十二話 新しい王都にて

 さて、新生イブリア王国お披露目の式でトンデモ演説をやらかした私は怒られた。特にエングウェイ様に。


「何を考えていらっしゃるのですか!王妃様!」


 お披露目の後アルハイン公爵一族が集まったサロンで、エングウェイ様はその麗し顔が台無しになるくらい怒っていた。無理も無い。私は事前の打ち合わせには無かったのに、諸侯を前にした演説で言い訳の余地が無いくらい明確に帝国と皇帝陛下を批判してしまったのだ。


 アルハイン公国の麾下にある諸侯の中には、アルハイン公国「にも」従っているが、他の王国「にも」従っている者も多い。掛け持ちだ。今回の私の帝国と皇帝陛下への批判は、そういう諸侯を通じてすぐさま他の竜首の王国や帝都の皇帝陛下の元へ届くだろう。


 場合によっては即座に皇帝陛下から問責される可能性がある。単なる問責なら良いが軍勢を伴う可能性があるから洒落にならないのだ。何しろ私はどうやらフェルセルム様に恨まれているらしいしね。もう四年も前になるのだが、横恋慕を袖にされた事でいまだに執念深く私を憎んでいた場合、今回の事を良い口実として武力行使に出てくる可能性は無いとは言い切れないのだ。


 エングウェイ様のお怒りは大体そういう事だろう。しかしながら私に言わせればそれは随分と的外れな怒りだと思えた。


「何を怒っていらっしゃるかは知りませんが、落ち着きなさいませ」


「これが落ち着いていられましょうか!貴方があんな事を言ったせいで王国は滅ぶかも知れないのですぞ!皇帝陛下から問責されたらどう言い逃れなさるおつもりか!」


 私はわざとらしく目を見開いた。


「言い逃れなぞ致しませんよ。私は問責されるような事は言っておりませんからね」


 エングウェイ様は唖然となさったわね。


「あんなに明確に皇帝陛下を批判したのにですか!」


 私は諭すように言った。


「良いですか?公爵が皇帝陛下を批判すればそれはただの反逆です。問責の理由になるでしょう。しかし、竜首の王国の国王が現皇帝陛下を批判しても反逆にはならないのですよ」


「いったい何が違うのですか!」


「竜首の王国の国王は皇帝になる権利があるからですよ。かつて暴虐な皇帝を複数の竜首の王国が力を合わせて放逐し、一人の国王が代わりに皇帝に即位した事があります。それくらい王と皇帝陛下の地位は近いのです」


 そもそも竜首会議にしてからが皇帝陛下への諮問機関の役割を果たすのだ。帝国の皇帝陛下は国王の上に位置はするが、絶対権力者ではないのである。


「だからもしも問責されるとすれば、王国ではなくアルハイン公爵ですよ。ご安心下さい」


 私がサラッと言うと、エングウェイ様が目を点にして私を見た。


「は?な、なぜ貴方がやらかした事で公爵家が責められるのですか?」


 私はふふん、と笑う。


「だってアルハイン公爵が私達に領地と王都を献上した事が、既に百年くらい前に当時の皇帝陛下がお決めになった事に逆らう事なのですよ?それくらいはお分かりですわよね?」


 エングウェイ様はむっつりと頷いた。それは流石に覚悟の上なのだろう。しかし、何しろ百年前の話だ。皇帝陛下も何回も代替わりしている。しかもイブリア王国はとっくに赦免されて帝都の竜首会議にも復帰している。罪に問われる危険性は少ないと踏んで私達をここに招いたのだろう。


