二十話 大女神怒る

 大女神像発光から一時間後。


 私は神殿の奥の間でアウスヴェール様と向かい合ってお茶を飲んでいた。無論、私はブリブリと怒りながらだが。アウスヴェール様は苦笑していた。


「そんなに怒るでない」


「怒りますよ!一体何が起こったのかと思ったじゃありませんか!」


 また何かやらかしたんじゃないかと気が気じゃなかったわよ!これでも私は王妃としての責任の重さを少しは感じ始めているのだ。私のやらかしで何度もイブリア王国に迷惑を掛ける訳にはいかないじゃない!


 私が触った事によって盛大に金色の光を放った大女神像だが、しばらくすると光は弱まり、光の放射は止まった。しかし、未だにぼんやりと光っている状態だ。金色の竜の力で竜の加護を得た兵士たちと同じような感じである。


 驚き怒る私にアウスヴェール様は説明して下さった。どうやら、大女神像に力を与える事が出来るのは、金色の竜の力の持ち主だけらしい。


 どういうことなのか。そもそもこの大女神像は古帝国の時代から存在するものなのだが、この像には歴代皇帝が代々力を注いでいたのだそうだ。その結果、女神像からは強力な結界が発生し、この地を女神の力で守護していたらしい。一番強い時には害意を持つ者は古帝都には立ち入れなくなっていたというのだから、相当強い力だ。それだけではない。女神像に祈ると様々な良き願い、病気を治すとか願望成就だとか子宝だとか夫婦円満だとかが叶ったのだそうだ。


 ところが、古帝国が滅びて女神像に誰も力を注入しなくなると、女神像の力は次第に弱まり、結界は薄れ願いは叶わなくなり、段々と大女神信仰が廃れて行く事になった。現在の帝国が出来た頃に再び金色の竜の力の持ち主が現れ、大女神像に力を注入してくれるようになり、女神像は力を取り戻して大女神信仰は復活した。


 しかしながら帝国で王族の血が衰えると、再び大女神像に力が加えられなくなり、大女神像からは力が失われたのである。ここ二百年くらいは誰も力を注入していなかったため、すっかり女神像はただの立像に戻ってしまっていたそうだ。なにそれ、ここしばらくはわざわざ来てお祈りしても、何のご加護も得られなかったって事じゃ無いの?


「女神さまに失礼を言うでない。全くという事は無いぞ。僅かにはあった」


 アウスヴェール様は胸を張ったが本当かなぁ、という気がする。


 兎に角、私が金色の竜の力を持っていると知ったアウスヴェール様は、私を招いて大女神像に触らせた、という事である。それならそうと最初に言えばいいのに。


「まず、金色の竜の力の持ち主なら何でもよいのかという確信が無かった」


 皇帝でなければならないのではないか、とか色んな議論があったらしい。


「そして金色の竜の力を使ってもらう代償が大神殿には無かったのじゃ」


 大神殿は沢山の信者に寄進を受けて運営されているのだが、何しろ生産活動というものを全然しないため、食糧輸入や物品の輸入のために常にギリギリで運営しているのだそうだ。貧民救済もしているそうだし。そのため大神殿には金色の竜の力を使ってもらうために払える報酬が無かったのだ。


「何しろ、イリューテシア殿はクーラルガ王国を助けるために馬車一杯の本を要求したそうでは無いか」


 ・・・なんですかそれは。要求なんかしていませんよ。向こうが言い出したのです。・・・貰いましたけど。


「そんな『イブリア王国の本奪い王妃』に代償にと、大神殿所有の貴重な本を持っていかれては溜まらぬではないか」


 また酷い二つ名が。奪って無いわよ。正当な報酬なのよ!と言いたいが、どうもあれは過大な報酬をクーラルガ王国から奪って行ったと伝わっているらしいわね。色んな意味で命懸けだったんだから過大では無いと言いたいけども。


