第8話

「でさー。マジであいつ下手すぎてやばいのよ。がっつきすぎだし、ほんときもい」

「あたしも似たようなもん。……そういや実來は? あんた彼氏いたっけ」

「いないし、作る気ない。あんたらの話聞いて作ろうと思えるわけないじゃん」

「うちらも近々乗り換え予定だから。好きな男のタイプとかないわけ?」

「タイプ、ねぇ」


 ショッピングモールは今日賑わっている。

 学校の友達と遊んでいる時の雰囲気と、桃と遊んでいる時の雰囲気は、当たり前だけど違う。


 何がって具体的に言えるわけではないのだが、友達と話している時は常に背筋がピリピリして落ち着かない。


 その代わり、失言をする心配がないのがありがたい。余計なことを言うと、面倒なことになるのが学校という世界だ。


 私たちはモール内をだらだら歩きながら、服やらアクセサリーやらを見て、なんとなくカフェで甘いものを食べたりした。


 なんてことない日常だ。

 学校では、個性は求められていない。自分を殺し、所属しているグループに迎合することでしか平穏を保てない。


 髪の色も、メイクも、好きなものも。全部他者に合わせていれば、少なくとも波風は立たない。私はそういう、凪いだ日常を求めているのだ。


 面倒臭いの、嫌いだし。

 自分の好きを押し通したら他者とぶつかりかねない。

 実際、昔はそれで面倒なことになったし。


 ふらふら歩いていると、ふと人気のマスコットキャラのショップが目に入る。

 そういえば、昔あのキャラ好きだったっけ。


「どうかした?」


 友達の一人に声をかけられる。

 私は笑った。


「いや、ああいうとこって誰が行くんだろって思って」

「あー、わかる。あーいうグッズじゃらじゃらつけてんのとか痛いしね」


 好きなもの。好きなこと。全部殺して生きてきたから、どうってことはない。


 私は友達の考えに同調して笑った。

 桃と遊びに行ったあの日、私は好きなものを結局見つけることができず、気まずいまま一日が終わることになった。


 好きなものを好きと言うのは難しい。

 本音を隠して生きていると、そのうち自分でも全部よくわからなくなって、隠していた本音を見失ってしまうのだ。


 何が好きとか、何がしたいとか、何を望んでいるかとか。

 もうとっくの昔に忘れていて、探すこともできそうにない。

 別に、いいんだけど。




 ふと電車でスマホを見ていると、数年に一度の流星群が今日見られるというニュースが目に入った。


 流星群、かぁ。

 桃が喜びそうだ。目をキラキラさせて、願い事を言いましょうなんて語りかけてきそうだと思い、私はくすりと笑った。


 慌てて真顔に戻る。

 桃のことを思って笑うとか、私もやっぱり変になっている。悪魔との契約が心臓にまで届いて、私を私じゃなくしているみたいな。


 いや。

 むしろこれが、忘れていた本来の私なんだろうか。

 思い出せないのなら、本来の私なんてないのと同じだ。


 私はスマホをブラウスの胸ポケットに入れて、電車を降りた。改札を通って街を歩くと、すでに日がほとんど沈んでいるのが見える。




 茜色から徐々に黒に染まっていく空。数時間後には、その空には星が流れるのだ。


 だからなんなのか。

 星が流れたところで何が変わるわけではない。見失ったものは見失ったままで、思い出せないものは思い出せないまま。

 なんの意味も、あるはずがない。


「ほんと、馬鹿じゃないのって」


 バサバサと、鳥の羽音みたいなものが聞こえる。

 この時間飛んでいるムクドリの羽音にしては、大きすぎる。カラスかハトが近くを飛んでいるのかと思って空を見上げて、私は目を疑った。


 どう考えてもでかすぎる何かが翼を広げて飛んでいる。

 タカでもワシでもない。

 コウモリに近い翼で、お尻からは蛇みたいな尻尾が生えていて。

 それは、図鑑に載っていない生物。悪魔、だった。


「実來さーん!」


 大声で私の名前を呼びながら、彼女は翼を広げて飛んでくる。

 近所迷惑だし。

 そもそも飛んでるところ、人に見られていいの?

 色々考えながら、私は口を開いた。


「……桃」


 疑問とか、文句とか。全部吹っ飛んで、彼女の名前が口から飛び出す。

 なんなんだ、私は。


「見ましたか? 聞きましたか? 今日、星が!」


 地上に降りてきた桃は、そのまま私に抱きついてくる。

 小さな体に、大きな翼。

 私はそれを丸ごと包み込むように、彼女の背中に手を回した。


「流星群でしょ」

「それです!」

「何? 見に行きたいの?」

「行きたいです! 行きましょう!」


 想像通り、目をキラキラさせて桃は言う。

 その声は楽しそうに弾んでいて、耳の中でバウンドするかのように響く。それで頭が揺らされて、こっちまで楽しくなってきそうな気がした。

 そんなの全部、錯覚だ。

 錯覚のはずなのに。


「誰よりも高い場所で、二人きりで。星を見に行きましょう」


 桃は私を見上げて言う。

 青い瞳はいつ見たって綺麗で、それが私の心を少し重くする。彼女の瞳の中に眠る感情は、どんなものなのだろう。彼女の瞳に沈めば、わかるのだろうか。


 愛だの家族の絆だのを信じていないのは、私と同じ。でも、瞳に宿る感情は多分、私とは全く違うものだ。


 純真無垢な輝き。でも、私にそう見えているだけで、本当は彼女も純真というわけではないのかもしれない。


 人の奥底を知りたいなんて願うのは、私ではない。それでも私は、桃の綺麗な瞳に魅せられて、少しだけ。ほんの僅かばかり、桃に触れたいと思った。

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