第24話

 恋人との初デートって、どこに行けばいいんだろう。

 友達から色々と彼氏の話は聞いているものの、初々しい話は皆無であり、参考にできるものが何もないことに気がついた。


 私も桃のことを決して馬鹿にできない。雑誌とか、ネットとか、結局そういうもので情報収集するしかなくて、桃と同じだなぁと思う。


 桃と似ているところを見つけて嬉しくなって、一人雑誌を立ち読みしながらにやけている自分って客観的に見てどうなんだろう、なんて思って。


 良くも悪くも、今の私の心は桃でいっぱいになっている。

 うーん。結構キモいかも、私。

 恋人ができるのすら初めてだから、かなり浮かれている。

 このままふわふわ飛んでいってしまいそうなくらいに。


 どこまでも高いところに登っていって、降りられなくなって。以前の場所が恋しくなることも、あるのかもしれない。


 それでもいいなんて思うのは、きっと、桃に恋をしている証拠なのだろう。


 私は何冊か雑誌を手に取って、レジに向かった。

 そのとき、見知った小さな影が視界に映る。


「あれ、桃」

「え、実來さん?」


 カゴを持った桃は、驚いた表情で私の方を見る。

 そのカゴの中には、私が持っているものと同じ雑誌が入っている。

 こんなに被ることってある?

 私は思わずくすりと笑った。


「桃、ここよく来るの?」

「は、はい。雑誌を買いに、結構来ます。……実來さんも、お買い物ですか?」

「そそ。ラインナップ、被ってるけど」

「……ふふ。お揃い、ですね」

「せっかくだし、どっちかのやつだけ買って一緒に見る?」

「そうですね。その方が、楽しそうです」


 私は桃に雑誌を棚に戻してもらっている間に会計を済ませる。

 以前散歩した公園に二人で行って、遊歩道の途中にあるベンチに腰をかけた。少し前まで秋めいていた街も、今ではすっかり冬の足音が聞こえそうな様子になっている。


 植えられた樹木から落ちた赤や黄色の葉っぱがアスファルトを綺麗に彩っているのを見ると、少し寂しくなって、同時に綺麗だと思う。


 十一月の初旬。

 この時期は、なんだかほうとため息をつきたくなるような感じがする。ついついぼーっとしてしまって、冬が来るのが嫌なような、楽しみなような。


「実來さん。早速雑誌、見ませんか?」

「んー? あ、そうね。何から見るか」


 私は袋から雑誌を取り出した。

 十代向けのデートスポットが書かれた雑誌に、この近くの観光地が書かれた旅行雑誌。私はまずデートスポット特集のページを開いた。


 初デートはどこに行くべきかとか、どんな格好をしていくべきとか、色々なことが書かれている。

 参考に、なるのかね。


「見て、ランキングだって。公園デート、結構順位高いね。……恋人と二人で公園って、何するんだろ」

「のんびり歩いて、景色綺麗だねーって笑い合ったりとか、でしょうか」

「あー。でもそれ、前に私たちがやってたのと変わんないよね」

「えへへ、そうですね」


 桃は私にくっつきながら雑誌を覗き込んで、楽しそうに笑う。私は首を傾げた。


「桃?」

「あ、ごめんなさい。なんだか色々思い出しちゃって、つい」


 桃は私の肩に頭を預けてくる。

 ちょっとした重さが、ひどく心地よかった。


 同じ重さのものを肩に乗っけても、こんなに愛おしい気持ちにはならないのだろうと思う。

 私はそっと、桃の頭を撫でた。


「色々ありましたよね。川に遊びに行ったり、海に行ったり。何気ない日常も一緒に過ごして、恋人になって。私、今。人生で一番幸せです」

「だったら、明日は今日よりもっと幸せな日にしよう。毎日一番を更新してってさ」

「ふふ。いいですね、それ」


 秋風が吹く中、私たちは体を寄せ合って、雑誌を読んでいく。

 デートでこんなところ行くのはありえないとか、いつかここに行ってみたいとか、そういうたわいもない話をして、二人で笑い合う。


 ドキドキするとは、違うけれど。

 穏やかな時間だと思った。小さな恋人と過ごすこの緩やかで穏やかな時間は贅沢すぎるほどで、ただ肩を寄せ合って呼吸をしているだけで甘くて幸せな気持ちになる。今こうして抱いている気持ちを、ずっと覚えていたい。


