五話 クローヴェル様の誓い

 私はクローヴェル様を連れて王都に戻った。同時に、使者をアルハイン公国国都に走らせて事の顛末を報告させる。ホーラムル様がある事無い事報告したら困るからね。実際、ホーラムル様は国都に逃げ帰って、公爵やコーデリア様に色々訴えたらしいのだが、私の使者(王国からの使者とクローヴェル様の使者の二人)から事実を突きつけられて、公爵とコーデリア様から非常に厳しく叱責され、罰も下ったらしい。後で公国から謝罪の使者がやって来て詳しい話は聞いた。


 クローヴェル様は大変お疲れで、私の顔を見てホッとしたからか熱まで出されたので、監禁されていた宿にそのまま二日ほど泊まって頂いて、私が看病した。もちろん、宿の人や町の人には騒がせたお詫びはしておいた。事情を話すと理解してくれて「婚約者を取り返しに来るとはあっぱれな姫君だ」と褒めてくれたが。


 クローヴェル様が回復なさるのを待って、私達は出立した。クローヴェル様に負担を掛けないためにゆっくり進んだので、王都まで丸二日掛った。クローヴェル様を馬車で寝かせるのは心配だったが、初めての経験だと楽し気にしていらした。


 そうして王都に帰り付いたのだが、私はクローヴェル様を王宮には入れず、そのまま造ってあった離宮、ただの丸太小屋にお連れした。こちらの方が療養には良いと思ったからだ。いきなり粗末な丸太小屋に連れて来られて生まれながらの公爵令息であるクローヴェル様はかなり戸惑ったらしいが、私が説明すると納得して下さった。ちくちくする藁のベッドにはかなりびっくりしていらしたけど。


 日当たりも良く、風通しも良い。周囲は森で囲まれ、緑の香りが充満するこの丸太小屋を、クローヴェル様はすぐに気に入って下さった。クローヴェル様のために私がせっせと本を運んで差し上げて、離宮はすぐに本で一杯になった。クローヴェル様とテラスに並んで座って木陰で本を読むのは素敵な事だったわね。


 何しろ実家は近所だ。父さんも母さんも兄さん達も幼なじみも頻繁に様子を見に来るので、私が養子である事はあっという間にクローヴェル様にバレた。クローヴェル様は流石に驚かれたが「養子なのになぜ竜の手鏡が金色に光ったのですか?」と私が思ったのと違う方向に驚いていた。


「王家の近縁という意味ではアルハイン公爵家もそれほど負けてはいない筈なのに、私達が手鏡を使っても、ほんのうっすらとしか光らなかったのです」


 それは不思議ね。ところで金色の光は何か特別な意味があるのかしら?


「金色に光らせる事が出来るのは、竜の血を特に強く受け継ぐ者であるとされています。直系の王族でも滅多にいないそうです」


 それはおかしいわね。いくら近縁とはいえ、直系の王族に比べれば私の血は薄い筈だもの。だけど、クローヴェル様は私が手鏡を光らせたのは事実で、竜の血筋の証明にはあれ以上の方法は無いのだから、今更養子である事は誰も問題に出来無いだろうと仰った。


「それに私にはあなたがあなたである事が大事なのです。あなたが竜の血筋であるかなんて私にはどうでも良いことです」


 嬉しいことを言って下さるのだこの婚約者様は。因みに私とクローヴェル様は一緒にこの離宮に住んでいるが、部屋は分けていてまだお互い清い関係ですよ。神殿で大女神に誓いを立てるまでは。


 その神殿での結婚式だが、クローヴェル様が回復なさるまで延期になっていた。やはり慣れない宿屋で一カ月も監禁されたのはきつかったらしく、しばらくは熱を出したりふらつかれたりでとても結婚式をやる事が出来る状態では無かったのだ。


 しかし、健康的な離宮での生活(食べ物も新鮮な野菜、果物、乳製品がすぐ届く)でクローヴェル様はグングンと回復され、離宮に入って一カ月後にはゆっくり歩いて王宮にまで行けるようになった。王都を二人で歩いていると、そこら中から婚約を祝う言葉が投げ掛けられたわよね。クローヴェル様は私と王都の民の距離感の近さに大分驚いたようだけど、不快な様子は無かったので一安心だ。


