第2話凡人は自分自身以上の者は何も理解できない。しかし、非凡なる人は天才をすぐに認知する 〜コナン・ドイル〜
扉を開けると、生暖かい風が吹き込んできた。この風が妙に心地よく、癖になる。
「あ、黒崎君!」
隣の部屋からは、初初しさを身に纏う桜田が出てきた。
「隣、だったんだな」
「うん、そうだよ。私は入学当初から知ってたけどね」
桜田は鼻歌混じりに扉を閉める。
片手には大量の教科書と
「鞄、持とうか....?」
この言葉を言うだけに、俺はどれだけの日数を重ねたか。
正確に数えてみると22日。
....多いとも少ないともいえない。微妙な数字だな。
しばらく桜田は沈黙すると、満面の笑みで鞄を放り投げてきた。
これで包丁でも持てば、随分と様になる。
「おっ、と」
初めに人差し指と中指がかかり、あまりの重さに手首が引っ張られる。だがその間に、左手で抱え込むようにキャッチしたのでギリセーフだ。
「優しいね、黒崎君は」
「....どうだろうな」
いずれわかる。何年か「俺」という生徒を観察し続ければ俺がどんな人間なのか、次第にわかってくるだろう。その時もお前は同じことを言えるのか?
答えは否。俺はそう推測しよう。状況によって人の性格は変わる。いつも学校では騒がしい生徒が、家では大人しかったりする。その逆もまた然り。俺は腐るほどそんな人間を見てきた。
「黒崎君、そんなに抱え込んだらダメだよ?」
何を、と言い掛けたがやめた。二階堂がエレベーター付近の部屋から姿を現したからだ。
「おっ! 文康、今日も早いね」
「あぁ。今日は本格的なグループ活動があるんだ」
俺は先週、めでたく二階堂グループに加入した。伊集院が推薦したからこそ加入できた。そう言う意味では伊集院には感謝しているが....ここ最近、伊集院に毎日からかわれてる気がする。
「....ふーん。本格的か〜」
「どんなことをするんだ?」
定期的に発言しなければ、俺の存在感は幻のように消えてしまう。三人以上の場合は特にだ。
「うん。とりあえずメンバー全員との顔合わせ、かな?」
二階堂グループは俺を含め、六人で構成されている。他のグループは十数単位だが二階堂グループは少数。その理由の一つは顔合わせしやすいから、らしい。
「顔合わせと言えば......仙國も来るんだよね?」
「うん。来るね」
「えー、絶対に喧嘩になるよ」
仙國は、奇想天外な行動をすることで有名だ。突拍子もなく人を殴ったり、気が狂ったように突然笑い始めたりする。
お世辞にも優等生とは言えない。しかし二階堂は仙國を自身のグループで匿っている。
それはなぜだろうか。
俺は聞いてみた。
なぜ、二階堂グループに仙國がいるのか。
すると何が可笑しかったのか、二階堂は小さく微笑んだ。
訝しくその様子を見ていると、桜田が耳打ちする。
「文康は二階堂グループって言われることに違和感を感じてるみたいなの」
内容は全く頭に入ってこなかった。代わりに桜田の鼻腔をくすぐるような匂いが電気のように神経を駆け抜けていき、刺激的な情報が俺の脳を支配する。
「ちょっと、聞いてる?」
桜田はムスッとした表情で俺の脇腹を突く。....こそばゆいを通り越して、痛い。
「ははっ、君たちは本当に面白いね」
「なにそれ、馬鹿にされてるみたい! ちょっと成績いいからって調子に乗って....! ほ、ほら黒崎君からも何か言ってよ」
そんなことを言われても....。俺は何を言えばいいんだ?
何をいうべきか勘案していると、桜田は長いため息を吐いた。
「....なんかランニング3キロ走った気分。どっ、と疲れたよ。それじゃ」
桜田は部屋の鍵を開けると同時に急いで部屋の中に駆け込む。これじゃあ、疲れているのかどうなのか最早わからない。それにしても気分屋だな....。
「朝からこんな調子で大丈夫か?」
少し心配になり、二階堂にそう訊ねてみた。
「あぁ、いいんだよ。香織はこれで....」
桜田の部屋の前に座り込み、一面に広がる青空を見上げる二階堂。絵画として出展するなら『イケメンは、悩む』とかいいかもな。もちろん冗談だが。
▲▲
その日の休み時間。俺は音楽室にいた。当然、ピアノを弾きたかった、歌を歌いたかった....そんな理由から音楽室へ足を運んだわけじゃない。まぁ少しはやってみたい気持ちはある。
今回は二階堂グループの集まりで来た。集まった人数は5名。一人足りない。
「ははっ、仙國は来ないね。うん。まぁ、いいや。それじゃあ顔合わせを....」
「いやいや、よくないよっ! それに、まだ待ち合わせの時間から1分しか経ってないんだよ?」
伊集院は面倒臭そうに後ろ首をさする。
「まぁまぁ、落ち着けって桜田。あいつは経験上、多分こうへん。待つより断然、合理的な選択やと思わへん?」
桜田は視線を床に落とすと、俺に視線を移した。助けて、と懇願している目だ。
女の子にこうも頼りにされて、何もしないわけにはいかないだろ。
「伊集院。過去は関係ない。大事なのは今だ」
それらしいことを言ってみた。さて効能はいかに....?
