異能学園と三人の王〜諸悪の根源〜

@siri0220

第1話地獄とは何か、それはもはや愛せないという苦しみだ。  〜 ドストエフスキー〜

「おっ、と」


 氷室が軽く地面を踏むと、そこから氷の槍のようなものが突き出る。数は数十本程度だ。……こいつの異能は【氷の理想郷エターナルフォース】か。かなり希少な異能だと言える。


「ただの虫ケラではなかったか」


 避けたことを褒めているのか貶しているのか。どっちなんだ? まぁ、どちらにせよ俺には関係ないことだ。


「……これならどうだ?」


 氷槍が消えると、氷室が下から上に救い上げるようにして、腕を振りかざす。すると氷山が地面から姿を現した。だが動作が大ぶりだ。避けるのは容易い。


「いい反射神経だ」


 氷室は素直に賞賛すると、レスリング選手のように腰を低くし、戦闘態勢をとる。一体、なにが始まるのか。好奇心でアドレナリンなどの神経伝達物質がドバドバ分泌される。もし、この状態で腹を刺されたり、重傷を負ったとしても俺は倒れないだろう。それだけ興奮状態にあるからな。


 刹那、氷室は視界から消えた。氷室は素早く動いてステップや手の振り上げなどの動作を複雑化。さまざまな角度から鋭利な氷が俺を襲う。攻撃は二段から三段構えを基本に、様々なバリエーションがある。相手を翻弄するには十分だ。


 ありとあらゆる氷の模造。距離に応じて、それらは変化する。それは何故だろうか。氷室の趣味だ。と片付けてしまえば早いが、実際そうでもなさそうだ。何か明確な戦略が目の前にある気がしてならない。


「逃げるばかりか? 早くお前の異能を見せてくれ」


 氷室はぎりぎり避けられる距離を突いてくる。


「俺と距離を詰めたくないようだな。そんなに近接戦闘は苦手なのか?」


「……お前の異能が分からない以上、近寄らせない。それだけだ」


 氷室の氷攻撃が加速する。徐々に加速していき、俺の異能を調べよう、とする試みだろう。


 氷室は一瞬、攻撃の手を緩めたと同時に氷は消え、俺もそれに呼応して動きを止めた。


 だが、それが仇となる。突然、俺の目の前には氷塊が姿を現し、俺の体を後方に押し出した。


「……っ」


 息が出来ない。さっきの攻撃で胸が圧迫され、呼吸困難な状態に陥らされた。さっきの急停止と急発進の間に僅かな差があった。氷室はそれを利用したのか。


「異能を見せないなら、早期に決着つけるぞ?」


 まだ攻撃しない。俺を侮っているのか? いや、違う。氷室は後手に回ることで俺の異能を推理しようとしている。今のままでは、俺は回避に徹するだけ、と判断したのだろう。……俺は筆記テストでは2位だったが実技テストでは可もなく不可もなく、という順位だった。中程度の実力を持った相手の異能も知る必要がある、と氷室は考えている。氷室は己の強さに甘んじず、絶えず敵を警戒する。氷室の性格が垣間見えた。