 ちんまりした王宮には意外にクローヴェル様は驚かなかった。それはそうか。離宮って言って連れて行ったのが丸太小屋だったし。そもそも王宮はあそこから見えるしね。


 お父様との対面では、お父様は滅多に使わない謁見室を使い、正装をして階の上に座ってクローヴェル様を出迎えた。顔付きも精一杯厳めしく保っている。クローヴェル様は流石のお作法で、美しい動きで跪くとお父様にご挨拶をした。


「大女神アイバーリンの代理人にして七つ首の竜の一首を担いし偉大なる国王陛下にご挨拶を申し上げます。ご機嫌麗しゅう」


「うむ。大儀である」


「アルハイン公爵子息、クローヴェルと申します。この度イリューテシア様とのご縁を頂きまして、厚かましくも王国にやって参りました。以後、お見知り置きを」


 丁重なクローヴェル様の態度に、お父様は表情を緩めた。ああ、これは大国アルハイン公国の令息なんてどんな傲慢な奴が来るかとお父様は恐れていらっしゃったんだわね。それで精一杯威勢を張っていらっしゃったのだ。確かにホーラムル様がいらしたのだったら初手からお父様にマウントを取りに掛かって大変だったかもね。


 場所をサロンに移してお茶を飲みながら談笑を始めると、クローヴェル様の柔らかな態度にお父様はすっかりいつも通りのリラックスした態度に変わった。うんうん、と頷き私を見て言う。


「良い婿を選んだようじゃな。リュー」


「そうでしょう?お父様」


 私がフフフっと笑うと、クローヴェル様が楽しそうに笑った。


「リュー?あなたの愛称ですか?」


「そうですよ」


 本当は本名だけどね。


「私もそう呼んでも?」


 あら、素敵。


「もちろん。是非そう呼んで下さいませ」


「では、リュー。私のこともヴェルと呼んで下さいね」


 という事で私は婿様の事をこの時からヴェルと呼ぶ事になったのだ。仲睦まじい私達の様子を見ながら目を細めていたお父様だが、少し目を鋭くして、さり気ない口調で言った。


「ところで婿殿。其方はアルハイン公爵から何を言いつかってきておるのかな?」


 クローヴェル様は少し姿勢を正した。


「どういう意味でしょうか」


「ふむ。其方が婿に来るに当たってアルハイン公爵が何も其方に命じておらぬ筈はあるまいよ。何らかの思惑があって我が国に婿を送り込んだのだろうからな」


 それはそうなのだ。アルハイン公国はイブリア王国に婿を出すにあたり、当然見返りを得たいと考えている筈である。クローヴェル様個人は良い人だが、一族であるからにはアルハイン公国の意向から全く自由でいられるとは思えない。アルハイン公国が何を考えているかをお父様が気にするのは当然だろう。


 しかし、私はちょっと慌てた。いきなり本人に直接聞くのはどうなのか。その辺は私がそれとなく後で聞き出そうと思ってたのに。だが、クローヴェル様は気にした様子も無く答えた。


「それは色々言われました。やれ、王国の軍事力を強化して、アルハイン公国の東国境の防備に使わせろとか、今は殆ど封鎖されている王国の南国境を越える街道を再開し、聖都の大神殿への巡礼路を開けとか、王国からの帝都への影響力を高めろとか」


 クローヴェル様は列挙した後、苦笑しながらお父様と私を交互に見やった。


「出来ると思いますか?」


 お父様も私も即答した。


「無理じゃな」


「無理ですね」


「私もそう思います。王国に来てからは尚更です。アルハイン公国では王国の国力がここまで落ちている事が分かっていないのだと思います」


 良かったわよホーラムル様を連れて来なくて。あの野望に燃えた方が王国にやってきたら、何もかも無理な現状に絶望するか逆切れしてヤケを起こすかのどっちかだったでしょうね。


「ただ、アルハイン公国に言下に無理と言ってしまうのは下策でしょう。父上や兄上は無理だと思って無いわけですから、王国が不当に公国の要求を拒絶したと見做すでしょう。私も無能扱いされる事になる」


