二話 婿取りのための旅

 その話は別に突然あった訳では無い。そもそも私が王家に養子に(実子という事になっているが)入ったのは、婿を取って王国を継ぐためだ。婿取りは最初から決まっている。


 使う当ても無いのに社交用の礼儀作法を徹底的に教育されたのも、婿取りのために他国へ行ってお見合いした時に恥ずかしい真似をしでかさないためだ。そうでなければイブリア王国には貴族がおらず社交の機会も無いのだから覚える意味が無い。


 十五歳になる頃には話は具体化していた。アルハイン公国というお隣の国から婿を出したいという打診があったそうな。私はそれを聞いて不思議に思った。


「なんでこんなしょぼくれた王国に婿を出したがるのかしらね?」


 私がそう呟くと侍女のポーラが呆れたように言った。


「姫様。姫様が将来継ぐお国を、自分でしょぼくれたなどと言わないで下さい。事実だとしても」


 それから説明してくれた。つまりイブリア王国はしょぼくれているが、かつては勢威を誇った時代があり、王国の七つの竜の首の一つを担っていた時代がある。「帝国」の皇帝は帝国中の有力王国や諸侯が集まって選帝会議というのをやって選ぶのだが、中でも七つの王国の発言力は別格なものなのだという。そもそも、皇帝に立候補するにも七王家の王でなければならないのだそうだ。


「それは習ったけど、昔の話よね」


「いいえ。現在でもそうです。ですから皇帝を出したいという野望を持っている国にとっては、跡継ぎの王子がいない我が国は非常に魅力的に映るのですよ。姫様の婿になり、その婿を支援して皇帝に押し上げれば実質的に自国から皇帝が出せるのですからね」


 アルハイン公国は領域面積が我が国の三倍。人口は十倍以上。予算規模は比べるのも恥ずかしいという程の大国だ。ぶっちゃけ、普通は婿を出してくれと頼んでも相手にもされない程の差がある国なのである。それが辞を低くして婿を出したいと言ってくるのだから、伝統ある王国と血筋というのは凄いものなのだ。


 アルハイン公国には四人の王子がいて、長男は跡継ぎなので無理だから、次男から四男までの三人の中から婿を選んでくれ、と言ってきたそうだ。選ばせてくれるのか。それはまた良心的な。それだけ、何としても我が国の国王にアルハイン公国の血筋を送り込みたいのだろうという。


 お父様はアルハイン公国なら申し分無いので、この話を受けたいと仰った。別に私には異存は無い。私は婿取りのためにお父様の子供になったのだし。私には恋愛経験が全く無いし、あんまり興味もない。結婚相手などあまりにも変な相手でなければ誰でも良いとこの時は思っていた。


「ではお見合いのためにアルハイン公国の国都に行くように手配しよう。勿論、会って見て気に入らぬようなら断っても良いからな」


 私はびっくりした。断っても良いの?


「そんな事をしたらアルハイン公国が怒りませんか?」


 するとお父様は白い髭と髪に覆われた顔を震わせて笑った。


「怒ろうがどうだろうが、私にはリューの方が大事だからな。其方が納得が行く婿を選ぶが良い」


 私はちょっと面映ゆい気分になったわよね。お父様は兎に角私を可愛がってくれるのだ。養子なのに完全に実子として、いや実子以上に大事に扱い、私が望むことは何でもかなえてくれようとしてくれる。予算の都合で無理な事も多かったけれど。


 そんな優しくして下さっているお父様に報いるためにも良い婿を捕まえねば。私は頑張って婿取りお見合いに挑むことを決意した。


 


 お見合いに向けて私は色々準備をした。馬車の用意。これは王家で持っている馬車があるにはあるのだが、大分古ぼけてしまっていたので、王都の職人に頼んで磨いて塗り直してなんとか見られるレベルにしてもらった。これが私用と随員用、荷物用で三台。馬は実家を含む近隣の農家にお願いして借りて来た。


 護衛の手配もする。王国には一応、王都衛兵がいる。常時十人くらいしかいないが。王国の若者が持ち回りでやってくれているのだ。そういう衛兵経験者に声を掛けて二十人の護衛を確保した。少し多いかな?と思ったが、お姫様として他国の都に乗り込むのだから見栄えは大事だと思い直す。ちなみに鎧兜や旗は王宮に保管されているのでそれを貸し出した。


