六話 ようやくの結婚式

 結婚式が中止になって半年くらい経ったある日、アルハイン公国より使者がやってきた。しかもただの使者ではない。


「一体何をやらかしたのですか?王女殿下?」


 王宮で、心底呆れかえった顔で私に問うのはクローヴェル様の兄君、グレイド様だった。フェルセルム様とのトラブルについて書簡では何が起こったのか良く分からない、下手をすると公国の存続に関わる大問題になってしまうので詳しい事情を聞きたいと、わざわざ遠路はるばるやって来て下さったのだ。穏やかな方だから呆れるくらいで済んでいるが、ホーラムル様あたりだったら私を怒鳴りつけているだろう。


「フェルセルム様と言えば次期皇帝陛下にも擬される方ではありませんか。それを怒らせるなんてどういう事なのですか?」


 私は包み隠さず結婚式のために来た筈のフェルセルム様が、私に求婚してきた事情を話した。全てを聞き終えたグレイド様は上を向いて目と額を片手で覆ってしまう。


「それはまた・・・、何という。フェルセルム様もフェルセルム様だし、イリューテシア様もそれはちょっと、もう少し穏便になんとか出来なかったのですか?」


 私としては別にフェルセルム様に喧嘩を売った気は無いのよ?何だか売り言葉に買い言葉で返していたら、あっちが勝手に怒っただけで。


「そもそもそれがいけません。フェルセルム様はクーラルガ王国の王子。どう考えてもイブリア王国の王女よりも格上の存在ではありませんか。対等に言葉を売り買いできる相手では無いでしょう?」


 私はムッとした。


「王国は階級も格も同格です。フェルセルム様は格上などではありません」


「現実を見て下さい。姫。クーラルガ王国は大国で、アルハイン公国でも相手にするのは難しいです。ましてイブリア王国なぞ鼻息一つで吹き飛びますよ」


「フェルセルム様を格上と認めたりしたら、クローヴェル様を皇帝にする時に争えなくなるではありませんか」


 グレイド様ははーっと溜息を吐かれた。


「クローヴェルを皇帝にねぇ。それは本当にクローヴェルが希望したのですか」


「ええ。そうですよ」


 私はドヤ顔で答えた。グレイド様は頭が痛そうに額を押さえていたが、表情は少し嬉しそうだった。


「あの弱虫なクローヴェルがそのような事を言うとは。やはりじゃじゃ馬姫の影響は凄いですな」


 誰がじゃじゃ馬姫か。そう思ったのだが、グレイド様曰く、あのホーラムル様も私がクローヴェル様を奪還に来たあの日以来、何だか毒気が抜かれたように大人しくなっているのだという。それで私の事は乱暴な振る舞いが多かったホーラムル様をどうやってか大人しくさせた、イブリア王国のじゃじゃ馬姫としてアルハイン公国では定着しているらしい。なんですかそれは。


 それは兎も角、もうあれから半年も経っているし、特にそれ以降クーラルガ王国や帝都からの音沙汰も無いという事で、以降も警戒しつつだが特に大きな対応策は取る必要は無いだろう、という事になった。私は呑気にしていたが、グレイド様が言うにはこの半年、アルハイン公国では普段殆ど無警戒な北の国境をホーラムル様とグレイド様で兵を引き連れて警戒し、帝都やクーラルガ王国にまで人をやって動静を探らせる事までしたというのだから大騒ぎだったらしいのだ。物凄く大変だったのだと恨めし気に言われた。挙句にこんな山奥まで使者に出されたのだから本当にご苦労様である。


 因みにこの時クローヴェル様は少し体調を崩されて離宮で寝ていらっしゃる。季節はお見合いの時から一年半以上が経過して今はもう夏だ。クローヴェル様は秋に王国にいらして結婚式をする筈だったのだが、延期になってしまい、改めて結婚準備を始めようとしたら、それからすぐに始まった厳しい山間部の冬に体調を崩されて結婚式はまた中止になり、夏は夏でアルハイン公国よりは過ごしやすいとは仰りながら夏負けに掛かって体調を崩されていた。どうにもこうにも虚弱である。おかげで一向に結婚式の予定が立たなかったのだ。


 この間のフェルセルム様のお話を全面的に信じる訳にはいかないが、あんまり結婚式を先延ばしにすると、金色の竜の力を持っているらしい私の結婚に横やりが入る可能性があるらしい。私はもうクローヴェル様以外と結婚する気は無いので、とっとと結婚してしまいたいのだ。そろそろ夏負けからも回復なさりつつあるので、今度こそ結婚するつもりだ。もっとも、実際には私とクローヴェル様はもう一年近く狭い離宮で一緒に暮らしていて、寝込む彼の看病は侍女任せにせず私がやっているし、四六時中一緒に居るので感覚的にはもうとっくに夫婦みたいな感じなんだけどね。単に夫婦生活をしていないだけ。


