58.何がいけなかったのか――SIDE貴族

 王家が離婚騒動で神殿と距離を置いた。平民は王家を否定して反乱を起こす。ならば、王家に代わる貴族院が必要だろう。


 今後を考えても、神が直接政を行うわけがない。神殿にその経験はなかった。神の花嫁を出したソシアス公爵家が権利を主張したら、どこかの名誉職でもくれてやろう。


 やっと貴族が取り仕切る国が生まれる。今までの生活は保証され、それ以上の贅沢も可能なはずだった。貴族院を纏めるランヘル公爵が、神の怒りを買って失脚する。


 領地は水浸しになり、生き延びた民は神に感謝の祈りを捧げた。事前に神託が降りたのだという。屋敷が水浸しになり、貴金属を抱えて逃げるランヘル公爵一家は、隣国への亡命の途中で賊に襲われた。


 そういう話にしてある。実際は違う。逃してやると手引きし、その上で誘導した山道で一家を斬殺した。持っていた宝石などの貴金属はすべて奪い、盗賊役までこなした騎士には高額の報酬を支払う。


 ギータ・リ・アシスの背教者だったため、ランヘル公爵への同情はなかった。あのまま国内に残っても、民に処刑されるのがオチだ。少しでも私達の役に立つ形で死ねたなら、本望だろう。貴族院の上層部は、そう笑った。


 僅か数日で、今度は王家が破門になる。都合よく進みすぎて、貴族院の内部から「慎重に動くべきだ」という意見が出始めるほどに。すべてが我々に有利に動いた。だから油断したのかも知れない。


 以前と違い、この国には古代竜である生き神が降臨している事実を忘れていた。彼の一言で、すべてが覆る。宗教国家の樹立を目指す神殿は、貴族を目の敵にした。民は一喜一憂して踊る。


 民は貴族を養うための道具だ。働かせて搾り取り、最後はすべてを捧げて死ねばいい。そう思ってきた。いくらでも生まれる民は、家畜のようなもの。根付く土地を与えれば、乳や卵を捧げ、最後に肉となって我らの腹を満たす。そう考えていた。


 すべての傲慢は、ツケとなってこの身に返る。まず損得に敏感な商人が動いた。食料や衣服の納入が滞り、調達が出来なくなった。略奪が始まり、騎士は逃げ出す。いくつかの貴族家が崩壊し、その有り様が地方まで広がった。恐るべき速さで、すべてが進んでいく。


 誰かの策略ではないかと疑うも、人には不可能な迅速さだった。噂の浸透は夢が関係しており、お告げではないかと有り難がる者もいた。なんということだ、神が敵に回ったのか。


 あっという間に貴族は孤立した。元から何かを生産したり、加工する能力はない。管理すら使用人に任せる貴族は、用無しの烙印を押された。税金が回収できなくなり、神殿に納める集落が出ると、周囲が右に倣った。


 金が尽きる心配をする前に、暴動によって貴族院は崩壊する。何がいけなかったのか、どうしたら守れたのか。自問自答しながら、最後の審判を受け入れた。もう逃げる場所も気力も残されていなかったから。


 侯爵家に生まれ、何不自由なく育った。思い通りに生きて、贅沢を当たり前に享受し、王家の失墜に夢を抱く。その夢の最後は、生きたまま竜に食われる幻想だった。痛みに泣き喚き、家族を目の前で喰われ、必死で助けを乞う。それでも慈悲は訪れなかった。

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