「それでだまし討ちですか?そっちの方が私は怒りますよ」


「いやいや、不幸な事故では無いか。其方が倒れそうになったのを支えようとしたらああなったのじゃ」


 いや、あなたが足払いを掛けたんでしょうに。まぁ、どうせやったやらないの水掛け論になるだけだからもう言わないけどね。


「それで?女神像は私の金色の竜の力を吸ってお力を取り戻したという事でよろしいのですか?」


 アウスヴェール様は嬉しそうに微笑むと言った。


「そうであろうな。あれほど神々しく輝く大女神様は私も初めて見た。私がこの地で巫女になって三十年、神殿長になって十年になるがの」


 という事はこの人結構な御歳なんじゃないかしら。女性の歳を詮索するものじゃ無いけども。


「しかし、大女神像、そして金色の竜の力とは何なのですか?私はそれが知りたくてここに来たのです」


 するとアウスヴェール様は少し眉を顰めて難しいお顔をなさった。


「それは簡単に説明出来る事では無いな。そも、大女神様はこの世の中の全てをお創りになった方じゃ。それは何万どころか何億年も前の話だと言われておる。それに対して古帝国の創設、大神殿の造営は精々一万年前かその程度じゃろう。大女神像が作成されたのはそれからじゃ」


 大女神さまがこの世の中に降臨されたのはその何億年も昔が最後であるらしい。あれ?七つ首の竜と女神の子供が古帝国の初代皇帝なんじゃなかったっけ?


「現在、竜などその辺におらぬであろう。七つ首の竜が本当にいたなら恐らくは女神さまがいらっしゃったのと同じ何億年も前の話だと思うぞ」


 それだと女神さまと竜の子供が皇帝になったという話はおかしな事になるわね。数億年と一万年では時代に開きがあり過ぎる。


「故に『大女神様と七つ首の竜』は何かの暗喩ではないかのう。例えば神殿と七つの有力部族の族長、とかのな」


 ふむ。あり得る話だと思った。伝説やお時話を分析すると、そういう風に当時の事情を神々や精霊、怪物で暗喩して語っている場合が良くある。歴史の本を読んでいて突然神々が戦い出したので何事かと思ったら、国の暗喩だったという事があった。記された時代の支配者に都合の悪い歴史を残すために、現実の歴史を神々の物語に置き換えたのだ。


「しかしながら大女神さまは間違い無くかつても、今もおられ世界を見守っておられる。ならば七つ首の竜も全く存在しなかった訳では無いと考えられる。特に其方のその力。金色の竜の力を目の当たりにすれば、全くの絵空事とは思えぬな」


 結局の所アウスヴェール様も良くは分からないという事だった。ただ、古帝国の時代の書籍も沢山含まれているという大神殿の蔵書には金色の竜の力についての記述もあるという事だった。私は力を使った事と引き換えに、神殿の図書室への立ち入り許可をもぎ取った。


「見るだけじゃからな。持ち出しは許可せんぞ」


 とアウスヴェール様には念を押された。分かっていますよ。欲しい本があっても欲しいとは言いませんよ。本盗み女とは呼ばれたく無いですからね。


 今回の力の奉納は偶発的だったので、もしかしたら足りないかも知れないという事だった。なので三日後くらいに私の力がまた使えるようになったら再度奉納する事を約束して、私は大神殿を辞去する事にした。


 廊下を抜けて大神殿の一般礼拝室に出る。と、そこに物凄く大勢の人がいるのが見えた。え?さっきよりも全然多いんだけど。不思議に思って立ち尽くしていると、人々が一斉に私に注目した。思わず仰け反ってしまう。


「聖女様だ!」


「大女神様を光らせた!」


「私たちにもご加護を!」


 などと口々に言いながら集まってくる。中には私の前に跪く人も出た。ひ、ひえ!私は慌てて神殿の中に逆戻りした。これはとても表玄関からは出られない。神殿関係者が使う裏口を貸してもらおう。


「そういえば、王妃様が女神像を光らせたのは遠目とはいえ、一般礼拝堂から丸見えでしたね」


 グレイド様は頭を抱えていた。ついでに言えば一般礼拝堂には連れて来た護衛も来ていてイブリア王国の鎧姿を巡礼者にバッチリ見られた筈だ。これは誤魔化しが効かないだろう。


 私とグレイド様は裏口からこっそり宿に戻ったのだが、その間も街の中で「聖女様が大女神像を光らせた!」という事は物凄い勢いで喧伝されていた。こ、これは・・・。まだイブリア王国王妃イリューテシアと女神像を光らせた聖女は結び付いていないようだったが、時間の問題だろう。


