Case.1 エメラルドの瞳の少女 2


「まあ、それは置いといて。貴族の令嬢って確かにプライド高そうなイメージあるけれど、あなたのように虚勢を張っているのがバレバレなのは珍しいよね」


 アカネさんが腕を組み、観察するように少女を見る。十代前半のように見える少女に対し、オブラートに包むこともしないアカネさんに、少しだけ眉を下げた。


「――どうしてそんなに、の?」


 エメラルドの瞳を持つ少女は、怯えたように肩を震わせた。まるで自分の心の奥底を覗かれたかのように、少女はぎゅっと胸元を隠すように拳を握る。


「――わたくしが、貴族だからよ」


 揺らいでいた少女の瞳が、アカネさんをしっかりと捉えた。彼女がこんなにもかたくなに『貴族』であろうとすることは、この少女にとって、荷が重そうに見えた。……だが、貴族というのは、こういうものなのかもしれない。


「どうしてあなたがそんなにも気丈に振る舞えるのか、あなたは忘れているのよ」

「――え?」

「だから、どうしてそんな風になっちゃったのか、探してみようか」


 にこっと笑うアカネさんに対して、少女はエメラルドの瞳を大きく見開いて「ええ?」と困惑していた。……まあ、誰でもそうなると思う。『お客様』に対して、アカネさんは結構容赦ない。


「ぼくたちがサポートいたします。お嬢様」

「……うう。その“記憶”とやらが見つかれば、わたくしは帰られるのですわよね?」

「そうですね。さあ、こちらへ。大事な“記憶”を探しに行きましょう」


 すっと手を差し出すと、少女は戸惑うようにぼくを見て――それから、手を取った。その様子を見ていたアカネさんがパンっと手を叩いた。


「お客様、フェリックス。ついて来て。が開いたわ」


 この店内はとても不思議な造りになっていて、開かない扉がある。だが、お客様が望んだ“記憶”の扉が開くようになっているのだ。とはいえ、どの扉が開いたのか、ぼくにはさっぱりわからない。


 アカネさんが先導して歩き、ぼくとお客様が続いていく。アカネさんがひとつの扉の前で立ち止まり、少女へ身体を向けた。


「さあ、ここがあなたの望んだ“記憶”の部屋よ」


 アカネさんが少女にそう声を掛けた。少女は顔を上げて、怪訝けげんそうに表情を歪めた。


「本当にここにわたくしの記憶がありますの?」

「ええ、そうです。どんな“記憶”なのか私にはわかりませんけれどね。けれど、この扉が開いたのは確かです。フェリックス。お客様の手を絶対に離してはダメよ」

「はい、アカネさん」


 アカネさんに言われて、小さくうなずく。少しだけ少女が怯えたように震えた。心配しなくても大丈夫だよ、と伝えるようにきゅっと手を握った。


 驚いたように顔を上げる少女に微笑んでみせると、パッと顔を赤らめて顔を背けた。


「さあ、お客様。この扉はお客様が開けられる扉です。行ってみましょうか」


 アカネさんにうながされて、エメラルドの瞳を持つ少女はこくりとうなずいてから扉へ近付く。そっと扉に触れると、ギィィ、と重い音を響かせて、扉が開いた。


 真っ白な光がぼくたちを包み込み――気付けばどこか、貴族のやかたにいるようだった。


「ここは……!」


 お嬢様はぼくから手を離して駆けていく。ぼくとアカネさんも走り出した。どうやら彼女にはここが『どこ』なのかわかったらしい。ぼくにはさっぱりわからない。人の記憶の中に入るのは、これで何度目になるのだろうか。


「お母様!」


 彼女を追いかけていくと、どこかの部屋についた。どうやらここはお嬢様の母親の部屋のようだ。まだ幼い――五歳、くらいだろう。そのくらいの年齢の少女が、母親の手を握り泣いていた。


『いや、いやよ、おかあさま、げんきになって……!』


 ポロポロと涙を流す少女。母親はげっそりと頬がこけ、青白かった。ベッドに横になり、視線だけ少女に向けている。


『ごめんなさいね、わたくし、もう……ダメみたい。……ああ、ダメよ、そんなに泣いてはダメよ……。いつでも、貴族の令嬢として、人の上に立つものとして……凛と、していなさい……』


 そう言い終えると、母親の瞳が閉じられた。するりと、少女の手から母親の手が滑り落ちる。――ひとつの命が幕を閉じた。その場面をぼくは、一体何度見てきただろうか?


「……おかあさま……」


 お嬢様は亡くなったばかりの母親に近付き、手を伸ばす。だが、彼女の手は母親の身体をすり抜けた。


「どうして!? なぜ触れないの!」

「……ここは、あなたの記憶の中。記憶に触れることは出来ません」


 アカネさんの声が届いたのか、届いていないのかわからない。母親が亡くなった場面を見たお嬢様はわっと泣き出した。


「ずっと、ずっと、お母様の言葉を守っていたのですね……」


 ぼくの呟きを拾い、お嬢様は肩を震わせた。


「だって、だって、お母様はわたくしが貴族の令嬢であることを望んだのだもの!」


 声を荒げるお嬢様に、アカネさんが近付いた。そして、「本当にそれだけでしょうか?」と首を傾げる。


「……え?」

「あなたが貴族の令嬢としてがんばっているのはわかるわ。でもね、あなたのその行動は、本当に『貴族の令嬢』として合っているのかしら?」

「なにを、言っているの……?」

「お客様の心には、まだ、雪解けていない思いが眠っているということ」


 パチンとアカネさんが指を鳴らす。それと同時に、ほんの少し成長したお嬢様が映し出された。

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