第5話青春は何もかも実験である 〜ロバート・ルイス・スティーヴンソン〜

「朗報だ。今日から一週間、文化祭の準備期間が始まる」


文化祭。クラス一丸となって取り組む学校行事。グループに分け隔てなく、交流し合える日が来るとは思ってもいなかった。それは同時に、厄災を呼び起こすことにつながる。


「文化祭って、秋にあるんじゃないんですか?」


城之内がそう言った。城之内はクラスの中心人物だ。明るく陽気でみんなを楽しませてくれる。役割的には愛染と少し近いかもしれない。


「あぁ。従来の学校は秋に始まるだろう」


担任は続ける。


「だが秋には文化祭よりも、もっと楽しいイベントが待ち構えている。文化祭の準備をする暇がないくらい、忙しくなるぞ」


「それは、一ヶ月後の異能強化授業と何か関係しているのか?」


クラスメイトの視線は王城に集まる。王城が質問をすることは滅多にない。

いつも不穏な笑みを浮かべながら本を読んでおり、クラスの出来事に全く関心のない様子だった。

王城は俺たちよりも多くの情報を得ているのかもしれない。


「私は教師だ。故に中立の立場にいる」


「つまり....お前はオレの質問に答えられない、というわけだな?」


担任は表情の見えない顔で小さく頷いた。


「フッ、まぁいい。お前が立場上、話せないなら無理して話す必要はないさ」


再び、王城の視線は本に移る。


「なんだ? やけに素直じゃないか、王城」


担任は『お前』呼ばわりされても怒るどころか、不満に思う節もない。これは明らかにおかしい事態。しかしこのクラスはそんな異様な光景に慣れてしまっているため、誰も不思議には思わない。いや、二階堂や愛染、王城クラスは気づいているかもしれないな。担任の、この学校の目的に。あえてそのことを言わないのは、混乱を避ける為だろうか。


「今は大人しくしておいてやろう。もっとも、今だけだがなぁ」


足を組み直し、椅子に背もたれる王城。その姿はまるで帝王だ。


そして、先ほどからチラチラと王城に視線を向けている生徒がいた。

この生徒は王城グループのメンバー。彼女は王城から様々な命令を受け、執行する係。

いつ何時、来るかわからない命令を待っているのだ。


王城のメンバーの使い方が垣間見える。王城は本当に面白い生徒だな....。


俺が感心していると、どこからか別の質問が飛び交った。


「私たちは一体、何をやればいいんでしょうか? 具体的な指示を下さい」


担任はその生徒に厳しい視線を向けると、ゆっくりと形のいい唇を開く。


「お前は何だ? 軍隊のように具体的な指示がないと、動けない類の人間なのか?」


テーマは自由。そう暗示している。

だが言い方が少々きついな。いつも通りだけど。


「いや、俺は動けます!」


その男子生徒はそう言った。

担任は興味が失せたのか、男子生徒から視線を逸らす。


「あ....っ」


男子生徒は悔しそうに歯をむき出しにすると、机に頭を押し付ける。

どうやら担任の視線を、本人の意図しない方法で使っていたらしい。心なしか少し頬が赤い。


「そうそう、言い忘れていた。この文化祭には無能力者の生徒『100人』が参加する」


怪傑高校では、異能力者と無能力者は同じ学舎で学ぶがクラスは分けられている。異能力者の養成において、無能力者は必要不可欠だと以前、学園長が言っていたが意味がわからなかった。しかしその釈然としないモヤも担任のこの発言により、霧散する。




