Case3:軍服の青年 2


 危険なものは回収しておかないと。この袋に入れておければ、彼が自分の世界に戻るとき、自動的に彼の元に戻るから便利な袋である。


「……お前、本当に……オレがわからないのか?」

「存じ上げません」


 きっぱりと言い切ると、彼は傷ついたような瞳を見せた。……ぼくに似た人を知っているのだろうか。まあ、それはともかく、濡れた服のままでは風邪を引くだろうから、タオルを渡す。


「あちらにシャワールームがございます。身体を温めてきては?」

「あ、ああ……」


 彼から離れてシャワールームを指すと、戸惑いながらもうなずく青年。タオルを受け取ったのを見て、バスローブも渡す。


「それでは、ごゆっくりどうぞ」


 にこり、と微笑むと、青年は複雑そうに表情を歪めて、シャワールームへと足を進めた。


 それを見送り、シャワーの音が聞こえてから、彼が横になったことで濡れた床の掃除をした。欲しいものがさっと準備されるところにだいぶ慣れてきたような気がする。


 しっかりと床を拭いて、一息ついたところで青年がシャワールームから出てきた。


「おや、しっかりと温まりましたか?」

「ああ」


 本当だろうか。こんな短時間でしっかりと身体を温めることが出来るとは到底思えないが……、まあ、鍛えている人なのだからそこは考えなくても良いか。


「少々お待ちくださいね」


 簡易キッチンまで行き、冷蔵庫の扉を開ける。……本当、欲しいものがすぐに手に入るこの店の仕組みはありがたく、とても不思議だ。


 赤ワインとシナモンスティック、それとブルーベリージャムがあるので取り出す。小鍋が欲しいな、と思うとコンロの上にちょこんと乗っていた。


 小鍋の蓋を開け、赤ワインを目分量で注ぎ込む。身体が冷えたし、ぼくもいただこうと思って多めに。シナモンスティック砕いたものを入れて沸騰ギリギリまで火にかける。こうすることでアルコール分が飛んで、飲みやすくなる。


 マグカップを用意して、ホットワインを注いでからブルーベリージャムであまーくした。


 カチャカチャとスプーンでかき混ぜ、全部溶けたところで彼にマグカップを差し出す。


「温まりますよ」

「……サンキュ」


 ぼくがホットワインを作っている間、ずっとこちらを見ていた彼。マグカップを受け取ると、そのまま一口飲んだ。そして――ぼろっと、涙をこぼしたのを見て、ぼくは目を大きく見開いた。


「あ、あの……?」

「……同じ味だ……。以前に飲んだ時と……」


 ぼろぼろと涙を流しながら飲むのは、身体が温かさを求めていたからか、それとも――……。


 ぼくも一口ホットワインに口をつけて、その甘さに小さく肩をすくめた。


「……なぁ、お前の名は?」

「フェリックスと申します、お客様」

「堅苦しい喋り方だな」

「そうでしょうか?」


 柔らかい口調になるように意識しているから、そう言われたのは以外で目をまたたかせる。


「ああ、警戒心駄々だだれ」


 くっと喉で笑う青年に、ぼくは首を傾げる。すると、彼はそんなぼくが意外だったのか、じぃっとぼくを見た。


「赤毛にブラウンの瞳。それに名前まであいつと同じとか、どういうことだよ。ここ、実は天国だったりするのか?」

「死んでいませんよ。胸元に手を当ててごらんなさい。鼓動を感じますから」


 ぼくが左胸の辺りに手を置くと、それを真似するように彼もそうした。そして、自分の鼓動が確認できたのだろう、ゆっくりと息を吐く。


「……お客様はその人をずっと探していたのですか?」


 ぼくの問いに、青年は「どうだろうな」と眉間に皺を刻み、苦々しく表情を歪める。ぐっとホットワインを飲み、「あっちぃ!」とおどけたように言うのを見て、それ以上の追及はやめた。


「それにしても、ここは一体どこなんだ?」

「ゲストルームですよ」

「いや、そうじゃなくて……。オレ、確か戦場にいたはずなんだけど?」


 そこまで聞いて、ぼくは「ああ」と呟いた。


「“記憶メモリア館”の所在地は不明です。そうですね……、世界の狭間はざまにあるとでも考えてください」


 実際、外に出ると様々な世界に繋がっている。アカネさんが霧雨を珍しいと言ったのは、それも関係しているだろう。


 どういうわけか、外に出ると天気が良い日が多かったから。


「とりあえず、この店は不思議空間の中にあると思ってくださいね」


 ――ぼくはただの従業員だから、そうとしか言えない。


 オーナーであるアカネさんでさえ、この店がどこにあるのか知らないと聞いたこともあるし。どうやら、“記憶メモリア”が必要な人の場所にひっそりとたたずむように現れるらしい。その条件がさっぱりわからない。だが、この店は本当に必要な人のところにしか現れないらしいので、彼にもなにか大切な“記憶”があるのだろう。


「……変な店だな」

「そうでしょうね」


 怪訝そうにぼくを見る彼に、肩をすくめた。

 もう一口ホットワインを飲むと、少しぬるくなっていた。飲み頃だ。


「オレが元の世界に戻るには?」

「“記憶の扉”が開き、自身の記憶と向き合うまでは戻れないようですよ」


 どういう仕組みなのかもわからないが、この場所を訪れたお客様たちは“記憶の扉”に入り、記憶を見なくてはいけない。そうしない限り、この店から出られないのだ。


 この店のオーナーであるアカネさんと、従業員であるぼく以外。


「なら、その“記憶の扉”のところまで連れていってくれ。オレが船上から離れちゃまずい」


「ああ、そこら辺は大丈夫だと思いますよ」


 なぜなら――時間が動いていないから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る