 私自身はやはりドレスと宝飾品の準備をしなければならない。お父様はドレスを新調しようと言ってくれたのだが、私は断った。王家の懐具合は私はもう把握していたからね。そんなたった一回のお見合いのために無駄なお金を使う訳にはいかない。仕舞ってあった昔の王妃が着ていたドレスの一つを私と侍女とで繕って少し直す。生地は良いので古臭さも重厚な伝統を醸し出すのに利用出来れば利点となるだろう。宝飾品も昔から王家に伝わるものなので、デザインの古さは兎も角質は良い。


 侍女はポーラを含め三人。侍従長のザルズも連れて行く。本当は見栄えのためにはもっと連れて行きたいのだが、お作法がちゃんと出来るメンバーがこれしかいないのだ。最近新しく雇った侍女はまだ教育中でとても他国の王宮には連れて行かれないレベルらしい。それを言ったら私はどうなのか?と思ったのだが、ポーラが「姫様なら全く問題ありません」と断言してくれたので大丈夫なのだろう。


 その他もろもろ準備を整えて、私はアルハイン公国に出発したのだった。十五歳の年の春だったわね。


 イブリア王国王都からアルハイン公国国都までは七日の旅だった。


 いや、簡単に言ってしまったけどこれが大変だったのだ。三台の馬車を囲んで衛兵は歩きながら旅をする訳だけど、衛兵は慣れない重い鎧を着ながら歩いている訳だからすぐ疲れてしまうので、頻繁に休憩しなければならないのだ。おかげで予定していた町や村に辿り着けずに野宿になってしまう場合も多かった。その場合、私は馬車の中で寝て他の者は毛布で包るだけで地べたで寝るわけだが、そんな事をすれば疲れも取れない。そうすると衛兵たちは疲れ易くなって歩みが遅くなるという悪循環だ。


 宿に入れても何しろ予算が無いので、私以外は一部屋に数人を詰め込む事になるので、ベッドでは寝られず床で寝る事になった者も多かったようだ。なんだか申し訳無い。予算も考えずにこんなに衛兵を連れてくるのでは無かったと後悔したわよね。私は毎日衛兵にお礼とお詫びの声を掛けて歩いた。兵士たちはアルハイン公国の国都に着く頃にはヘロヘロになってしまったが、一人も逃げ出すことなく付いて来てくれた。


 そうやって漸く到着したアルハイン公国の国都。遠目からも目を見張るような大都市だった。人口は確か十万人。この街だけでイブリア王国の人口の以上の人間がいるのだ。


 高さ十メートルくらいの城壁でぐるっと囲まれていて、数か所の門以外からは出入り出来ない。私達は門の所でアルハイン公国国主の公爵からの招待状を見せて門を潜る事を許された。


 中に入って唖然としたわよね。イブリア王国の王都には三階建て以上の建物は王宮しかない。それが王宮よりもはるかに大きな建物がずらっと連なっているのだ。歩いている人は王都のお祭りの時より多い。馬や馬車や手押し車が引っ切り無しに行きかい、喧騒が馬車の中にも入り込んできて物凄く煩い。これ凄い。私はお姫様らしく馬車の窓のカーテンは閉めていて、隙間からそっと覗いていたのだけれど、それでもここがとんでもない大都市である事が分かった。


 因みにだが、私はこの街が実はイブリア王国の旧王都である事を知っている。百年ちょっと前に領土の大部分を皇帝に没収された時に王家は今の場所に移り、この旧王都にはその時に功績を立てたアルハイン公爵が入ったのだ。世が世ならここはイブリア王国の王都だったという事である。まぁ、そんな時代だったら私が国王様の養女になるなんてあり得なかっただろうけどね。


 宮殿はもうこれぞ宮殿という感じで、家の王宮なんてこの宮殿入り口の門の櫓位の規模しか無い。華麗さはそれ以下だ。この大宮殿から今のイブリア王国の王宮に入った王族の方々、大丈夫だったのだろうか。がっかりして正気を失ってしまったんじゃないだろうか。高さは五階建て以上で眩しい白壁と鮮やかな青い屋根。それが何棟も聳え立っている。その前に広がる大庭園にはこれでもかと言うくらい花が咲き乱れ、その中に美しい池が点在し、石像や銅像が立ち、その間を優雅に貴人たちが行き交う。