 そうよね。アルハイン公国としては見返りを期待して婿を出している訳だしね。公国の要求を何もかも拒絶したら怒るだろうし、そうなればクローヴェル様は王国と公国の軋轢に挟まれて、苦しい立場に晒される事になる。そうした場合、クローヴェル様がアルハイン公国の都合で動いても仕方がないと、私でも思う。


「私も実家の意向は無視出来ませんが、王国に無理させてまで要望を実行しても、長続きしませんから、意味が無いと思います」


「ふむ、ではどうするね?」


 お父様が髭をしごきながら問う。クローヴェル様は柔らかな笑顔で言った。


「ここは当面、やっている、準備していると言い逃れましょう。そうしながら、王国に出来る、王国とアルハイン公国に役立つ方策を考えましょう」


 まぁ、その方策はこれから考えるんですけどね、とクローヴェル様は頭を掻いた。それはそうだろう。彼はまだ王国について何も知らない。そこは私や国民のみんなで教えて一緒に考えれば良いのだ。


「ふむ。なかなか強かな。リュー。本当に良い婿を迎えたようだな」


 お父様は満足そうに頷いた。


 晩餐をお父様と食べ、既に暗かったが私達は離宮に戻るべく王宮を出た。衛兵が二人、松明を持って護衛してくれた。クローヴェル様のペースなのでゆっくり歩く。


 今日は月は暗く、その分星の光が降るように輝いている。私はクローヴェル様の手を握り、彼の足元を気にしながら、彼に言った。


「それにしてもヴェル。ヴェルはアルハイン公国の公子ではありませんか。実家の意向を優先しなくても良いのですか?」


 するとクローヴェル様は少し微妙な笑顔を浮かべた。


「良くはありませんよ。実家とはいえアルハイン公国は王国よりも何倍も大きく強い国です。あんまり逆らっていると攻め込まれて強制的に私はリューの婿を辞めさせられるかも知れません」


 確かにその通りなのだ。今回の婿取りは一応こちらの顔を立ててくれたわけだが、両国の国力差にモノを言わせて私に強圧的にホーラムル様との結婚を迫る可能性だってあったのだ。


「ですが、私は決めたのです。貴方の婿になり、この国の王になり、父上や兄上たちに勝とうとね」


 クローヴェル様の言葉に迷いはなかった。


「アルハイン公爵家は代々尚武の家で、武力に長けた者が讃えられる家です。ですから私のように体の弱いものは軽く見られ、何をしても半人前扱いされる事が多かったのです」


 そうでしょうね。ホーラムル様もグレイド様もだけど、公爵も次期公爵も立派な体格で強そうだった。


「ですから私は、何をしてもどうやっても兄上たちには敵わないのだと思っていました。貴方に会う前は」


 クローヴェル様は立ち止まり、微笑みながら私の事を見詰めた。紺碧色の瞳が松明の灯りに揺れる。


「貴方は『勝ち方には色々ある』と仰いましたね?私はそれを聞いて真剣に考えました。兄上たちに勝つ方法をです。力では、武力では勝てないのならどうすれば良いのか。そして考え付いたのが・・・」


「私と結婚する事だった?」


 私の言葉にクローヴェル様は頷いた。


「そうです。貴方と結婚し、王国の王になれば私は兄上たちの上の身分になる。それどころか、王国の王になれば皇帝になれる可能性さえ出てくる。そうなれば私は兄上たちに勝ったと言っても過言ではないでしょう」


 確かにその通りだ。だが、それには幾つか越えなければならない障害があるわよね。私がそう思いながら首を傾げると、クローヴェル様は苦笑した。


「そうですね。まずは貴方と無事に結婚しなければなりませんし、アルハイン公国よりも絶対的に弱い王国の国力を改善しないと身分が上だなんて威張っても鼻で笑われるだけですし、今のままでは皇帝なんて夢のまた夢ですからね」