「早く立て」と言わんばかりに、氷柱つららを落下。俺はこれを寸前で回避する。


「お前……まだ余裕があるのか?」


 氷室は俺にそう尋ねた。


「ない。と言えば嘘になる」


「そうか」と答えると氷室はうっすら笑みを浮かべた。なにかくる。


 氷室は地面に手を置き、抉るようにして、突き上げる。その瞬間、氷は俺に向かって地面を侵食していく。


 地面を凍らせるには相当な氷が必要になる。これだけ見ても、氷室は優れた異能力者であることは明快だ。


「……っぐ!」


 部分的に地面が凍土化し、それは俺の動きを固定する。



 氷室は左腕に冷気を纏う。右腕には纏われていない。……つまり、次の攻撃は左から。俺は後ろのポケットからナイフを取り出し、次に備える。




 氷室の左腕から無数の氷の棘が出現。それは一瞬にして距離を詰める。対処方法はいくらでも思いつくが、ここは手筈どおり喰らっておこうか。


 右腕で氷の棘の進行を止めたがマンガのようにはいかない。右腕は氷の棘に貫かれ、開始10秒で使い物にならなくなった。無能力状態では勝ち目は薄い。


「足元が固定されてると思い込んでいたか? お前なら避けられたものの……」


 右腕が氷に蝕まれていく。やがて右腕全体が凍結するんだろうな。……それにしても寒い。氷を作るには空気を冷やす必要があるので、必然的に気温は下がるんだよな。寒さで体力が奪われる。


 俺は自分の右腕をナイフで切断した。


 俺の顔は苦痛で歪んでいるだろうか? いや、それはない。俺がこれ如きの痛みで表情が歪むことはまず、あり得ない。痛い。ただそれだけのこと。


「腕が……!?」


 突然、意味不明とも言える行動をとったことで氷室はたじろぐ。俺はその隙を見逃さなかった。切断した左腕を氷室に投擲する。


「……っ!?」


 当然、警戒する。これは罠じゃないかと考えるはずだ。罠なのであれば触れるのは危険。残った選択肢は避ける、凍らせる。よりベターな選択肢は後者だろう。


 俺の目論見通り氷室は、咄嗟に右腕を凍結してくれた。

 


 異能力者が現れてから、ますます格差が広がった。

 異能力者は無能力者を嘲笑う世の中。かつて女性差別問題や人種差別問題で苦しんでいた人々にも異能を持つものが現れ始め、同様に無能力者を蔑んだ。


 差別感情が深く根付いていると、その認識は容易には変えられない。そのため、恒常的な感覚を無理矢理に変える政策は意味をなさず、政策費用の無駄遣いに終わる。


そういう背景もあり、学校や会社などの協働機関では『異能力者』と『無能力者』で区別されていた。


 しかし一月一日の午後四時四分、転機が訪れる。

 世界屈指の異能力者養成機関『怪傑高校』が双方を同じ学舎で教育していくことを発表したのだ。

 全国的にも未だ見ぬ、異例の出来事だった。


 あれから十年後、俺───黒崎白夜は怪傑高校に入学した。

 

 今は入学式の時間。あくびが出るほど退屈で新鮮味のない挨拶と祝辞。理事長の低くゆっくりとした声に眠気を誘われる。現に隣の生徒は寝ていた。おそらくこの長く、退屈な時間に耐え切れなかったのだろう。俺も隣の生徒のように居眠りをしたい。だがそれは無理な話だ。俺は右列の第一列目なので教師たちのギラついた視線を一心に受けている。


 いや、違う。


 ......俺だけ見られていないか?


 俺が右端の教師たちに一瞥をくれてやると、彼らは目を逸らした。気のせいかそうでないかは、今のところまだ分からない。


 自分が妙に注目されてるように錯覚する、スポットライト効果という可能性も確かにある。

 それなら気にしない方が得策だ。


 一時間後──


 入学式はわずか一時間で終わりを迎えた。俺は終始、教師たちの視線が気になって仕方がなかった。あらゆる角度から監視されているような不快感を感じていた。

 他の生徒はどうなのだろうかと思い、隣の女子生徒を瞥見する。


 表情にそれらしきものは見当たらない。目の前のスマホに夢中になっているのか、そもそも俺の視線に気づかない始末だ。こんな状態では違和感に気づくはずもない。


 他の生徒を観察しようか。


 次は白髪に蒼眼、クールなイケメンに視線をシフトする。


 ....無表情すぎて全く読めない。そもそもこの生徒には感情というものが存在しているのだろうか。そう疑問に思うほどその瞳には何の感情のかけらも映っていなかった。


 気配を察知したのか、白髪は斜め後ろを振り向く。俺は即座に視線を逸らそうとするも、白髪が視線を逃そうとしない。そして白髪は小さく口元を歪めるとこちらに向かってきた。