「黙っとれ」
チーン。伊集院のこの一言で撃沈する。俺は情けない! と大声で嘆きたい。
その心情を察してか、桜田は俺の背中をさすろうと手を伸ばしてきた。
なんて優しいんだ。一人でいい。一人、優しい女の子がいれば俺はそれだけで報われる。
「....っ!」
絶叫したい。俺は今、絶叫したい。背中の脂肪をギュイッとつねられて目尻に涙が浮かぶ。
なんで....! 俺は信じていたのに。俺の気持ちに共感して優しく背中をさすってくれる未来を。
二階堂や伊集院に視線を向けるも、二人は目を合わせようとしない。
「伊集院と文康、彼らを説得すれば許してあげる」
耳元で囁かれる。甘い吐息が耳介にかかり、今にも鳥肌が立ちそうだ。
「いやいや、無理だろ。俺はどちらかといえば......あいつら側だし」
「うん? なんか言った?」
有無を言わせない目つき。ヤクザかよ、とボソッと呟いてみたくなる。だが俺はその衝動をグッと堪えた。
「さて、どうするの? 黒崎君」
次第に力が強くなっていく。....桜田の手が先に疲れてしまいそうだ。どうやら、ここは決心するしかない様子。
「....分かった。やって見せよう」
「うん、頑張ってね」
ひらひらと胸元で小さく手を振る桜田。これだけで報われた気がするのは、どうしてだろう?
俺は頭ひとつ分ほど身長差がある、伊集院につかつかと歩み寄った。
「ぶっ! な、なんや....ねん」
なんだ? 突然、ヘラヘラと笑い始めたぞ? 妙なキノコでも食べてしまったのだろうか。
「仙國が来るまで....えっ?」
目の前には伊集院ではない、別の生き物(?)がいた。ゆっくりと視線を上に上げていくと....
「ウッホホホホ、ウホホホホ」
そう、ゴリラがいたのだ。
「ゴリラ、か?」
俺は咄嗟に口を押さえた。だが既に時遅し。
至近距離からの右ストレートが俺を捉えた。そして───
「....なっ!?」
ゴリラ、いや仙國の拳は寸前で停止した。
俺は指一本触れていない。それに異能も使用していない。
仙國からわざわざ止めてくれたのだ。
「おいおい、マジかよ....」
普段なら、軽口を叩きそうな伊集院は俺と仙國を交互に見て青ざめていた。
桜田は形のいい口を少し開き、ポカンとその顛末を眺めている。出席番号5の青奈々は難しい顔をして、二階堂は笑みを崩さず半ば無表情で見ていた。
「仙國。どうした? 打ち込まないのか?」
視線を仙國にシフトした。俺の瞳に映る仙國は酷く怯えている。
まるで恐怖にさらされきった子羊のようだ。
....なぜ仙國は怯えているのか? 俺は少しだけ考えてみた。
すると一縷の解が目の前に出現する。
分からない。
この一言に尽きる。
俺の表情が原因なのか、その後ろの桜田に怯えていたのが原因なのか....何が原因なのかは分からない。
ただ、もし剛田が敵だったら....
俺は躊躇なく殺していた。
「悪かったな、怖い思いをさせてしまって....」
とりあえず汚名返上、といこうか。
両手の、手のひらで肩を包み込むようにして掴んだ。
ヒッ、とかわいい怯え方をするもそう長続きはしない。ゆっくり、ゆっくりと荒野は整備されていき、やがて平原となる。その頃には仙國の気持ちは大分、落ち着いた。
これは異能の力によって引き起こされた、奇跡のようなもの。俺の異能、
「......」
あれ? こいつには、俺の異能が効いていないのか?
