十七話 フーゼンの戦い

 まさかのガルダリン皇国軍の登場に驚愕したのは勿論私だけではない。少し遅れて見張りの塔に登っていたグレイド様と各国の実質的指揮官たちも驚きに目を見張っていた。


「ど、どういう事だ!」


「なぜガルダリン皇国と行軍二日も国境から離れているフーゼンに・・・」


 と騒めいている。ちなみに彼らはちゃんと普段着とはいえ昼服を着ていた。寝巻なのは私だけだった。その分私が早く到着したわけだが。


「見たところ、大軍では無いな。五千、いや、七千程度か?」


「兎に角!対応せねばなりますまい!全部隊を招集して城壁の守備に就かせましょう!」


「そうだな。海岸線を守備している部隊も全てこちらに呼びもどせ」


 それを聞いて私は反射的に叫んだ。


「なりません!」


 指揮官たちはグレイド様を含めて驚いたようだった。だが、他ならぬ今ここにいる中で最上位の(他の王族の方々は誰も来ていなかったので)私の発言だ。女子供の言う事と捨て置けなかったのだろう、一人が尋ねてきた。


「何故でしょうか?イリューテシア様?」


 う・・・。全員の注目を浴びて私は咄嗟に言葉が出なくて詰まってしまった。


 私は本を沢山読んでいる。その中には戦略戦術に関わる本も多かったし、物語や年代記には戦争に付いての記述も多かったからその方面にそれなりに詳しいとは思う。


 しかしながらそれはいわゆる机上の空論で、実際に戦場に出て作戦指揮などやった事も無いし、理論立てて学んだことさえない。そのため、この時の私が何を感じたのか上手く言語化出来なかったのだ。しかもこの時私が感じたのは明確でない違和感くらいのモノで、自分でも何がおかしかったのか分かっていなのだ。


 うう、っと詰まる私に指揮官の方々は次第にイライラを募らせているようだった。このくそ忙しいのにはねっ返り王妃の相手などしていられるか!と思っているのだろう。分かります。もう少ししたら私の意見は無視されて、海岸線の兵は呼び戻されるだろう。ダメ、それはダメなのだ。そう、えーと・・・。


「王妃様。海岸線の兵を呼び戻してはダメなのですね?」


 グレイド様が私に尋ねた。私はすぐに頷いた。


「そうです!」


「なぜダメなのでしょう?」


 グレイド様が私の思考を誘導して整理してくれようとしている。流石お義兄さま!頼りになる!


「ええと、海からも敵が来る可能性があるからです」


「それはそうでしょうが、現在既に陸側から敵が来ています。これに対処する事が優先では無いでしょうか?」


 そうだが、そうではない。陸側から来ているガルダリン皇国軍は、一気呵成にこのフーゼンを陥せるというような雲霞の如き大軍ではない。さっき誰かが言っていたように総勢は多分五千から七千程度。城壁に拠って戦えばそもそも五百程度の守備兵を有する元々のフーゼン守備部隊でもしばらくは持ちこたえられると思う。七千もの軍勢が入っている今なら陥落の危険は更に薄いだろう。


「クーラルガ王国は戦役に軍を出して手薄になっているとはいえ、方々に軍勢が残っていますし、帝都からここまでも騎兵が本気で駆けたら一日半くらいで来られます。我々がここで守備しつつ救援を呼べば、精々一週間後くらいには援軍が駆け付け来てくれて、ガルダリン皇国軍は撤退せざるを得ません。そんな勝ち目の薄い戦いを仕掛けるためにガルダリン皇国軍がわざわざ国境から離れたこのフーゼンまで来るでしょうか」


 グレイド様を含めた指揮官達の顔色が変わった。


「という事は、ガルダリン皇国軍はフーゼンを短期決戦で陥落させられる何か策があるという事ですね?」


「そうです。城を短期決戦で陥落させる常道は内応ですが、これは無いと考えると、後は一つしか無いと思います」


「海賊国が海から攻めると同時に陸からも攻めるという事ですか」


「恐らくは」


 ああ、ようやく考え方がまとまった。グレイド様ありがとう!私が既婚でなければグレイド様にお礼のキスをしてあげるところだわ!


