第23話


 商店街を手を繋ぎながら歩いて、子供に混じってお菓子をもらったり、ちょっと安くなった商品を買ったり。


 私たちは初めてのハロウィンを最大限に楽しみ、日が完全に暮れる頃には、袋がいっぱいになるくらいにたくさんのお菓子をもらっていた。


 一通り商店街を回った後、私たちは近くの公園のベンチに座った。

 十月下旬にもなると、日が沈んだ後は冬とそう変わらないくらいに寒くなる。私たちは肩をくっつけて、互いの体温を分け合った。


 街灯がぼんやりと辺りを照らしている。薄い灯りの向こうには赤に染まった木々が見え、日中でなくてもやっぱり風情がある、なんて思う。


「色々もらったねー。ハロウィンって結構面白いかも」

「そう、ですね」


 桃はこくりこくりと船を漕いでいる。気温が低いのに背中に穴が空いた服を着ていたから、疲れたのかもしれない。


 私は袋から小さなチョコを一つ取り出して、彼女の口に運んだ。

 桃は小さく口を開けて、それを咀嚼していく。柔らかな唇が静かに動く様子は、見ていて楽しい。


 桃は、綺麗だ。

 顔が可愛いとか、そういうのもあるけれど。


 私をまっすぐ見て、必要としてくれて、肯定してくれる。同情からでなく、心から私を求めてくれるその姿が、どうにも綺麗に見えるのだ。


 最初は、星野実來として私を見ないで、なんて思っていたのに。

 気付けば桃に、他の誰でもない私を見てもらえることに喜びを感じるようになっている。


 変わっていない部分もたくさんあって、でも、変わっている部分もたくさんあって。


 これからどうなるのか、想像すらできない。

 でも、もし。


 もし桃とこれからもずっと一緒にいられるのなら。きっと私は、幸せなのだと思う。


「実來さん」


 チョコを噛んで眠気が少し取れたのか、桃は私の膝に手を置いて、真剣な目で見てくる。


「トリックオア、トリートです」


 今日何度も口にした言葉を、桃は今ここで口にした。

 その意味がわからないほど、鈍くはないつもりだ。


「うーん。ここにあるお菓子は全部私のものにしたいから、桃にあげられるものはないかもね」

「じゃあ。……トリック、です」


 桃は意を決したように、私の両頬を手で挟んでくる。

 温泉に入ったから、今の私はメイクをしていない。そんな私の顔が、桃にはどう映っているだろう。


 滅多にすっぴんを人に見せないから、少し不安だ。

 でも、顔が近づいてくるとちょっと安心する。

 私は目を瞑らずに、彼女の唇を受け入れた。


 前みたいにとろけた青い瞳が、じっと私を見つめて、ためらうように舌で唇をノックしてくる。


 彼女が何を決心して、どんな覚悟でキスをしてきたのかは知らない。でも私はとっくに彼女を受け入れる準備をしていたから、すぐに唇を開いて小さな舌を迎えた。


 それだけで歓喜したように、桃の舌が私の舌を撫でる。

 甘い香りと、味がした。


 チョコを食べさせて正解だったかもしれない。桃本来の味や匂いは感じられないものの、だからこそ私はまだ正気を保てているような気がする。でも、チョコの香りとキスが結びついて、これからチョコを食べる時に思い出してしまうそうではあった。


「実來さん。実來、さん」

「ん……桃」


 私たちはキスをしながら、くぐもった声でお互いの名前を呼び合った。

 声が互いの口の中で反射して、混ざり合って、桃なのか実來なのかわからない響きになっていく。


 荒い吐息は二人のもので、絡み合って止まることのない舌の間で混ざっていく唾液も、私と桃どっちかのものではなく、二人のものだ。


 次第に桃の舌が私の舌にくっついて、溶けていくような感じがしてくる。

 水音が脳髄にまで響いて、吐息が染み付いて、離れなくなる。


 このままずっと繋がったままでいられたら、と思う。溶け合った舌から心までもが流れ出して、ぶつかって、弾けて、混ざって。そうやって、私たちの心にある重荷も、痛みも、全部共有して二人のものになってしまえばいい。


 そう思いながら舌を貪り合って、呼吸の苦しさと共に唇を離す。


 口から感じられるものに夢中になりすぎていたせいで、鼻でも呼吸ができるのだという単純な事実を二人して忘れていた。

 はあはあと二人で荒く息を吐いて、手を繋いで互いの存在を確かめ合う。


「実來さん」


 桃はか細い声で言う。まっすぐ私の目を見ているのに、どこか頼りなく見えるその瞳に、私は触れたいと思った。


「……好きです」


 桃は、言う。


「大好きです。これからも……私が死ぬまで、ずっと一緒にいたいです」

「……うん」

「だから。私と、恋人になってください」


 桃は不安そうな顔で私を見ている。

 多分、私がここでうんと言っても。


 桃の不安は、取り除けないのだろうと思う。それでも、私は桃のことが好きで、桃の幸せを誰よりも願っている。


 そして、何より。

 桃と恋人になるのは嫌じゃない。どんな事情があろうと、何を思っていようと、桃と恋人になって、同じ時間を過ごせるのなら幸せだと思う。


 だから、答えはずっと前から決まっている。


「いいよ」

「本当、ですか?」

「うん。私も桃のことが好き。だから、まあ。今日から恋人ってことで、よろしく」


 私はそう言って、桃に笑いかけた。

 桃は緊張の糸が切れたのか、微かに口元に笑みを浮かべて、そのまま目を瞑ってしまう。


 ……やっぱり、これは。

 桃が私の前でよく眠るようになったのは、良い変化ではないのだろう。


「……おやすみ、桃。いい夢見てね」


 私は色々なものを全部飲み込んで、心の奥に押しやって、笑顔のまま桃の頭を撫でた。


 静かに寝息を立ながら、桃は小さく私の名前を呼んだ。

 私は袋を腕にかけて、小さな恋人をそっと抱き上げる。


 意識を失っている人間は、意外と重い。私はその重みをずっと覚えていられるように、桃を抱き寄せた。

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