第11話
田舎だけあって、街には広い公園がいくつかある。
その中でも一番広い公園を二人で歩いていると、不意に売店が目に入った。地元の特産品やらを売っている店だが、その入り口の近くにガチャガチャが置かれている。
マスコットキャラと地元がコラボしたものらしい。
それは、前にショッピングモールで見た、私がかつて好きだったキャラクターだった。
「実來さん? どうしました?」
桃は小首を傾げる。
私は友達と話す時と同じように笑った。
「いや、別に。売店あんなーって、見てただけ」
「……行きましょう」
桃は私の手を引いて、ガチャガチャがあるところまで歩いていく。
やろうなんて、誰も言ってないんだけど。
そう思ったが、文句を言うタイミングを逃してしまった。結局彼女に連れられるままにガチャガチャの前まで来てしまった。
一回三百円。別に、払えない額じゃない。
でも。
好きだったものをもう一度手にしてしまうと、私の何かが変わってしまうような気がする。
マスコットキャラのキーホルダーにそんな力があるのかはわからないけれど。
でも、止めていた心が動き出してしまうと、余計なことを思ったりだとか、色んな感情を隠して笑うのが下手になったりとかしてしまうような気がする。
いらない個性。いらない感情だ。
私が求めているのは私らしさではなく、平和に生きることだ。心を動かさなくてもよくて、胸がずきずき痛むこともない、凪いだ状態でいたい。
痛いのはもう嫌だから。
心がどうしようもなく痛いまま、孤独を感じるのは嫌だから。だから私は、このままでいたいのに。
「桃、やりたいの?」
「はい。だから、一緒にやりましょう」
「いや、私はこういう子供っぽいのは——」
「駄目です。決定です。やります。やってください」
私の手を引っ張って、桃はガチャガチャのハンドルに触れさせてくる。
硬い感触。忘れていた、久しぶりの感触だった。
桃が硬貨を入れる。私は促されるまま、ハンドルを回した。微かな引っかかり。それがなくなると、一気にハンドルは回り、ごとっと音がする。
カプセルが落ちてくるのがわかった。
ハンドルと同じで、抵抗の後に訪れるのは諦めというか、ある種のスムーズさだった。私はそっとカプセルを取り出して、開けてみる。
中には桜の木を抱えたペンギンが入っていた。
名前も思い出せないけれど、好きだった気持ちがなんとなく思い返される。間抜けな顔をしていて、愛嬌があって、撫でたくなるような可愛さがあって。
「は、はは」
私は思わず笑った。
何年経っても、馬鹿みたいな顔は変わらない。
親の求めに応じるために頑張っていた頃も、諦めて妹たちと遊んでいた頃も、全部諦めて星野実來であることを捨てた頃も。
この子はずっと、変わっていないんだと思う。
だから何ってわけじゃない。ただ、この数年で数えきれないほど生き方を変えてきた自分が馬鹿馬鹿しくなって、同時に、変わらない可愛さに安心する気持ちもあって。
なんてことないストラップを、私は胸に抱いた。
「ほんと。馬鹿みたいなキャラ、だけど。……可愛いじゃん」
誰に言うわけでもなく、呟く。
「私も回してみますね」
桃はそう言って、ハンドルを回した。
落ちてきたのは、私とは違う色のカプセル。中には城を抱いているペンギンが入っていた。
私たちは顔を見合わせて、笑った。
「あはは、何これ。なんで全部抱いてんのよ」
「でも、可愛いです」
桃は私のスクールバッグのファスナーにキーホルダーをつけた。
「ちょっと、桃?」
「……好きなものは、好きでいいと思うんです」
真剣な青い瞳。その瞳に宿る変わらない光が、妙に眩しく感じられた。
「そういうものを見る実來さんの顔が、私は。私は、その」
桃は大きく深呼吸をした。
傾いた日が、彼女の顔を照らす。紅潮したように見えるその顔は、悪魔と呼ぶにはあまりにも綺麗だった。
透き通っていて、邪気だとか汚れだとか、そういうものが一切ない。私とは正反対な彼女のことを、少しだけ。
少しだけ、愛おしく思った。
「好きだと、思いました」
少し震えているけれど、それでも彼女の声は、まっすぐ私の耳朶を打った。
痛い。
言葉を痛いと感じるのは、久しぶりだ。痛みに合わせて心が脈打って、色とりどりの感情を胸の中にばら撒いていく。
一度ばら撒かれた感情は血液と一緒に全身を巡ってしまうようで、止めようと思ってももう止めることができない。
私は少しだけ息が苦しくなるのを感じた。
「そ。じゃあ、はい」
私は桜を抱えたペンギンのストラップを差し出した。
桃がそれを受け取るのに合わせて、彼女の手を両手で包み込む。
「私だけだと、多分外しちゃいそうだから。桃もバッグにつけといて」
「……! はい!」
桃は満面の笑みで私の手を握ってくる。
ペンギンが中で悲鳴あげてそう。
そう思いながらも、私と桃は互いの両手を握り合う。
茜色の光が桃だけでなく私も照らして、長い影を地面に落とす。引き伸ばされた私たちの影は、途切れることなく繋がっている。
私はそれを見て、何を思ったのだろう。
自分でもわからないまま、ちょっとだけ笑った。
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