 しかしグレイド様はそれどころでは無いようだ。青い顔をしながら各国の指揮官と話をしている。


「大いにあり得ます。このタイミングでガルダリン皇国がフーゼン攻撃に出て来た事自体、海賊国と示し合わせている可能性が非常に高いと考えます」


「確かに、早朝にこれ見よがしに城壁を囲むなど、陽動の可能性が高いな」


「その隙に海賊国が港を急襲して、内部に侵入、挟み撃ちにする・・・か。なるほど」


 指揮官達も納得してくれたようだ。


「しかしながら城壁側の敵も黙って立っているとは思えん。攻撃を仕掛けて来たら守備兵だけでは心許ない。三千程の兵を招集し、城壁の守備に就かせよう」


「海岸線全てを防衛するのは難しくなるな。港に戦力を集中させよう。物見を強化して海賊国の接近にいち早く気付けるようにせねば」


 迎撃について指揮官たちは話し合っている。グレイド様を含め実戦経験豊富な指揮官達ばかりである。お任せしておけば大丈夫だろう。私は一仕事終えた気分でいたのでかなり油断していた。


「王妃様、他に何かございませんか」


 突然グレイド様に問われて私は全身をビクッと跳ねさせてしまった。うむむむ、いやいや、特にもう何もありませんよ・・・、と言い掛けて動きが止まる。


「海賊国はまだ来ていないのですね?」


 私が尋ねると、フーゼンの守備隊の隊長が答えた。


「今のところ、海際の灯台からも敵襲の知らせは来ていません」


 ・・・。恐らくガルダリン皇国は海賊国とタイミングを合わせて行動している筈だ。ガルダリン皇国の動きはあくまで陽動だろうと思う。理由は、城壁で囲まれた都市を攻めるのは大変だし被害も大きくなるからだ。ましてフーゼンに七千の兵が入っているのはガルダリン皇国も知っている筈である。


 であれば、城壁が無い海側から、港を攻撃するノウハウをたっぷり持っている海賊国が攻める方が容易い。城壁に守備軍を引き付け、その隙に海賊国が港に突入するのが最も考えられる敵の作戦だと思う。


 その場合、ガルダリン皇国軍はまず本気で城壁を攻略してこないと思う。単なる陽動で大きな被害を被るのはバカバカしいと考えるだろうからだ。海賊国が侵入し、フーゼン内部が大きく動揺し、守備が乱れた隙を突くつもりでいるだろう。こちらが敵の作戦を読んだとバレていなければ、海賊国が来るまでの間はガルダリン皇国軍は本気で戦う気は無く、士気は低いと思う。そこに、敵の油断がある。


 その油断を突くとすれば・・・。私は思い切って一つの作戦を提案した。


「・・・また、ずいぶんと大胆な事を考えましたね」


 グレイド様が呆れたような顔をし、周りの指揮官達もうんうんと頷いている。


「ダメでしょうか?」


「いや・・・。大胆ですが、ダメではありません。ありませんが・・・」


 グレイド様はちらっと指揮官達を見た。その動きで私は気が付いた。この場には絶対的な指揮官が不在なのだ。グレイド様も他国の指揮官も、上司である王族がいないこの場では決定権が無いのである。いや、名目上の指揮官である王族にも上下関係が無いため、こういう時に何かを決定してくれる者がいない。


 他の王族はいないこの場でなら、一人だけ王族である私に決定権があると言える。ただし、決定権があるという事は、決定した事に責任を持たなければならないという事と同義である。


 ゾクッと、背中が震えた。


 私が命令して作戦を決定するという事は、ここにいるグレイド様以下指揮官の皆様を始め、七千余名の兵たちの命をこの私が運命に賭ける事を意味する。それどころか、作戦の命運にはフーゼンの十万の民の運命さえ賭けられる事になるだろう。失敗すれば多くの人間が死ぬ。いや、勝利しても味方の兵は数多く死ぬことになるだろう。


 軍事作戦を決定して実行を命ずるというのはそう言う事だ。イカナの戦いでホーラムル様はその重さと戦ってもいたのだろう。それを考えれば、私が金色の竜の力を使ったことで勝利出来た事にあれほど感謝感激してくれた理由も分かろうというものだ。


 いや、本当は国を左右する政治的決定というものも、本当はそういう人の生き死にを左右する重大な事なのだ。私が軽々しく公爵やエングウェイ様に丸投げた先で、二人はその重さと戦っていたのかも知れない。・・・ちょっと義父様と義理兄様に百回くらい謝らなきゃいけないわね。