「アルハイン公爵が当時の皇帝陛下の意向に逆らって迎えた、小国の国王がお披露目の場で皇帝批判を繰り広げた。さて、誰が言わせたと皆は思ったでしょうね」


 そりゃアルハイン公爵が言わせたと皆思いますわよ。エングウェイ様は顔を真っ赤にして叫んだ。


「濡れ衣だ!」


「大事なのは真実ではありませんよ。誰がどう受け取るか、誰がどのようにそれを利用するかです」


 ここでここまで難しい顔で黙っていた公爵が発言した。


「どういう意味でしょう」


 あら、流石お義父様。エングウェイ様より物事が良く見えてらっしゃるわ。私はニッコリ笑った。


「正直言ってアルハイン公国は随分前から他の王国や帝都の方々に睨まれておりますよね」


「まぁ、そうですな・・・」


 公爵が言い辛そうに言った。そうなのだ。アルハイン公国はここしばらく他の王国や帝都から無理難題を色々押し付けられていたと聞いている。それに対抗するためにイブリア王国を取り込もうとした訳だが、そもそもなぜ無理難題を押し付けられるかと言えば、アルハイン公国が他の王国や帝都から危険視されていたからである。


 理由は単純で、アルハイン公国が強くなりすぎたからなのだ。アルハイン公爵家は尚武の家で、代々軍事力の強化に務めてきた。騎士を増やし、常備軍を整え、武具を溜め込んだ。そうしないと東からの遊牧民の侵攻に即応出来なかったからだが、そもそもそういう軍を組織出来るのはアルハイン公国が豊かだったからなのだ。アルハイン公国はイブリア王国から流れ出る河川を利用した灌漑施設を整備して豊かな穀倉地帯を得ている。


 西のガルダリン皇国との貿易でも儲けているし、イブリア王国との貿易もささやかながらあり、一応岩塩やチーズなどを取引してそれを他に転売している筈だ。これからは試作に成功した陶器も輸入、いや、今や同じ国内だからそのまま販売出来る筈だ。あれはイブリア王国の国家事業だし。それにイブリア王国へ向かう各地からの巡礼者も相当アルハイン公国にお金を落とす筈だ。


 その結果、アルハイン公国の威勢は帝国南部に燦然と輝く事になり、それを危険視した他の王国や帝都の皆様恐らく皇帝陛下含むが、アルハイン公国の勢力を弱めたくて色々無理難題を押し付けているのだと、私は思う。


 イカナの戦いでアルハイン公国に援軍を送らなかったのも結局はその一環だろう。いかにフェルセルム様が私への恨みを晴らそうと援軍拒否を主張したって、一人でそんな大事が決められる筈がない。つまりは帝都の方々がそれに同意したという事なのよ。それだけアルハイン公国は危険視されているのだ。


「私が自分の判断で言ったかどうかなど関係ありませんよ。それを理由にしてアルハイン公爵を問責出来る事が大事なのです。私が皇帝陛下を批判しなくても、私達をここに迎え入れた段階で難癖付けられるのは決まったようなものです。後はそれに対してどう対処するかでしょう?そのためには私の今日のアレが役に立つと思いますけどね」


「なるほど・・・」


 公爵が不承不承という感じで頷くと、エングウェイ様は戸惑ったように自分の父親に尋ねた。


「ど、どういう事なのですか父上?」


 アルハイン公爵は私の事をチラッと見てから言った。


「覚悟の問題だな」


「覚悟、ですか?」


「そうだ。我がアルハイン公爵家が現皇帝陛下に従い続けるつもりなら、我々がイブリア王家を迎えた事は罪になり得る。我々がイブリア王国の帝国からの独立を企んでいたらどうか。これも許されない事だから帝国は阻止しようと動くだろう。しかし、我々がイブリア王国国王であるクローヴェルを皇帝に擁立しようとしているとすればどうか。これは帝国内では正当な行為であるから、誰も罪には問えない。我々にその覚悟があって初めて、我々の罪は帳消しになる」


 エングウェイ様は公爵の言葉を咀嚼するようにしばらく上を向いて考え込んでいたが、やがて恐る恐るといった感じで公爵に尋ねた。


「つまり、帝国全体と全面対決をする覚悟が無ければならないという事ですか?」


「そういう事になるな」


 そんな無茶な、とエングウェイ様は呟いたが、実際その通りなのだから仕方が無い。単にイブリア王家に王都と領地を返上しただけだと過去の皇帝陛下の命令に逆らった事になり、イブリア王家を擁して他の王国に対抗しようとする事自体がアルハイン公爵の越権行為となり、他の王国の介入の絶好の口実になる。どこへ行っても帝国がアルハイン公爵を危険視している現状ではアルハイン公爵を攻撃する絶好の口実になる。もちろん、王家を迎え入れなくても今まで通り無理難題を押し付けられてジリ貧だ。だから、私達に王都と領地を返上しようと考えたエングウェイ様の考え方自体は間違っていない。単に覚悟が足りないだけなのだ。