 クローヴェル様は決意を込めた瞳で私を見詰めながら、一言一言真剣な口調で仰った。


「ですから私は兄上たちに勝つ為に、私の為に、王国を発展させ強くしたいと思います。行く行くは皇帝になるために。私はそのために貴方の婚約者になったのです」


 私はジッとクローヴェル様を見つめる。お優しいお顔に決意がみなぎっている。うん。私の目に狂いはなかったわ。


「がっかりなさいましたか?」


 私が単なる乙女で恋愛に憧れ溺れたい少女だったらがっかりしたかもね。でも、私は王女で、私たちの婚姻は政略結婚。それなら婿の志はむしろ好ましい。


「うふふ、望むところですよ。婿様。私は王国を豊かに強くするために貴方を婚約者に選んだのです。むしろヴェルがそんな大きな野心をお持ちだと分かって嬉しいですわ!」


 志の無いところに成功は生まれない。望まぬ事は現実にならない。クローヴェル様が望み、私が望み、協力して実現に向けて邁進するなら、夢は夢ではなく目標だ。私はクローヴェル様の手を握り、言った。


「皇帝になる。素敵な目標ではありませんか。目指しましょう!一緒に!」


「貴方ならそう言ってくださると思っていました。リュー」


 クローヴェル様は私の手を握り返して輝くように微笑んだ。


 この瞬間から、私の、クローヴェル様を皇帝にするという壮大な目標に向けた戦いが始まったのだった。



 もっとも、我が王国の現状では皇帝どころか私とクローヴェル様以降の代に繋がるかも怪しい有様だ。志は高く、やる事は目の前の事から一つずつ。とりあえずやらなければならないことは私たちの結婚式だ。クローヴェル様が元気になったのだから、伸び伸びにしていた結婚式を執り行う必要がある。


 準備は終わっているのだから明日にでも執り行うことは出来るのだが、一応は帝都や他の王国、諸侯に結婚式の連絡をして、来賓の出席を仰がなければならない。まぁ、こんな山奥の寂れた王国にまで来賓が来るわけもないので、一応だ。そしてもしも間違って来賓が来る事があっても大丈夫なように、移動期間分の二週間ほど間を空けて式を行うことにした。


 そして最終準備をして式の日を待っていたら。なんと来るはずがないと思っていた来賓が来てしまった。


 しかも大物だ。


「クーラルガ王国王子、フェルセルムでございます」


 お父様の前に跪く赤茶色の髪の男性。背は高いが均整が取れた体格で、着ている服は目を見張るほど豪奢。そして服に負けないほどお顔も華麗だった。


「おお、フェルセルム殿。久しいな」


「マクリーン陛下におかれましてはお変わりなく。恐悦至極に存じます」


 フッと微笑む。オーラが凄い。美青年というだけではない。何かを持っている人のオーラだ。


 それもその筈。フェルセルム・クーラルガ王子といえば、現皇帝陛下ファランス様の長男で、現在次期皇帝に一番近い男だと言われているらしいのだ。


 クーラルガ王国にしてからがアルハイン公国の倍近いという広大な領土を持ち、強力な軍隊をもってガルダリン皇国や東の遊牧民国家とバチバチ戦っているという強大な王国だ。こんな山奥の王国とは月とスッポンだ。同じく七つ首の竜の一首とはいえ比べるのも烏滸がましい。


 そんな超大物がどうしてまたこんな山奥に?私がお父様の横で首を傾げていると、フェルセルム様が私の方を見た。私はスカートを広げて挨拶をする。


「初めましてフェルセルム王子。私はイブリア王国王女、イリューテシアでございます」


 フェルセルム様は頷くと胸に右手を当てて立ったまま礼をする。王女と王子なので同格だからどちらも跪かない。


「フェルセルムです。お初にお目に掛る」


 お父様はもう少し若い頃は年に一度、帝都で行われる竜首会議と呼ばれる国王のみが集まる帝国の会議に出席していたので、その時にフェルセルム様に会った事があるのだそうだ。因みにその時に必要だったので、社交が全く無いこの王国に住むお父様や家臣たちがお作法に詳しいのだ。私とクローヴェル様が結婚すれば、来年からはクローヴェル様が竜首会議に出る事になる、のだが、クローヴェル様の体調で帝都まで二週間も掛かる長旅が出来るかが問題だわね。


 フェルセルム様は私をしげしげと眺めている。何でしょう?私は社交的な微笑みで困惑を隠しながら言った。


「遠路はるばるお疲れ様でございました。このような山奥まで私達の結婚式に出るためにおいで頂いて感激しておりますわ。クローヴェル様からもくれぐれもよろしくと」


 フェルセルム様が来たという連絡に、私一人が急ぎ駆け付けたのでクローヴェル様は離宮にいるのだ。クローヴェル様はまだ王族では無いので、フェルセルム様に跪かねばならず、ここで跪いてしまうと後々の関係性に影響を及ぼしてしまうかもしれないので結婚式前に会わない方が良いと考えたという事もある。


