第4話「本能のままに」
地上前衛拠点シード01-スサノオの商業区画に、ちょっとした有名店がある。喫茶〈新天地〉、通りから外れ、少し奥へ進んだところにひっそりと構える品のある店だ。
FPOの有名人である〈白鹿庵〉のメンバーも御用達のお店で、可愛らしい店員さんの制服や、マスターがこだわり抜いたコーヒーなど、その魅力に囚われる常連客も多い。wikiや個人ブログなんかでもよく紹介されていて、観光系バンドのガイドブックにも載らないことがないほどだとか。
「そっかぁ」
「うう……」
そんな喫茶〈新天地〉のボックス席で、私とレナちゃんは対面していた。
昨日のプレイの最後、ニワトリに蹴られたショックで強制ログアウトしたレナちゃん。強制ログアウトは現実の体が落ち着きを取り戻すまで、大体2、3時間は再ログインができないこともあって、私もすぐにログアウトした。そうして、日を改めた今日、レナちゃんがログインするのを待って、この店へやってきたのだ。
その理由は、パーティ結成の祝賀会という名目ではあるけれど、実際のところ私の中ではレナちゃんの様子を確かめるのが本題だった。
「レナちゃんはすっごい痛がりだったと」
「そ、そうだよ。何か文句あるの?」
言い訳や前置きをたっぷりと含めたレナちゃんの長い説明を簡単に総括すると、彼女は桃色の髪を両手で抑えて私を睨む。そんな様子も可愛らしくて、思わず笑みが溢れてしまった。
「いやいや、痛みの感じ方は人それぞれだからね」
私もリアルの友人から度々似たような事を言われる。まあ、ベクトルはレナちゃんの真逆だろうけど。
「安心して。今後はレナちゃんに一切傷付けさせないから」
「むぅ。なんだかお姉さんの癖に生意気ですね」
「えええ……」
キラリと白い歯を光らせてカッコよく決めたつもりだったのに、軽くあしらわれる。レナちゃんはさっさとお店のメニューを開いて、私との間に立てた。
「お姉さんも何か食べますか?」
「ああ。このお店ってデカ盛りが有名なんだっけ」
コーヒーフロートしか頼んでいないことに気付いて、このお店が有名な理由を思い出す。こだわりの詰まったコーヒーも当然美味しいけれど、ここは料理もかなり充実している。しかも、デカ盛りのメニューも豊富で、フードファイト界隈で名を馳せているレティというプレイヤーも足繁く通っているのだ。
「じゃ、レナはギガマックスデミチーズオムライスに——」
「ちょちょちょっ!? ギガマックスってめちゃくちゃデカいんじゃないの? 一人どころか、二人でも食べきれないでしょ!」
一足先に注文しようとしていたレナちゃんを慌てて引き止める。このお店の大盛り料理はブログなんかで見たことあるけど、現実の常識を遥かに越えているのだ。仮想現実で食事を取っても実際の腹が物理的に膨れるわけではない、というのを逆手にとって、明らかに物理的な限界を超える量が平気で出てくる。
私がそのことを熱く訴えても、レナちゃんは狼狽えない。それどころかニヤニヤと口を曲げて、挑発するような目を私に向けてきた。
「へーきだよ、お姉さん♡ レナいっぱい食べられるもん。それよりもザコザコなお姉さんはミニサイズ頼めばいいんじゃない?」
「は?」
ざーこ♡ざーこ♡とこちらを挑発する女の子につい対抗心を燃やしてしまう。
「私だって、ギガマックス頼んじゃうよ」
「ええー? レナに負けるのが悔しいからって、無理しなくてもいいよ♡」
「負けないけど? 圧勝するけど?」
何故か乗せられてしまった感じがするけれど、気づいた時にはギガマックス海鮮明太クリームパスタという凶悪そうな料理を注文してしまった。これまた仮想現実である利点を大きく活かして、どれだけ手がかかる大量の料理でも一瞬で完成し運ばれてくる。
シックな制服に身を包んだ上級NPCの店員さんが銀色のカートを押してやって来た。それを見た瞬間、私とレナちゃんは絶句した。
『お待たせしました。ギガマックスデミチーズオムライスと、ギガマックス海鮮明太クリームパスタです』
地響きと共にテーブルに現れる巨大な船型のお皿。そこにこれでもかと積み上げられた、麺の山。白く濃厚なクリームがまるで山頂を彩る雪のようだ。鮮やかな赤の明太子が頂点から溢れんほどに乗せられ、イカ、アサリ、エビといった魚介類が山肌を飾っている。
どう考えても、私の胃袋のキャパを10倍はぶっちぎりで越えている。
「あ、あれ、あれ?」
そして、絶望を味わっているのは私だけではない。煽られたわけでもなく自分で注文した癖に、レナちゃんは万里の長城のごとき馬鹿デカオムライスを前にして口を半開きにして震えていた。
『こちら、完食成功で料金の半額分お返しとなります』
「な、なにぃ!?」
去り際、店員さんが告げた一言を聞いて、引くに引けなくなる。そもそも〈新天地〉のデカ盛りメニューは別に安くはない。この山のようなパスタだって、普通に5,000ビットくらいする。ではなぜ人間を辞めたようなフードファイターに人気なのかというと、味も当然のことながら、完食すればそれなりの金額が返ってきたり、そもそもタダになるからだ。