いや、そんなはずはない。精神年齢の高さに関わらず、この異能は強制的に感情を操作できるはず。
「仙國、大丈夫?」
桜田が心配そうな顔をして、仙國の顔を覗き込んだ。
「....」
仙國は何も反応しない。世界にたった一人取り残されたように、ただ呆然と立ち尽くしていた。
◆◆
「......少しやりすぎたか」
剛田の挙動がどうもおかしくなり、話し合いは一時中断となった。
一体、何が原因で仙國をこうも怖がらせたのか。
初めはわからなかった。だが、やがて自分なりの結論にたどり着く。
「それにしてもお前、やばいで。あいつの右ストレートに無反応って....」
隣の席の伊集院が声をかけてきた。ちなみに授業中だ。
でも意味もなく無視するのは、気がひけるので一応答えておこう。
「そんなことより、隣の席が伊集院じゃなくて可愛い女の子だったらよかったになぁ......」
そんな戯言を言っているとナイフのように細く、鋭い双眸に睨まれた。
「お前、なんで誤魔化すねん。まぁ、ええわ。そんなことよりも......さっきのは何や!」
さっき、とは何のことだろう。
......仙國の件か?
伊集院に本当のことを言うわけにはいかない。
とりあえず誤魔化しておく。
「あれは俺の異能だ」
「は? どんな異能や?」
「....恐怖心を与える異能だ。俺の眼が、黒を取り越して闇に染まった時に発動する」
もちろん、嘘だ。俺の異能は全ての感情を操作するもの。
「へぇ、恐怖を与える異能か。それは面白いね」
微笑を張り付かせた二階堂が後ろを向き、俺の瞳を覗き込むようにして見ていた。
まるで全てを見透かされているような感覚がする。
「それにしても、異能をこうも容易く人に話してしまっていいのかい?」
「あぁ、お前たちは仲間だからな。遅かれ早かれ、異能を伝えることになる」
「そうだね。......遅かれ早かれ、黒崎君の本当の異能を教えてほしい」
どうやら二階堂には嘘は通用しないらしい。
「何や、お前は嘘ついとったんか?」
伊集院がシャーペンの芯を頰めがけて投げていた。
当たったら傷がつきそうだ。避けたり払ったりすると、誰かに当たる可能性も考えられる。
....となると、掴むのが最適解だな。
「ええ、反射神経やん」
伊集院は俺を試したのか。
もし毎回、この手のおふざけをするようであれば策を打つ必要がある。
「伊集院、今は授業中だよ。いくら成績がいいからって、授業を疎かにしていい理由にはならない」
伊集院は口を尖らせながら、不満げにぶつぶつ独り言を呟く。
「....二階堂だって疎かにしとるやんけ、何も俺ばかり言われる筋合いないんとちゃうか?」
「それは簡単なことだよ、伊集院。俺は、大学の必修科目まで勉強し終えている」
伊集院は独り言のつもりで言ったのだろうが、二階堂には筒抜けだった。
それにしても、高校一年生でここまで勉強が進んでいる人は珍しいんじゃないか?
「はぁ? いつの間にそんなに進めてたん? 昨日だって二階堂は俺と『ランクオブダーク』やっとったやんけ」
「さぁ、いつだろうね」
伊集院は何かに気付いたのか、「アッ!」と大きな声を発した。
クラスメイト、及び教師の視線が伊集院に向く。
「お前、またシフティングしたやろ!」
シフティングとは論点のすり替えのことだ。
ある研究では、論点は50%すり替えられても気づかないらしい。
「おい、黒崎。今日からお前はここだ」
「はっ!?」
ちょっと待て。俺が何をしたと言うんだ?
今のは伊集院が....
「黒崎、聞こえなかったか? 今日からお前の席はここだ」
隣の席から笑い声がした。必死に抑えているようだが漏れている。
そんなことはどうでもいい。とにかく今は弁明を。
「いや、今のは伊集院と二階堂が原因だと思いますよ。第一、俺はさっきから真面目にノートを....」
「......」
無反応。
あまりにも理不尽だ。おかしな出来事の毎日で笑えてくる。
「黒崎は私の前がいいだろう。きっちりと監視できるしな....」
担任の指を指す方向に目を向けると、そこはある意味『地獄地帯』だった。
それでも担任の意向に逆らうわけにはいかない。逆らうと色々と面倒だからな。
特に死体の後始末は....。おっと俺は何を考えているんだ?
