第4話人間の生と死を支配したかった 〜テッド・バンディ〜

「....ん」


「ようやく起きたか」


しばらく仙國は無言で俺を見ていた。

記憶がおぼつかない、と言ったところか。


やがて状況を理解すると、怒鳴り声を上げながら、子供のようにジタバタ足を動かした。

まるで死の直前にもがく、ゴキブリ。


「無駄だ。これは異能力者を拘束する際に、用いられている鎖。お前如きが破れるはずがない」


そう言うと、仙國はピタリと動きを止めた。

血管が浮き出ており、怒り心頭の様子だが。


「....いい判断だ」


仙國に歩み寄り、ゆっくりと手を伸ばす。

俺の手と仙國の距離が縮まるごとに、怒りは軽薄化される。怒りが恐怖に上書きされたのだ。


「お前は何に戦慄してる?」


ふと、そんな質問を投げかけてみた。


「テメェは自覚ねぇのか....?」


仙國は眉間に皺を寄せて、力強い視線を俺に向ける。

さすが体育会系といったところか、威勢はいい。


「自覚? 一体、何の自覚だ」


「その....眼だよ」


「自慢じゃないが、俺の視力は双方2.0だ。それに眼つきも悪いと言われた覚えはない」


仙國はペッ、と血の色で濁った唾を吐き捨てた。


「ふざけんじゃねぇ......! テメェの眼は黒を通り越して漆黒だ! 人を平気で何十人、何百人殺してきたような眼。テメェに普通の人間が感じるような躊躇や恐怖なんてないんだろ?」


「失礼だな。俺は人を殺した経験はない。それに俺にも躊躇や恐怖といった感情はあるぞ?」


「それは、心底の感情か....?」


「色を混ぜたとき、最終的に行き着く『色』は何か知っているか? それは....黒だ。俺の感情は複雑に混ざり合い、結局は黒に終着する」


俺は一つの出来事に、人よりも多くのことを感じる。それ自体は良いことのように思えるかもしれない。しかし行き過ぎた種類の感情は必ず闇に染まる。


「この世では、過程でなく結果だけが最重視される。偉大な功績を残した人物は過程が評価されることはあまりない。功績に目が向き、天才だと持て囃される」


受験がいい例だ。試験の『結果』が最重視されて『過程』は二の次だ。


「......」


仙國は何も言い返せなくなったのか、黙りこくった。


「どうした。都合が悪くなったら被害者づらか? お前らしくないぞ」


ひとまず煽り立て、会話を持続させる。


「....前にもいったがテメェは俺のことを何にもしらねぇだろ! 知った口を叩くんじゃねぇ!」


「人は相手のことを何も知らない。だから対話で相手のことを知ろうとする」


読心の異能があれば対話する必要なない。だが、それはそれで大変だ。知りたくもないことまで知る羽目になり、嫌な思いをする。人の心はドス黒い。真っ白な心の持ち主など存在しない。もっとも存在するなら、それは『人』ではないだろう。


「じゃあ、聞くが....これは対話か?」


相手に鎖で拘束して、話し合いのテーブルに強制的につかせる。

仙國はその『過程』に不満を持っているようだ。


「お前が言う、対話の定義が何なのかは俺にはわからない。しかし、これは俺にとって正真正銘の対話だ。とはいえ、俺は誰にでもこんな対話形式は用いない。お前だからこそ、俺はこの方法をとった」


仙國は素直に話を聞くやつじゃない。必ず抵抗をする。

犯人が捕まらないが為に抵抗するのと同じ原理だ。

この時、二択を迫られる。より強い力で押さえつけるか、甘い言葉で説得するか。

俺は前者を選んだ。強い力で押さえつけると多少の抵抗はあり、被害の可能性も考えられる。

だが確実な手だ。


俺が仙國に負けることはない。

これは既定の事実。その場合、押さえつけるのが有効手段だと言うことは小学生でも理解できるだろう。


「こんなことをして、お前はわかっているのか? 解放された時に俺がどんな行動をするか....」


俺は初めて笑うことを学習した、生き物のように笑った。

人は嘘で真の笑みは実現できない。真に笑おうとすれば歪な笑みが浮かぶ。


「おい....何なんだよ! お前は一体、何がしたいんだよ!」


歪な笑みに人は恐怖する。

これは生物的に正しい行動だ。


「仙國。お前は俺に歯向かうのか? そして俺の噂を周り吹聴し、俺を困らせようと子供じみた発想を持っているのか?」


「抑制される限り俺は抵抗する。自分の自由を守るために!」


「なるほど。ならば抵抗できないほど、抑制されたら....?」


仙國は一瞬、悩んだ表情を覗かせた。

人は一貫性を持ちたがる心理がある。先の言葉を撤廃しにくいから悩んでいるだろう。

仙國の場合、その心理が顕著に現れている。それは仙國のプライドが高すぎるからだ。

流石に誇り高き、猿の王子とまではいかないだろうが。


「......答えられないなら、それでいい。実際にそうするまでだ」


無表情で拳を振り上げる。


「ひっ!」


声を引き攣らせ、必死の形相で後ろに下がろうとした。だが背後には背の高い壁が聳え立っており、逃げることは物理的に不可能。異能を使用すれば不可能を可能に出来るかもしれない。

しかし今の状況で使用することはできないだろう。体には異能力者専用に造られた鎖が巻き付けられており、動きの自由はない。


「本当に怖い人間は、躊躇なく人を殺せる人間だ」


拳を無造作に振り下ろす。

上から下へ。ただ機械的に。


「や、やめ......ぶっ!」


汚物が腸から喉元まで込み上げる。


「うぷっ....!」


しかし俺は気にしない。汚物は汚物だと認識されなければそれは、汚物ではなくなる。

ただの物質だ。....やっぱり制服に掛かるのは御免だ。


俺は片手で仙國の襟元を掴むと、ゴミ袋を捨てるように投げ捨てる。

その反動で、仙國は汚物が口から発射しかかった。


「オッ! おぇぇぇぇぇぇ!」


そして勢いよく汚物が噴出する。

それを見て、笑うこともなければ蔑むこともない。

ただその様子を見ていた。


「お、お前は....ッ! バケモンだ! 人間じゃねぇ!」


「生物学的には、俺は人間に当たるはずだが?」


汚物が喉に引っかかったのか、仙國は咳き込んだ。

それを機に俺は距離を詰める。


「......っ!」


仙國の髪を取ってがわりに、背後の壁に強く打ち付けた。

仙國は顔を歪め、苦痛の様子を露わにする。


「て、テメェ!」


恐怖と痛みに慣れてきたか。

それなら、次のステップに移行しよう。


このは完全防音式。つまりどれだけ声を荒立てようと助けはこない。

つまり殺れるだけ殺れる、というわけだ。


俺は仙國の首を手で鷲掴みにした。

もちろん、目的は絞殺じゃない。


───阿鼻叫喚デス・パレード


「っああああああああああああああああああ!」


仙國は叫び声を上げながら、四股を忙しく動かす。

苦悶を体で表現しているようだった。


























































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