 グレイド様がいらしたのはもっけの幸いだ。やはり新郎席に一人の親兄弟もいらっしゃらないのは寂しいので、せっかく来てもらったのだから結婚式に出てもらおう。私がそう言うとグレイド様は「この姫君のマイペースさ加減が全ての問題の原因なのでは・・・」などと呟いていた。聞かなかった事にしよう。


 離宮に戻りグレイド様と話したことをクローヴェル様にお話しする。お兄上が来られたことにクローヴェル様は大分驚いていらした。グレイド様は公国で役職についていらっしゃるし、騎士としての仕事もあるのでお忙しい筈で、こんな所にまで来るのは余程の事らしい。フェルセルム様とのトラブルを重視したのもあるが、クローヴェル様に釘を刺しにいらしたのではないかと仰った。


「ちゃんと王国を掌握してコントロールしろ、と言いに来たのだと思います」


 それが未だに結婚式も挙げていないのだから大層呆れたのでは無いか、という。確かにこんなに婚約期間が長引いてしまったのは誰にとっても予想外だったから仕方が無い。クローヴェル様の体調も良くなってきたし、今度こそ結婚式だ!と私は気合を入れる。


 秋に結婚するつもりだったので、ウエディングドレスは少し厚手の物を用意していたのだが、今はまだ夏だ。使えないくなってしまったので、仕方なく夏向けのドレスを保管庫から引っ張り出してきてリメイクする。これも母さんが張り切ってレースを縫い付けたり色々やってくれた。


 クローヴェル様の衣装もやはり保管庫から出してきて直す。クローヴェル様がアルハイン公国から持って来た衣装も夏に着るには暖かすぎるからだ。実は衣装を用意するのが大変なので、もう少し待てば秋なのだから後数カ月結婚式を先延ばしにしようという意見もあったのだが、私が却下した。もう待てない。待たない。何しろ丸々一年も延期されているのだ。ここで延期したら、なんだかんだ言って更に一年くらいは延期になる気がする。もしかして一生結婚式が出来ないのでは?と勘ぐっているくらいなのだ。


 何しろ結婚式をして、大女神の前で永遠の誓いを立てないと、夫婦になれない。つまり子供が作れない。私は養女でクローヴェル様は婿。お父様の次の代の王であるクローヴェル様は非常に立場が不安定なのだ。早く子供を作り、次代の王の親という安定した立場を得ないといけないのだ。


 そんな建前は兎も角、早く私がクローヴェル様と結婚したいのよ!一年も仲良く小さな離宮で暮らしているのですもの。お互いすっかり気心も知れて、目端が効く所とか、人の悪口を言わない所とか、人に何かして貰ったらちゃんとお礼が言えるところとか、彼の良い所を沢山知った私はクローヴェル様の事がすっかり好きになっていたから、他の人とはもう絶対に結婚したくない。フェルセルム様がろくでもない事を吹き込んで行ったせいで、皇帝陛下の勅命でとかとんでもない理由で他の男が婿に来やしないかと私は凄く不安なのだ。私はクローヴェル様と結婚して彼の子供を産み、そして彼を皇帝にするのだ。


 そういえばクローヴェル様を皇帝にする、という目標を立てた私はそのためにしなければならない事を色々考えた。まぁ、イブリア王国が山の中の小さな田舎王国のままでは、クローヴェル様を皇帝になんて出来っこないからね。


 何しろ皇帝になるには、皇帝候補に立候補して、選帝会議で王国や有力諸侯から選ばれなければならない。勿論、会議だけで選ばれる筈が無い。立候補までに七つ首の竜の王国や諸侯からの支持を取り付けて、会議で推して貰わなければならないだろう。そのためにはまずはイブリア王国周辺の諸侯からの支持が絶対に必要だ。


 アルハイン公国はクローヴェル様が皇帝になりたいと言えば支持してくれるだろうし、アルハイン公国に従う諸侯も同様だろう。が、それだけでは全然足りない。帝都に上がって帝都に常駐しているような有力諸侯の支持を取り付ける必要があるだろう。