物騒なことを考えず、いつものように穏やかでいればいい。
俺の心が揺れる要因など、元々からないのだから。
大人しく担任の言い付けを守り、席を移動する。
教卓前にいた女子は俺にお礼までして、意気揚々と俺と席を交換する。
前の席は愛染と並んで女子に最も人気のある、二階堂だからな。
「さて、授業を再開しようか」
担任は、生徒のペースなど埒外で授業を進めていく。
ある意味、よかったのかも知れない。
両側の席には久野島や西園寺といった美少女が座っており、肩身が狭かった。
昼食の時間。俺は食堂で一人、黙々と唐揚げ定食を食べていた。
顔を上げて、周りを見ると大体、小グループで固まっている。
食堂は相変わらず、一人で居づらい場所だ。
今度からは屋上で食べるか。
屋上は不人気スポット。その理由は去年、三人の生徒が屋上で亡くなったから。
何も怖いことはない。見知らぬ他人がどこで死のうと、俺には関係のないことだ。
「黒崎くん、だね?」
男にしては細い指でトレーを持ち、何か模索している様子。俺以外の周囲の席は満席だ。
....と言うことはこの席に座りたいのか。
「珍しいな。一人なのか....?」
愛染は『愛染ハーレム』と言われるほど人気を誇っており、いつも女子に囲まれている。
一人でいるところなど、数えるほどしか見たことがない。
「うん。今日は僕一人だよ」
そう言うと、愛染は俺の目の前の席に腰掛けた。
「あっ、ここに座っても?」
「あぁ。もちろんだ」
「......よかった」
愛染は微笑む。
まるで太陽のような輝き。周りに集まる女子は焼き尽くされないのだろうか。
トレーをテーブルに置くや否や、愛染は質問してきた。
「ところで黒崎くんは、どうしてこの学校に入ったの?」
「この学校に入った理由、か....」
「もちろん、無理に話さなくてもいいんだよ?」
愛染はそう言いながら、美味しそうに唐揚げを口の中に頬張る。
決して上品とは言えないが、見ているこっちまで楽しい気分にさせてくれる。
「いや、話そうか」
身の上話を話すことにより、辺報性の原理が働く。
辺報性の原理とは、相手から受けた好意や敵意などに対してお返しをしたい、と思う原理。
最愛の人を殺されて、復讐という凶行に走りたいと願うのも至極当然のことだ。
もっとも、その感情は長続きしない。一ヶ月、一年も経てば収束する。
それは、人がどんな環境にも適応してしまう生き物だからだ。これは太古の時代からの原則であり、人間という生物がここまで勢力を拡大できた背景でもある。
「この歳では誰かに依存して生きていく必要がある。義務教育は高校まで。法を破れば面倒ごとに巻き込まれ、時間というお金にも変え難い資産をお釈迦にするだろう。俺はそんなのは嫌だ。俺は誰かに依存せずこの世界でたった一人の自由人になりたい。依存する───依存される、そういったルールを撤廃して俺は生きる。そう決めたからこの高校に入学したんだ。もっとも、今はまだ学校に依存しているがな」
愛染は放心した表情で目を白黒させていた。
両手で赤くなるほど、頬を叩くと幼児のように目を輝かせながら俺に顔を近づける。
「黒崎くんは見かけによらず、自分の信念をきちんと持っているんだね。僕は正直....君が羨ましいよ」
「どうしてだ?」
愛染は視線を下に落とすと、自嘲気味に笑う。
「僕は昔から父親の引いたレールの上を歩いていた。まぁ、これはよくある話だよね」
愛染はごくごくとコップの中の水を飲み干し、そっとテーブルの上に置いた。
「飛行機衝突事故で母親が亡くなった後、父の求める『僕』のレベルが一段と上がってね....。僕は心を無にして目の前に出されたタスクを機械のように淡々とこなしていたんだ。今思えば、あれは俺じゃない。俺じゃない何かだ。自分の信念もなく親に言われるがまま、生きていた。僕はそれが普通なんだと思っていたね。親に養われているんだから、命令に従うのは当たり前。そう思い、ただ命の灯火を燃やさないためだけに走り続けていた。怪傑高校に入った今もそういうとこはあまり変わっていないんだ。僕はね、他のクラスメイトみたいに信念もないし、夢もない。僕に唯一できるのは協調。やりたくてやっているわけじゃない。父を怒らせないがために昔から協調の精神が染み込んでいた。そう、いわば僕は借り物の存在なんだ」
たしか愛染の、入試の順位は3位だった。全国的に見ればこの学校の学力レベルはトップクラスだ。その中で3位以内に入ることは純粋に凄いことだと思う。努力だけでは解けない難問も頻繁に出されていた。そう考えると愛染は父親の無理難題なリクエストに応えるだけの能力があったんじゃないのだろうか。それを知った父親は、助長してタスクのレベルを上げ、愛染の能力を伸ばそうと彼なりに努力した。そう考えるのが妥当だろう。
