2章 悪魔と過ごす日々①
それから半月ほどが
「主はいつでも私たちのことを見守っていて下さいます。善い事も、悪い事も、全てを見通しておられるのです」
そして悪魔のクラウス。この半月で観察していて分かったのは、彼が神父として非常に
「どうだい? だいぶここの生活にも慣れて来たみたいだね」
「おかげさまで」
ネリネは
「料理もだいぶまともになってきたし、
「……」
初めて出した料理の
クツクツと笑いを
そこからは何事もなく数日が過ぎる。だが、嫌な客というのは
ある日の午後、教会の裏手で
「おぉ~、ホントに情報通りだ。思ったよか近くに飛ばされてたんだな」
ハンチング
「……どちら様ですか? 教会に何か
「いやいや、俺が用があるのはこんなショボい教会なんかじゃなくてアンタですよ、元聖女候補のコルネリアさん?」
ピクッと
「どこに飛ばされたかなんて公表されちゃいないが、人の口に戸は立てられぬとは良く言ったものだ……クク、ようやく
どうやら男は新聞記者のようだ。いつか来るとは思っていたが予想外に早い
「それじゃさっそく、世間的には辞退したことになってるが本当のところはどうなんだ、どうやってジル様を追い詰めた?」
「なんのことだか……」
「やっぱ自分じゃ勝てないと思ったから嫌がらせしてたんだろ? なのに生まれ変わって帰って来られてどんな気持ちだった? なぁなぁ」
「……」
ニヤついた視線から
その時、ふと彼の足元で
「足をどけて下さい」
「あん?」
「花を踏んでいます、足をどけて下さい」
そこでようやく
「今、そんな事どうでも
「良くありません。その花はここの職員が
怒りを
「そのような方にお話しすることなど何もありません、お引き取り下さい」
先ほどまでの気弱な態度から一変したシスターに、記者は
「っ、口には気を付けろやクソ
「!」
「話は聞きました。ここに居るのはネリネというただのシスターです。お引き取り下さい」
しばしポカンとしていた記者だったが、黒の聖職服を見ると口の
「ここの神父か。ちょうどいい、アンタにも聞きたかったんだ、なんだってこんな
そこまで言った記者は掴まれた腕を引こうとした。だが、グッと引っ張っても一向に抜ける気配がない。
「おい?
神父は
「ぎゃっ!! 離せっ、離せコラぁ!!」
「あぁ、すみません、
「わかった、わかったからこれ以上はっ、折れっ……!!」
彼の顔色が真っ青になったところで、クラウスはパッと手を離した。反動で
「教会から『コルネリアの
「ヒッ……、う、うわぁああぁ!!」
「お気をつけて~」
転げる勢いで
ネリネはそんな彼をじっと後ろから見つめていた。やがて厳しいまなざしで忠告をする。
「……あんな事をして、バレたらどうするつもりですか」
しゃがんで踏まれた花に手を
「あれ、心配してくれるんだ?」
ハッとして自分の発言を思い返す。
「ち、違います! バレてわたしにまで
「
しんなりとした花に
「礼を言われる筋合いはありません、わたしも話の流れを変えるきっかけを探していただけですから」
屋内に入ったところで、助けてもらった場面がよみがえる。むぅっと
そんな付かず離れずの
「ついに君を
「……」
招待状をつまみヒラヒラと振る神父に対し、朝食後のお茶を
ところがこの腹の底が読めない
「私と
「なっ……」
ティーポットの
「結構です! 余計なことしないで下さいっ、本当に!」
「おや、
意外そうな顔でこちらを見るクラウスに、ため息をついたネリネは静かに
「わたしが聖女なんてガラじゃないのは自分が一番よく分かっています。
断罪の場で見上げた彼女を思い出す。
「わたしは地道に生きていくのが性に合っている。もう
染みは手ごわかった。こうなったら丸洗いした方が早いかもしれない。テーブルからクロスを外した時、ふいに視線を感じて顔を上げる。悪魔は相変わらず微笑みながらこちらを見つめていた。その優しいまなざしにバツが悪くなり背を向ける。
「い、今の話は忘れて下さい」
いけない。また油断してしまった。どうしてこの男相手だと本音を
「いいんだよ、信者の
「……」
悪魔のくせにその
「私は知っているよ、君はそんなことできるような人間じゃないってことをね」
ピクリと手が止まる。そのまま背中を向けていると、クラウスは何の含みも持たない
「共に生活を送る内に確信に変わったよ。曲がったことが
その
「
どうして自分はこんな
「でも、それを理解してもなお、君は
ハッとして思わず振り返る。クラウスは優しいまなざしでこちらをまっすぐに見ていた。
「私はそういう不器用なところも
ニコ、と微笑まれて
ツンと鼻の奥が熱くなる。まずいと思った
(悪魔の
自室に飛び込んだネリネはドアを勢いよく閉め、もたれかかるようズルズルとしゃがみこんだ。
ふつふつと湧きあがる嬉しさと同時に背徳感がこみ上げる。悪魔なのに、言葉に耳を貸してはいけないのに。
(いつぶりだろう、誰かに信じてもらえたのは)
たとえ悪魔でも自分を信じてくれる人が居た。それは形だけの言葉かもしれない。けれども、それは確かにネリネの心を
(どうしよう、嬉しい……)
ネリネは静かに泣いた。自分がどれだけ優しい言葉に
「おや?」
その晩、いつものように夕飯の
クラウスはそれ以上特に何も言わず口の
「何か?」
「いいや?」
それ以上の会話は無く、二人は静かに食事を開始する。けれども、それは重たい空気などではなく、どこか
ある日の午後、一人きりの教会で食後のお茶を飲みほしたネリネは、よし! と、気合いを入れて立ち上がった。
(あの悪魔が出かけて半日、今が
そう、今朝早くの事、クラウスはヒナコの就任式に間に合わせるため首都に向けて出発していた。最後までめんどくさいと
(今日こそ奴の部屋に、調査に入る!)
ここ最近は何となく流され気味になっていたが、密告ノートの作成を忘れたわけではないのだ。とはいえ、さすがに他人の部屋を勝手に
「……」
しばし
「お、おじゃまします」
誰がいるわけでもないのだが、そんなことを
「アー、これはやっぱりホコリがたまってますねー、掃除しないといけませんねー」
大根役者もびっくりな棒読みを口にして(本人はいたって
(秘密の日記帳とか無いかしら……)
机はネリネの部屋に置いてあるものと同じで、引き出しのない簡単なものだ。ベッドも全く同じで、その下に
「調査のため、調査のため」
ブツブツと呟きながらパタンと閉めると、ベッド
(……読むの?)
それから二日後の昼
「ただいま、あー
「お疲れ様でした、案外早かったですね」
「そこはおかえりって言ってくれよ~。
「横に割れるんですか」
泣き言を言う神父と下らないやりとりをしながら並んで歩き出す。教会に
「ヒナコ
ハァッとため息をついたクラウスは、ネリネの元養父のふるまいをうんざりした顔で語った。
「就任式の後に開かれた祝賀会で、事あるごとに君とは
「あれはまぁ、そういう人ですから……」
どこか遠いまなざしでネリネは呟く。元気なようで何よりだ、早く自分の事は忘れて欲しい。
「こっちは何か変わったことは無かったかい?」
「いえ、特には」
「そう? あぁそうだ、おみやげがあるんだ。手を出して」
ポケットをゴソゴソと漁る神父に、何だろうと少し
「
「ミュゼルは
「……」
もう教会が見えてきた。
「……お、おかえりなさい」
「ただいま」
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