「いえ、王族の結婚式にはクーラルガ王家からは誰か一人が必ず出る事にしているので、お気になさらずに。今回は私が行くことを希望しましたが」


「ご希望なさった?」


 帝都にお住まいならここまで二週間は掛かった筈だ。そんな大変な思いをしながらこんな山奥に来ることを希望するなんて物好きな、と思ったのだが、フェルセルム様は意外な理由を述べた。


「何でもあなたが竜の手鏡を金色に光らせたという事を聞きつけまして、これはお会いしなければ、と思ったのです」


 なんでもあの鏡を金色に光らせるには、高い『竜の力』が必要なのだとか。大昔は兎も角、最近では王家の者にもほとんどいないような竜の力の強さが必要であるらしく、私が手鏡を金色に光らせたという知らせは、大事件としてあっという間に帝都に届いたのだという。それは知らなかった。というか、竜の力って何なのかしら?


「竜の力は人を率いる力です。人を率い、統率し、戦わせる事が出来ます。正に王の力です」


 ??良く分からないわね。具体的には何が出来るのか分からなくて、私は曖昧に微笑んだ。その私を笑顔で見ながら、フェルセルム様はとんでもない事を言った。


「あなたの婚約者がこの場に居なくて幸いでした。どうでしょう。イリューテシア様。そのアルハイン公子との婚約を破棄して私と結婚して頂けませんか?」


 は?あまりのトンデモ発言に私もお父様も目が点になる。しかしフェルセルム様は笑顔ながら真剣な顔で続ける。


「鏡を金色に光らせる、金色の竜の力の持ち主は本当に貴重なのです。実は私も光らせる事が出来ますが、我が一族も、他の竜首の一族の誰も光らせる事が出来ていません。まだ噂が広まっていないから良いのですが、他の王国にこの知らせが届けば、あなたに縁談が殺到する事になるでしょう」


「いや、私は数日中には結婚してしまいますし・・・」


「恐らく、アルハイン公国に圧力を掛け、無理やりに離婚させてでもあなたと結婚しようという王族が出ると思います。それくらいあなたの力は魅力なのです」


 フェルセルム様はじりっと私ににじり寄りながら訴える。


「その点、私ならあなたを護れますし、私も金色の竜の力の持ち主です。あなたと釣り合う力を持っています。私とあなたが揃えば誰も敵わないでしょう。私が皇帝になる事は確定となります。そして私達の子供にも金色の竜の力が発現する事が期待出来ます。そうなればその子も皇帝になる事になるでしょう」


 うむむむむ。この押しの強さ。ホーラムル様を彷彿とさせるわね。彼よりスケールが何倍も大きいけれど。


 確かにフェルセルム様の言う通りなら、私とクローヴェル様の結婚生活はいきなり波乱含みになるだろう。アルハイン公国は帝国の中でも大きい国だが、我が国以外の竜の一首である王国には敵わないし、階位も格も低い。王国に強圧的に迫られれば逆らい切れないかも知れない。強制的に離婚させられたり、我が王国への侵攻を黙認させられるかも知れない。そうなれば私とクローヴェル様は離婚、最悪クローヴェル様は殺されてしまうかも知れない。彼を護るためには彼と婚約解消してフェルセルム様と結婚した方が良いのかも知れないわね。


 ・・・が。私はあえてクスクスと声を上げて笑った。


「面白いお話でしたが、聞かなかった事に致しますよ。フェルセルム様」


「・・・なぜですか?」


「他の王国がアルハイン公国に圧力を掛けて来ても、我が王国が権威的な後ろ盾になってアルハイン公国を護ります。なにせ婿様の実家ですからね。権威があればアルハイン公国は他の王国に一方的にやられる程弱くはありません」


 アルハイン公国は帝国の南東の護りを任されていると聞いている。弱いわけが無いし、実際見たあの豊かさからして、いかな竜首の王国とはいえ軽く扱える存在だとは思えない。

 