 しかしながら、その重さから逃げる事は私には許されない事だ。私は今や農家の気楽な娘ではなく王族で王妃で、しかも皇帝候補たるクローヴェル様の妻だ。将来の皇妃ではないか。皇妃になればこれくらいの重大な決断は何度と無く下さなければならなくなるだろう。この重さから逃げる事は皇妃になる事を諦める事と同じだ。クローヴェル様が皇帝になる事を目指しているのに、妻である私がへこたれる訳にはいかない。


 私は決意した。ぐっとお腹に力を入れて、目つきを意識して鋭くする。そして叫んだ。


「命じます!」


 私の言葉にグレイド様以下、各国の軍の指揮官がビシと背筋を伸ばした。


「イブリア王国王妃、イリューテシア・ブロードフォードが命じます!私の作戦を実行しなさい!」


「了解いたしました!」


 間髪入れずにグレイド様が応じ、残りの指揮官もすぐに拳を左胸に当てる騎士礼をして応じてくれた。


 こうして、私が考えたガルダリン皇国軍迎撃作戦の実行が決定されたのだった。




 私は一度、自室に戻って鎧に着替えた。侍女達に鎧を装着してもらいながら、私はムカムカムカムカと腹を立てていた。怒っていた。何にって、フェルセルム様に対してだ。私はこの事態がフェルセルム様の企みによるものだと確信していた。


 ガルダリン皇国軍が国境を越えてフーゼンに来るまでには、普通に行軍して二日も掛るのだという。ガルダリン皇国と何度となく戦っているクーラルガ王国である。国境の警備は厳重だろうし、警戒もしているだろう。その国境をすり抜けて七千もの大軍がクーラルガ王国に侵入する。・・・普通は有り得ない話なのではなかろうか。


 しかも二日間、人目に付きにくい所を通過したとしても、誰にも目撃されない、特に領地内を巡回警備している警備兵に見つからないなどあり得るのだろうか?


 まぁ、あり得ないわよね。少なくともイブリア王国であれば絶対に有り得ない。山の中のイブリア王国の時代ならどうだったか分からないがそれでも街道を行く商人や住民から通報があってすぐに知れたと思う。まして厳しく国境を警戒している現在のイブリア王国では絶対に有り得ないと断言出来る。すぐに王都に通報が来てホーラムル様やグレイド様が王都の部隊を率いて飛んで行くだろう。


 本来、クーラルガ王国だってそんなガバガバ警備は有り得ない。ましてここは王国の貿易拠点であるフーゼン。そこをガルダリン皇国に攻略されたらクーラルガ王国は大打撃を受けるだろう。普通は厳重な警戒態勢が敷かれている筈では無いか。


 それなのにガルダリン皇国は突然現れた。国境から警戒を促す連絡があるでもない。そんな事は有り得ない。普通なら。つまり普通ではない。あり得ない事が起こった時は偶然では無く必然を疑うべきだ。つまり、この事態に何者かの意思が介在して意図的に引き起こされたと考えるべきなのである。


 国境の警備を緩め、いや、おそらくはガルダリン皇国の侵入を手引きし、警備兵にガルダリン皇国軍の進軍をスルーさせ、フーゼンに何の連絡もしない。そんな事をするには多大な権力、クーラルガ王国軍への影響力が必要である。それに該当する人物は二人しかいない。国王である皇帝陛下と、王太子であるフェルセルム様だ。


 この内、皇帝陛下である可能性は低いと思う。思いたい。しかしフェルセルム様には動機がある。故に首謀者が彼である可能性は非常に高いと思う。


 その動機とは私を殺す事だ。


 金色の竜の力の持ち主であり、クローヴェル様を皇帝にすると公言する皇帝継承競争の最大のライバル。この私をどうしても排除したいと考えたのだと思う。かつてお父様が私が暗殺されかねないと結婚式を中止、延期させて警備を厳重にした事を思い出す。あれはフェルセルム様の容赦無い性格を知っていたからこその処置だったのだろう。確かに今回の事態を私を殺すためだけに起こしたとしたら、それは恐るべき事である。複数の王族、七千余名の兵士、十万のフーゼンの民とその財産を巻き込んでの事なのだから。