「何だ?」


 ギロリ、という擬音がするほど睨まれる。だが依然として瞳の奥には何もない。


「お前は感じないのか?」


 咄嗟に思いついた言葉。もし、俺と同じような現象がこいつにも起こっているなら、これでも十分伝わるはずだ。


「....答える意味はない。あと、俺に話しかけるな女男」


 白髪は、サラッと毒を吐き、踵を返す。

 女男。なぜか俺は昔からそう言われる。ひ弱そうとか、頼りないとか。特に女子に言われるとめっぽう傷つく暴言だ。

 しかし遺伝的なものをどうこう言っても仕方がない。今は目の前のことに集中する。


 それから数分、同じようなこと繰り返したが、俺と同じような目には誰も遭っていなかった。

 それでも成果なし、というわけじゃない。生徒の大まかな性格や日頃の癖などはある程度理解した。これからの授業にプラスに働くことだと俺は確信している。





 ◆◆


「私はこのクラスの担任、海老舞由鶴えびまいゆずるだ」


 担任が教室に入って早々、自己紹介を始めた。あまりにも唐突だったのでクラスメイトは、目を丸くし、唖然とその担任の姿形を見ていた。


 目は少し吊り上がっており、顔は無表情を貼り付けている。体型は細くしなやかで出るところは出ている、女性の理想的な体型というべきだろう。


「まだお前らの顔と名前が一致していない。なので、まずは自己紹介から始めようか。そうだな....順番は出席番号順だ」


 俺の前の席に座っている銀髪の生徒が勢いよく席を立ち、前に出る。


「俺の名前は二階堂文康。趣味は世界を渡り歩くこと」


 二階堂文康。

 彼は確か、入試でトップの成績を叩き出した生徒だったはず。目を奪われるほど美しい銀髪は、二階堂を一層際立たせている。

 おまけに高身長、端正な顔立ちも同居しており、女子からは黄色い声が飛び交っていた。


 次に自己紹介する生徒は本当にかわいそうだな。


「次はお前だ」


 え? 次は俺? 

 そうだった。俺は出席番号2。どうやら出席番号は筆記テストの点数で決まってるらしい。

 突然だが、知覚のコントラスの原理を知っているだろうか。それは二つ目に提示されることが、一つ目に提示されることより大きく異なっている場合、実際以上に異なって見える、というものだ。

 例えばパーティーで魅力的な女性と出会った後、非魅力的な女性に会うと実際以上に魅力が欠けているように思われる。いわば、後者の人は前者の人を際立たせるための囮のようなものだ。この場合、俺が二階堂の囮になる。


「早くしろ」


 鋭い双眸で睨まれた。

 くっ、仕方がない。自己紹介をしてやりますか。


 俺は決意と共にゆっくり席をたつ。


「俺の名前は黒崎白夜です。

 名前に黒と白が入っていて、時々かっこいいと言われます」


 しばらく教室は静寂に包まれた。俺は一体、どこで間違えたのだろう。


「次だ」


 担任はAIのような機微のない視線を次の生徒に向ける。

 数秒前に起きたことなど関心のない様子だった。切替の早い教師だな。


 直後、机がバンッと強く蹴り倒された。クラスメイトの視線は一斉に金髪美少年に向く。恐ろしいほど整った顔立ち、赤と緑のオッドアイ。どれをとっても一級の芸術品だ。


 故にクラスメイト、特に女子生徒は愕然としていた。

 金髪の行動に。


 金髪は不穏な笑みを顔に貼り付け、担任を舐め回すように見る。しかしその目に性的なものは感じられない。あるのはただ獲物を狩る、猛禽類のような目。


「ふふふ....お前、高く売れそうだな」


 一般の倫理から大きく逸脱した発言。これによりクラスにどよめきが走る。


「高く売れそうってヤクザかよ....」

「怖っ....」

「イケメン台無し。親の顔が見たいわ....」


 金髪は片腕を椅子の背にかけると、体ごと首を180度後ろに向けた。そして女子生徒を片っ端からまじまじと見ていく。

 値踏みを終えると、次は特定の女子にだけ一枚、一枚、紙を投げ渡す。


「....何をした」


「何をするもオレの自由だ。お前が口を挟むな。"殺すぞ"」


 波のように殺気が広がる。これだけでも金髪が相当の実力者だと言うことがわかった。それ程、凄まじく強い殺気。既に数人の生徒は目を充血させて泣いており、このクラスでの格の違いを見せつけた。


