Case.1 エメラルドの瞳の少女 1
入って来たお客様はまだ十代前半くらいの少女だった。意志の強そうなエメラルドの瞳がとても印象に残る。少女はぼくを見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
「メモリア館? なんですの、それは」
少し、言葉に棘を感じた。アカネさんがぼくの後ろからひょいと顔を覗かせ、少女に明るく声を掛ける。
「まあまあ、とりあえず、こちらへどうぞ。フェリックス、お茶をお願い」
「かしこまりました」
一礼してからお茶を淹れに向かう。店舗である一階にも、簡易なキッチンが存在して、普段からここでお茶を用意していた。
温かな紅茶を淹れて戻ると、少女とアカネさんが睨めっこをするように見つめ合っていた。お茶菓子にマドレーヌも一緒に用意したが、少女の口に合うだろうか……。
見たところ、かなり高価なドレスを身に付けている。それに、先程の口調から感じたのは……プライドの高さ。さて、アカネさんはどうするつもりなのだろう。ぼくに出来ることは、ただお茶を淹れて少女に渡すだけだ。
「お待たせいたしました。お口に合えばよろしいのですが……」
すっと少女にお茶を差し出す。テーブルの上に置かれたお茶を見て、少女はじっとぼくを見た。
「これ、ローズティーですわね?」
「はい。華やかなお嬢様にピッタリだと思いまして……」
にこり、と微笑みを浮かべる。レモンも用意した。レモン汁を絞り入れると綺麗なピンク色になる。
「……そう」
ぽつり、と呟いた少女は、添えてあるレモンをぎゅっと絞った。ピンク色に発色したローズティーを見て、懐かしそうに目元を細める。アカネさんにも同じものを用意した。
彼女はお茶には手を付けず、マドレーヌに手を伸ばしてぱくりと食べる。その様子を見た少女はぎょっとしたように目を見開いた。
「素手で食べるなんて……」
「あら、ここにはわたしとあなたとフェリックスしかいませんもの。それに、わたしはあなたと違って平民ですので」
一瞬キョトンとした表情を浮かべたアカネさんだったが、すぐにクスクスと笑う。美味しそうにマドレーヌを食べるアカネさんに、少女は信じられないものを見たとばかりに唖然としていた。
「お嬢様には難易度が高いかもしれませんね」
挑発するような言い方に、カチンときたのか少女はマドレーヌに手を伸ばす。
「アカネさん、あまりお客様を困らせないでくださいよ」
「あはは、ごめんごめん。ねえ、お嬢様。あなたは一体、どんな“記憶”を求めているのか、わかりますか?」
ぴたり、とマドレーヌに伸ばしていた手が止まった。そして、その手を下ろしてアカネさんを見つめた。
「そんなの、知りませんわ。だって、わたくし、気が付いたらここにいたのですもの!」
興奮状態のようだ。……そりゃあ、そうなるだろう。ぼくだってここに来た時、驚いたし。過去を懐かしむように目元を細めると、少女は自分を落ち着かせるようにもう一口、お茶を飲んだ。
ふう、と息を吐いて、それからアカネさんを睨むように目尻を吊り上げる。わけのわからない場所に迷い込んだから、気が立っているのだろう。アカネさんは小さく笑みを浮かべて、彼女に向かいこう言った。
「当店ではあなたの大切な“記憶”を探し当てます」
自信満々にきっぱりと言い切るアカネさんに、少女は目を瞬かせた。それから、呆れたように「記憶、ねえ」と肩をすくめる。
「ええ、当店は“記憶”を取り扱う場所ですから」
パチンとウインクをひとつ。少女はガタンと立ち上がり、店から出て行こうとする。――が、
「ど、どういうことですの!?」
混乱したようにガチャガチャと扉を開こうとする少女の手に、自分の手をそっと添えた。少女はびくりと肩を震わせ、ぼくを見上げる。
「すみません、当店はお客様の“記憶”を探し当てない限り、開かないのです」
従業員であるぼくや、オーナーであるアカネさん以外に、この場所を自由に出入り人はいない。少女は「……そんな……」と青ざめた。
「とにかく、落ち着いてください。お嬢様の大切な“記憶”を探し当てるまで、ここから出て行くことは出来ませんので……」
「どうなっていますの、この場所はっ!」
ぷるぷると肩を震わせる少女に、ぼくは手を離した。気丈そうに振舞ってはいるが、まだ十代前半の少女――だろう。じわりと涙が浮かんできた。
「こんなわけのわからない場所に、どうしてわたくしが迷い込まなければならなかったの! あなたたちのせいですわよね!?」
ばっと腕を振ってぼくを睨みつける。子どもの
「あら、違いますよ、お嬢様。この店はね、
「どういうことですのっ?」
声を荒げる少女に、アカネさんは両手を腰に添えてクスリと笑う。彼女の肩まである黒髪がゆらりと揺れた。
「――あなたは大事な“記憶”を取り戻すために、ここに迷い込んだのです」
少女は大袈裟なくらいに目を見開いた。虚をつかれたように。
「さっきから、記憶、記憶って! わたくしの記憶はちゃんとっ!」
「ちゃんと?」
「……え、あ、れ……?」
少女は混乱するように自分の頭を掴むように両手で触れる。そして、そのまましゃがみ込んでしまった。
「わたくし、は――……」
「手入れをされた絹のような手触りの金色の髪、まるで宝石を埋め込んだかのようなエメラルドの瞳。血色もよく、肌の手入れもされている。それは、あなたが貴族の令嬢だから」
アカネさんはぽん、と彼女の肩に手を置いた。そして、まるで鳥がさえずるように言葉を紡ぐ。
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