 それほど私を恐れたという事なのだろう。どうしてそんなに恐れられたのかは分からないが、横恋慕を二度も袖にされた恨みだとは流石の私も思わない。自分がどうしても皇帝になるために、ライバルである私を必ず殺すためにこんなに大掛かりな罠を仕掛けたのだ。その決断力と実行力は流石だと言うしかない。全くもって使いどころが間違っていると思うが。


 何しろ、私をフーゼンに来させるために、油断を誘うためだろう、他国の王族を私以外に三人も招いている。そして私が安心出来るようにイブリア王国軍の同道も許している。これでは企みを看破しろという方が無理だ。流石の私も三人の王族と重要都市であるフーゼンと引き換えてまで殺したいと思う程、自分が危険視されているとは思わないもの。


 逆に言えばあまりにも思い切りが良すぎるが故に、ここで私が討たれても、まさかフェルセルム様の企みのために命を落としたとは誰も思わないに違いない。恐らくはそこがフェルセルム様の狙いなのだろうと思う。自分が皇帝になるためライバルを謀殺したというのは醜聞になる。王国の協調の守護者である皇帝となるのにその醜聞はマイナスに働いてしまう。私を普通に暗殺すればイブリア王国は態度を硬化させ、私に好意的になっていた王族もフェルセルム様に良い感情を抱かないだろう。


 しかし、他の三人の王族や自領の重要都市であるフーゼンという大都市と共に私が殺されたなら、その大きな悲劇の中に私の死は埋没し、誰もフェルセルム様の本当の目的には気が付かないに違いない。むしろ自領の大都市を失陥したフェルセルム様に同情が集まる事だろう。場合によっては守備に付いていた私達が無能扱いされ失笑されるかも知れない。


 更に言えばその後、フェルセルム様はフーゼンの奪還に挑むだろう。その時に私がここにいて金色の竜の力を使って戦えば、ガルダリン皇国も海賊国も大きなダメージを負っている事が予想される。意外に簡単に奪還出来るかも知れない。そうすればフェルセルム様は英雄になり、相対的に私達の無能が強調される事になりはしないか。


 うーむ。考えれば考えるほど悪辣な。ガルダリン皇国と海賊国が時間差を付けてやって来るのも、金色の竜の力が一度使えば三日くらいは再使用出来ない事を見越しているとまで考えるのは考え過ぎだろうか?いや、同じ力の持ち主で、その特性を熟知しているだろうフェルセルム様の考えた事ならあり得る。


 私は段々怒りが増して大変な事になって来た。自らの目的のために全力を尽くすのは好ましいことだが、他人の命まで巻き込むのは反則だろう。まして無関係な他国の王族や兵士、市民を巻き込むなど、責任ある王族の風上にも置けぬ奴。許せん!あんな奴を皇帝などしてやるものか!


 鎧を身に纏い、見張りの塔に再度上った時には私の怒りは頂点に達していた。出迎えた守備兵の隊長がギョッとした表情を浮かべたので随分と怖い顔をしていたのだろう。いかんいかん。笑顔笑顔。しかしその笑顔も怖かったらしく、隊長はびくびくしながら私を塔の端に導いた。塔には他の三王国の王族が鎧姿で硬い表情を浮かべながら立っている。少し離れた城壁の門の街側には帝国軍が集結していた。その数は五千。門外にいるガルダリン皇国軍は七千くらいなので、普通に戦えば簡単には勝てまいが、ガルダリン皇国軍は油断しているだろうし、こっちには奥の手がある。


 私は帝国軍を見て、街の様子を見る。まだ海から海賊国の船団は来ていない。そう。今の内に思い切って討って出て、ガルダリン皇国を蹴散らしてしまおうという作戦なのである。悠長に籠城戦を戦って実際に挟み撃ちにされてしまったら何が起こるか分からない。街の中に内応者がいたりしたら大変な事になる。何しろ真の敵はフェルセルム様だ。可能性はある。


 そうであれば奥の手を使って先にガルダリン皇国を叩いてしまおう。そして取って返して海賊国に対処すればいい。敵の時間差攻撃を逆手に取った作戦である。問題は海賊国が来る前にガルダリン皇国を撃退出来無ければ挟み撃ちが現実のものになることだろう。だから私の役目は重要だ。五千の兵を七千の兵を短時間で粉砕出来るまでに強化せねばならない。私は呼吸を整えた。そしてフェルセルム様への怒りも込めて天を見上げる。