 つまりクローヴェル様を皇帝候補として推し立て、全力で支援して皇帝に押し上げる。そうすればアルハイン公爵の行動は全て正当化される。それしか無いのである。それが帝国全体と全面対決する事態だとしても。そもそも皇帝を擁立するというのは反対する者を明確に敵に回す事なのだからね。逆に言うとその覚悟さえあれば、クローヴェル様を皇帝に推してもらうという名目で現在の皇帝陛下への批判勢力を正々堂々と取り込めるという事にもなる。


「そのためには我々が明確に皇帝陛下を批判する必要があるのですよ。そうして初めて批判勢力が支持するに足る存在だと知れるわけですからね。今回私が皇帝をはっきり批判したおかげで、クローヴェル様は現在の皇帝に批判的な皇帝候補だと帝国中に知れ渡る事でしょう」


 現在の皇帝陛下に批判的な諸侯は当然大勢いるだろう。そういう者たちをまずは味方に付けないと、クローヴェル様を皇帝にするなど不可能だ。帝都にいる者達の中にも批判勢力は隠れている筈で、そういう者が内心でもクローヴェル様に同調してくれれば、帝都の者達が足並みをそろえてイブリア王国に対抗する事が出来難くなるに違いないという計算もある。


 エングウェイ様は唖然として口を開けてしまっていたが、気を取り直すように頭を振ると、騙されないぞとばかりに目付きを厳しくした。


「そんな事をして、帝都から討伐軍を送られたらどうするおつもりなのですか!」


 私は余裕たっぷりに言った。


「そんな事にはなりません。絶対に」


 意外な返答にエングウェイ様の目が丸くなる。私はクスクスと笑いながら言った。


「だってイブリア王国には私がいるのですよ。金色の竜の力の持ち主が。そしてアルハイン公国の、もとい、イブリア王国の兵力は帝国でも有数のものです。その兵力に金色の竜の力を使えば、竜首の王国が連合軍を組んできてもまぁ負けませんよ」


 イカナの戦いの時に見たあの軍の強さ、強化のされ具合を見れば、おそらくは三倍程度の敵が来ても跳ね返す事が出来るだろう。金色の竜の力を知っている筈の帝都の方々や竜首の王国の皆様が、その力の使い手である私がいる事が分かっていてイブリア王国に安易に攻め込んで来れる筈が無い。それに・・・。


「そうですとも!」


 突然ホーラムル様が叫んだ。


「竜の力をお持ちになる、イブリア王国の戦女神イリューテシア様のおん為ならこのホーラムル、何倍の敵とでも戦って見せましょうぞ!」


 握り拳を振り上げ、目をキラキラして力説している。その横で奥様と思われる女性が嫌そうな顔をしているがお構いなしだ。


「あ、ありがとうございます」


 私はかなり引きながらお礼を言った。そう。ホーラムル様やグレイド様の指揮能力の高さは疑い無いし、兵はそもそも精強だ。金色の竜の力など無くても、他の王国が攻め寄せるのを躊躇するだろうくらいアルハインの、イブリア王国の軍事力は高い。そこへ私の存在が加われば、一万二万の敵が来ても問題無いだろう。


 問題になりそうなのは、同じ金色の竜の力を持っているというフェルセルム様がクーラルガ王国軍を引き連れて侵攻して来た時だろうが、クーラルガ王国とイブリア王国の間にはいくつか国や諸侯領が挟まっているから、帝国挙げての討伐なんて事態にならなければ大丈夫でしょう。多分。


