第3話「極限の戦い」

 明るいオレンジ色の髪はふんわりと。肌は健康的にちょっと赤みがかっている。ブラウンの瞳が鏡の中からこちらを覗いて、ニコニコと笑っている。

 レナちゃんからスキンの貼り付けが初回無料ということを教えてもらった私は、“奮迅の首飾り”を手に入れたその足で町の中央にあるスキンショップを訪れていた。


「お待たせー。どう?」

「いいんじゃないですか」

「素っ気ないなぁ」


 スキンショップを出て、表のベンチに座っていた桃髪の女の子に新しい自分を見せつける。レナちゃんは私を一瞥すると、ふっと視線を外して一言呟いた。

 〈化粧〉スキルも上げてないし、有料のスキンパーツも買ってないから、デフォルトパーツを組み合わせただけのシンプルな顔面だけど、結構うまくできたと思ったのに。


「そうそう、スキン貼ったら自動で服も着せられたんだよね」


 見たまんまロボットの外見だったスケルトンの時は、初期装備を着込まなくても良かった。けれど、全身が肌色になったことで倫理的な問題があったのか、強制的に白いシンプルな上下を着させられた。


「これ、売れないかな?」

「少なくとも新しい装備を買わないと脱げないと思うよ」

「それもそっかぁ」


 ワンチャン無限にアイテムを売って稼げる錬金術ができるかと思ったけれど、そうは問屋が卸さないらしい。分かっていたこととはいえ、少し残念だ。


「それよりも、その首飾りの効果見せてよ」

「あっ、そうだったそうだった」


 レナちゃんに急かされて、元々の目的を思い出す。私の首元には、赤い石の首飾りが下がっている。いくつかの任務をこなして手に入れたこれこそが、私の考えているプレイスタイルに必要なピースだった。

 首飾りのバフがきちんと表示されているのを確認して、私たちは再び〈はじまりの草原〉に舞い戻る。


「さあ、今度の私は一味違うよ!」


 喧嘩をふっかける相手は、もはや竹馬の友のような親しさすら感じてしまうコックビーク。〈戦闘技能〉スキルの基礎テクニック『威圧』を発動して叫ぶと、闘争心を刺激されたニワトリは茶色い翼を迫ってくる。それに対して私は——。


「おっふ」


 特に抵抗もせず、その攻撃を受け止めた。

 重い衝撃を受けて、LPが一気に削れる。けれど、まだだ。


「へいへーい!」


 再び向き直り、煽る。コックビークの鋭いクチバシが肩に突き刺さる。焼けるような痛みが走り、脳がビリビリと痺れる。傷口から流れ出す青い血を見ると、自然に口角が上がってしまう。


「はぁはぁ。もっと来いよ!」


 LPが半分を下回り、視界が霞む。けれど、まだだ。

 挑発を続けると、鶏も飽きずに鉤爪のついた太い脚で蹴ってくる。思わず地面に転がり、更に追撃を受ける。グングンと〈受身〉スキルに経験値が入り、レベルが上がっていく。けれど、私はまともに回避すらせず、真正面から攻撃を受け続ける。


「お姉さん!」

「大丈夫だから! まだ回復しなくていいからね!」


 流石のレナちゃんも心配そうにしているけれど、彼女の応援はまだいらない。まだ、私は生きている。


「へいへい!」


 攻撃はせず、挑発だけでニワトリの敵愾心ヘイトを掴み続ける。攻撃を受け続け、LPが危険域に突入した。ここからは刻んでいく。


「その攻撃はちょっと辛いかも!」


 翼を広げ、跳躍したのちに体重を乗せた蹴撃。その大技を喰らえば、流石に残存LPが全て失って死んでしまう。狙うのは発生の早い小技の啄み攻撃。相手の動き、予備動作を見極めて体を動かす。

 私のLPは残り2割を切った。


「あともうちょい!」


 急激にLPとブルーブラッドを失ったことで、意識も少し朦朧としてくる。あと一歩で“気絶”状態に陥って、意識を手放してしまうだろう。それだけは避けなければならない。その上で、もう少しだけLPを削らなければ。


「ふおっ!?」


 コックビークが羽を広げ、叩きつけてくる。威力の分からない攻撃は避けるしかない。

 頼むから、私の腕をつついてくれ。そう願いながら、次々繰り出される攻撃を避けていく。そして!