 高々と両手を天に差し上げ、私は全身全霊を込めて祈った。金色の竜の力は王家の始祖たる竜に祈る事で発動する。


「おお、我が祖でありその源である七つ首の竜よ。我が戦士に力を与えたまえ。戦士たちに勇気を与えたまえ、戦士たちに力を与えたまえ、戦士たちに幸運を与えたまえ。その剣は鋭く鎧は堅牢で、その腕はたくましくその脚は疲れを知らぬ。おお、七つ首の竜よ。その末裔たる我らに勝利を与えたまえ!」


 今回は目は閉じなかった。むしろ天を睨み付け、怒りと興奮を込めて天に向けて叫んだ。帝国軍を、この街の者を護り給えと。


 次の瞬間、イカナの時とは比べ物にならない程の金色の光の奔流が私の手の平から立ち上がった。もう私は驚かない。力が発動したという安堵を押し込めて、光よもっと増せ、と思いながら念を込める。


 光は渦を巻いて天に吸い込まれていった。そして一瞬後。瞬時に青空だった空が曇った。空が暗くなり、その中に突如、金色の竜が現れた。


 実際力を使った私も唖然としたが、見ていた周りの者、勿論天を見上げていた全ての者が驚いただろう。伝説上の怪物、いや、その姿は金色の光で構成されていたので実際には生き物では無いのだろうが。長大な身体を持つ神の獣、王家の祖であると伝えられる神獣は曇天の中を渦を巻くように飛び回り、そして唐突に身体を下に向け、一気に落下して来た。フーゼンの街のど真ん中に。ちょっと待って、力を与えたいのは兵士に対してなんだけど!


 慌てる私をよそに竜は街の中心部に落下し、炸裂した。光が飛び散り、広がり、目を開けていられない程の光の波が私達を覆った。誰もが声を上げる程の凄まじさだった。ようやく光が収まり、目を開ける。せ、成功したと思うけど。


 見ると、私の周囲に立っている守備兵、護衛、王族の皆様方、そして何故か侍女に至るまで一人残らず身体がうっすらと輝いていた。竜の加護が授けられた証だ。眼下でうおおおお!っと叫びが聞こえる。門の前に待機していた兵士たちや城壁の上の兵たちが雄たけびを上げている。良かった。兵士たちにもちゃんと加護が与えられたらしい。これなら行ける。私はポーラからイブリア王国の水色の竜の旗を受け取り、見張りの塔の上から大きく振った。同時に、他の三王家の王族の皆様にも自国の竜旗を振ってもらう。ここは高いから敵味方から良く見える筈。先ほど派手な光も上がったしね。


 案の定、ガルダリン皇国軍はこちらに注目して矢を射かけて来た。ここはかなり遠いし高いから、そうは矢は届かないので大丈夫だろう。多分。竜の力の効果か、さっきまで怖気付いていた王族の皆様も矢を恐れずに旗を振って下さっている。よし!私はガルダリン皇国が十分こちらに注目した事を確認した所で、竜の旗を大きく前方に振った。


「行けー!」


 その瞬間、フーゼンの門が一気に開き、帝国軍の騎兵がどっと飛び出して行った。竜が落下してからすぐに晴天に戻った青空の下、銀色に鎧を輝かせて騎兵が疾駆する。そして私達の方に注目していたガルダリン皇国軍の横腹に突入した。


 遠目に見て分かる位の打撃力だった。槍先を揃えた騎兵の攻撃力は歩兵主体のガルダリン皇国軍には脅威だ。しかも竜の力、竜の加護の支援付きだ。ガルダリン皇国軍は崩れ、後退した。その瞬間、帝国軍の騎兵はさっと二手に分かれ、ガルダリン皇国軍を反包囲する様に動いた。流石は騎兵の機動力よね。この騎兵隊はグレイド様ともう一人の指揮官が担当しているのだけど十分打ち合わせをして意思の疎通もしているから連携が良い。何でも「我儘上司に対しての愚痴で意気投合した」とのこと。誰よ我儘上司って。