 しかし担任には効果のない様子だ。

 少しは落胆するかと思ったが、金髪は俺の予想に反した行動をとる。


「ふっははははははは、ははははははは!」


 高笑いした。

 熟練の悪役俳優のように。

 至高の芸術品が際立ち、底知れない威圧感が感じられる。


「いい顔だ、海老舞。是非、収集品コレクションとして欲しい」


 何を言い出すかといえば......そんなことか。

 うん? 収集品コレクションって一体!?


「......立場を忘れるな。私は教師でお前は生徒。これは揺るぎない上下関係だ」


 金髪は笑みを浮かべながら、足を組む。


「フッ....くだらないな。上下関係などオレの前では無に帰する。社会的階級も、成績の良し悪しも、異能の有無も....。何もかもオレを前にしては平等になる。上下などと言う概念すら無くなるだろう。起伏はない。平坦な地続きの道が目の前に広がる。どこまでもな」


 担任は呆れた顔でため息を吐く。


「お前の言う、それは......幻想にすぎない。このクラスの中にはお前より優れた異能を持つ生徒だっている。何もお前が特別じゃない。お前だけに優しい世界じゃない。世界は....ランダム性に満ち溢れている。生まれる地域やその家庭環境、成功確率や失敗確率....ほぼ全てがランダムで法則性のない、カオスな世界だ。この中でお前は何を実現する?」


 金髪はニヤリ、と口の端を吊り上げる。


「───世界だ」


 何かを握るような形を作り、依然笑っていた。

 嘘とは思えない眼差しはどこか俺の心を熱くさせる。


「オレは世界を、人々を、手に入れる。誰も成し遂げなかった世界制覇をこのオレがやり遂げる。親を殺そうとも、道端に転がっている罪のない人間を殺そうともオレは進み続けるだろう。世界の、たった一人の王になるためになぁ」


「....それが君の言う平等のあり方なのかな?」


 いつの間にか、二階堂が金髪の前にいた。

 金髪は驚く様子もなく、グラスの水を一杯口に流し込んだ。


「俺は認めないよ。君の思想を全否定する」


 コップの中の水が空になると、金髪は二階堂に向けてグラスを投げつける。


「......っ!」


 鋭い音ともにグラスは破裂するように割れ、グラスの破片が散布した。

 顔に当たる寸前、二階堂が片手で撃ち落としたのだ。


 垣間みえた二階堂の表情は"無"そのもの。

 一部始終を見ていたクラスメイトは、密かに戦慄を身に覚えていた。

 しかし金髪の態度に微々たる変化もない。今の状況を楽しんでいる様子だ。

 遊戯ゲームでもするように。


「全否定、か。それも悪くない。いい余興になりそうだ」


 二階堂は金髪の発言に、眉を顰めると踵を返した。

 金髪は嬉しそうに小さく笑うと、立ち上がる。

 その姿はまるで一流の彫刻物のようだ。


「....点から線になる前にオレの名前を教えてやろう。オレは王城帝だ。せいぜいオレを楽しませてくれよ」


 自己紹介後も王城はその場に立っていた。

 不気味な雰囲気。誰も声を出せず、ただ王城を見ている。



「さて、これは挨拶がわりだ」


 一瞬、俺は言葉の意味を疑う。

 


