は少し嫌そうな表情をした。聞かれたく無かったという顔だ。


「弓です。弓兵です。彼の国には狩人が多く、それを集めて弓兵隊としています。この強力な弓兵隊を上手く使っています」


 なるほど。森が多く沼沢地が多い場所では、突進力が大事な騎兵や、隊列を組んだ歩兵隊より、離れて攻撃出来る弓兵隊は有効だろう。多分だが、通行出来る街道が非常に限定されるだろうから、待ち伏せにも弓兵は威力を発揮するに違いない。


「帝国軍、例えば我がイブリア王国軍は、騎兵が主力です。他のお国も大体騎兵か隊列をしっかり組んだ歩兵が主力ではありませんか?どのように弓兵に対処するのでしょう?」


 私としては当然の疑問だったのだが、エルミージュ陛下は唸って沈黙してしまった。え?まさか考えて無い?


「ほんの僅かな期間で小国群を統一しつつあるのですから、ヴェーセルグの戦法は強力なのだと思います。無策で突っ込めば返り討ちに合いますよ?」


「帝国軍は精強ですから、小国の軍とは違いますでしょう」


「多大な損害を出しても勝てば良いというならそうでしょうが、その損害を全てクセイノン王国が引き受けてくれるのですか?」


 エルミージュ陛下の苦し紛れの返答を私は粉砕した。冗談ではない。もしかしてイブリア王国が無策で遠征していたら大損害を被るところだった。軍の損害は人の命が失われる事を意味する。軍隊など働き盛りの男たちを徴集するのだからそれだけでも国家経済に与える損害は大であるのに、大量の死者が出たら国家が傾きかねない。だから捕虜になった兵士は国家が予算を割いて買い取るのだ。人は国家の財産だから。


 私がエルミージュ陛下をやり込めるのを見て、カイマーン陛下が冷笑する。


「なんだ。その程度の事も考えずにこのような事を企画したのか」


「だまれカイマーン。考えていない訳では無い。こちらも帝国に与する小国で弓兵を組織して対抗すれば良いだけの事だ」


 私は即座に指摘した。


「という事はまだ組織していないという事ではございませんか。この会議で東征が決まってから組織しても、ヴェーセルグの持つ弓兵隊に練度において敵いませんでしょう」


 兵種が同じなら練度が物を言う。もう何年か活躍しているヴェーセルグの弓兵隊に急造の弓兵隊が勝てる訳が無い。


 エルミージュ陛下はうぬぬぬ、と唸って、私を睨みながら言った。


「金色の竜の力を持つイリューテシア様にしてはずいぶんと臆病な発言ではございませんか。戦場を駆け巡るというあなたの噂は嘘だったのですかな?」


 戦場を駆け巡った事なんてありませんけどね。逃げて回った事ならありますけど。しかし私はそんな事は言わず、堂々と言った。


「エルミージュ陛下と違って戦場に出るからこそ臆病にもなるのです。私は金色の竜の力を持つからこそ戦士たちの勝利を約束せねばなりません。不確かな勝算で軍を出すなど愚か者の所業。イブリア王国と私はこの東征に反対させて頂きます」


 私とエルミージュ陛下はぐぬぬぬっと睨み合った。そんな私達を見て、皇帝陛下は苦笑する。


「落ち着かれよ。お二人とも。実際、まだ東征が決まった訳ではない。イリューテシア様のご意見も参考にこれから検討するのだ」


 確かにそれはそうだ。私は椅子に座り直した。


「ヴェーセルグの戦術への対抗手段も問題だが、それよりもまず問題にすべきは、ヴェーセルグとやらが帝国にとってどの程度の脅威であるかだ。脅威で無いならそれなりの対処をすべきだろうし、脅威であれば犠牲を払ってでも対処すべきという事になる」


 むう。皇帝陛下の仰る事は正論だが、それだと脅威を感じる王国とそうでない国で温度差が生ずるから困るのではないか。はっきり言って東北部国境から遠いイブリア王国にとってヴェーセルグが勢力を伸張しようとあまり関係が無い。