「....だから僕は君を羨ましいと言ったんだ」
最後にボソッと愛染はそう付け加えた。
俺はその言葉に納得できなかった。
「羨ましい」愛染にそう言われることに虫唾が走る。
「愛染、お前は父親という概念に縛られている。本心は軍隊行進のように合わせる行為、そのものに嫌気が差しているんじゃないのか? もしそうなら、お前の信念はソレだと思う。父親に束縛されるならその鎖を引きちぎればいい。たとえ犯罪行為を犯して、周囲から白い目で見られようとも。お前は己の信念を貫き通せ。信念のない人間はただの肉の塊にすぎない。信念という虚の
「君は....、君はどうなんだ? 自由......なのか?」
「自由とは『自分の人生をコントロールしている感覚』のこと。お前のように父親に合わせ、クラスメイトに合わせるだけでは、自由が永遠に訪れることはない。かくゆう俺も人に合わせている。だが俺は『合わせること』を己の意志で選択し、実行している。俺が周囲にただ呑まれることはまずない」
「僕はみんなの選択に....飲まれている。だけどそれは信用しているからであって....ッ!」
「....愛染。お前はもっと人を疑え。人の手で、白線が規定どうり正しく引かれることはまずない。それと同じでお前の父親が引いたレールは大概間違っている。その時、お前は仕方のなかったことだと責任を転嫁するのか?」
「いや、それは....」
俺はトレーを持ち、席を立つ。
「そんな不毛なことは今すぐ辞めろ。白線を引かれるなら、お前自身で真っ新な道にしてやればいい」
そう言い残し、俺は食器返却口にトレーごと返却しに行った。
▲▲
学園都市。ここには様々な施設が整っている。テーマパークやショッピングモール、水族館はもちろん、新鮮な空気が味わえる大自然も。高校生にとっては....いや、大人にとっても夢のような場所だろう。
俺はいま、そこにいた。
散歩という名目のもと、人間観察を楽しんでいる。
だが、ある人間の動向を観察するため追跡調査をしていると、右を見るとカップル、左を見てもカップル。
つまり、デート地帯に迷い込んだ。
少々、窮屈だが致し方ない。俺の異能は、見知らぬ他人がいるところでこそ真価を発揮する。
俺は適当に、デート中の女性の手を掴んだ。
「きゃっ!?」
───
反抗心のある目はだんだんと虚に染まり、やがて生の色は失われる。
ただ俺の命令のためだけに動く『忠犬』の完成だ。
「おいおい、何してくれてんだ?」
男が手首を掴む。今まさに喧嘩になりそうな予感。
「花子もなんか言ってやれよ! ほら、殴ってもいいんだぞ?」
殴られるのは勘弁だ。普通に痛みは感じるし、俺が殴られる意義を見出せない。
さて、こいつも忠犬にするか。
俺は再び
「おい、お前たちはこの男を探してくれ」
俺は仙國の顔写真を二人に手渡した。
「「了解」」
二人が見えない位置まで行ったことを確認すると、俺は一人で作業を始める。
洗脳という作業を。俺の異能は倫理観、つまり、人々が生きやすい名目のもとに掲げられたルールをぶち壊す。
そのことに一切の抵抗はない。
自分さえ良ければそれでいい。
「....終わったか」
カップル地帯は既に俺の手の中にある。
忠誠心を植え付け、いつでも俺の命令に従えるよう手筈を整える。
「大分、俺の忠誠心の器が搾取されたようだ....」
この直前に仙國の器から、『忠誠心』を少し奪っておいてよかった。
挙動がおかしくなったのはそのせいでもあると思う。
だがそれは問題になることはなかった。
俺がその前に、仙國に恐怖を与えたからだ。
二階堂グループはそれが原因だと短絡的に決めつけた。そしてグループ内でも知恵のある、伊集院や二階堂に対しては嘘をついた。そして焦点を、仙國から俺に移させる。
もっとも、伊集院は欺けたとしても二階堂を欺けたか分からない。
人は注意を向けた対象を因果関係として結びつけてしまう。
例えば、神社でおみくじを引いたとする。その時、運よく大吉を引き当てた。次の日に学校や会社に行くと、『良いこと』が立て続けに起きる。
....この場合、多くの人は大吉を引いたおかげだと結論づけるだろう。
俺はこの性質を応用して問題点をすり替えた。
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