「なぜですか!」


雪崩れ込むような勢いで、城之内が質問した。

担任は一つ、ため息を吐くと気だるそうに答える。


「無能力者は異能強化授業のキーパーソーンになる。もう、分かるな?」


城之内は子犬のような首を傾げる。

......可愛くも何ともない。これが桜田だったら別なんだろうが。


「城之内くん。異能強化授業は何をするものなのか、考えてみてほしい」


愛染が、子を守るような穏やかな視線を城之内に向ける。幼児ならその視線に安心感を覚えて思わず涙がポロリ、出てしまうかもしれない。


「うーん。異能の使い方を学ぶ授業か?」


愛染は表情一つ変えず、耳あたりのいい声で間違いを訂正する。


「いや、それは違うよ。異能と大勢の無能力者を動員して、集団で一丸となって管轄の組織と戦う授業。それが異能強化授業だよ」


ヒントは散りばらめられていた。

無能力者は異能力者に比べて圧倒的多数だということ。

異能力者養成機関が無能力者を受け入れた理由、あらゆる施設が集まる学園都市......。

それらを考慮すると、容易にその結論に行き着けるはずだ。


しかし担任は笑っていた。

まるでその答えを嘲笑うように。


▲▲


放課後。

『文化祭で何をやるか』それについて話し合うため生徒たちは講堂に集合していた。

誰一人欠ける事なく、無能力者の生徒も集まっている。


「そんなの決まっているだろう? 異能トーナメントだ」


無能力者をガン無視にした文化祭だな、それ。

さすが唯我独尊男、王城だ。


「王城君。もっと周りを見てくれないかな。異能トーナメントは異能を持たない生徒にとって楽しめないイベントだ。みんが楽しめる方法を....」


真っ向から異を示したのは二階堂だ。容姿に合わず、正義感が人一倍強い。



「ふはははははっ! お前は阿呆か? お前がやっていることは、タンプカーに剣一本で立ち向かおうとする事と同じくらい愚かなことだ」


「......それの何が愚かなのかな?」


二階堂は真剣な眼差しで王城を見捉えていた。

それを馬鹿にするように、王城は鼻で一笑する。


「まぁまぁ、二階堂くんも王城くんも落ち着いて」


愛染は喧嘩の予兆を察知したのか、遠くから走ってきた。

まるでウルトラマンのような手際の良さ。


「俺も王城君も冷静だよ」


二階堂が面喰った顔でそう言うと、愛染は「それは分かっているんだけどね....」と神妙な顔で続ける。


「せっかくの文化祭だ。そう、嫌疑な顔をせずに存分に楽しんで欲しいんだよ....おっ!」


伊集院が愛染の背に飛びかかる。愛染は体勢を崩しそうになったが何とか持ち堪えた。


「そうやで? 二階堂。アイツとは反りが合わんかも知れへんけどなぁ、今くらいは肩の力を抜いて楽しもうや」


二階堂はふっ、と微笑む。


「あぁ。そうするよ」


愛染は二階堂のその言葉を聞いて、安堵のため息を吐く。


「それにしても....重すぎるよ! 伊集院くん!」


「あぁ、すまんなぁ」


謝りの文句を言うと、愛染の背中から降りる。




「さっきから、思っていたんだけど王城くんはどこに行ったのかな?」


「そうだね。確かに見当たらないね。それに王城くんのお友達も姿を消しているし....」


二人が辺りを見渡していると、青奈々が息を切らしながら駆け寄ってきた。

どうやら、普通じゃない出来事が発生したようだ。

このタイミングを考えると......?


「どうしたの? 奈々ちゃん」


久野島が不思議そうに、そう聞いた。

無理もない。青奈々は大人しく、こうも焦る様子は見たことがない。


「王城グループの生徒たちが帰っちゃった....」


驚きの事実。さすがの王城とはいえ、文化祭の参加しないことは考えつかなかった。無能力者の生徒たちは、人数が多いだけに異能強化授業のキーパーソーンになり得る。つまり宝の山だ。宝の山が目の前にあるのに、宝を持ち帰らない。このような人物を誰が想像できるだろうか。