そして、倹約家たる私リオが、2,500ビットをみすみす逃すはずがなかろうという話である。
「レナちゃん、頑張るよ」
「あ、あぅ。——ま、任せなさいよ! こんなの、レナにかかればヨユーだからね!」
呆然としているレナちゃんに声を掛け、スプーンとフォークを両手に握る。はっと我に帰ったレナちゃんも、己を鼓舞するかのように胸を張り、スプーンを手に取った。
「う、うっぷ」
「嘘でしょ……」
レナちゃんが青い顔して手を止めたのは、オムライスの端っこ1割ほどを切り崩した時だった。いくら何でも早すぎる。女の子の食べる量としては頑張った方かもしれないけれど、このオムライスを前に啖呵を切ったのはあまりにも無謀すぎた。
「きょ、今日はその、お菓子食べちゃったし」
「いくらなんでもそれはないでしょ」
俯いて唇を尖らせるレナちゃんに、頭が痛くなってくる。お冷のおかわりを貰って、それを飲み干す。
ちなみに私の方は、全体の2割と少しを食べたところ。同じ料理じゃないので素直に比較できないが、レナちゃんの倍の速度で頑張っている。それでも、結構お腹がキツくなってきてそろそろ気合いの勝負を覚悟していたところだった。
「レナちゃん、いくらなんでもザコすぎるでしょ」
「違うもん! 今日はちょっと調子悪かっただけだもん!」
思わず飛び出た本音に、レナちゃんは顔を真っ赤にして怒る。それにしても彼女、〈新天地〉のデカ盛りを舐めすぎだった。事前の話振りは何度もチャレンジ成功させてきたような得意げなものだったのに。
「まあでも、無理して強制ログアウトになっても困るし。ほどほどでいいからね」
「大丈夫だもん!」
レナちゃんはそういってスプーンを突き刺すが、黄金の城はあまりにも大きい。彼女は亀の歩みのような速度で食べ進めていたが、やはり2割ほど食べたところでぐったりと机に突っ伏した。
「……よし!」
恥ずかしそうにモジモジしているレナちゃんを見て、私は一度食器を置く。そうして頬を叩き、気合いを入れた。
料理自体はとても美味しい。時間が経っても冷めたり固まったりしないのもいい。だから、あとはただ無心でお腹に詰めるだけ。どうせはち切れることはない。
「もぐっもぐっ」
「お、お姉さん……」
一気にパスタの半分を越えて、それでも口は止めない。要はリズムだ。流れを止めるからキツくなる。
「だ、だめだよぉ。お姉さん、しんじゃうよぉ」
何故かレナちゃんが泣きそうな顔で私を見ている。しかし、止まるわけにはいかない。半額も返ってくるのに、それを逃すわけにはいかない!
「もぐもぐっ!」
「す、すっご……!」
勢いのまま、ギガマックス海鮮明太クリームパスタを完食。すでにお腹がバチバチに張っている。けれど、私は止まらない。空の大皿を押し退けて、レナちゃんがちょこっと齧ったオムライスを引き寄せる。
「お姉さん!?」
「半額ぅ——。半額ぅ——」
こっちもチャレンジ対象商品なのだ。食べ切らないわけにはいかない。何も、注文したレナちゃんが食べ切る必要はない。私が食べ切れば、問題なく半額返ってくる。
「お姉さん! お腹裂けちゃう!」
「大丈夫だから。それに、限界を越えて詰め込んでると、なんか、生きてるって感じがする♡」
「えっ」
どう考えても、現実なら胃の容量を超える量。それを常識という限界を越えて、詰め込んでいく。ミチミチとお腹の皮が張って、痛みすら覚える。けれど、その感触が生きている実感を持たせてくれる。
オムライスそのものも、時間を掛けて手間暇かけて作ったであろう濃厚なデミグラスソースがたっぷりとかかっていて、とても美味しい。食事とは生きることだ。それを今、私は全身で感じている。
「はぁ、はぁ♡」
「お、お姉さん?」
「大丈夫。私、生きてる」
「うん。そ、そうだけど……」
たじろぐレナちゃんに見られながら、限界を突破して食べる。なんだろう。レナちゃんの切長な瞳に見られると、ゾクゾクと体の芯から震える。
「頑張るからね。私、頑張って食べ切るから」
「が、がんばれー」
気がつけば、オムライスも残り少ない。
スプーンでデミグラスソースもまとめて寄せて、お皿ごと持ち上げて口に直接注ぎ込む。ギチギチに詰まって悲鳴をあげる胃袋、気を失いそうな満腹中枢。彼らの悲痛な訴えも、最上のスパイスだ。
「ごちそうさまでしたっ!」
そうして、私は完食した。
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Tips
◇ギガマックスデミチーズオムライス
喫茶〈新天地〉のチャレンジメニュー。濃厚なデミグラスソースととろけるチーズを豪勢に載せた、ふわとろ卵のオムライス。総重量15kg。
中はチキンライスとバターライスが半分ずつ入っており、途中で味が変わるため、大食い初心者向け。
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