 しかし皇帝陛下はそれを見越したように仰った。


「皇帝たるもの、自国への関係が浅くても、それが帝国への脅威であるなら真剣に対処しなければならぬからな」


 ・・・痛い所を突かれたわね。クローヴェル様が皇帝を目指してる以上、イブリア王国への関係が浅いから、そんな問題は関係無いとは言えないのだ。


 ロンバルラン王国のコルマドール陛下も苦い表情だ。この人も次期皇帝を意識しているという噂だからね。これで反対派二国の国王が自国の権益を理由とした反対を封じられたのだ。皇帝陛下、流石だわね。


「ヴェーセルグの脅威に関しては疑いようがありますまい。奴が小国群を統一し、一国にまとめ上げれば明確に帝国の脅威となります」


 賛成派筆頭のエルミージュ様が言う。曰く、統一されても国力は大した事は無いが、その更に東へ続く街道を塞がれて交易が滞るとか、海賊国や遊牧民との協力を強めれば三方向から帝国への攻撃が可能になる。いや、海賊国経由でガルダリン皇国と組めば、全方位からの攻撃が可能になる。という話だった。確かにそんな事になれば一大事だ。


 ただ、私にはここでもう一つの疑問が生じた。その東北の小国の国力は、ヴェーセルグが統一したとしても大したことは無いというところが引っ掛かった。


 先ほど、狩人が多いという話を聞いた。そして以前は寒さが厳しくて農耕が盛んでは無かったとも。そうであれば最近は変わってきたとは言え、東北部の小国群の民は狩猟採集を基本とする生活なのではないかと思える。


 狩猟採集の生活、というか、農耕以外の方法で生計を立てている民族は、人口が少ないのが普通だ。例えば牧畜の民であったイブリア王国山間部の民族は、人口が少なかった。それ故、イブリア王国縮小時に私の先祖が大変な苦労をして農耕を持ち込んだのだ。それでも農耕に向かない土地であるために土地の広さに対して非常に少ない人口にとどまるしか無かったのである。


 遊牧民もそうだ。帝国の何倍かという壮大な土地に割拠しながら、人口は帝国に遥かに及ばない。これは遊牧では多くの人口を養う事が難しいからだ。

 

 それを考えると、ヴェーセルグが統一しつつあるという東北部の小国は、非常に人口が少ない事が想像される。だから統一されても国力は大したことにならないのだ。スランテル王国やロンバルラン王国が国境を接しているにも関わらず、東征に積極的でないのはそのせいだろう。人口が少なく生産能力が低い土地の問題点は、簡単に飢餓に陥る事である。イブリア王国山間部もかつてはそれで苦労したが故に、私の先祖が私財を擲って農耕に励んだのだ。


 近年の開拓がどの程度なのかにもよるが、スランテル王国やロンバルラン王国の様子からしてそれほど大きな改善が見られたとは思えない。帝国に編入してから飢餓が生じれば、帝国が支援しなければならない。クセイノン王国のエルミージュ陛下はその辺りをどう考えているのだろうか。私は試しに聞いてみた。


「新たに小国群を帝国に併合した場合、すぐには利益が上がるとは思えません。投資が必要になりましょう。その予算はどこから出ることになるのでしょうか?」


 するとエルミージュ陛下は驚いたような顔をして仰った。当然の事と言わんばかりに。


「当然、新たな土地を各王国に振り分けた後、各王国が負担する事になるでしょうね」


 ああ、これか。私は悟った。どうも私はこの話に胡散臭いモノを感じていたのだが、ここでようやく話が見えてきた。


 すなわち、東征して小国群を編入し、その地域を帝国に併合した後、各王国に振り分ける事になるのだが、ここでおそらくクセイノン王国やクーラルガ王国は自国に近接した地域を欲するだろう。当然である。スランテル王国やロンバルラン王国も国境を接している部分を要求するに違いない。これも当然で認められなければおかしい。