「きた!」


 コックビークが首を上げる。啄み攻撃の予備動作だ。反射的に避けそうになるのを堪え、鋭いクチバシの前に腕を差し出す。


「がっ!」


 鋭い痛み。電流が走る。LPが15%を下回る。

 その瞬間、全身が燃え上がるような熱を帯びた。


「おっほ、いいじゃん!」


 みなぎる高揚感に思わず笑い声が飛び出した。LPがギリギリまで減り、警告してくる。頭の中でうるさいほど警鐘が鳴り響いている。あと一度でも攻撃を受けたら、もしくは自分でテクニックを使ったら、死んでしまう。

 炙られるようなスリルだ。生を実感する。


「いいねぇ。これだよ!」


 コックビークが興奮のまま鳴き声を上げて飛び上がる。その動きも、少しゆっくりに見えた。広がった羽に手を伸ばせば、易々と掴める。暴れる首を掴み、両手で固定した状態で地面に叩きつける。


「せいっ!」


 頭部から地面に激突。

 たったそれだけの攻撃で、コックビークは死んだ。


「よっし、いい感じだね!」


 その成果を見て、思わず拳を握り締める。今の私の素のステータスだと、テクニックを使わずにコックビークを一撃で倒すことはできない。例え急所にクリティカルを当てたとしてもだ。でも、“奮迅の首飾り”のLPが15%を下回った際に攻撃力と攻撃速度がアップするというバフを受けることで、それが可能になる。似たような発動条件と効果のあるアクセサリーは他にも色々あるけれど、“奮迅の首飾り”が一番条件が厳しく効果が大きい。


「どーよ、レナちゃん! めちゃつよでしょ!」

「いや、正直引くよ」

「ええっ!?」


 意気揚々と振り返ると、ドン引き顔のレナちゃんと目が合った。華麗にコックビークを倒したというのに、思っていた反応じゃない。


「レナが言うのもなんだけど、お姉さん結構ヤバいよ」

「そ、そうかなぁ?」


 実際、人が嬲られてるのを見るのが好きなレナちゃんは自分を棚に上げているけれど。私は自分がそんなにおかしいとは思っていなかった。


「誰だって、傷ついた時にこそ生を実感するでしょう?」

「そうかなぁ?」


 今度はレナちゃんが首を傾げる。私は何かおかしなことを言っただろうか。

 極限まで傷付き、あと一撃でも喰らえば命が終わると言う時。矢尽き刀折れ、万策尽きた絶望感。その中で、己の拳を武器に一矢報いて、辛くも勝利を掴み取ったその瞬間。その一瞬が一番楽しいはずだ。

 そう私が力説しても、レナちゃんからうまく共感は得られなかった。どうして……。


「いくら痛覚設定を最小にしてるとはいえ、自分から攻撃を受けにいくとか正気じゃないよ」

「痛覚設定?」


 聞きなれない単語に首を傾げると、レナちゃんは妖怪でも見るような目をこちらに向ける。あれ? 私また何かやっちゃいました?


「嘘でしょ。痛覚設定デフォルトであんなドMプレイしてたの?」

「ドMって失礼な! で、痛覚設定ってなに?」


 ひどい暴言を受けながら、レナちゃんから設定画面の開き方を教えてもらう。そこに、痛覚設定という初めて見る項目があった。

 どうやら、仮想現実内で肉体にダメージを受けた際、どれくらいの痛みを脳に送るかという設定らしい。デフォルトでは最大になっているけど、痛いのが苦手な人や、ガチガチの盾役タンクなんかは最小にしてしまうらしい。


「うーん。気持ち悪い」


 試しに痛覚設定を下げてみると、なんだか透明な着ぐるみを着ているような感覚に襲われる。水中にいるような、と言ってもいいかもしれない。ともかく、一気にリアリティが遠ざかってしまう。これでは生の実感は得られない。


「うん、最大だね」

「嘘でしょ……」


 デフォルト設定に戻す私を見てレナちゃんが絶句する。そんな驚くほどのことでもないでしょうに。そもそも最大とはいえ、ショック死したり現実の体に影響が出るほどのことはないのだ。