「王妃様の騒動を起こす才能は天性のものですね」


 とグレイド様は呆れているが、今回は半分以上私のせいでは無いと思う。


 騒ぎを避けるため、私は馬車を借り、次の日から神殿までは馬車で行き、そのまま裏口から入ることにした。神殿の奥に入ってしまえば一般信者は奥まで入って来れないから安心・・・、とも言えなかった。神殿にいる巫女たちは私を見ると感激の面持ちで跪き、祈りを捧げ始めるのだ。そして呼び方が「聖女様」だ。何度止めて欲しいと頼んでも止めてくれない。これは困った。


 全くもって私は聖女と呼ばれるほど清らかではない。街中では「紫髪の聖女」とか噂されているらしいが、今まで付けられた二つ名の中でダントツで恥ずかしい。居た堪れない。


 これは早く大神殿での調べ物を済ませたら帰国してまた引き篭ろう。王都から出なければ変な噂も消えるだろう。私は神殿の図書室に日参し、古い書籍に積もった埃に咽せながら、金色の竜の力について調べた。


 神殿に通う合間に、遊牧民の侵攻についての報告を受ける。私たちが到着して三日後、伝令がやってきてホーラムル様が神殿領防衛のため、神殿領と遊牧民の領域の境目にある砦に入ったという連絡が入った。この砦は普段は無人だが、こういう時に使うために整備して物資が集積されているのだそうだ。


 ホーラムル様の指揮であれば、まぁ、問題無いだろう。遊牧民の規模は千人くらいだと予想されているし。と安心していたのだが。更に数日が経つと雲行きが怪しくなってきた。


 どうも遊牧民の集団はもう少し数が多く、二手に分かれて侵攻を企んでいるようだというのだ。これは困ったね。ホーラムル様は騎兵二千騎を始めとした五千の兵を連れて来ていたので、兵力は足りているのだが、二手に敵が分かれてしまうと指揮官が足りない。


 色々考えた末、グレイド様が急遽ホーラムル様の救援に向かうことになった。まぁ、神殿に通うだけだから他の方でも用は足りるしね。グレイド様は私の護衛に残す兵たちに細かい指示を与え、私には「くれぐれも気を付けて下さい」と言い残して戦場へと向かって行った。


 私は神殿に通い、資料を調べる。流石に古帝国の頃からあるという大神殿の図書室だ。物凄く古い本が沢山あって面白い。ただ、古過ぎて下手に扱うとバラバラになりそうな本があったり、文字が古過ぎて読むのが大変な本があったりした。


 苦労をしつつ楽しく本を漁ってると、幾つか金色の竜の力についての記述が見つかった。どれどれと読んで行くと・・・。ちょっと表情が曇ってしまう。うーん。これは・・・。


 どうも金色の竜の力は古帝国皇帝の力であったのだが、それが代を重ねる毎に拡散して薄れてしまったとある。そこで、古帝国では皇帝の血を濃くし直すために、近親婚を繰り返したそうだ。出来るだけ初代皇帝の血の濃い皇族を選び血を重ねる事で初代皇帝の血の力を呼び覚まそうとしたのだそうだ。試みはある程度成功し、皇帝は力を取り戻した。


 だが、近親婚は身体の弱い子が産まれ易い。近親婚を重ねた皇族は幼児子や早死にをするようになってしまい、血筋は先細り、遂には絶えて古帝国は滅亡してしまったらしい。


 この事自体はそういう事があったのか、で済むのだが、問題はそういう近親婚を重ねた話に心当たりがあったからだ。私の実家の事だ。


 私の実家はイブリア王国が山間部に押し込められても付いて来た事から分かるように、王家に非常に近しい一族だった。そして山の中で農家に転じたのだが、その後も地元の人とは血を交えず、同じようにやってきた王家と近い貴族、もしくは王家としか婚姻を結ばなかったようなのだ。


 せいぜい五家程しか無い元貴族と王家とだけが百年くらいに渡って婚姻したのである。結果的にかなりの近親婚が続いてしまった。近親婚を続けると血が濃くなるという理屈が本当なら、近親婚の果てに生まれた私が突然金色の竜の力に目覚めたのはそのせいかも知れない。


 うーむ。しかし、近親婚は危険であるというのは常識だ。だが、実家でも兄たちの結婚相手にまた元貴族の、つまり親戚の女性を選んだ。それほど血が濃くなっているという自覚が無いのだろう。これはちょっと危ないと兄たちに言っておいた方が良いかも知れないわね。