 私が済ました顔をしているのが余程気に入らなかったのかエングウェイ様はうぬぬと唸って、私を脅しに掛った。


「王妃様?あまり調子に乗るものではありませんよ?この王都にお迎えするのは何も王妃様で無くても良かったのです。今からでもマクリーン前国王に復位してもらいましょうか?」


 この人意外に器が小さいわね。がっかりだわ。


「私の言う事を聞いていたのですか?エングウェイ様。金色の竜の力を持つ私がいるから抑止力になるのです。力を持たないお父様をお迎えしても何の意味もありませんよ」


 遂にエングウェイ様はぐうの音も出なくなって黙ってしまった。


 こうして、新生イブリア王国を上げてクローヴェル様を皇帝候補として盛り立てる事が、アルハイン公爵一族の同意の元決定したのである。



 ただ、私がセンセーショナルに宣言したと言っても、即座に他国や諸侯に動きがある訳では無い。帝都まで新王都からでも早馬で二日半は掛るそうだしね。なので私とクローヴェル様は平和な日々を新王都でスタートさせた。


 私達は本館に住む。そして、移動したばかりで気候の変化に付いて行けず、案の定寝込んだクローヴェル様は侍女に看病してもらって、私は毎日王妃用に用意させた執務室に出勤した。王族が政務に関わる姿勢が大事なのだ。


 私は毎日そこに陣取って、国王が決済する書類を持って来させ、王妃権限で決済する。ただし、私に政務が分かる訳が無いので、基本アルハイン公爵の判断を追認するだけだ。私の前に全てアルハイン公爵かエングウェイ様、軍事関係はホーラムル様やグレイド様の確認や承認が下りているのだ。私は一応読んでサインして印章を押すだけ。数は多いので大変は大変だが、特に頭は使わない。有能な家臣がいると楽だわね。


 だが、時折だが、重要な案件についてはアルハイン公爵が私に判断を仰ぎに来る事もあった。予算の大きな変動だとか、軍需物資の大規模購入だとか、灌漑施設を大規模改修しなければならないのでその承認とか。私に分かるわけが無い。私は一応説明を全部聞いているふりをして、話が終わると即座に「それは公爵に任せます」とか「エングウェイ様に任せます」と速攻で話を丸投げにした。それでいて私は必ず執務室には出勤し、出勤出来無い時は決済を保留にさせ、けして公爵に全権を委任しようとはしなかった。


 エングウェイ様などは委任はしないくせに丸投げをする私の事を「あの丸投げ王妃が!」と妙な二つ名を付けて罵っていたそうだが、分からない私が余計な事をするより丸投げした方が良いじゃないの、と言いたい。話を聞いて私が承認するんだから責任は私が取るのだし。


 当面は何も分からないのだから、私はひたすら聞くだけ大将丸投げ王妃として振舞った。そうやって聞いている内に分かるようになるだろうから、そうしたら少しづつ口も手も出せば良いのだ。あんまり性急に手を出して失敗してエングウェイ様は兎も角アルハイン公爵に失望されると色々な計画が狂う。


 半月ほど経つとクローヴェル様の体調が戻られたので、この業務は二人で半々に請け負う事にした。クローヴェル様はここ出身だし、少しは分かる事もある筈だが、私に倣って当面は聞くだけ丸投げに徹すると言っていた。なのにエングウェイ様は「丸投げ王様」とは言わなかった。解せぬ。


 政務が半分クローヴェル様に任せられるようになると、私は社交に出掛けた。女性の社交は女性貴族にとっての重要業務である。お仕事である。これに出なければ女性社交界が把握出来ず、女性たちが私を支持してくれなければ、私はこの国で本当の意味で王妃になる事は出来ない。なぜなら、王妃とはその国の女性を代表する存在とみなされるからだ。女性の支持の無い王妃など存在が許されないのである。


 新生イブリア王国の王都には貴族が約二百人くらいいる。


 簡単に貴族と言ってしまったが、この貴族とは何ぞや、というのが結構複雑で難しいのだ。一口に貴族と言って良いのかどうかというくらい種類があるのが貴族なのだ。なのでざっくりとここで説明しておくわね。