 もし、桃が明日私の前から姿を消したとしても。

 大事に持ち続けて、いつか私の骨と一緒に墓場に埋められればいいと思う。


「もうすっかり、秋だね」

「そうですね。実來さんと出会った頃は、まだ五月だったから……」


 少し冷たくて、爽やかな風が私たちの髪を揺らす。

 ざあっという音がして、葉をまだ十分につけている木々が枝を揺らす。


 暖かい色の葉っぱが、雨になって私たちに降り注いだ。その光景は目が眩むくらい綺麗で、私は少し、呆けてしまった。


 一瞬目を瞑って、もう一度目を開いた時には、葉っぱは全部地面に落ちていた。あんなにも視界を埋めていたのが嘘みたいだ。秋の葉っぱの寿命は短い。


 少し目を離せば、綺麗な瞬間を見逃してしまうほどに。

 私は桃に目を向けた。

 思わず、ぷっと吹き出した。


「桃。髪にすごい葉っぱついてるよ」


 桃の髪は赤やら黄やらの葉っぱがいっぱいついていて、デコレーションされたケーキみたいだった。


 私は一瞬写真を撮ろうと思ったが、それよりもいい考えが思いついて、桃に手を伸ばした。


「取ってあげる」


 私は桃の髪に触れて、そのまま葉っぱをとる……振りをして、彼女の唇を奪った。


 白昼堂々深いキスをするのはどうかと思ったから、そっと触れるだけだ。

 それだけで心がふわりと舞い上がって、甘くて温かくなって、蜂蜜のたくさん入ったホットミルクを飲んでいるみたいな気分になる。


 何もかも、全部が甘い。

 でもそれは、決して永続するようなものではなくて。唇を離した瞬間に、余韻は泡になって消えていく。だからもっと感じたくなって、花びらのような唇に自分の顔を近づけそうになるけれど。


 やりすぎも良くないと思って、止める。

 なのに桃の顔が近づいてきているから、一瞬錯覚かと思ったけれど、そうではない。とろけた青い瞳で私を見つめながら、桃が近づいてきていた。


 視界が黒いもので遮られた。何か、大きい布みたいなもので包まれている。


 それが桃の翼だと気づいたのは、彼女の唇が私の唇にくっついた時だった。


 それなりに理性が働いていた私と違って、桃の理性は溶けているみたいだった。昼なのに、桃は気にすることなく舌でとんとん私の唇をノックしてくる。


「実來さん」


 切なそうに私を呼ぶから、仕方ないなぁ、なんて気持ちになって口を開く。


「好き、好きです」


 桃の言葉には余裕がない。ぶつけるみたいに好きと呟いて、焦っているみたいに舌を絡ませてくるから、私も少し、不安になる。


 興奮によってがっついている、だけではないと思う。

 桃は何かを恐れていて、焦っていて、でも私のことを好きだという気持ちに嘘はないってわかる。


 だから私は何も考えないようにして、彼女を受け入れた。

 好きな人とのキスは、とろけるみたいで、何よりも気持ちいいと思う。ただ唇を合わせているだけなのに、こんなに気持ちいいのはなぜなんだろう。


 体と体の接触がどうしようもなく気持ちいいのは、愛し合っているから。

 なんてことを思う。

 子供っぽいって、自分でもわかっているけれど。


「大胆になってきたね、桃。こんな昼間っからさ」

「……したくなっちゃったんです。だめ、ですか?」

「あはは、いいよいいよ。私も桃のこと好きだから。それに、本当は私もしたかったし」


 翼がしまわれると、周りの景色が見えるようになる。それでも私は、桃の瞳だけを見つめていた。


「好きなものも、したいことも。二人でいる時はなんも気にせずできるといいよね。……私ももうちょい、欲に忠実になってみるか」


 私は桃の膝の上に頭を乗せた。

 こういうことをするのは、グランピングに行った時以来だろう。あの頃のことが遠い昔のように感じられる。


 あの頃もこうして膝枕をしてもらったはずなのに、ほとんど記憶にない。でも、今は一生忘れたくないくらいに、桃の膝の感触が強く、温かく私に伝わってくる。


 この愛おしさを忘れることは、絶対にないと思う。

 私たちの関係性がどう変わっても、どんな明日が私たちに待っているとしても。


「やっぱさ。雑誌で見てもよくわかんないし。私たちが行きたいとこ、少しずつ行ってみよっか」

「はい」


 桃は私の頭を優しく撫でながら、微笑む。その青い瞳には私の姿しか映っていなくて、それに少し安心する自分がいた。


 私といる時くらいは、私のことだけ見て、他に何も見なければいいと思う。


 良いものも、悪いものも、全部。

 私で塗り潰してしまえば。わずかばかりの、甘い時間を過ごすことができるのだから。


「桃」


 私はそっと彼女の頬に触れた。

 柔らかくて、温かい。

 いつもと変わらない、桃の感触。

 愛おしくなって、いつまでも触っていたくなる。


「好き」

「……私も。実來さんのこと、大好きです」


 私たちはそのまま、しばらく何も言わずに触れ合った。

 寒くなればなるほど桃との触れ合いは前よりもっと心地良くなっていく。でも、きっと夏に触れ合ってもその意味が薄れることはなくて、変わらず桃を愛おしく思うのだろう。


 そんなことを思う度に。

 もうどうしようもないくらい、桃のことが好きなんだと実感する。この気持ちはきっと桃が成長しても変わらないだろうから、私はロリコンではないと思うが。


 同性とか、年がどうのとか、色々全部。

 全部どうでもよくて、桃だから好き。

 私は胸を張って、そう言える。

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