 帝国軍はガルダリン皇国軍を追い込み、押し込みつつあった。これは勝てそうだ。私が安堵しそうになったその時、私の背後で海を方面を警戒していた見張りが叫んだ。


「敵襲の狼煙です!」


 見ると海際に建てられている灯台から狼煙が上がっていた。海賊国が来た合図だ。


 まずい。戦況は優勢に推移しているが、まだガルダリン皇国を放置出来る程では無い。帝国軍を引き上げさせる訳にはいかない。私は青くなったが、帝国軍の指揮官の一人が目を輝かせながら呵々大笑した。


「イリューテシア様!ご心配なさらなくて大丈夫です。残る兵で海賊なぞ海に叩き返して見せましょうぞ!では失礼!」


 そういってその指揮官は駆け出して行った。いや、でも、場外に出た騎兵と、城壁を護る兵を合わせて六千以上だから、残りは千名いるかどうかだ。それで港を守備するのは苦しいのではないか?いくら竜の力で支援されているとはいえ。しかし、公邸の庭に集結していた部隊が港へ駆け下りて行くと、不思議な事が起こった。これは後で聞いたのだが。


「おう!海賊が来たらしいぞ!」


「なんだと、許せねぇ!うちらの港を襲おうってのか!」


「何だか力もみなぎっていることだし、海賊なんてやっちめぇ!海の男を舐めるなよ!」


 などと叫びながら街のあちこちから船乗りの男が飛び出してきて、港へ駆け下り、自分たちの船を出して海賊船に襲い掛かったのだそうだ。どうやら私の使った金色の竜の力は、兵士だけではなく街の人全てに掛かっていたらしい。男だけでなく女の人まで駆け出して、荷物運びや炊き出しに協力してくれたのだそうだ。


 港に侵入してきた海賊船は大きな帆船で十隻に及んだが、沖の防波堤を抜ける前に商船やら漁船やら連絡船やら小さな船やらに取りつかれ、縄梯子を掛けられ、猛り狂ったフーゼンの船乗りたちの襲撃を受けてしまった。海賊国の連中は慌てただろうね。竜の力の効果かそもそも船乗りが本気を出したら強いのか、海賊船の一つが乗っ取られ、船乗りたちは即座にその船を操って他の海賊船に激突させ、共に沈めてしまう有様だった。


 負けてはならじと帝国軍も船を借りるか同乗するかして海賊船に乗り込み、激闘の末、海賊船は港までたどり着く前に全て鎮圧された。撃沈した海賊船は三隻。残りは全て拿捕したという大勝利だった。中には上陸して戦うために十隻で合計七千くらいの兵員が乗っていたらしいがそれもほとんど捕虜になった。


 その頃には城壁の外でのガルダリン皇国軍との戦いも決着が着いていた。グレイド様ともう一人の指揮官は的確に敵を追い詰め、遂にガルダリン皇国軍は敗走した。囲まれた者達は投降して捕虜になった。その数千名近くになったそうだ。


 結局、フーゼンは陸と海から大軍で挟まれるという危機を陸海両方での大勝利をもって撃退したのだった。これは凄い。私は喜ぶと共に出来過ぎな戦果にちょっと恐怖を覚えた。いつもこんなに上手く行くと思わない方が良いわよね。自分を戒めていると、突然、私の周りの人々が拍手を始めた。


 何かと思って見ると、全員が私を見て目を輝かせながら笑顔だ。竜の力の影響は消えつつあるから、力のせいで目が輝いている訳では無さそうだ。守備兵の隊長やフーゼンの代官などは涙を流して喜んでいる。


「イリューテシア様!兵たちにお応え下さい!」


 指揮官の一人が感激の表情も露わに私を促す。気が付けば公邸の庭に兵士たちが集結して私達のいる見張りの塔を見上げて大歓声を上げていた。凄い熱気だ。良く見ると兵士だけではなく熱狂的に腕を振り上げ叫んでいる者の中には一般の市民、恐らく海賊と戦ってくれた船乗りたちも混じっている。いや、それだけじゃないな。女の人までいるもの。


 私はゴクリと唾を飲み込み、頷くと塔の上から下を見下ろし、イブリア王国の竜の旗を大きく振った。途端、歓声が高まる。もう声に聞こえない。ゴーっという唸りだ。勝利の熱狂に包まれながら、私は、人々をこれほど強く導き、戦いに駆り立てる金色の竜の力の恐ろしさに震える思いだった。善良な一般市民までを熱狂させて戦いに向かわせる力。そんな凄まじい力を自分が持っているという事実に、今更ながら私は恐怖したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る