 まず諸侯という存在がある。諸侯とはつまりは領地持ちの貴族の事だ。大きくは公爵から小さくは村一つを拝領しただけに過ぎない騎士までを言う。領地は基本的には帝国や王国、あるいは他の大諸侯から与えられ、安堵され、代々世襲される。なので普通は、その領主は領地を与えてくれた者に忠誠を誓う事になる。これが「麾下の諸侯」と呼ばれる存在だ。


 しかしながら領主が力を持ったり逆に上の者が勢力を落としたりすると、その領主は独自の外交や内政を展開する様になる。そうやって王国や有力諸侯の麾下の諸侯は変動する訳だ。弱小諸侯などは有力諸侯に睨まれれば一溜りも無いので、強い者に付くために右往左往する事になる。


 因みに、公爵、侯爵、伯爵、子爵などの階位は領地の広さや豊かさによって大体決まる。伯爵辺りまでは王国か帝国が授けるちゃんとした階位である事が多いが、子爵辺りからは自称である事も多いらしい。


 こういう諸侯以外にも貴族と呼ばれる者たちがいる。いわゆる無領地貴族である。当たり前だが、王国だろうと公国だろうと、配下の者に無限に領地を切り分けていたら自分の領地がどんどん減ってしまうし、その分自分の財力が減ってしまう。そのため麾下の諸侯を増やすのには限界があるのだ。しかし、自分の配下の者には報いてやりたい。そのために領地の代わりに俸禄を与える有力家臣、つまり無領地ながら貴族として扱われる存在というものが生まれた。


 無領地貴族は諸侯よりも概ね格下だと見られるが、当たり前だが貧乏な村しか持たない騎士よりも、多額の俸禄を受け取っている無領地貴族というのも当然いる訳なので、一概に上下は付けられない。無領地貴族は国主に仕える政治や官僚として働く家臣に多く、国政を左右する重要な存在である事も多いので、諸侯よりも国では重要視されている場合もある。当然、無領地貴族として出世して領地持ちになる場合も多いのだ。


 元の山の中のイブリア王国には貴族はいなかった(実家は元伯爵かなにかだったらしけど)が新生イブリア王国にはそういう貴族が沢山いて、華やかな社交界を作り上げているのだった。私は社交に出た事はお見合いに来た時少し出た事しかない。さてさて、噂の社交界とやらはどんなところなんだろうね、ととあるお茶会に顔を出してみたのだが・・・。


 そこにあの女が待っていたのだ。


 フェーゲル伯爵のお屋敷(領地持ちだが、王都にも屋敷を持っていて領地と半々くらいで生活しているらしい)で開かれたお茶会。噂の王妃である私が出ると聞いて参加希望者が殺到したらしい。出席者は十人。既に集まっていたご婦人方に挨拶するべく、庭園に設営された会場に入り、笑顔を振りまきつつ挨拶をしようとした、その時。


「あーら、王妃様?まだそんな野暮ったいドレスを着ていらっしゃるのですか?」


 うぐっ。出鼻をくじかれて思わず顔から笑顔が消えそうになってしまう。そう。私のドレスは元の王宮から持って来た中古の古いドレス。高級だがデザインが古くて確かに野暮ったい。しかしながら王妃に対して無礼な。と思いながらその声の方向を見て。納得する。ああああ、あの人か・・・。


 鮮やかな金髪と水色の瞳の美人である。スタイルも良いし笑顔も美麗だ。若草色のセンスの良いドレスを着こなし、ニコニコしながら私を見ている。そう。嘲るようなとか憎々し気な顔をして、とかではないのだ。邪気も無く笑っている。それでいて出てくる言葉はこうなのだ。


「そんなドレスではお茶会の雰囲気に合いませんわ。そういう重厚な古臭い形式は夜会であればなんとか行けますけど。ねぇ。皆さんもそう思うでしょう?」


 いや、同意を求められても。全員真っ青な顔でそう思った事だろう。私はこっそりため息を吐きながら、その女性に呼び掛けた。


「お久しぶりでございます。ムーラルト様」


「あら、王妃様。他人行儀な呼び方はおよしになって。お見合いにお出でになった時に『お義姉様』と呼んでと言ったじゃない」


 そんな呼び方をする訳にはいかない。ムーラルト様を上位に置くことになってしまうではないか。


 つまりこのムーラルト様は私の義理の姉。つまりクローヴェル様の姉上様なのだ。確か一つか二つ上の歳だから二十一か二歳。既に結婚して嫁に出され、アルハイン公爵一族を外れている。