 肩をクチバシで抉られた時も、カッターナイフが1目盛ぶん刺さった程度の痛みしかなかった。


「というか、これでレナちゃんも分かったでしょ。私とレナちゃんの相性が抜群って理由」

「まあ、なんとなく分かったけど」


 レナちゃんは仲間がギリギリのLPで戦っているのを見るのが好き。私はギリギリのLPになるほど能力が高くなる。二つの歯車がガッチリと組み合ったわけだ。


「お姉さん、もしかして本当にそのプレイスタイルで行くつもり?」

「そうだよ?」

「絶対やめた方がいいよ。攻撃受けないと全力出せないし、効果発動中はテクニックも実質制限されるんだよ?」

「分かってるよぉ。ちゃんと色々考えてるから。私、こう見えて知略派なんだよ」


 レナちゃんは相変わらず深い疑念の目を向けてくるけれど、私なりに下調べは済ませている。別にサービス開始直後からやっているわけでもないし、ネットには個人のブログから公式wikiまで色々な情報が揃っているのだ。


「せめて防具くらいは金属で揃えたほうが良いよ」


 LPが自然回復してしまわないうちに、もう二、三羽くらい倒しておこうとニワトリを探していると、レナちゃんがそんなアドバイスをしてくれる。彼女にしては意外な言葉に少しびっくりしたけれど、すぐに否定する。


「金属鎧は着ないよ。多分、かなりの軽装になると思う」

「なんで!?」


 信じられない、と目を見開くレナちゃん。私は飛びかかってきたコックビークを蹴り上げながら答える。


「だって! ——攻撃受けるの前提だし、金属製だと修理費が嵩むでしょ」

「ええ……」


 それに分厚い鎧なんて着てたらダメージを受けても実感が湧かなくて味気ない。という二つ目の理由は心にしまっておく。言ってもいいけど、レナちゃんがまた冷たい目をしてしまうかもしれない。


「あと、重いの着てたら動きにくいでしょ。ギリギリまでLPは減らすけど、変な被弾で死ぬのは嫌だし」


 二羽目のコックビークに正拳突きを喰らわせて、伸びたところを手刀でトドメを刺す。やっぱり、LPが回復するにつれてバフの効果も減っていってしまう。適度の攻撃を受けるなり『挑発』みたいな小技でLPを消費して、ミリ残しの状態を維持しなければ。

 そんな訳で、各地のボスを倒すと手に入る源石を使った八尺瓊勾玉の強化は、LP回復速度の上昇ではなくLP最大値の拡張に振ることになる。LP最大値を拡張すれば、首飾りの発動条件を満たした上でのLP量自体も増えることになるし、プレイスタイル的にLP回復速度は遅い方がいい。


「信じられない。お姉さんがこんな変態だったなんて」

「すんごい言われようだなぁ」


 結局4羽のコックビークを倒したところで、LPが自然に15%以上まで回復してしまった。私は早速解体ナイフを取り出して、鶏を捌き始める。〈解体〉スキルもちゃんとレベルを上げないと手間の方が優ってしまう。スペシャリストになると、普通にドロップアイテムを回収するより何倍も多くの収獲が得られるらしいけど、道はまだまだ長そうだ。


「ところでレナちゃん」


 鶏を鶏肉に加工しつつ、レナちゃんに話しかける。彼女は何故か少し怯えた様子でこちらの様子を窺ってきた。

 私は自分の体を傷付けるのは好きだけど、別に他人を傷付ける趣味はないのに。


「レナちゃんの応援って、LP回復以外のもあったりする?」

「えっ? まあ、うん。むしろ〈舞踏〉スキルは広域バフが長所だから、一通りあるけど」


 〈舞踏〉スキルの応援系統テクニックは、パーティ単位ではなく自身を中心としたエリア単位での範囲バフに秀でているらしい。支援機術なんかだとパーティメンバーだけを効果対象にするぶん効果も強力なものが多いけれど、その逆だ。例え他人であろうと分け隔てなく応援するとは、博愛主義のスキルだ。

 そんでもって、『応援』というテクニックは“振り付け”が重要らしい。他のテクニックでいう“型”にあたるもので、“発声”と並んで発動の成功や効果に影響する。『応援』はいくつかの“振り付け”を自由に組み合わせることで、色々な効果を発揮する。例えば、LPの小回復だったり、攻撃力の上昇だったり。

 “振り付け”はアーツの詠唱とは違って事前に設定する必要はない。その時その時で臨機応変に変えることができる、というのも〈舞踏〉スキル系支援の特徴だった。


「じゃあ、レナちゃんは極力LP回復じゃなくてステータスアップ系の応援をしてくれない? そっちの方がありがたいんだ」

「まあ、お姉さんがそう言うなら別にいいけど……」


 基本的に、私はLPを回復して欲しくない。それよりも攻撃力や移動速度を上げてもらう方がいい。その上で、『応援』ならギリギリのところで振り付けを変えて咄嗟のLP回復もなんとかできるはず。