 中に入ればもっと凄い。御者に手を取られて馬車を降り、宮殿の車寄せからエントランスの大ホールに入れば、そこは屋内なのに煌々とシャンデリアの灯り輝く大空間。全階層をぶち抜いた吹き抜けドーム天井には美麗な絵画が描かれ、床には複雑な紋様の描かれた絨毯が敷かれ、壁には絵画が飾られ、そこここに花や石像が飾られ、正面にはドーンとアルハイン公国と我がイブリア王国の旗が飾られている。そしてホールには華麗に着飾った大勢のアルハイン公国の貴族と婦人達が並び、拍手をして私の到着を歓迎してくれた。


 お姫様のくせにこんな世界があるとは知らなかった私はショックを受けたわよね。同時に私はなるほどとも思った。十歳の頃から習ってきた礼儀作法は要するにこういう世界で使うものなのだ。実際、私が習った通りの作法で迎えてくれた皆様に礼をしてニッコリと微笑むと、皆様はほぉと感心したようにざわめき。案内してくれる侍女も非常に丁寧な態度で接してくれた。ゆったりした歩き方や、ゆるゆるとした手の動きなど、作法通りの動きがいちいち馴染む。


 案内されたのは控え室で、これから謁見室で公爵と会うのだそうだ。手順の説明があり「狭いところで申し訳ありませんが少しだけお待ち下さい」と言われた。いや、私のお部屋の三倍くらい広いんですけどね。ここ。私は宮殿の侍女が入れてくれたお茶をお作法に気を付けながら飲みながら待つ。あら、流石に美味しいお茶ね。


 そして案内があったので席を立ち、ゆるゆると歩いて謁見室に向かう。謁見室の大扉が開かれると「イブリア王国王女、イリューテシア・ブロードフォード姫様ご入来!」という呼び出しの声に被さって楽団の歓迎の曲が奏でられた。


 扉が開き切るとその荘厳さはエントランスホールの比では無い、謁見室の中が見渡せた。これは凄い。この部屋に家の王宮は全部入ってしまうだろう。ドーム型の天井にはやはり巨大な絵画が描かれているが、エントランスの絵は神々が微笑むようなものだったのに対し、こちらの方は勇ましい騎士達とそれを見守り踊る女神たちが描かれている。シャンデリアが連なり、王国と公国の旗が天井から何枚も垂れ下がって連なる。まっすぐ伸びる赤い絨毯。その左右には着飾った貴族と婦人たち。正面には椅子があってそれが公爵の椅子なのだろう。今はまだ居ない。


 本来、謁見室には階があり、その上に玉座が置かれるのが普通だ。家の王宮の小さな小さな謁見室にも国王の玉座が(ただの椅子だけど)階の上にある。しかし、公国の主君は公爵だ。王では無いので階を設置することが許されない。この一事をもってしても公爵と王には歴然とした格差があり、どんなに国力で上回っても逆転出来ない公国と王国の格式の差が分かる。そりゃ、公国が私に婿を出し、王の地位を欲するわけなのだ。


 私たちが絨毯をゆっくり進み、椅子から少し離れた所定の場所に到着すると、呼び出しが大きな声を上げる。


「七つ首の竜を護る騎士にして帝国を支える者にして公国のご主君。ケルバーツ・アルハイン公爵閣下の入来!」


 貴族たちが一斉に頭を下げる。先ほどされた説明では主賓の私たちは跪く事になっていた。が、私と来ていた侍従と侍女はサッと跪いたが、私は知らん顔して立ったままでいた。


「姫様?」


 ザルズが戸惑ったように言う。周囲の貴族もざわついている。しかして公爵が専用入口から入場したのだけど、公爵は私が立ったままなのを見て嫌そうな顔をした。なぜ私が跪かなかったのか分かったからだろう。


 公爵と王国の王女では、王女の方が位が高い。百歩譲って公国の国主である公爵と公国で会うのなら、公爵が出迎えなくても許されるかもしれないが、王女を跪かせるのは不遜な行為である。