 正直に言おう。私はこの人が苦手である。いや、悪い人では無い事は分かっている。クローヴェル様曰く、病弱な彼にも優しく、むしろ弱い弟を溺愛していた良い姉だったと聞いていた。だから悪く言いたくはない。言いたくは無いのだが・・・。


「それにしても結婚して四年も経つのにまだ子供が生まれないの?変ねぇ。私なんて三年で二人も生まれたのに。どこかお悪いんじゃないの?」


 ・・・これである。この人は口が悪く、悪気無く相手の気持ちをグリグリと踏み躙って来るタイプなのだ。


「お母様も早くクローヴェルの子供が見たいと言ってらっしゃるわよ?私も見たいわ。クローヴェルの子供ならさぞかし可愛い子が生まれるでしょうからね!」


 くそう。この小姑め。クローヴェル様の姉でなければ百倍にして言い返してやるところなのに。クローヴェル様もこの姉君に弱いらしく、寝込んでいる期間にお見舞いに来られて、弱っているのに嵐のように話し掛けられて抱き着かれて大変だったと零していらっしゃったわね。悪気が無いので追い返せなかったのだそうだ。


「そうねぇ。お医者様を紹介したしましょうか?山奥の元いらっしゃった所と違って、ここには良いお医者も沢山いるのよ?」


「け、結構ですわ。それより皆さま・・・」


 私は必死に話を逸らそうとするが、ムーラルト様は可愛く小首を傾げると私に続けざまに言葉を投げ付けた。


「そうですわ!それよりもまずドレスを何とかした方が宜しいですわよね!私のドレスを作っている仕立て屋がおりますから今度王宮に連れて行きますわ!ご安心下さい!腕の良い職人ですから王妃様のように少し肩幅が広い方でも上手く誤魔化してくれますわ!それとも妊娠には食べ物を選んだ方が良いと聞きますから、家の料理人を送りましょう!王妃様は山奥にお住まいで良いものを食べなかったから妊娠出来無かったのですわ!そうに違いありません!」


 か、勘弁して下さい。私は言い返す事も出来ずに放心しそうになっていた。挙句にムーラルト様は何だか自己完結すると「それじゃぁ早速準備してきますわ!」と挨拶も無しにお茶会を中座し、優雅な足取りで会場を出て行ってしまった。あまりの事に私は思わずテーブルに顔を伏せてしまった。


「お、王妃様。お気を確かに」


「ま、まぁ、ムーラルト様はいつもそのあんな感じなので、気にするだけ損でございますわよ」


 そうですね。お見合いに来た時に数回会って知っています。正直もう会いたく無かったです。とはまさか言えない。私は何とか気を取り直しておほほほと笑った。ムーラルト様に翻弄された私に同情した皆様が優しくして下さったので、そのお茶会は生温い感じで進行し、私は最初の社交を和やかに終える事が出来た。こういうのを怪我の功名と言っても良いのかしらね。


 それ以降もムーラルト様から被害を被っている方々からの同情を集めたりして、私は段々と女性社交界に受け入れられていった。いや、ムーラルト様のお陰とは言わないわよ。言いたく無い。


 因みに、ムーラルト様は本当に王宮に仕立て屋と料理人を送り込んで来てくれた。実際に腕の良い職人で、社交のために大量のドレスを発注する必要があった私は助かったし、料理は美味かった。料理人は妊娠出来る料理なんて知らない、と言っていたけどね。


 どうもあの口の悪さで本当に悪気や敵意は無さそうだから困る。ムーラルト様のご配慮に甘えてしまった以上、今度お礼に王宮にお招きする必要があるんだろうなぁ。私はげっそりとため息を吐いたのだった。


 

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