 そして国境を接していないイブリア王国やザクセラン王国、オロックス王国にはそれ以外の土地が与えられる事になるだろう。かなり遠い飛び地になる。そんな土地に多大な投資が出来るだろうか?まぁ、出来ない。そうなると事実上放棄するしかなくなるだろう。そもそも欲しくないと言っていたスランテル王国やロンバルラン王国も同様かもしれない。飢餓に陥った領地の民は支援しなければならないのに、得られる利益は余りに少ないのだ。維持する価値が無いと考えても責められまい。


 結果、クセイノン王国やクーラルガ王国のみに利が多い結果となる。公平に領地を配分したとしても、いや、一見イブリア王国に大きな領域を与えて優遇しているように見せかけてもそうなる。


 極論すればクセイノン王国としてはヴェーセルグの脅威が無くなり、港を領有出来ればそれで良いのだから、余計な領地は放棄するかも知れない。いや、その可能性が高いだろう。つまり、帝国がヴェーセルグを潰して小国群を併合しても、すぐに殆どを放棄する羽目になる。無駄だ。無駄過ぎる。


 ではなぜ帝国挙げて東征してヴェーセルグを討ち、領地を獲得しようという話になったのか?それはヴェーセルグがそれだけ脅威であるから、クセイノン王国単独では解決出来ず、帝国軍を要請するしか無かったからという理由がまずあるだろう。


 帝国軍を要請すると、要請した国と帝国で援軍の戦費を折半しなければならない。援軍を呼べば呼ぶほど掛かってしまう、しかしこれを、領地を獲得して戦費を領地に代えるとすればどうか。戦費の支払いが消滅するのである。


 そうなれば援軍に来た国は使いようのない領地と引き替えに、戦費を丸々負担しなければならないというバカバカしい結果となる。しかしながら皇帝陛下の仰ったように、ヴェーセルグが帝国に対する脅威であると認められている以上、援軍を拒否する事は帝国竜首の王国として責任感が無いと言われても仕方がない。


 結果、イブリア王国は無駄を承知で帝国の為に遠征して、多大な戦費と恐らくは多大な損害を被る事になる。国の弱体化にさえ繋がりかねない。多分、この計画を立てた者の狙いはこの辺にあると思われる。

 

 ・・・どうも、こういう搦め手から姿を現さず、一見自分の意見だとは悟らせずに他人を動かして目標を陥れるやり方に、物凄く覚えがあるのよね。絶対あの人の発案でしょう。これ。


 私は考え、一つ面白い事を思いついて発言を求めた。


「よろしいでしょうか。陛下」


「どうぞ、イリューテシア様」


 私はわざわざ立ち上がった。私が何か企んでいることを表情で察したのだろう。クローヴェル様が辛そうな表情のまま「何をする気ですか?」と視線で聞いてきたが、私はニンマリと笑いながら「お任せ下さい」と視線で返した。


「帝国としてヴェーセルグを討伐するというのなら、イブリア王国としても私としても協力するに吝かではありません。されど、その場合、やはり見返りがなければ難しゅうございますね」


 私は如何にも欲深な女を演じながら言った。すると、エルミージュ陛下がここぞとばかりに言った。


「もちろんでしょう。イブリア王国の功績が大であった場合、イブリア王国が、イリューテシア様やクローヴェル様が望んだような領地が与えられる事になるでしょう」


 ふふん。言ったわね。言うと思ったわ。アノ男はフーゼンの時にも「いくらでも本を差し上げる」と言ったものね。大盤振る舞いが得意なのは知っているわ。


「では、東征の決定前に、イブリア王国が東征軍に加わった場合、報償として欲しい土地を挙げておきます」


 何を言い出すのかと皇帝陛下もエルミージュ陛下も目を丸くしている。他の国王陛下達も興味深げに注目してる。私は満座の注目を浴びながらニッコリ笑って言った。


「私、港が欲しいのです」

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