第12話

 夏だ。summerだ。すなわち、海だ。

「チャリで行こうって言った奴誰だよ!」

 柊が声を荒げる

「仕方ないだろ、姉さんの車4人乗りなんだから」

シャーと自転車のチェーンの音が鳴る。

「だったらどっちか乗せてもらえばよかった!」

「一人だけ自転車とかいやだろ」

肌が焼ける感覚が、高い気温をこれでもかと感じさせる。

「お前が一人で行けばいい」

「それが嫌だって言ってんの!」

海水浴場まではまだかかりそうだ。


海水浴に行くなんていつぶりだったっけ。小さい頃に一度。行った……気がする。

「そういえば、要」

「何?」

クーラーがかかった軽自動車の中で、窓から海を眺める。

「日焼け止めって、持ってる?」

レナちゃんがバックの中を漁っている

「忘れたの?」

「いやぁ~入れたはずなんだけどね」

てへっ、みたいな顔してないでさ

「はい。予備のヤツ。僕も忘れっぽいから」

「ホントにいいの? これ高い奴じゃん」

未開封の日焼け止めのパッケージをくるくると見まわしながら訪ねてくる。

「うん、もう一個あるし。どうせまた使うでしょ、あげる」

「くれんの? まじ?」

とか言いながらもう使ってるし。まぁ、もうあげたし、いっか。

「いいよ。うちにいっぱいあるし」

「いっぱい……?」

「そうだよ~要ちゃんのおうちはお金持ちだから」

と、なぜか運転席のお姉さんが誇らしげだ

「おかあさんは有名なアーティストで、お父さんは有名企業の重役だぜぇ~?」

「何で僕よりナマイキな顔できるんですか。関係ないですよ、この人」

「アーティスト? 何やってんの?」

「フラワーアーティスト? 僕もあんまり知らない……」

「そう! フラワーアーティスト! 要ちゃんのお母さん。もとい、華臥幽香かがゆうかは、今や日本を代表するアーティスト。はじめ、活動の拠点はアメリカでした。ですが、そこで出会った要ちゃんのお父さんと出会い、すべての公演を捨て日本に戻ってきちゃいました」

え? そうなの? ボクソンナノシラナイ

「そうして5年ほどこの街で身を潜めたのちに、11年前。満を持して、日本に! 復活!!! 復帰以後初の個展は前情報がすべてシークレット。開催の日程、場所は開催日の0時に急遽として発表。5年前の公演をドタキャンされた人たちが、こぞってチケットを買ったそうよ。それで、文句を言おうと思ったけど、作品で黙らせたって話。そんな彼女は今、世界中を駆け回ってたくさんの花束を作り上げている!」

「説明ありがと。僕の知らないこともあったけど」

「すごい人なんだ。知らなかった」

ふふん。と謎に自慢げである。

「そして、私の師匠です!」

「おお! すごい!」

目をキラキラさせてレナちゃんが話を聞いている

「え? 師匠? なんの話?」

「ああ、うん。私、幽香さんの弟子に取ってもらったの。会社辞めたらね。いま有休消化中」

なんか楽しそうなのはそのせいなのか。分かりやすくてかわいらしいなこの人

「じゃぁお姉さんは、要のお母さんが目標なの?」

「うん。そうなんだ。小さいときにあこがれちゃってね。半分あきらめてたんだけど。ダメ元で頼んだら、意外とあっさりね」

「大人になってから夢を追いかけるのって……なんかカッコイイなぁ」


窓の外に砂浜が見えてきた。もうすぐ。もうすぐ着く。

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