 他にもいくつかの金色の竜の力についての記述を発見し、メモに書き写す。他にも大女神アイバーリンや大女神像に関する記述も集める。なかなか有意義な資料漁りになったわ。私は一週間ほど掛けて、その間に約束通り大女神像に金色の竜の力を奉納しつつ、大神殿の図書室探索を終了した。もっと読みたい本も見つけたけど、これ以上滞在すると真冬になってしまう。既に相当厳しい峠越えが不可能になる。


 どうやら、ホーラムル様とグレイド様率いるイブリア王国軍は遊牧民の撃退に成功したようだ。あの二人は対遊牧民戦闘には慣れているとはいえ、流石だわね。


 遊牧民が追い払われて、私の調査も終了したなら、これ以上長居する意味は無い。ホーラムル様とグレイド様にはそのまま国境を警戒しつつ引き上げるように命じる書簡を送り、私は神殿に行って、アウスヴェール様に帰国の挨拶をする事にした。


 いつものように神殿の裏口から入り、今日はアウスヴェール様に挨拶をするのだからといつもとは違う所に通される。通された部屋はなんだか生活出来そうな部屋だった。ベッドもクローゼットもテーブルも応接セットも化粧台も完備。王宮の私のお部屋と同じくらい広くて豪華な部屋だった。


 ちなみにこの時、私は一人だった。神殿の奥は男子禁制だし、何度も入って何事もなかったから完全に油断していたのである。


 部屋の中に入り応接セットに座って出されたお茶を飲みながらアウスヴェール様を待つ。しばらくしてアウスヴェール様がやってきた。挨拶をして少し世話話をして、私は話を切り出した。


「今日は帰国の挨拶に参りました。見事遊牧民の脅威は取り除かれたようですし、私の調査も終わりましたから」


 私がニッコリ笑って言うと。アウスヴェール様もニッコリ笑って応えた。


「それは無理じゃ」


「は?」


「貴方様には今日からここに住んでもらう」


 ・・・えー、何を仰っているのかしら?そんな事が出来る訳がないでしょうに。


「いや、強制的にでも住んでもらう。貴方様は国には帰さぬ」


 アウスヴェール様の笑顔の中で目だけが笑っていない。狂気の熱を孕んで揺れている。マズイ。これはどうも本気らしい。


「理由を伺っても?」


「貴方様がいなければ大女神像はその内ただの立像にまた戻ってしまう。貴方様の力は本物じゃ。その力はイブリア王国などではなく、この大神殿にあるべきじゃ」


 いやいや、勝手に決めないで下さいよ、と思うが言わない。出来るだけ平静な笑顔を装いながら牽制してみる。


「私が戻れなければイブリア王国は救援隊をここに送り込みますよ。防衛軍を持たない神殿領にはイブリア王国軍を防げないでしょう」


 するとアウスヴェール様はニヤリと笑った。そんな顔をするとやはりこの人は五十代から六十代の女性なのではないかと思えるわね。


「大女神像にあれ程力が満ちていれば、武装した集団は結界に阻まれて神殿領には入れぬ。貴方様を奪いに来る者たちは神殿にたどり着けぬ」


 なんとまぁ。私に追加の力の奉納をさせたのはそのためだったのか。しかしながら、私は首を傾げた。


「その力も次第に抜けて行くのでしょう?私が追加で奉納しなければ。段々力が衰えるのを待ってイブリア王国が救援に来たらどうします?」


「それまでには自発的にこの地に留まる決心をして頂きたいものじゃが、どうしてもご協力を頂けない場合は、秘伝の薬を使って眠らせたまま操らせて頂こう」


 思わずお茶を見てしまう。


「今はまだそこまではせぬ。二度と目覚めぬ危険もある秘薬ゆえ。だが、どうしてもご協力頂けぬ場合はその手段も取らざるを得ぬ」


 どうにも本気らしかった。これはどうも私の考えが甘過ぎたとしか言えないわね。


 金色の竜の力を本当に欲する者なら、私を攫うなり監禁するなりしてでも力を手に入れようとする。それが分かっているようで分かっていなかった。私は田舎の平和な町の出身で、王女になってからも一人で歩き回っても何の危険も感じないような育ち方をしているから、こういう人の本気の悪意にどうも鈍感なのだ。