 万が一私がここで跪いてしまうと、私は公爵に謙った事になり、公爵の方が上だと認めた事になってしまう。婿取りの行方に影響するばかりか、婿を迎えた後に公爵が王国の事に口を出す口実になってしまうかもしれない。だからここは私は尊大な態度でいるべきなのだ。私は轟然と顎を上げて公爵を迎える。


 おそらくは世間知らずの田舎姫君なら跪けと言われれば、よく分からずに跪くと思ったのだろう。公爵は舌打ちでもしそうな表情を一瞬だけ浮かべたが、すぐに微笑みに押し隠して私に一礼した。


「ようこそいらっしゃいました。イリューテシア姫。はるばる我が国都までようこそ」


 公爵はこの時四十代前半。焦茶色の髪と瞳を持つ端正な顔立ちの紳士だった。少し太めだったけど。私は彼を気分的には睥睨しながら(背は私の方が随分低いから見上げていたけど)尊大な態度のまま礼もせずに言った。


「アルハイン公爵。息災で何よりでした」


 ニッコリ笑いながら言う。こういう上から目線の態度もちゃんと教育で教わったものだ。下の者に舐められないためには偉そうな態度が出来なければならないと言って。まぁ、その教えてくれたザルズや侍女たちは目を白黒させているけど。


 公爵は流石に顔色一つ変えていないが、何か企んでいるような薄笑いを浮かべつつ言った。


「早速この後、姫様には我が息子とご対面頂きますが、その前に・・・」


 侍従がワゴンを押して何かを持ってきた。何だろう。見ると大きめの手鏡がベルベットの布に包まれて置いてある。私は何だこれ?と思いながらも何食わぬ顔を意識しながら見ていた。


「竜の鏡でございます」


「竜の鏡?」


 何だそれ?教育でも習わなかったし、本で見た覚えも無い。公爵は薄笑いのまま説明する。


「竜の血を引く者を判定するための手鏡です。竜の血を引くものがその姿を鏡に映すと反応があるそうです。帝都の皇帝陛下より特別にお借りしました」


 竜の血を引く者というのは、初代皇帝の血を引く七王家の血筋の事を指す。つまりこの手鏡を使えばその人物が王家の者かどうかが分かるのだそうだ。へー。随分便利な物があるのね。


「なぜそのような物を?」


 公爵は薄笑いのまま私をジロジロと見た。


「姫様がもしも万が一偽物だと困るからですよ。イブリア王国の国王陛下は随分長い事お子が生まれませなんだ。それがようやく生まれたと十五年前に聞きましたが、その後とんと音沙汰が無かった。それがここ二年ほど、突然婿取りの動きを始められた。少しおかしいと思っても不思議はありませんでしょう?」


 公爵。正解。確かにおかしいのだ。普通王家の、しかも婿取りの場合には、姫君が幼少時から許婚の選定を始め、まだ婿が小さい内に引き取って自国の事を教え込ませるものなのだから。


 家の場合はお父様が私が十歳になるまで何とか次の嫁を見つけようと頑張ったのと(もう老齢の国王に嫁ぎたいという娘がいなくて頓挫した)、私の教育がある程度進むまで待ったという事情があって、私のお見合いは婿取りの常識より大分遅れてしまったのだ。


 隣国からすればいるんだかいないんだか分からなかった王女が突然婿取りに動いたように見えただろう。疑われて当然である。


 でもそんな事は態度に出せない。私は上品に眉を顰める。


「そのような疑いを王女である私に掛けるなど無礼でしょう」


「もちろん申し訳無く思っております。しかし、王家同士の婚姻ではこの手鏡を使って血統の証を立てるのが普通だと聞きます。ですからどうか、一度この手鏡を使っては頂けませぬか?」


 公爵が低姿勢でお願いしているのに、これ以上無礼であると突っぱねるのも難しい。絶対嫌だと言うなんて、実は本物の王女では無いのでは?と疑ってくれと言っているようなものだ。仕方がない。私は観念した。