 帝都に上ると言ったってそんなに話は簡単ではない。単に行くだけだってイブリア王国から二週間だ。しかも行けば良いというものでは無い。諸侯を味方に付けられる何かを手土産に持って行かなければならないのだ。単純に金でも良いだろうが、見せつける事が出来るような精強な軍隊でも良いだろうし、何か画期的な政策や施策でも良いだろう。クローヴェル様が皇帝になったら帝国は良くなる、強くなる、発展する、と他の諸侯に思わせられなかったら支持してくれる筈がない。


 因みに、現在のイブリア王国にはそもそもお金も軍隊も無い。画期的な政策や施策など思い付きもしない。そもそも、帝都の情勢も帝国の状況さえもこの山奥にはほとんど聞こえてこない。お父様が長旅がきつくなって帝都の竜首会議に出なくなってからはより一層。このあたりは何とかしなければならないだろう。だが、あの虚弱さ加減ではクローヴェル様が帝都まで毎年竜首会議に向かうのはやはり自殺行為だ。最悪代理で私が行くようだわね。


 故にとりあえずやらなければならない事はイブリア王国を発展させる事。ぶっちゃけて言えばもう少しお金になる産業を増やす事。それと少しでも帝都と帝国に伝を増やして情報を仕入れる事だろう。それだけでも既に難題なんだけど。


 現在のイブリア王国は完全に農業国だ。しかも山間部で耕地の拡張が大変なので、全国民が飢えないだけの食料を確保するので精一杯という状態である。本来は酪農に向いた地形と地質で、牛や羊やヤギを飼っている農家も多く、そういう農家は王都がここに移転する前に既に住んでいた家が多いらしい。


 対して小麦や芋、野菜などの食料作物を作っているのは私の実家のような大規模農家で、こちらは移転後に農家になった元貴族である。貴族の財産と家臣たちの労働力で無理やり土地を耕して整地して食料を生産出来るようにしたらしい。なぜそんな事をしたのかというと、移転当時はアルハイン公国とも断絶状態で、食料の輸入がほとんど出来なかったからだ。食料を確保しないと死んじゃうものね。ご先祖様は王国を餓死から救うために大変な苦労をしてこの地で農業を始めたのだ。しかし貴族の癖に一から農業を始めるとは物凄い根性だわね。それだけ切羽詰まっていたのだろうが、流石は私のご先祖様である。


 ご先祖様が恐らくは王国の貴族らしく溜め込んでいた途方も無い額の私財を投げうって開拓した農地なのだ。今の王国の予算では拡張は不可能だろう。それに食糧作物の収穫をこれ以上増やしても、輸入しなければならない食料が減る(現在ではアルハイン公国から食料が輸入出来る。同時に毛織物や絨毯や乳製品などを輸出している)だけで国庫は全然潤わない。国庫を潤すにはもっと他の産業を考える必要がある。


 もちろんこれもこの百年ばかり王国の誰もが考えて色々探したらしい。王国には古い時代の街道が通っていて、南の山間部を抜けて神殿領にある聖都に抜けられる。この街道を整備して巡礼路にする事が出来れば、通過する巡礼者からお金が落ちるのでは?と考えた歴代の王は頑張って古街道を整備しようとしたらしい。が、険しい山間部に道路を通した古の帝国の技術は既に無く、崩落してしまった場所などを補修する術が無くて断念された。クローヴェル様からアルハイン公国からの要望としてこれを伝えられた時に私とお父様が即答したのはこういう訳なのだ。


 他にも色々と試みたみたいよ?山間部に何か有望な鉱脈でも無いかと思って探してみたみたいで、岩塩の鉱脈が見付かって一応それは王国の国庫を助ける重要な産業になっている。が、採掘量が少ないし、帝国は北部に海があるから塩はあんまり不足していないので大した儲けにはなっていない。山間部の遥か高い所には氷河があって、そこから氷を切り出して売ろうとした人もいたが、どう考えてもリスクとコストに見合わない事が分かって断念された。


 私はクローヴェル様とも相談して、この一年色々考えたのだが、まだ良い方法を考え付いてはいない。ただ、やはり未踏の場所も多い山間部に何か眠っていないか探してみるのが良いのではないか?と私もクローヴェル様も思っていた。昔探検した者達では見分けられなかった有用な資源が何かあるかも知れない。


