59.もう私の復讐は終わりにします

 ギータ様は泣き疲れた私を、ずっと抱き締めていたみたい。ベッドで目が覚めて、腕の中だったのでびっくりした。


「両親の件はもういいか? 神殿は俺が手を下そうと思うが」


 もう復讐はいいだろう。そう聞こえた。面と向かって神殿に危害を加えられた記憶はない。間接的に、前回の私が生贄にされる原因を作った。そこまで対象にしていたら、私は死ぬまで誰かを恨み続ける。ギータ様の懸念はそこかしら。


 顔を窺うと、ぐしゃりと前髪を乱して肩を竦める。


「その聡さが可哀想になる」


 どう言う意味か分からない。聡いのはいいことじゃないの?


「アデライダが同じように先読みしたら、お前はどう感じるか。置き換えれば理解できるさ」


 ベッド脇で本を読む義妹を見つめながら、考えてみる。もし彼女が先読みして「私が生贄になるんですね」と言ったら……想定だけで胸が痛んだ。無邪気に好きなことをして、大好きな本を読んで過ごして欲しい。


 前回のアデライダは私から婚約者を奪ったけど、もう憎いと思えなかった。だって、彼女は前回の罰を今回償ったわ。私と同じ目に遭って、死ぬかもしれない状況を生き抜いた。私が辿った厳しさや苦しみ、痛みを分かち合えるのは彼女だけ。


 ペキがぴょんとベッドに飛びかかり、後少しのところで爪を立てた。完全に飛び上がるには、ベッドが高過ぎたみたい。手を伸ばして助けようとしたら、必死のペキが爪を立てた。ぐっと爪が食い込む。


「痛いっ、けど」


 手を離したくない。ペキは猫だから、落ちてもケガしないと思うけど。この手を離したら……あの日の光景が脳裏を過った。誰もが冷たい視線を向ける中、熱い痛みを感じながら呪詛を吐いて落ちたの。裏切られた、捨てられた、愛されなかった。


「あっ、ペキったら! お姉様がケガするわ」


 アデライダが手を伸ばして、後ろからペキを掴む。中途半端に伸ばした私の手から爪が抜け、ペキはベッドの上に置かれた。すりりと頬を寄せて近づき、私の傷をじっと見つめる。舐めようとしたところで、見守ったギータ様が私を引き寄せた。


「ダメだ、猫に舐められると痛いからな」


 フーッ、怒ったようなペキの威嚇に、ふふっと笑った。痛む手の甲は、ギータ様が治してくれる。お礼を伝えて、大人しく身を任せた。つむじに唇が触れる。優しいキスに気持ちが落ち着き、深呼吸した。


 囚われかけた前回の記憶を払うように、頭を大きく横に振る。


「私が囚われるから、ですね」


「フランカはまだ11歳なんだ。過去の記憶を足しても100年に及ばない。そんな幼子が、復讐に囚われたら黒く染まるぞ」


 憎しみに黒く心を染めて、抜け出せなくなる。忠告は素直に響いた。


「わかりました。お任せします、ギータ様」


「うん。それと公爵家も終わったし、そろそろ俺の神殿に引っ越そうか」


「はい」


 元婚約者と王家、両親も終わった。貴族社会が崩れ、今後は神を中心に据えた国が始まる。私に出来ることはないわ。神殿はギータ様が掃除すると思うし。


「無理せず、妹と好きに過ごせばいい。毎日寝て過ごしてもいいぞ。豪華な食事を朝昼晩とつけてやろう」


「ダメです、太っちゃいます」


 こんな言葉遣い、一度目の人生以来だ。なんだか擽ったい。新しい未来へ踏み出したのに、過去を取り戻している気がした。

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