 思えば帝都でこういう事態が起こっても不思議は無かった。グレイド様がいつも離れず着いて下さっていたから起こらなかっただけなのだろう。これからはもう少し色々気を付けなければならない。


 私の沈黙を諦めと見做したのだろう。アウスヴェール様はややホッとした顔で言った。


「この部屋にあるものが気に入らなければ、何でも欲するモノを届けさせようぞ。外に出る。他人と会う以外であればどんな願いも叶えるようにする。何もかもこの世の中の大女神信仰の信者を幸せにするためじゃ」


 どうやらこの神殿長は、自分の権力や影響力がどうのという事よりも、大女神信仰を更に栄えさせたい、信者を幸せにしたいということを熱望しているらしい。大女神像が古帝国時代の力を取り戻せばそれが叶うと考えたのだろう。


 まぁ、ここ数日、大神殿の資料を漁った私にしてみれば、古帝国はけして大女神像や金色の竜の力にのみ頼った国家ではなかったと思えるのだが。この大神殿のあった古帝都では様々な技術や思想が花開き、文化は爛熟し、人々は富栄えた。大女神信仰が広がり深く信仰されたのはその結果だ。


 ただ、確かに私がここで留まり、女神像に力を注ぎ続ければ、大女神像は力を持ち続け、信者は喜び巡礼者は増えるだろう。しかしながらそういうわけにはいかない。私はクローヴェル様の所に帰らなければならない。私は殊更明るい笑顔を浮かべた。


「どうでしょう。私を無事に神殿から送り出せば、一年に一度くらいは神殿にやってきて力を供給しますよ。それで手を打ちませんか?」


 アウスヴェール様は私が思いの外冷静な事に驚きの表情を浮かべた。しかし、自分の優位を確信しているのだろう。笑顔を浮かべたまま首を横に振った。


 私はこっそり軽いため息を吐いた。仕方が無い。奥の手を使おう。実はこれも神殿の資料を読まなければ手に入らなかった奥の手だ。その意味では資料を見せてくれたアウスヴェール様に感謝しなければなるまい。いや、こんな事態にならなければ一生披露する事は無い力の使い方だったんだけどね。


 私は座ったまま両手を天に掲げて祈った。軍隊に力を与える時は竜に祈るのだが、今回は大女神に祈る。つまり金色の竜の力は竜にも女神にも祈りが届けられる力なのだ。


「全知全能にして世界の母たる大女神アイバーリンよ。我が力我が声に応え我を護りたまえ。御身の写身である大神像をして我の声に応えさせたまえ」


 突然祈り始めた私にアウスヴェール様は驚くだけで止めて来なかった。この人も所詮は巫女で緊急時の対応は上手では無いと見える。私の祈りは完成した。もう遅い。


 私の両手から金色の光が飛び立ち、部屋の天井に吸い込まれた。


「な、何なのじゃ!今のは!」


 私は素知らぬ顔で言う。


「貴方は知らなかったとは思いますが、大神像にしっかり力を注ぎ込むと、こんな事も出来るのですよ」


 その瞬間、神殿がズシン、と揺れた。


「な、何事じゃ!」


 アウスヴェール様はただならぬ気配に立ち上がって叫ぶ。よしよし。伝承の通りに起動したわね。


 ズシン、ズシンと音は続き、部屋がビシビシガタガタと揺れる。アウスヴェール様も他に数人いた巫女も事態が把握出来ていない。まぁ、無理よね。私は言った。


「金色の竜の力を大神像に注ぎ込み、大女神にお許しを得られれば、力の持ち主は大神像の権能をお借りすることが出来るのです」


 大神像に注ぎ込む力が全て同じ人の力でなければならないとか、物凄い量の力を消費するからそれほど長い時間は使えないとかいう制限もあるんだけどね。今回はそれで十分だ。


「何を言っておるのです!」


「こういう事ですよ」


 次の瞬間、部屋の天井が割れ砕けた。ちょっと!もうちょい優しく!幸い、この部屋の天井は木造だったらしく、石が頭に降ってくるような事は無かった。それでもバリバリと木が引き裂かれ木片は飛び散り、埃がモウモウと立ち上る。その中にニュッと金色の大きな何かがゆっくり降りてきた。