 帝都への伝については、それよりもまず親戚になるアルハイン公国との連絡を密にする事だわね。事が起こって半年も経ってからグレイド様が来ないと事件の事情がアルハイン公国に伝わらない有様では困る。なんでそんな事になったのかというと、使者と言ってもイブリア王国が送った使者は商人に委託しただけの者なので、事情が漏れたら困るからあまり詳しく書簡に書けなかったのだ。やはりちゃんと訓練された専門の使者を育てるか、アルハイン公国側に早馬をリレーするような通信の方法を考えてもらった方が良いだろう。アルハイン公国は帝都に伝が既にあるようだから、アルハイン公国との連絡が密になればある程度の帝都の情報は手に入るだろう。


 アルハイン公国はそもそもイブリア王国がこの山間に押し込められた時に、イブリア王国が山の中から出て来ないように、抑えとして王国の旧王都と領域を与えられたそうなのだ。それが今では封じていた王国に婿を送り込もうとしているのだから時代は変わるものである。クローヴェル様曰く、やはり公国では他の竜首の王国には逆らえず、様々な事で貧乏くじを引かされて、どうしても王国の権威が必要だ、という事になったらしい。


 クローヴェル様を皇帝にするにはアルハイン公国の協力が不可欠だ。というより、逃がさないわよ。私は計画にアルハイン公国を巻き込む気満々なのだから。



 私とクローヴェル様の念願の結婚式は、夏の一日に行われた。とはいっても山間部のイブリア王国だからそれ程暑い訳では無い。私は生まれも育ちもここだから良くは知らないが、クローヴェル様もグレイド様も口を揃えてそう言っていた。


 私はウェディングドレスを着て、その上から薄いケープを羽織っていた。このケープは母さんと近所の幼馴染たちが編んでくれたレースで造られている。中古のドレスだけではあんまりだと言って作ってくれた。ヴェールを被って頭に小さい王冠、王女冠を載せている。


 お父様のエスコートを受けて神殿の中央の絨毯を進む。その終点でクローヴェル様が待っていた。


 クローヴェル様も紺のスーツに表はグレー、裏は朱色のマントを羽織っている。このマントは王都の有志が作ってくれたそうだ。クローヴェル様は王都の人々に何故か人気がある。どうやら離宮から王宮に来る時に王都の街中を通るのだが、その時に柔らかな態度で気さくに話し掛けるクローヴェル様をみんなが気に入ったらしい。あと、あんまり虚弱なので心配されたというのもある。朱色は健康祈願の意味があるそうな。


 お父様から私の手を受け取ったクローヴェル様はフワリと笑った。くすんだ金髪はしっかり撫で付けられ、少し化粧をしたらしい頬はいつもより血色がよく見える。紺碧色の瞳には何の陰も無い。私も上品を意識して微笑む。うっかりすると張り切り過ぎて鼻の穴が大きくなってしまうので。今朝、ポーラに注意されたのだ。気を付けねば。


 二人並んで神殿の祭壇への階段を上がる。祭壇の前には大女神に仕える巫女がいる。巫女は結婚前の女性が勤めるので、まだ若い。彼女は私たちに聖水を振りかけると女神像に向けて祈った。


「生きとし生ける者全てを生み出しし偉大なる大女神アイバーリンよ。今ここに貴方の子二人が新たなる契りを交わし、新たに家族となり、貴方との約束を果たそうとしています。アイバーリンよ。この者たちの誓いを受け入れ、二人を永久に護り導きたまえ」


私とクローヴェル様は進みでて、女神像の前に跪いた。通常と違って両手を胸の前に重ねる。そして暗記していた誓詞を声を合わせて唱える。


「偉大なる大女神アイバーリンよ。私たちは今日より夫婦となり、何時いかなる時も共に助け合い、お互いを敬い、愛し合い、そして生涯を共に歩むと誓います」


 工夫の無い誓詞だが、間違えたら大変だから仕方がない。これを間違えたり声が合わなかったりすると結婚が無効になってしまうので。


「結婚の誓いは大女神に受け入れられました」


 巫女が厳かに言う。そして神前に備えられていたトレーを持って来る。トレーには指輪が二つ乗っていた。


「誓いの証明として指輪の交換を」


 私とクローヴェル様は指輪を一つずつ手に取る。この指輪は歴代の国王夫妻が代々受け継いで来た物である。竜の紋章が象ってあり、私が持っている指輪は金。クローヴェル様のは銀だ。


 まず、クローヴェル様が私の前に跪き、私の左手を取る。


「我が女神よ。誓いの証をあなたに」


 そう言うと、私の左手の薬指にキスをして、指輪を差し込む。私は自分の指に嵌まった銀の指輪を見ながら思わずにやける。いかんいかん。上品に上品に。


 クローヴェル様が立ち上がると、今度は私がクローヴェル様の前に跪いた。


「我が竜よ。誓いの証をあなたに」


 そしてクローヴェル様の左手薬指にキスをして、彼の指に指輪をしっかり嵌め込んだ。


 これで大女神への結婚の誓いは終了し、私とクローヴェル様の婚姻は成立した。ようやくだ。ようやく結婚出来た。私は歓喜に震えていたので、クローヴェル様が私のヴェールをそっと持ち上げたのに気が付くのが遅れた。


