第6話

「今日は実來さんの好きなところにお出かけしましょう!」


 桃はそう言って、特に予定を決めないまま私を街に連れ出した。

 こんな田舎で遊ぶとなったら、川に行くか電車に乗ってちょっと栄えている街に行くしかない。


 川はこの前行ったから、必然的に電車に乗って出かけることになる。

 流石に電車には乗ったことがあるらしく、桃もあまりはしゃいではいなかった。それでも電車に乗っている間も私の手を握っていたから、少し苦笑する。


 悪魔とは思えないほどに甘えん坊というか、なんというか。

 別に拒む必要もないからそのままにしておいたけれど。


 私の何が気に入ったのかはわからないが、桃は明らかに私に好意を向けてくるようになった。


 その好意は、嫌じゃないけれど、嫌だ。

 好意を向けられて、私からも好意を返してしまうと、繋がりができてしまう。そういう繋がりは絶たれた時が苦しいのだ。


 でも、桃の好意を無下にするのもどうかと思うから、結局どうしようもない。


「桃ってさ。好きなものとかあんの?」

「好きなもの、ですか?」


 目的地の駅で降り、駅から徒歩十分程度の場所にあるショッピングモールに向かう。


 遊ぶとなると大体そこに行くことになるから、私は慣れている。


 しかし、桃は来たことがないらしく、辺りをきょろきょろと落ち着きなく見渡していた。


「そ。食べ物でも遊びでも、好きなもんない?」

「うーん。今までそんなの、考えたことなかったです」


 好きなものについて考えないで生きるって、逆に難しい気がするけれど。

 本当に、どんな生活をしてきたのだろう。


 気になるけれど、聞いてもなぁ、と思う。込み入った話は抜きにした方が、契約関係はうまくいくだろう。


 色々聞いてしまうと、癒されるどころではなくなる気がする。


「あ! 一つだけ、思いつきました!」

「ん? 何? 言ってみ」

「実來さんです!」


 桃は私の手を引きながら、にこにこ笑う。

 人から好きと言われるのは、久しぶりかもしれない。今はもう仲良くないけれど、仲が良かった頃に妹たちに言われた記憶がある。


 彼女たちとの関係を終わらせたのは私で、今回もそんな感じになるのかな、とぼんやり思う。


 でも、契約で結ばれた私たちは多分、離れたくても離れられなくなっている。私は契約を破棄する方法を知らない。


 それに、桃はロリコンのエネルギーとやらを吸わないと生きていけないのだ。なら、彼女だって私からは離れられないのだろう。


 ……改めて考えてみると、なんなんだろう。ロリコンのエネルギーって。どんな悪魔なんだ、桃は。

 本当にそんなエネルギーがあるのかは甚だ疑問である。


「そんな好きになる要素ないと思うけど」

「あります。だって、実來さんはあったかいです」

「それ、人間なら誰だってそうだから」

「違いますよ。こんなにあったかいのは、きっと実來さんだけです」


 いまいち要領を得ない。私はそこまで体温が高い方ではない。

 こうして手を繋いでいると、桃の方がよっぽど体温が高いと思うのだが。


「だから、もっと実來さんの深くに触れたいです」

「深く、ねぇ」


 ぎゅっと、彼女は私の手を握ってくる。

 誰かの深いところに触れたくないと願っている私とは、真逆だ。


「人の深いところなんて、触んない方がいいと思うけどね。大体ろくでもないもんだし」

「それでも、触れたいです」

「火傷するよ。一生残るくらいに酷いやつ」

「手を伸ばさないで後悔するのは、もう嫌なんです」


 手が離れた。

 かと思えば、小さな両手が私の両頬に触れた。

 ファンデ、手につくんじゃない。とは、言えなかった。


「手を伸ばせば、触れられる。心もきっと、そうだと思うんです」


 子供のセリフだ。

 心に触れることがいいことだなんて思うのは、桃がまだ子供だからで。触られたくない、触りたくないと思ってしまうのは、私が色々なことを諦めてきた人間だからだ。


「だから、この手を伸ばす許可を、してほしいです」

「伸ばすだけなら、いいけど。触らせないよ、心には」

「今は、それでもいいです」


 桃は私の手を握って、笑った。


「命に触れることは怖くないって。教えてくれたのは実來さんですから。……だから」


 ひよこに触れたことで、桃の中で何かが変わったのかもしれない。

 情操教育も馬鹿にならないのかな。


 命の表面に触れるのと、その本質に触れるのは全く別のことだと、教えた方がいい。そうは思うのだが、どうすれば教えられるかはわからない。


 私はあまり器用じゃないから、下手なことをすると桃を傷つけて、見たくない表情を見ることになるだろう。


 それは嫌だと思う。でも、この心に触れられるのもまた、嫌だ。

 桃は私の心の奥底にあるものが綺麗なものだと信じて疑っていないかのように、無垢な瞳を私に向けている。


 私には。彼女の瞳の奥にこそ、綺麗なものが埋まっているように見える。

 それもまた、錯覚なのかもしれないが。


「実來さんになら、私も。心に触れられたいって、思います」


 したいことがあるのなら、した方がいい。

 そうは思うけれど。

 人の心に関することは、また話が別だ。


 それでも。私の心に手を伸ばすなと突っぱねることは、できそうになかった。

 私は本当に、子供に弱い。

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