「な、な、な、なななっ!」


 流石は神殿長。それが何だか一目で分かったようだ。金色のそれ、そうそれは大きな手である。私はその手の人差し指に捕まり、小指に足を掛けた。すると、手は感じたことの無い浮遊感と共に天高く持ち上げられる。ひぇ~!流石にちょっと怖い!そして私は神殿の空中、大女神像の胸の所にまで持ち上げられた。


 そう。私は大女神像の手で持ち上げられているのである。もちろん、大女神様にお願いして大神像をお借りした結果である。眼下には破壊された部屋が見える。そういう神殿内の部屋は、元々の大理石で造られた大神殿の中に後から木造で増築された部分のようだった。大神殿自体は大女神像が十分に立って歩けるだけの高さがある。ついでに言えば中を歩いて表玄関から外に出られる構造になってもいる。間にある壁は後世の増築だろう。


 この、大女神様にお借りして女神像を操る技は古皇帝の秘伝で、本来は伝わる筈が無い技だった。ところが古帝国のとある皇女が皇帝に逆らい神殿に入れられてしまった事を逆恨みして、毎日恨みを込めて大女神像に力を注いでいたら偶然にこの技が発動してしまった。


 皇女は大女神像を操って帝宮に乗り込んんで破壊の限りを尽くしたというのだから壮絶な親子喧嘩だ。その記録が残ってしまい、それで技の詳細が推定を含んでだが後世に残ってしまったのだ。


 大女神像と力の持ち主が揃わなければ発動しない技であるし、使い所があんまり無いと思える技なのだが、まぁ、今回は役に立った。アウスヴェール様はあからさまに肝を潰している。効果は抜群だ。


 私はアウスヴェール様に向けて叫んだ。


「さぁ!どうします⁉︎このまま神殿を破壊し尽くすか、外に出て市街を破壊し尽くすか!私はどちらでも構いませんよ!」


 どっちもやりたくは無いけどね。外に出た後に護衛と合流して逃げちゃえば良いんだけど、大女神像を外に出して衆目に触れさせる事からしてやりたくはない。もう既に巡礼者の大注目、大騒動の元になってはいるだろうけど。


「どうなのですか!」


「お、お止め下さい!悪うございました!私が悪うございました!ですからおやめ下さいませ!」


 遂にアウスヴェール様は跪き、深々と頭を下げて謝罪をした。周りの巫女たちも震えながら跪いて祈りを捧げている。私は頷くと更に言った。


「アウスヴェール!この企みはお前の考えですか!」


 私の声にアウスヴェール様の背中がビクッと震えた。


「どうもこのような搦手から仕掛けてくるやり方に覚えがあります!クーラルガ王国のフェルセルム様の仕業でしょう!」


 アウスヴェール様の背中がガタガタと震え出した。


「ご、ご明察恐れ入りましてございます!ふ、フェルセルム様より書簡でイリューテシア様が金色の竜の力をお持ちである事、大女神像に力を与えた後に一人捕らえれば、イブリア王国には奪回出来まいと示唆されまして・・・」


 また、アイツか!私は歯噛みしたが、どうせその書簡も他人名義で証拠は残らないようになっているのだろう。どうもこの先、クローヴェル様を皇帝にするために進もうとすれば、何度でもあの男が姑息な罠を仕掛けてきそうな気がするわね。


 アウスヴェール様は平謝りに謝り、終いには泣き始めたので、私は寛大にも許して上げる事にした。勿論、私の無事な出国と神殿の図書室から二十冊の本を借りる約束を確約させてからだが。


 私は大神像を元の位置に立たせ、私を地面に下ろさせてから元の姿勢を取らせた。大女神像は本来右手に剣を左手で盾を持っている。他にも竜首の七王国の象徴を全て持っているのだ。


 それから私は護衛を呼び寄せさせると、彼らに囲まれながら、震え慄く巫女たちを尻目に堂々と大神殿を後にしたのだった。


 勿論だが、大女神を操って神殿を破壊(少しよ少しだけ)したこの事件は大騒ぎになり、即座に帝国を含む大女神信仰の信者たちの間に知れ渡った。その所業に私には「紫色の魔女」という二つ名が付いたとか。まぁ、大女神像の手の上で紫掛かった黒髪を振り乱しながら何やら叫んで、巫女たちを跪かせていた様は聖女というより魔女だったらしい。聖女より魔女の方がまだしも受け入れ易いけどね。


 

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