 刹那、ルビーのような美しい瞳が"紅"に変色した。

 異能発動の予感。前の席の二階堂はいち早くそれを察知し、手のひらを王城に向ける。


「いい反応だ」


 ククク、と笑みを浮かべ王城は席に着く。

 蹴り倒された机は、トマトのようにぐちゃぐちゃに潰れていた。

 残されたのは椅子だけ。


 クラスメイトは王城の言動や行動は理解に及ばない、と半ば呆れている様子だった。



 出席番号4の生徒はパチパチと一定のリズムで拍手する。

 クラスメイトはまたか、という表情で後ろの席を見遣った。

 だが、その表情はすぐに霧散する。


「王城君もみんなも、いい自己紹介をするね。この自己紹介で僕は確信したよ。みんなとは必ず仲良くなれるってね」


 口角を少し吊り上げ、クラスメイトたちを見渡す。


「みんな、いい顔をしている。うん。すごくいいよ」


 異様な光景。熟練の教師のような佇まい。それは、とても一端の生徒のものには見えなかった。


「おっと、申し遅れたね。僕の名前は愛染陽翔。みんなを引っ張っていけるリーダーになれたらいいなって思ってるよ」


 直視するのが危険なほど眩しい微笑みだ。殆どの男子生徒たちは本能的に負けを認めたのか、机に視線を落としていた。


「次は出席番号5の生徒....」


 愛染はそう言いながら、膝を椅子に立たせた。

 そして、一段と高い頭上から次の生徒の顔を一眼見ようと首を忙しく動かす。


「あ、青奈々ちゃんだね。よろしくっ!」


 手のひらを高く掲げて、左右に大きく振る。愛染の視線の先にいる、青奈々という女の子はどこかモジモジとした様子で愛染に気づかないふりをしていた。....知り合いか。


「青奈々、と言ったな。お前が人前で自分を曝け出す行為を恥ずかしく思うのは見ていて十分、わかる。だが他の生徒も待っているんだ。......できるだけ早くしてくれないか?」


 気のせいか? 今、担任の人格が変わったような気がする。それに青奈々を見る目も随分と優しい。


「は、はい!」


 声が裏返り、女子生徒を中心に失笑の波が広がる。青奈々はこれにより、元々少なかった自信がさらに失われて半泣き状態に。担任はそんな青奈々を見兼ねたのか、「名前はわかったからもういい」と優しく諭して出席番号6の生徒に自己紹介を求めた。




 某日の休み時間。俺は机にうつ伏せになり、ボーっとクラスメイトを観察していた。


「異能強化授業は一ヶ月後か....。どんな形式で行われるんだろうね」

「うーん。異能の使い方を教師たちがレクチャーしてくれるんじゃない?」

「えー、何それ。普通すぎ」


 体育は体の使い方を学ぶ授業だ。それと同じように、異能強化授業は異能の使い方を学ぶ授業だと思われている。だが実際はどうなのだろう。


 疑問に思ったきっかけはこの学校に校舎が四つ存在するという点からだ。


 一つ目は今、俺たちがいる本校舎。この校舎は主に五教科の授業を受けるときに使われる。


 二つ目、三つ目、四つ目は準校舎と呼ばれている。それぞれ、壱校舎、弐校舎、参校舎だ。この準校舎については未だ教師たちは、頑なに教えてくれない。


「愛染君ってやっぱりかっこいいよねー」


 ふと、そんなことを耳にした。

 声の方向を見ると、入学式のときに見たロール茶髪のスマホ女子(姫岡美玲)が淫猥な姿勢で他の女子生徒と話していた。角度によってはパンツが見える位置だ。


「うんうん、わかる!」

「まじそれな」


「じゃあさ....愛染グループに入る?」


 グループ制度。怪傑高校には他の高校と同じく、このような制度が存在する。大きく分けて二階堂グループ、王城グループ、愛染グループの三つ。


 二階堂グループは主に優等生が集まるグループだ。二階堂と伊集院が中心となってグループを統率していく。他の二グループとは違い、少数精鋭のグループでもある。特にメンバー間の信頼が厚く、最も団結力のあるグループのようだ。


