2章 悪魔と過ごす日々②
そんなに悪い奴ではないのかもしれないと、うっかり思ってしまっては自分を
ガタガタと
「今夜は荒れそうですね……」
「……神父?」
反応のなさに振り返ると、クラウスは夕食後のテーブルで熱心に何かを作っていた。使わない紙を折ったり切ったりしていた彼は、ようやくこちらの視線に気付いたのか、笑いながらそれを見せてくる。
「あぁ、この紙工作かい? 次の礼拝で子どもたちに作ってあげようと思って」
「……」
見上げた心意気だとは思うが、そのなんとも言えない形状は何なのだろう。やたらとトゲトゲが付いていたり、見るものを不安にさせるようなシルエットが
「こいつは
「お願いですから、
痛む頭を押さえながらネリネは進言する。そんな
その時、外からガラガラと何かが転がるような音が聞こえて来た。ついに吹き飛んだかと
「桶が……、ちゃんと納屋の中にしまってきます」
「危ないよ、私が行こう」
「別にこのくらい──」
一人でやれると言いかけたネリネは、勝手口を開けたところで足を止めた。
「神父さま、お助け下さい!
今にも泣き出しそうな両親に
「あつい……あついよぅ……」
「一番上の子も、何年か前に同じような熱を出して一晩で死んじまったんです。神父さま、どうか……どうか」
おろおろと
体も
「これは?」
「昼間転んだ時に切ったみたいなんです」
ひとまずはその箇所を
看病の
「少し聞いてもいいですか?」
「シスター……」
落ち着かせるよう
「ど、しよっ、このままアイツ、死んじゃうのかなぁ? そしたら俺……っ」
「
目元を拭っていた少年は、少し
「北の森……白い
その証言にネリネは軽く目を見開く。すぐに立ち上がると、短く礼を言って歩き出した。
(もしかしたらあの傷は……だとしたらまずい、早く処置しないと)
ここから先に行う事は完全に教会の応急処置の
替えの水
「かわいそうだけど、これ以上してやれることは無いか……」
「あのっ、神父。お許しを頂けるのであれば」
意を決して扉を開けたネリネは息を
手から水盆が落ち、ガラガラと盛大な音を救護室に
「やめてください!」
「ね、ネリネ」
「信じられない……今、なにを」
恐怖と非難の入り混じった視線を向けると、よろめいた神父は両手を上げて固まる。
「し、しないよ。というかできないんだ。悪魔としてのチカラは、
「それにしたって、首に手を……」
こんなに細い首なら、悪魔でなくたって絞め殺す事はできるだろう。疑いの目を向けると、グッと
「……ごめん、もう長くなさそうだし、このまま苦しむよりは、いっそラクにしてあげた方が……いいと思って」
ドクドクと
思った以上にショックを受けている自分に
「うう、おか……さん、……ぃちゃん」
「あ、あのぉ……何かあったんですか?」
先ほどの騒ぎを聞きつけたのか、女の子の家族も
「この子の傍に付いていてあげて下さい!」
「ネリネ、どこへ──」
制止しようとするクラウスを見ると、彼は
──このまま苦しむよりは、いっそラクに……。
先ほどの発言が頭をよぎり、気づけば力いっぱい宣言していた。
「この子は助かります! わたしが死なせない!」
返事を待たずにネリネは教会から飛び出した。春の
(この辺りだ!)
ほとんど
(でも、この草の近くには必ずアレがあるはず)
その時、雲の切れ間から月明りが地上に落とされる。生ぬるい風に
「あった!」
濡れた
しかし、あんな場所に生えているとは思わなかった。
(もう少し、あとちょっと……!)
こうしている今も、あの子は苦しんでいる。いや、もしかしたらもう……。そんな嫌な想像を
「あっ……!?」
そのことにひるんで、
(落ち──!!)
「ネリネ!」
呼びかけにハッと目を開いた
「っ……!」
痛みを
「ど、どうして……」
明かりがなくとも、深みのある声で誰かなんて一発で分かっていた。少し引いて見上げると、予想通りそこに居た
「私には、分からない」
「え?」
「どうして君は、そこまで赤の他人のために命を張れる?」
心の底から理解不能といった悪魔は、どこかひやりとする声で現実を突きつける。
「現に今、君は死ぬところだった」
「っ、」
背後に広がる底なしの
「わ……わかりません、まさか落ちるとは思って居なかったものですから、でも」
苦し気にうめく患者の顔がふと
「ただ、あの子を助けたくて……それだけしか考えていませんでした」
一時の暴風に比べれば、風は少し収まってきたようだ。しばらくこちらを見下ろしていたクラウスは、ふいにふっと口の
「先ほど君が私に驚いたように」
「?」
「私も君に驚いている。人間はここまで他人の
片手を上げた彼は、ネリネの頬に手をやると付いていたらしい泥をぬぐって落としてくれる。ビクッと反応する彼女の
「でもね、博愛主義も行き過ぎるとただの自己
「そ、そこまでは、ええと」
そんなことは無いと、先ほど死にかけた分際でどの口が言えるだろうか。言い訳がましく口ごもっていると、目の前のクラウスはふいに目を開けた。こちらを見下ろして限りなく
「なんにせよ、無事でよかった」
心の底から
「あの、助けてくださって、あ、あり……」
「うん?」
最後まで言う事ができずに、声が消えていく。ふぅっと息を
「先ほどは、
「やりかたは
アハハと困ったように笑い飛ばす悪魔だったが、急に
「……うん。今日のように、悪魔と人間の価値観の差でおかしな事を言ってしまう事がこれからもあるかもしれない。その時は
その声の
「わかりました、でもその前にお願いしたい事があります。あなた飛べるんですよね、この崖の中腹にある
「コケ?」
「はい。それがあれば、あの子を治すための薬になるんです」
そこまで言ったところで、ハッと我に返る。このお願いでさえ、もしかしたら『悪魔の
そんな
「心配しなくても、このぐらいなら『契約お
「お試しって……」
「ちょっとした抜け道だね、ちゃんと実力を見せなくちゃ契約を
だから
「助けが欲しいときはいつでも呼んでくれ、すぐに飛んでいくから」
「そこ、そのあたりにあるはずの紫色の、お願いします」
頬の赤さが分からないような暗闇でよかったと、そんなことを思いながら。
必要量を採取して教会にとんぼ返りをすると、
「コ、コケ!? アンタ何を考えてんだ! そんな物塗ったら余計に──」
「あなた、シスターを信じましょう」
「でもお前……」
横にいた母親がそれを止めた。真っ赤に
「お願いよ、
あぁぁぁ……と、
「大丈夫です、この方法で助かった人間ならここに居ます」
「え……?」
「わたしも、子どもの
もしかしたら間に合わないかと気を
「ありがとうシスター、本当に、本当にあなたがいてくれて良かった……!」
特に母親はネリネの手を
(そうか、聖女にはなれなくても、この知識を
ふぁ、とあくびを
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