「文化祭のコンセプトを分かっているのかな....?」


二階堂は驚いている、と言うより困惑している様子だった。

数が多い方が勝つ。これは戦いにおいての定石だ。


「はぁ、王城くんには呆れたわ....」


久野島は頭痛がしたのか、こめかみを押さえる。

陣営が違ったからいいものの、同じ陣営だったら悪夢をみるだろうな。


「何でだ? 敵のグループだろ?」


城之内がアイスを犬のようにペロペロと舐めながら、質問する。

ことの重大さを理解できていない様子だ。


「二階堂グループと愛染グループに負担がかかるのよ。....そんなことも分からないなんて、貴方の脳は新品なのかしら」


「え!? 俺の脳が新品!? やったーーーー!」


手を挙げて、大喜びする城之内。

久野島は首を横に振り、相手にするのを諦めたようだ。


「......言い過ぎでしょ、久野島さん」


姫岡はスマホを片手に腕を組み、威風堂々としていた。

後ろには愛染グループ(女子)が控えていた。

対して、久野島の後ろには土方を筆頭とした、イケメン集団がいる。


「事実を言ったまでよ」


「はぁ? 私も事実を言っただけなんですけど?」


バチバチと視線が交錯し合う。

女子のトップ層の二人は犬猿の仲らしい。


愛染グループも一枚岩とはいかないか....。

それもそうだ。愛染グループは考え方や性格、能力まで様々な生徒が存在する。

衝突が起きても不思議ではない。


「やっぱり、無理なのよ。他グループと合同で作業なんて....」


西園寺茜。非常に上品な生徒で、王女を彷彿とさせる。

俺の席の隣人でもある。

着替えを忘れたときは貸してくれなかったりとか、色々と不親切な部分もあるが基本的に優しい。


「思想の食い違いだろうな。人間はどうしても自分の考えを押し付けたがるらしい」


「へぇ、灰色さん。貴方はそのような場合、どうしますか?」


俺は西園寺に灰色を呼ばれている。

黒崎白夜。俺の名前には黒と白が入っている。それを合わせて灰色と呼んでいるらしい。

灰色はグレーゾーンという意味でも使われる。

なので、呼ばれてあまりいい気はしない。

俺がその呼び名を許しているのは、本人にある。

西園寺に嫌われたくないからだ。嫌われた相手と同じクラスで学ぶのは、心地が悪い。

それも彼女は隣人だからな....。尚更だ。


「灰色さん、聞いてましたか?」


「あ、悪い。ぼーっとしてた」


「睡眠不足ですか....?」


今日はやけに質問が多いな。


「いや、そんなことはない。よく眠れたはずだ」


「へぇー、ならいいですけど」


西園寺は俺から視線を逸らした。

講堂のライトのせいで、ぼやけて顔はよく見えない。







「それで......どうするんだ?」


ようやく本題に入ったようだ。

時計を見ると....まだ十分しか経っていない。

帰れそうにないな。


「ちょっと、あなた帰ろうとしないでくれる?」


後ろからそんな声がする。


....まさか


急いで振り向くと、姫岡の相方(?)の久野島がいた。


「いてっ....!」


ゴツん、と背中を叩かれる。パーじゃなくグーで。


「誰がサバイバル少女の相方なのかしら? もう一度、言ってくれる? 黒崎くん」


「サバイバル少女、か。いいジョークだな」


「ぐは....っ!」


脇腹を左足で思いっきり蹴られた。

脇腹を押さえて、バックステップで次の攻撃を躱す。


「ふーん、あなたやるのね」


「脇腹はないだろ、脇腹は!!」


涙目になりながら訴えかける俺。

傍目から見ればどう映っているんだろう。


「傍目? あなたはそんなことを気にする人じゃないでしょ?」


「気にするよっ! いつも黒崎くんは周囲を観察してるんだよ?」


桜田が割り込んできた。

文化祭に何をするか話し合う、主要メンバーたちの話についていけなかったのだろうか。


....桜田ならあり得る。


「それは彼の趣味じゃないかしら? 黒崎くんは自分の周りにいる、生徒たちの思想に興味を持っているみたいだし」


なぜそれを....。

久野島は心が読めるのか?


もしそうだとすると、なぜ異能をひけらかすような真似を......


久野島の人差し指が俺の額に当たる。

今度は攻撃的な手段でなく、隠喩的な意味で使ったようだ。

情報が少なすぎて、今はまだ不確定な事実としか言えないが。


「なんでだと思う?」


クールビューティーと呼ばれるだけのことはあるようだ。

容姿はかなり整っている方で桜田にも引けを取らない。

毒気のある言葉遣いを止めれば、人気は急上昇するだろうな。


「あっ....黒崎くん携帯、鳴ってるよ?」


二階堂からの呼び出しだろうか。

スマホを見ると、そこには見ず知らずの電話番号が表示されていた。


....誰だ?


電話に出るボタンを押すと、画面を耳に当てる。


「君は黒崎白夜くんかなっ!?」


「あぁ、そうだが......」


「オレは京極征四郎だ! すぐに来て欲しい! 今すぐに!」


京極征四郎か。これはまた難儀な生徒だ......。


「で、どこにいけばいいんだ?」


「ん?」


聞き取れなかったのか? はっきりとした声で言ったつもりなのだが。

......もう一度、言えばいい話だ。


「どこに、いけばいいんだ?」


「知らん!」


「......は?」


思わず、そんな声が出てしまった。

当然だ。俺は探知能力者じゃない。

場所を伝えられなければ、どこに向かえばいいのか皆目見当がつかない。


「と、に、か、く! 来て欲しい! 仲間が来てるだろうからソレで!」


一方的に通話が切れた。

最後の言葉は仲間が案内してくれる、ということか?


......さて、と英雄ヒーローらしく断りを入れるか。

通話履歴の一番上の電話番号をタップする。


「ツーツーツー、お掛けになった電話番号は電波の届かない場所にあり......」


繋がらない。これは断りを入れることすら許されない状況だということ。

そう、受け取っていいんだよな。京極。




「.....ということで、一時帰宅させてもらう。あとはよろしく」


二階堂にだけ用件を伝え、そそくさ講堂から出て行った。


「あ、あなたが黒......」


王城グループに所属する、金木葉木が声をかけてきた。


....適当に誤魔化そう。


「いえいえ、私は黒崎極夜。双子の弟です。彼ならあの中にいるでしょう」


「えっ? でも、クラスには....」


「あぁ、私はクラスにはいないですよ。無能力者だから」


「......そう」


生徒の視線が講堂に移る。


「あっ、待って───!」


肩に手を置き、振り返らせる。


───忠誠の証イグナイトエンブレム


対カップル戦に使った、忠誠心を増幅させる技。

解除するときに増幅した忠誠心を搾取し直したので、器の中は元の状態に戻っている。

















































































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