 王城グループはピラミッド構造の支配体系を築いている。強き者が上に立ち、弱き者は強き者に支配される。メンバーには個性的な生徒が多く、トップの王城がいるからこそ成り立つグループ。


 愛染グループはまさに玉石混合だ。あらゆる属性の生徒が入り混じり、ルールを作らずに協力関係の名のもとメンバーを支配する。何らかの問題がグループ内に発生したとき、愛染がとり入ると必ず問題が解決されるらしい。


 姫岡が愛染グループに入るのは無難な選択だといえる。二階堂グループは優等生の集まりなのでそもそも加入できないし、王城グループに入れば駒のように扱われる。


 ......となれば一択。姫岡には愛染グループしか残されていない。





「それはともかく、俺はどのグループに入ろうかな?」


 ちなみにグループ間で行動するのは自身の安全を守るためだ。集団で行動すればするほど生存率が上昇する、合理的な生存戦略。だがグループでは集団極性化が起こりやすいデメリットが存在する。集団極性化とは現状維持か戦争か、のようにグループ間で意思決定をするとき判断が極端な方に傾くことだ。まぁ、その時は俺の異能でコントロールすればいい話だが。





「黒崎君、私たちのグループに入らない?」


 俯いた顔を咄嗟に上げる。

 第一印象は結構な美人。目鼻立ちが整っており、透き通るような白さを誇る肌。おそらくクラス内で一、二を争うほどの美貌だ。名前はたしか....桜田だった気がする。


 心臓がドクン、ドクンと高鳴る。俺は純粋無垢な瞳に、吸い込まれるように見ていた。体が金縛りにあったように硬直する。こうも女子に見つめられた経験は今までの人生であっただろうか。


 いや、ない。一度たりともない。


「....どうしたの?」


 片頬に人差し指を当てて、首を傾げる。

 桜田は戦略的にやっているのだろうか。もしそうなら、桜田は諸葛亮孔明よりも上手の策士家かもしれない。男なら桜田のこの表情で確実に撃沈する。戦云々の前にそもそも戦が始まる気がしない。


「あ、なに考えているか当ててあげよっか....?」


 桜田は床に膝をつき、俺と同じ目線になる。そして頬杖をついてじっと俺の目を見つめる。

 否応無しに視線を逸らしたいが、桜田の視線からは逃れられず蛇に睨まれたカエルのように硬直していた。



「うーん....」


 桜田と会話できるのは大歓迎といえばそうだが、周囲の視線も少し気になるところである。その視線には僅かな殺気が混ざっているからだ。好きな女子を取られた男の憎しみ。


......俺には理解不能な感情だな。


「黒埼くんは私たちのグループに入ることに抵抗を感じているのかな......?」


「抵抗はある。俺は優秀ではないからな」


桜田は近くの椅子を掴む。

そして俺の机まで引き寄せると、腰を下ろした。

その時、フローラル系の香水が鼻腔をくすぐる。


話を引き伸ばしてでも長く話したい、と同時に早く終わらせたいという気持ちが走る。

これは羞恥心からくる反応だろう。しかし刺激的な感情にも、すぐに慣れてしまいそうだ。

人は四六時中、羞恥心を感じることはない。それと同じで、すぐに慣れる。


「黒埼くんにとっての優秀って何なのかな....?」


違うアングルから見れば、俺も優秀な部類に当てはまると桜田は言いたいのだろう。

事実、学力という分類で見ると俺はかなり優秀な部類に入る。


「異能の価値か?」


桜田はうんうんと何度も首を縦にふる。

その度に甘い香りが漂う。本人に自覚はあるのだろうか。


「それも一つの正解だけど....二階堂グループは、学力水準の高い生徒を優秀にカテゴライズしているんだよ」


俺は椅子の背に少しばかり重心をかけて、腕を組む。


「学力の高さは誠実性を表す指標になる。そして研究によれば誠実性は知性、いわゆるIQよりも将来の成功率を予測する上での重要な指標になると言われている。つまり学力水準を参加条件にすることによって、規律正しい組織ができるわけか......」