 あ、と思った時にはクローヴェル様の唇が私の唇を覆っていた。忘れてた。誓いの口付けがまだだった。神殿にいた人々からワッと拍手が湧く。神殿にはお父様とグレイド様の他、元貴族で親戚だからという名目で私の実家の家族も出席していた。誤魔化すために他の元貴族や王都の有力者も呼んでいるから合計二十名くらいいて、結構盛大な式になった。


 実家の家族に唇へのキスを見られるなんて恥ずかしいが、何だかみんな顔を輝かせて喜んでいるからまぁ、良いか。


 式が終わると王宮に移って披露宴だ。ささやかながら暖かな宴が行われる。私は婚約披露宴の為に作ってもらった薄黄色と白のドレスを着て出席した。アルハイン公国の春に合わせたドレスだから王国の夏の夕刻には丁度良い。クローヴェル様は濃い緑色のスーツ姿だ。


 私はやっとこ結婚出来た事が嬉しくて終始ご機嫌で、お酒も沢山飲んだ。ビールもワインも王国では生産出来ず、せいぜい蜂蜜酒か芋から作る蒸留酒が少し生産出来るくらいなので、お酒は貴重品だ。普段はあまり呑めない。今日くらいは良いだろうと呑んでいたら、ポーラがそっと寄って来て囁いた。


「姫様、もとい、お妃様。あんまり呑んで結婚初夜に酔い潰れても知りませんよ?」


 は!そうだった。結婚式を終えればこれで終わりな訳では無い。今日は嬉し恥ずかし結婚初夜。念願のクローヴェル様と結ばれる夜ではないか。気持ち良く酔い潰れている場合ではない。体調を万全にしておかねば。私は初夜の事を想像して気持ち悪くうふふふ、っと笑ってしまい、周囲の人にどん引かれた。


 そして宴が終わり、花で飾り付けられた馬車で離宮に戻る。いつもは歩くのだが、今日は特別だ。すぐに離宮に着くと、クローヴェル様に手を引かれて馬車を降りる。


 本来であれば馬車からクローヴェル様に抱き上げられて降り、そのまま寝室のベッドに寝かされるのが正式な作法?らしいが、クローヴェル様にそれは無理だ。なので普通に馬車を降り、離宮の入り口の敷居を跨ぐ瞬間だけ、両足を揃えて飛び越える瞬間、クローヴェル様に手を添えてもらい、最低限の作法をこなした。


「すみませんね。リュー」


「良いのですよ。人には向き不向きがあるのですから」


 クローヴェル様はしみじみと私を頭から足の先まで眺めていらした。


「もう住み慣れた離宮で、見慣れた筈の貴方なのに、全然違って見えます。不思議ですね」


 私にもクローヴェル様が全く違って見える。不思議ね。いつも通りほっそりした繊細なお顔が、どこか頼もしい。


「こんな美しく素敵な方が本当に私の奥さんなのか、信じられない思いです。私は世界一の幸せ者だ」


 うふふふ。私はクローヴェル様の胸に手と頬を当て、身体を擦り寄せた。


「私も素敵な旦那様を得られて幸せですよ。良い家庭を築きましょうね」


 今日から沢山子供を作って、明るく楽しい家庭を創るのだ。頑張るぞ〜。・・・と思ったのだが・・・。


「それで、その、リュー。申し訳無いのですが・・・」


 あれ?何だか身を寄せているクローヴェル様の身体が熱いな。それと、何だか私に身体を預けているような・・・。私は彼の背中に手を回し、支えてあげる。


「今日はちょっと疲れてしまいました・・・」


「きゃー、ヴェル!気を確かに!」


 崩れ落ちるクローヴェル様を支えながら私は慌てて外にいる侍女を呼び込んだ。侍女と三人掛りで彼をベッドに担ぎ込む。クローヴェル様はすっかり熱を出されてしまい、それから三日も寝込んだのだった。もちろん結婚初夜は延期だ。


 ぐったりする夫の額に濡れた手拭いを置いてあげながら、こんな虚弱さでちゃんと私と子供が作れるのだろうか、と私は今更ながら不安になったのだった。


 


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