 うーむ、考えれば考えるほど、私たちは相性抜群だ。


「じゃ、決まりだね! 私がレナちゃんを守るから、レナちゃんが私を支援してね」

「仕方ないなぁ。お姉さんは、レナがいないとダメなんだもんね」


 仕方ないと言いつつも、レナちゃんも笑っている。実際、私も一人だけだとこんなピーキーなプレイはそう長く続かないと思っている。敵が強くなればなるほど、私の余裕はなくなっていく。だからこそ、頼れるバッファーが必要だった。

 4羽のコックビークを捌き終え、インベントリにアイテムが入ったのを確認して立ち上がる。これを売れば、何か美味しいものを食べるくらいのお金にはなるだろう。普段は質素倹約を旨とする私だけれど、使うべき時にはしっかり使うのが心情だ。


「よーし、町に戻ってパーティ結成記念のお祝いしよう!」

「お祝い! そ、それなら〈新天地〉っていう喫茶店があるんだけど」

「めっちゃデカ盛りのお店じゃなかったっけ……?」

「任せて! レナ、いっぱい食べられるから」


 レナちゃんはぺたぺたのお腹を張って、ふんと鼻を鳴らす。タイプ-フェアリーの機体は小さいし、そんな大量に入るような気はしないけど、仮想現実ではリアル以上に大量に食べられるという話もあるし、レナちゃんはそういうタイプなのかもしれない。


「じゃ、早速いくよ!」

「あっちょ、レナちゃん!?」


 ニコニコと笑うレナちゃんは、身を翻して走り出す。私が慌てて手を伸ばすけど、届かない。


「危ない!」

「えっ?」


 せめて叫ぶ。声は伝わり、レナちゃんの足が止まる。彼女の桃色の髪に、暗い影が落ちた。


「レナちゃん!」

「ぽわっ」


 草むらを薙ぎ倒して走ってきたコックビークが、ステータスが低く格下と認定したレナちゃんに飛びかかる。おそらくレナちゃんのLPを一撃で削るほどの威力はないけれど、彼女の表情はそれ以上の恐怖を浮かべていた。

 急いで駆け寄るも、間に合わない。距離が開きすぎている。


「お姉さ——」


 青い瞳が助けを求める。私は手を伸ばす。届かない。


「きゃああああっ!」


 コックビークの鉤爪がレナちゃんの頬を掠める。目を大きく開いた彼女が絹を裂くような悲鳴を上げる。どう考えても、異常なほどの恐怖だ。


「レナちゃん!」


 コックビークの首を掴み、地面に叩きつける。間髪入れず蹴り上げ、拳で叩き落とす。三連続の攻撃で、コックビークは死ぬ。けれど、レナちゃんは腰が抜けたように地面に倒れ、ブルブルと震えていた。


「レナちゃん、大丈夫?」


 彼女のLPを確認する。予想通り、2割も削れていない。けれど、彼女の顔は蒼白だった。


「レナちゃん?」

「あぅ、あ、お姉さん」


 ブルブルと震えている。彼女の手を握ると、とても冷たかった。


「お姉さん——」

「ちょっ、レナちゃん!?」


 くたり、と糸が切れたようにレナちゃんが倒れる。慌てて抱き抱えて名前を呼ぶも、反応がない。それどころか、彼女の体が光の粒子となって空気中に溶けていく。

 これは——。


「レナちゃん!」


 システムメッセージを記したウィンドウが現れ、彼女の体が完全に消える。一人残された私は、唖然として小さなウィンドウの文章を読む。


「“強制ログアウト”——」


 強いショックを受けるなどして、現実の体をモニタリングしているヘッドセットが一定以上のストレス反応を検知した。その結果、現実の体を守るためのセーフティが発動し、レナちゃんは強制ログアウトを受けた。つまり——。


「レナちゃん、めっちゃビビりってこと?」


 おそらく、痛覚設定は最小に設定しているはずだ。それなのに、コックビークの軽い一撃でブルブルと震えるほどショックを受けていた。そして、ついには強制ログアウト。

 どうやら、私のパーティメンバーはとてつもない虚弱体質だったらしい。


━━━━━

Tips

◇ストレスセーフティ

 ゲームプレイ中に強いストレス反応を検知した場合、自動的にセーフティが起動し、強制ログアウトなどの措置が取られます。個人の痛覚耐性によってはセーフティが頻発する可能性もあるため、その場合は痛覚設定などを見直してください。


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