「えぇ!? 私が説明しようとしたのに......!」


ガクンと項垂れる桜田。挙動一つとっても幼子のような可愛らしさがある。

これでゴリゴリパワータイプの異能だったら、笑えるな。


「ちょっと、何で笑ってるの......! 私は真剣なんだよっ?」


文面に起こせば、真剣そうに見えるのだろう。

だが桜田の素っ頓狂な声を聞くと、どうもそうは思えないのだ。


「よぉ、桜田。......と男装した女子生徒」


女男の次は男装か。

髪が少しばかり長いからって、そう短絡的に物事結びつけないで欲しい。

......まぁ、2m近くある巨人にそんなことを言えるはずもないが。


「黒崎くんは男だよ? きちんと男の宝物がついてるし」


ん? 聞き間違いか?


「ひゃはははははっ......! 男の宝物ってお前! まじオモロ過ぎ」


伊集院は腹を抱えて、大笑いする。

殺しの衝動に侵された人間のような笑い声だ。

破顔した顔と笑い声が混在して、一種の狂気を生み出している。


「そんなこと言うなら、伊集院の方が面白いでしょ! 私、今日見てたんだからね。伊集院が女子生徒をナンパしてあっさりフラれてたところを....」


桜田は後から思い出したように声を上げ、付け加える。


「それも三人!」


伊集院の女癖の悪さは有名だ。『伊集院の机には必ず8冊のエロ本が仕込まれている』と男子中で噂になっている。伊集院がいない昼食時、この間に勇敢な男子生徒は伊集院のエロ本を読む。



なぜ男子生徒は伊集院のエロ本を読むのか───? 



それは様々な男子生徒の好みを集約した伊集院が選ぶ8冊』は非常に価値が高く、ネットでもありつけないほどの希少な情報だから、だそうだ。ほとんどの生徒はすごくいい! と荒い鼻息でそう言うが、俺には正直何が良いのか全くわからない。


「そんなでっかい声で言わんといてくれる....? 恥ずいやんけ。なぁ、黒崎!」


おぉ....名前を覚えられていたか。これは意外だ。


「黒崎くんの名前、覚えていたんだね! 伊集院」


その言い方はなんだ? 俺を侮蔑しているのだろうか。

数分で、桜田の腹黒さがわかった。


「あったりまえやろ! 黒崎みたいな凡人も俺の記憶力にかかれば楽勝よ!」


伊集院は胸を張り、自信満々にそう言った。

罪悪感とは無縁の人物のようだ。

桜田と伊集院の毒舌コンビは俺のメンタルに深い影響を......。


「あーあ、伊集院のせいで話が脱線しちゃったよ」


「あ? じゃあ、その本題はなんやったん?」


桜田は顔を俺に向ける。

しばらく俺を見つめると、ようやく口を開いた。


「......何だったけ?」


俺は思った。

本当に桜田は二階堂グループの生徒なのか、と。


「二階堂グループの件だろ」


「あ、あぁ〜。そうだったね。それで....入るの? 二階堂グループに」


陣営選択。

これはゲームでも重要極まりないイベントだ。

どの陣営を選択するかによって、その後の人生が大きく変わるだろう。

彼らの人生が。



「あぁ、入る」


「よし! 二階堂はおらんけど、俺が許可したる。よろしくなっ! 黒崎」

「黒崎くん。よろしくね」


二人は手を差し出してきた。

俺は迷わず二人の手をとる。


桜田、伊集院。お前らはいつか後悔することになる。

俺は人であり、人でない。

異分子イレギュラーだ。

それが規律ある組織に入ると、どうなるだろうか....?


───必ず壊れる


その理由は簡単。

俺はお前らが統制できるような生徒じゃないからだ。



































































































  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る