 そしてアルハイン公国としても権威的な後ろ盾になるイブリア王国に婿入りしたクローヴェル様は大事な存在だ。絶対に見捨てられないし、全力で護ってくれるだろう。イブリア王国とアルハイン公国がお互いに補い合えば、他の竜首の王国、例えクーラルガ王国が攻め寄せたとしても十分に対抗出来るだろうというのが私の見立てだった。そう。ここでフェルセルム様の申し出を断った場合、クーラルガ王国の動きが一番危ない。


 そもそも問題として、アルハイン公国に他の王国が攻め寄せたら内乱になってしまう。帝都が、皇帝陛下が対処すべき問題になってしまう。フェルセルム様のお父上がだ。可愛い息子のする事とは言え、内乱を誘発するような真似を皇帝陛下が許すだろうか。横恋慕して内乱誘発するなんて普通は許さないと思うのよね。


 結論として、フェルセルム様の仰っている事はほとんどブラフ、脅し、脅迫だ。自分がやると脅さないから始末に悪い。流石次期皇帝候補。なかなか巧みな交渉術ね。責任は他の王国に押し付け、恩着せがましく自分が助けてやろうと言い、更に私にも実利を提示する。もしもアルハイン公国から連れて来た婿様が渋々連れて来たお婿だったら、私もうっかりお誘いに乗ってしまったかも知れない。


「良いことを伺いました。金色の竜の力を持つ者は、皇帝になるのに有利なのですね」


 私が言うと、フェルセルム様が失笑した。


「あなたが皇帝になると?女性が皇帝になった事はありませんよ?」


「それも素敵だと思いますがそうではありません。私という金色の竜の力を持つ者の配偶者としてなら、夫が皇帝になり易くなるという事ですわ」


 フェルセルム様が口を大きく開けて驚いた。


「公子を皇帝に?」


「私の婿になってイブリア王国国王になれば有資格者になると聞いておりますわ」


 フェルセルム様がここで初めて苛立つような様子を見せた。


「皇帝は生まれながらの王族から選ばれるのが通例ですよ。王女の婿が皇帝になった事などありません」


「前例が無いことは不可能である事を意味しません。可能である事はいつかは実現するのです」


 私はフェルセルム様をしっかりと見据える。


「金色の竜の力があれば皇帝になれるなら、あなたがそれほど私を求める筈がありません。つまりそれだけでは確定では無いのです。ならば我が夫にも付け入る隙があるという事です。私は全力で夫を皇帝に押し上げて見せますわ」


 フェルセルム様は今や呆然としていた。私の言っている事が理解出来ないのだろう。いや、私の存在が理解出来無いのかも知れない。


「あなたに一つ忠告しておきますわ」


 私はうふふふっと思い出し笑いをしながらフェルセルム様に教えてあげた。


「プロポーズはもっとロマンチックにやらないとダメですよ。女性はロマンを求めているのですから。そうしないと意中の女性を射止める事など出来ません。あなたよりクローヴェル様のプロポーズの方が何倍も素敵でした」


 ・・・フェルセルム様は怒りの表情も露わに、お父様にだけ簡易なお別れの挨拶だけをして、すぐさま帰って行った。私達の結婚式に出るために来たんじゃ無かったのかしら。


 私はすぐにアルハイン公国に事の次第と警戒を促す書簡を記して使者に持たせた。十中八九脅しだとは思うけど、あんなに怒っていると衝動的に行動しかねないからね。アルハイン公国では大いに驚き、大騒ぎになってしまったらしい。


 そして私達の結婚式はまたしても延期された。フェルセルム様があんなに怒っていたのでは、暗殺者でも送り込んでクローヴェル様や私に危害を加えようとしても不思議は無いとお父様が心配したのだ。離宮と王宮の衛兵を増やし、警戒を厳重にする。結婚式中など無防備で格好のターゲットになってしまうので延期したのだ。がっかりする私にお父様は「あんな事を言って挑発するからじゃ」と呆れていた。二ヶ月ほど警戒して、アルハイン公国とも連絡を取り合って、どうやら大丈夫そうだという事になり漸く警戒を解除して、改めて結婚式準備を始めたのである。


 クローヴェル様は事の次第を知って大笑いして「流石はリューだ」と褒めて下さったわよ。


 だがこの時、フェルセルム様を怒らせた影響は、後々まで長く尾を引く事になる。


 


 

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