「わかりました。その手鏡をここへ」


 私が言うと公爵が自ら恭しくベルベットに包んだまま手鏡を差し出した。私はその柄を握り、別に緊張していませんよ、という表情を意識したまま、鏡に自分の顔を映した。


 大丈夫大丈夫。私はイブリア王家の王女の曾孫だし、調べたら母さんの家にもちょっと前に王家の血が入っているし、そもそも実家は王国が落ちぶれる前は名門貴族で、その時にも何度も王家から血が入っている。傍系皇族とも言える家なのだ。今はただの農家だけど。十分王家の血は濃いはず。


 そうは思いながらもドキドキしながら鏡を見下ろす。しっかりお化粧をしているからいつもより美麗になっている筈の顔が映る。・・・普通に顔が映っていいのかしら・・・。そう思いながら鏡を覗き込むことしばし。


 次第に自分の像の輪郭がぼやけてきた。?思わず首を傾げた、その瞬間だった。いきなり鏡が金色の輝きを放ったのだ。


「おお!」


 公爵を始めとしたその場にいる貴族も驚いていたが、誰あろう私が一番驚いたわよ。うっかり手鏡を落としたら大変だ。慌てて自分の顔を鏡から外す。すると、光は急速に弱まって、鏡は元のただの鏡に戻った。ふう、やれやれ。


 突然公爵が跪いた。深々と頭を下げて大きな声で謝罪する。


「ま、間違い無く竜の血筋!紛れも無く王女殿下!疑いを掛けるような真似をして申し訳ございません!まさか金の光を放たれるとは・・・!」


 あれ?あの光にも種類があるみたいね。私は当然ですよ、という微笑を浮かべながら公爵に手鏡を返す。


「公爵も自分の大事な息子を婿に出すのですもの。疑いたくなる気持ちも分かります。許しましょう」


「寛大なお言葉誠に有り難く存じます」


 公爵は恭しく手鏡を受け取りながら言った。


 挨拶の儀式が終わり、私はそのまま大広間に案内された。歓迎の宴兼お見合いの為である。大広間はもう説明も面倒臭いくらい豪奢で華麗でキラキラピカピカしていた。とりあえずアルハイン公国はお金持ちで、イブリア王国は物凄く貧乏だという事が嫌という程分かった。婿に来る王子、王国の有様を見たらショックで死んじゃわないかしらね。大丈夫そうな王子を選ばないと。


 歓迎の宴は舞踏会の形式のようだ。ダンスは習ったから大丈夫だと思いたいけどね。何しろ私はこれが社交界デビューになるのだから、自信など無い。しかしながらこの場の最高位の王女として不安げな顔や自信なさげな態度は出来ない。


 居並ぶ貴族たち、特にご婦人のドレスは明るい色合いでレースも金糸銀糸の刺繍も多用され眩しいくらいに輝いている。私のドレスは濃紺で、金糸で美しく刺繍は入っているがやはりやや古臭くて地味だ。逆に目立つ。


 私は出来るだけ堂々とした態度を意識しつつ進む。お作法を思い出し、微笑みは絶やさず、他からの視線は受け流す。そして広間の中央まで進み出た時だった。


 私の前に三人の男性が進み出て来て、跪いた。


 左から金髪、焦茶色の髪、くすんだ金髪の男性だった。三人は深く頭を下げている。一番左の男性がハキハキとした声で言った。


「イリューテシア王女殿下のご尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます、よろしければご挨拶をさせて頂けますでしょうか」


 私は周辺からの注目を十分に意識しながら頷く。


「許します。顔を上げてください」


 三人はゆっくりと顔を上げた。左の金髪の男性がその精悍な顔に笑顔を浮かべながら名乗る。


「私はホーラムル・アルハイン。アルハイン公爵の次男です」


 真ん中の焦げ茶色の男性はアルハイン公爵に一番似ていた。髪の色が似ているからより似て見える。その端正な顔に甘い笑みを浮かべている。


「私はグレイド・アルハインです。アルハイン公爵の三男です。お見知り置きを」


 そして一番左のくすんだ金髪の男性は、顔立ちは悪くないものの頬が削げ顎も尖ってしまっていた。痩せ過ぎだ。色も驚くほど白く、表情に覇気が無い。ただ、その深い碧というような色合いの優しい瞳は印象に残った。


「クローヴェル・アルハインです。アルハイン公爵の四男です。初めまして。王女殿下」


 これが、私とクローヴェル様との初対面となる。

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